福岡三国志 覇者は誰か

あれからまだ2年なのに。
保守分裂の激しい選挙を制した知事が、病気により突然辞職。福岡は再び争覇の地となった。
「新・三国志」とも呼ばれる福岡政界。実力者たちの動き、そして今後の行方を探った。
(阿部有起)

小川が病で辞し 再び燎原に火が点る

2021年2月21日 午後11時11分。
「福岡県の小川知事 辞職の意向
 がん治療のため あすにも表明」
速報が流れた。

現職の知事、小川洋(71)は、ことし1月から、福岡市内の病院に入院していた。
「原発性肺腺がん」と診断され、早期の復帰は難しいとみられていた。

速報の翌日、小川は、知事の職務代理を務める副知事の服部誠太郎を病室に呼び、辞職願と、断腸の思いで決断したことや県民への感謝などを記したメッセージを託した。そして、服部が記者会見をして、小川の辞職の意向が正式に発表された。

任期を2年残しての小川の突然の辞職で、再び戦いの火蓋が切って落とされた。

麻生 新星推すも 苦杯を喫す

小川が3回目の当選を果たした前回2019年の選挙で、自民党が敵味方に分かれる保守分裂の選挙となったことは記憶に新しい。

副総理の麻生太郎(80)は、みずからの政権で内閣広報官も務めた小川を知事に担ぎ出し、支援してきた。しかし2期目の途中から、「将来の具体的なビジョンがない」などと批判的な立場に転じ、小川とは溝ができてきた。

麻生は当時、県連会長を務めていた藏内勇夫(67)とともに、厚生労働省出身の新人を擁立した。藏内は、30年以上にわたり県議会議員を務めてきており、県議団をとりまとめる福岡政界の実力者だ。
麻生は、党本部の推薦を取り付けた上で、小川を支援する自民党の議員らを「造反だ」と厳しく批判。麻生派の国会議員が県内外から駆けつけて新人を応援した。

これに対し、第一線を退いたものの、今も政界に影響力を持つ、元副総裁の山崎拓(84)と元幹事長の古賀誠(80)のほか、二階派の武田良太(53)らは、「交代させる理由はない」などと反発。小川を支援した。

中央政界の派閥も巻き込みながら、激しい戦いを繰り広げた。

あれから2年。
「もう保守分裂は勘弁してもらいたい」
そんな経済界などの声をよそに、水面下では、再びこの面々が動き出していた。

藏内が蠢動し 副知事を擁立す

まず動いたのは、前回の知事選挙で支援した新人が敗れ、責任をとって県連会長を辞めた藏内だった。

小川の辞意表明後、望ましい後任の知事像を、こう示したのだ。
「福岡県はまさに非常事態。前回のような保守分裂は絶対にしてはならない。知事の意をくみ、県を熟知し、議会の信頼のある候補を期待する」

具体名は挙げなかったが、副知事の服部誠太郎(66)しかいない、そんな思いが透けて見えた。

服部は、福岡県庁生え抜きで、2011年に小川が知事に初当選した半年後に副知事に就任。小川と、藏内が率いる自民党県議団との関係が悪化した後は、その間に入って調整役も務めてきた。

小川の辞職の意向を明らかにした記者会見でも、服部は、涙ぐみながらメッセージを代読していた。

この会見を見ていた県議会議員の1人も、つぶやいた。
「次は服部で決まりだな」

告示までの時間が限られる中、服部擁立の動きは早かった。
自民党県議団など県議会の主要3会派は「県政を熟知した服部が適任」だとして、服部に立候補を要請した。

そして、2日後の3月3日、服部は立候補を表明した。
「トップが不在になるという、いまだかつてない非常事態とも呼べる状況で、県政に空白や停滞、まして混乱を生じさせることはできない。知事とともに考えてきた施策や事業を責任を持って実施していきたい」

武田ら集い 元官僚の挙を求む

しかし、そうやすやすと一本化とはならないのが福岡県だ。

2月24日、東京・赤坂にある議員宿舎に福岡県選出の国会議員のうち、前回小川を支援した武田良太ら8人が集まった。

出席者によると、武田は「奥田という腹を決めた人がいる」と、福岡県出身の元国土交通省局長、奥田哲也の名をあげ、意見を求めたという。奥田には、かつて運輸大臣を務めた古賀誠も目をつけていた。会合では議員の一部から奥田を推す声も出たという。

ある関係者は言う。
「奥田を推す国会議員らは、裏にいる藏内さんが服部さんを押しのけて、みずから前面に出てくることを一番警戒していた」

県議会議員の藏内に県政界の主導権を握られることへの警戒感があったとみられる。

国会議員の動きを受けて、その週末、奥田は早速、福岡に入った。
向かったのは山崎拓のもとだった。昼食を一緒にとりながら意見交換。さらに、経済界などへのあいさつ回りを始めた。

2年前の再来か。そんな兆しも出始めていた。

「郷士と対峙せば、我が城は危うし」

ところが奥田への支持は広がらなかった。

地元の経済界や連合にあいさつに行ったものの、「反応はあまりよくなかった」という話が広まった。面会そのものを断った人もいたという。
擁立に動いたとされる古賀も表に出てくることはなかった。
さらに、武田も服部と高校の同窓で、服部が立候補するなら応援するのではないかという見方まで飛び交った。

