洋式トイレにしてください

「あなたが知事になったら私たちの学校のトイレを洋式にしてくれますか?」
今月千葉県の高校で行われた授業の一コマです。
知事選挙の候補者たちがオンラインで登場。生徒たちは日頃感じている疑問や要望を直接伝えました。

果たして和式トイレが洋式に変わる日は来るのでしょうか?
(桜田拓弥)

候補者がスクリーンに

今月2日。千葉県立国府台(こうのだい)高校の1年生の教室で千葉県知事選挙の「政策意見交換会」が始まりました。まだ選挙権がない1年生でも、未来の有権者として立候補を予定している候補者に意見や質問をぶつける機会を作りたいと、現代社会を担当する大塚功祐先生が企画しました。

候補者に直接学校に来てもらうことも考えていたそうですが、挨拶回りなどで日程調整は大変です。さらに千葉県は緊急事態宣言発令中。
そこで大塚先生が考えたのが、「ZOOM」の活用でした。生徒が考えた質問を事前に候補者に送り、その答えをZOOMで収録して授業で生徒たちに見てもらうという初めての試みです。

授業は、生徒が質問を読み上げたあとで、各候補者の回答が再生されるというQ&A方式を再現する形で行われました。最初の質問に、いきなり意表をつかれます。

千葉県内に122ある県立高校でのトイレの洋式化率は去年4月時点で29.2%。3つに2つ以上が和式トイレです。

3人の答えが順番に再生されていきます。

(熊谷俊人候補)

(金光理恵候補)

(関政幸候補)

全員がトイレの改修に積極的な考えを示した上で、学校環境の整備や教育予算の充実、老朽化対策などそれぞれどこか課題だと思っているかを説明しました。

公平性を期すため1問あたりの回答時間は1人2分以内。中には時間をオーバーし、途中で話が打ち切られてしまった人もいました。

「若者がワクワクするような長期的なまち作りのビジョンが聞きたい」「保育士の待遇改善をどう考えているの?」「男女平等に向けた考え方は?」

自分たちが考えた質問に候補者はどう答えるのか。生徒たちは画面に集中します。

いいことばかり言わないで!

大人の記者会見もこれくらい切れ味良くやらなくてはいけないなと思わずうなってしまう質問も。

「公約などを見るといいことばかりが書かれていますが、本当に実現できるのか疑問に感じています。政策を進める中で県民に我慢をしてもらうことはないのか教えてください」

候補者たちの答えは…。

(熊谷俊人候補)
「政治というのは選挙のたびに良いことばっかり言う。結果、目先のことばかりで借金が未来の若い世代に増えているというのが日本の実態です。未来の人につけを残さないためには、皆さん方がもっともっと地域のために参画していただくことが大切です」

(金光理恵候補)
「私が考えている政策では、県民の皆さんに我慢してもらうことは何もありません。なぜならこれまでの千葉県は、私たち一人一人に我慢ばっかり押しつけてきたからです」

(関政幸候補)
「政策は一長一短です。皆様にはいろんな多角的な視野で見ていただきたい。政策は良い面も悪い面もあるけど、信用できるかということが大事だと思います」

納得してもらえたでしょうか?
語りかける時の表情や言葉遣い、説得力、質問への向き合い方…生徒たちは誰が最も県のトップにふさわしいか真剣に考え、最後に投票します。


最も生徒の心をつかんだのは誰だったのか。それは残念ながら、実際の選挙が終わるまでは明かされません。

生徒はしっかり見ている

あっという間に終わった50分の授業。
生徒からは
「これからの選挙が楽しみになった」
「もっと政治に高校生の声を反映させていくために、思ったことを発信していきたい」
などと前向きな意見が多く聞かれました。

一方で、
「政策のマイナス面を質問した時、誰も具体的なことを言わないことに不信感を覚えた」
「もっと具体的なことをはっきり言って欲しかった」
「あんまり自分たちのことを考えてくれていない」
など厳しい感想もありました。

それでも、時間や場所の制約を取り払う「オンライン」による候補者との対話は、政治への距離を縮めるきっかけになったようです。

教員が抱える“公平性のジレンマ”

こうした学校での主権者教育は、選挙権の年齢が18歳以上に引き下げられた平成28年以降、注目されるようになりました。しかし、若者の政治離れに歯止めはかかっていないという声は至るところで耳にします。実際これまでに3回行われた国政選挙の10代の投票率は右肩下がりです。

2016参院選 46.78% → 2017衆院選 40.49% → 2019参院選 32.28%

「現場の声を集めよう」去年末、取材先のネットワークを活用して全国の20人あまりの教員に簡単なアンケートをお願いしました。


すると、「本当はもっと踏み込んだ授業をしたいのに、実現するのに躊躇してしまう」という意見が相次ぎました。

「地方自治の学習で、市議会議員にオンラインでインタビューする授業案を考えたが、政治家と連携する際は特段の配慮が必要だと言われた。無所属であっても、無所属という色が出るため慎重な判断が求められると言われ断念した。できることが限られ、もどかしい」

「政策論争をしようと思ったが、政治的中立性や公平性の観点から管理職が具体的な政策を授業で取り上げることを嫌がったので抽象的な政策で議論せざるを得ず、議論が深まらなかった」

「新聞を活用する時は、全国紙など6紙の媒体を使わなければならず、紹介するだけで時間がかかる。その結果、投票についての興味・関心を向上させるような具体的な話ができない」

こうした葛藤を『公平性のジレンマだ』と表現する教員もいました。政治的公平性を保ちつつ、実のある授業をどう実現するのか。日々悩んでいるようです。

政治を“自分事”に

今回授業を行った大塚先生も、立候補を予定していた8人全員の訴えを授業で紹介するのは時間的な制約上、難しいと感じていたと言います。そこで参考にしたのが、去年の東京都知事選挙の際に、東京青年会議所が主催して行った公開討論会の候補者参加基準でした。

具体的には市区町村長の経験者や国会に議席を持つ政党から公認や推薦を受けた人などで、条件を満たした3人の立候補予定者に協力をお願いするという形で実現にこぎつけました。授業では、8人が立候補しそうだという情報、そしてなぜ3人を取り上げるのかという理由をしっかり生徒たちに伝えていました。

「公平性については、本当にこれでよいのかといつも自問自答していますし、試行錯誤の連続です」と語る大塚先生。その一方でこう力を込めました。

「私が生徒に感じてもらいたいのは、(政治は)自分には関係ないとか偉い人がやっているという遠い存在ではなく、当事者意識を持って関われるものだということです。そういう授業をこれからも続けていきたい」

今回授業を受けた、ある生徒の感想です。

「私たちのために答えてもらってうれしかったが、この回答が本当に実行されるのか見守るまでが大事だと感じた」

来年春からは、主権者としての自覚や役割を教えることを目的とした「公共」という科目が高校で始まります。
さて、和式トイレが洋式に変わる日は来るのか。それはまだわかりません。でも、もし実現すれば、生徒たちは自分たちの意見が政治に届いた実感を味わうことができるでしょう。
在学中に実現できなくても卒業後に母校を訪れたときトイレがどうなっているか確認したくなるかもしれません。

このような経験が政治を身近に感じる第一歩になるのかもしれない。オンラインを活用した新しいスタイルの授業にそんな可能性を感じました。

選挙プロジェクト記者
桜田 拓弥
2012年入局。佐賀局、福島局を経て選挙プロジェクト 有権者になってからの“投票率”は100%。