広島 再選挙の思惑は?
“仁義なき戦い”の末に

おととしの参議院選挙で自民党が分裂して、広島県ではまさに“仁義なき戦い”が繰り広げられた。法の番人である法務大臣経験者が買収の罪に問われ、当選した妻も有罪が確定し当選が無効になり4月25日に参議院広島選挙区の選挙がやり直される。
政治への信頼をどう取り戻すのか。そして衆議院議員の任期満了まで残り半年となる中で、各党はこの再選挙にどう臨むのか。“仁義なき戦い”に続く戦いにかけるそれぞれの思惑を追った。
(川田浩気、五十嵐淳、佐々木良介)

【おととしの選挙の“仁義なき戦い”は文末のリンクからご覧いただけます】

短期決戦に号砲

「菅内閣初の国政選挙で保守地盤の広島で選挙をやって勝つことで、政権へのダメージを抑えられる。そのために案里を辞職させる」

1月下旬。
東京から遠く離れた広島でも、政界関係者からこんなうわさがささやかれ始めた。

おととしの参議院選挙の広島選挙区で当選した河井案里は1月21日、東京地方裁判所から公職選挙法違反の買収の罪で有罪判決を受けていた。有罪が確定すれば当選は無効となるだけに、控訴するのかどうかに関心が集まっている時だった。

一方で今辞職すれば、4月に衆議院北海道2区と参議院長野選挙区の補欠選挙とあわせて、菅政権発足後初めてとなる国政選挙として選挙が実施されることになる。
北海道2区では、辞職した吉川元農林水産大臣が収賄の罪で在宅起訴され、自民党は候補者の擁立を見送り、事実上の不戦敗となっている。

うわさは、あながち嘘でもないだろうと感じた私たちはXデーに備え準備を始めた。数日後、勘は当たった。

2月3日午前「河井案里参議院議員が辞職の意向固める」
その日のうちに議員を辞職し控訴をしない考えを表明した。5日には有罪判決が確定し当選が無効となったことから、国政選挙では1994年の参議院愛知選挙区以来となる当選無効による「再選挙」が行われることとなった。
投票まで3か月足らず。決戦の号砲が鳴った。

クリーンな候補者を地元主導で

先に候補者擁立に動いたのは自民党だった。
おととしの選挙では党本部が主導して河井案里を公認候補として擁立した。県連が推した当時の現職、溝手顕正としれつな保守分裂選挙となった。

結果、夫で元法務大臣の克行が地元議員ら100人に総額2900万円余りを配ったとして立件され、案里が県議会議員4人に総額160万円を渡したとして有罪が確定するという、前代未聞の“巨額買収事件”に発展した。

2度と同じ轍は踏むまいと県連がこだわったのが「クリーンな人物」を「地元が主導する」形での擁立だった。

だが簡単にはいかなかった。
当初、有力視されたのは広島で名前が知れ渡っている大手企業の経営者だった。圧倒的な知名度があり、地元主導という大義名分も立つ。短期決戦にふさわしく県連でも反対する人はいなかった。
だが、条件があわず本人も固辞した。そこで白羽の矢が立ったのが、広島市出身の元経済産業省課長補佐の西田英範(39)だった。


西田は地元の小学校・中学校などに通い知人も多い。さらに被爆3世でもある。
県連の関係者は「広島に素地がある」と評した。
そして官僚として政策にも精通。人柄も真面目で誠実、何よりも政治経験がなく買収事件と無縁であることが決め手となった。

西田はしがらみのなさを強調し信頼回復への決意を示した。
「大規模な買収事件は、私も一国民としてあってはならないことだと思う。広島の政治に対する信頼を一刻も早く回復するためにまったくしがらみがなく、政治経験もない。まっさらな人間としてこの広島に飛び込んで、広島を一つにし、広島が前を向けるならこんな貴重な機会はないと思い立候補を決断した」

背水の陣を敷く岸田文雄

候補者選考をリードしたのは広島が地元で岸田派を率いる岸田文雄だ。

保守分裂となったおととしの参議院選挙で岸田は、県連とともに派閥の最高顧問を務めていた現職を支援した。しかし党本部が県連の反対を押し切って擁立した案里の後塵を拝し、当選させることができなかった。
そして去年の総裁選挙で敗れてからは、党の要職や閣僚から外れて「無役」をかこっている。ことし行われる総裁選挙に立候補する意向をすでに表明しているが、地元の再選挙に敗れれば求心力はさらに低下し、総裁選挙どころではなくなる。近く県連会長にも就任し、おととしのリベンジを果たすべく陣頭指揮にあたる。
言わば「背水の陣」となる。