何より奥田の立候補にブレーキをかけたのは、保守分裂を回避すべきだという声の強さだった。福岡では、ことし1月の北九州市議会議員選挙で、自民党の現職が6人落選していた。秋までに衆議院選挙が控える中、保守分裂で自民党のイメージを損ねたり、しこりを残したりすべきではないというのが自民党議員の共通認識にもなっていった。

県選出の国会議員の1人は言った。
「県議会議員が一丸となって服部さんをやろうとしているのに、ここで地元の県議会議員らと対立したら、俺たちの選挙が危ない。そんな危険は冒せない」

二階が翻意促し 戦は回避さる

3月8日午後、奥田は自民党本部を訪れた。
幹事長の二階俊博と面会したあと、立候補を断念することを明らかにした。
「分裂を回避し、候補者を一本化したいので、福岡のために協力してくれないかという話を承った。立候補したいという思いは強かったが、二階氏の言葉を重大に受け止めなければならない」

保守分裂が回避された瞬間だった。

夕方、奥田から私に電話が入った。
「『選択肢はたくさんあった方がいい』と言ってくれる人もいたが、幹事長の言葉を重く受け止めた」
悔しさより、さばさばしたような声に聞こえた。

不倶戴天の二者 喫驚の会

この一本化には伏線があった。

奥田が二階と面会する3日前の3月5日。
今回の知事選挙は静観しながらも、服部とは関係が良好な麻生を、武田が訪ねていたのだ。2人は財務大臣室で向き合い、およそ30分間、意見を交わしたという。

麻生は、武田とは「あまり仲がよくない」と国会答弁で公然と言うほどで、「水と油」とも称される2人の会談は、「歴史的な会談」と驚きを持って受け止められた。

会談の中身は明らかになっていないが、県政関係者の間では、「非常事態の中、対立を回避し、服部で一本化する方針を確認した」という話が広がった。
そして、二階の要請で奥田が立候補を断念するというシナリオが描かれたと関係者は解説する。

盤石の陣 諸将は静観 生え抜きが知事の座へ

保守分裂は何とか回避された。

知事選挙は、小川県政の「継承」を掲げる服部と、「刷新」を掲げる元共産党市議会議員の星野美恵子の2人の戦いとなった。
服部には、自民党に加え、立憲民主党、公明党、社民党も推薦を出したほか、国民民主党も支援し、いわゆる与野党相乗りとなった。

服部擁立を主導した藏内は、選挙対策本部の顧問に就いた。日本獣医師会の会長も務める藏内は、親交の深い日本医師会の前会長・横倉義武を後援会長に据えるなど、陣営をとりまとめた。
「短期間で盤石の体制を構築できたのも藏内さんの力が大きい」と関係者は言う。

麻生は、ことし初めてみずからの選挙区に入り、服部と街頭に立って、いつもの麻生節で支持を訴えた。
「われわれ長いこと付き合いありますけど、仕事はきちんと対応してくれる。その能力は間違いない。おまけに太郎でも誠がついていますから太郎とは違います。誠太郎ですから」

一方、武田は一度、服部の事務所に顔を出したが、静観の構えを貫いた。
そして、今回の選挙戦では、山崎、古賀の姿を表で見ることはなかった。

自民党内で、候補者一本化の調整が整ったことで、選挙戦は、盛り上がりに欠けるものとなった。
新型コロナウイルスへの対応で全国の都道府県知事の役割が大きくなる中、10年ぶりに新しい知事を選ぶ選挙だったが、統一地方選挙から外れたことも加わり、投票率は過去最低の29.61%となった。

服部は、99万票余りを集めて大勝し、福岡県初の県庁生え抜きの知事が誕生することとなった。

「小川県政のバトンをしっかり受け継ぎ、県民のために確実、迅速に実行し、誰もが安心して大人も子供もたくさんの笑顔で日々を送っていける福岡をつくっていきたい」

服部は静かな船出を切った。

新たな「三国志」の時代が到来か

「福岡三国志」
福岡では、麻生太郎、山崎拓、古賀誠の自民党の派閥領袖も務めた実力者の長年にわたる覇権争いをこのように呼ぶ。いつから呼ばれ始めたのか定かではないが、新聞記事を調べてみると、少なくとも2008年ごろには、三国志になぞらえて伝える記事が見つかった。

そして最近、「新・福岡三国志」ということばを聞くようになってきた。
総理大臣も経験し、今も副総理として政権を中心で支える麻生太郎。総務大臣を務め、中央政界でも存在感を示す武田良太、それに自民党県議団をとりまとめる藏内勇夫の3人だ。

前回の知事選挙では、麻生、藏内に、武田が対じする形となったが、今回の知事選挙ではひとまず足並みをそろえた3人。

ただ、これから先も、この状況が続くとも限らない。
次の衆議院選挙の福岡5区には、麻生派の現職と、藏内が後見人となっている県議会議員がともに立候補を表明している。

ある県政関係者は話す。
「麻生さんと武田さんが一致するのは今回の知事選挙が最初で最後という見方もあれば、藏内さんを『共通の敵』として手を組む可能性だってある。3人の関係が変化するのか、これからまた面白くなる」

協力関係は続くのか。それとも新たな対立が生まれるのか。
次なる戦いはすでに始まっている。
(文中敬称略)

福岡局記者
阿部 有起
2015年入局。鹿児島局を経て福岡局。現在は県政キャップ。知事選で前回は小川氏、今回は服部氏を担当。好きな三国志の武将は劉備。