「今回は私自身にとっても大切な選挙だ。多くの人々が広島の政治と、私の政治における『存在感』を深く結びつけている。広島の政治の出直しは私の政治家としての今後のありようにも大きく影響し、総裁選挙にも関わってくる。私自身、先頭に立つ覚悟でこの出直しの選挙にしっかり臨まなければならない」

尾を引く“買収事件”

岸田が目指す出直しができるどうか。再選挙で、「政治とカネ」の問題は避けられない。
河井夫妻の選挙違反事件では、自民党の県議会議員と広島市議会議員のおよそ3分の1にあたる24人が現金を受け取っていた。

西田が候補者に決まってから初めてとなる大規模な選挙対策会議が開かれた2月28日。広島市内のホテルにはおよそ70人の国会議員や地方議員らが集まった。

会場には、河井から現金を受け取っていた県議会議員の姿もあった。
こうした議員たちは再選挙でどのように活動していくのか。

50万円を受け取ったベテラン県議は苦しい胸のうちを明かした。
「選挙には関わらないようにはするつもりだが、私自身、自民党員でもあるので全く何もやらないわけにはいかず、みずからの後援会関係者に任せている」

別のベテラン県議も、やるせないような表情で控えめにこう話す。
「選挙戦で私自身は表に出られないが、大量の紹介カードや屋内用のポスターを配るようお願いされていて、党員としてやることはやる」

広島県議会では3月12日、現金を受け取っていた議員13人を調べる議会史上初の政治倫理審査会が開かれた。


条例にもとづいて、今後13人を聴取するなどして公正を疑われるような金品の受け渡しがなかったかどうか調べることになっている。
「政治とカネ」をめぐる広島の有権者の目は、日に日に厳しさを増している。
現金を受け取っていた議員にも協力を求めながら「クリーン」な選挙を展開する。
自民党は大きなジレンマを抱えている。

与党 足並みの乱れ「氷とけるのに時間が…」

「公明党との協力」も自民党の悩みの種になっている。

事件を受けて離党した克行に代わる衆議院広島3区の候補者として、自民党広島県連は県議会議員を支部長とすることを内定した。
しかし参議院選挙で案里を支援した公明党は、支持者から裏切られたという声が相次ぎ党副代表を擁立した。支持者をまとめるためにはみずから候補者を立てるしかないという判断だった。

これに自民党県連は反発する。あくまでも自民党の候補者を与党の統一候補として擁立するよう求めたが党本部での調整の結果、公明党の候補者に一本化されることになった。


両党の地方組織の間の関係は著しく悪化した。一連の過程で自民党の県連会長らが辞意を表明するに至った。窓口が事実上不在となり、再選挙に向けた協議は遅々として進まなかった。このため公明党が西田の推薦を決めたのは、告示3週間前の3月18日になってからだった。
公明党広島県本部代表の田川寿一は、足並みは次第にそろうようになると強調する。


「正直なところ、ぎくしゃくはしていた。しかし、ここから先は一致団結してやろうという方向性だ。自民党はお金を受け取った議員もいて選挙中、動けないこともある。生やさしい選挙ではないのでわれわれ公明党がしっかり応援していきたい」

自民党県連内には「公明党の力を借りなくても、自民党だけで勝てる」と反発する声が依然として出ている。
実際、西田の事務所開きには「コロナ禍で密を避けるため」として、公明党の議員が呼ばれることはなかった。

公明党の地方組織のある幹部は「自公連立政権の存亡に関わるくらい重要な選挙なので一致団結して戦うが、氷がとけるのには少し時間がかかる」とつぶやいた。

“政治とカネ”前面に

一方、野党第1党の立憲民主党は参議院広島選挙区での2議席独占を目指して、候補者を擁立する方針を早々に決めた。
「政治とカネ」の問題を訴え、保守地盤の広島でも勝利すれば菅政権に打撃を与えられると考えたからだ。与党の動きも見ながら、遅くとも2月中の決定を目指した。

短期決戦であることから、党本部が主導して知名度の高い人物を中心に人選を進め、複数の候補者から3人に絞り込んだ。

この中で狙いを定めたのが、広島市の小中学校に通ったこともあり、広島にゆかりがある元検察官の郷原信郎だった。
巨額買収事件についてSNSで舌鋒鋭く糾弾していた。
「政治とカネ」の問題で世論を喚起するにはうってつけの人物だった。

しかし郷原から色よい返事が得られないまま時は過ぎていった。
郷原自身は3月4日、広島の有権者が「政治とカネ」の問題に関心を持っているのかどうか、自分が求められているのかどうかを直接確認したいと広島に足を運んだ。
記者団の取材に対しても「今回の再選挙に至る経緯や、その後の自民党側の候補者の擁立の動きに非常に憤りを覚えている」と述べたものの、立候補するかどうかについては踏み込まなかった。

そしてその5日後、郷原は結局立候補の見送りを表明した。
河井夫妻から現金を受け取った側が何も処罰されず活動できる選挙では、公正な選挙が全く期待できないというのが理由だと説明した。

大本命”に振られ戦略転換

2月中には候補者を決めたいとしていた立憲民主党は、その期日を延ばしてまで待った“大本命”に突然振られ、仕切り直しを余儀なくされた。

再選挙の告示は1か月後に迫っていることもあり、郷原とともに絞り込まれた2人のどちらにするかとなった。

幹事長の福山哲郎ら党幹部が東京都内で、平和や憲法問題に取り組む男性弁護士と、フリーアナウンサーの宮口治子(45)の2人と面談し、党幹部は宮口を高く評価した。

宮口は広島県福山市で3人の子どもを育ててきた。また外見ではわからない障害などがあることを知らせる「ヘルプマーク」の普及にも取り組んできた。
こうした人柄や活動ぶりは県連内でも評価された。

宮口は立候補にあたってこう決意を示した。
「『シングルマザーであっても、子どもに障害があっても、こんな風に挑戦する女性がおるんじゃな、私も頑張らないけん』、そう思ってくれる人が1人でもいれば、今回、私が立候補した意味はあると思う。私は小さな声を届け、誰かのために役に立てるような政治家になりたい」

社会的に弱い立場の人たちの声を国政に届けることで政治を変えていく。それが政治に信頼を取り戻す広島の意思表示になる。
立憲民主党は、再選挙の戦略を転換した。

競合相手になるかも でも支援

宮口を立候補に導いたのは県連の代表代行で参議院議員の森本真治だ。

ただ森本は微妙な立場でもある。
今回の再選挙で勝利した場合、4年後の選挙でともに議席をかけて戦うことになるからだ。定員2の広島選挙区は長く与野党で議席を分けあってきており議席の独占はハードルが高い。それでも森本は全力で戦うという。

「今回は全国が注目し、国政全体に与える影響は極めて大きい選挙になる。相当ハードルは高いが2議席独占を果たし『政治の浄化』を成し遂げないといけない。4年後の私の選挙を心配する声もあるが政治の世界はあす何があるかさえわからないし、今は政治を正す思いが強く全集中したい」

一枚岩になれるか

旧立憲民主党と旧国民民主党の合流を受けて、広島県では両党の組織が立憲民主党に一本化され、去年10月に県連が発足した。

とはいえ、今でも両者の意見の違いが顔を出す。
今回の候補者選考の過程では、旧国民民主党出身の森本が推す宮口と、旧立憲民主党の議員が推す弁護士で県連内の意見が割れた。
まずは立憲民主党の県連が一枚岩で戦う態勢を築けるかが問われることになる。

野党連携 衆院選の試金石に

立憲民主党は野党が幅広く協力して再選挙に臨めるよう、無所属で立候補させ推薦する形とした。与党に対峙する野党の固まりを作りたい考えだ。

県内に地方組織がない国民民主党は地元の状況もかんがみ、擁立が決まるとすぐに推薦を決定した。
社民党も3月23日に推薦を決めた。

さらに、おととしの参議院選挙で候補者を擁立した共産党は今回、野党間での選挙協力を重視する考えだ。
共産党広島県委員会委員長の村上昭二は、打倒自民と野党共闘を訴えた。


「前回は定員2を争う選挙だったが、今回の再選挙は定員1だ。しかも巨額買収事件を受けた選挙であり、自民党に勝たせるわけには絶対にいかない。野党が力をあわせて候補者を一本化して勝利をすることが大事だ。選挙で自民党を倒し、野党共闘を前進させるこの2つを広島で実現させたい」

ただ旧国民民主党系を中心に、共産党とは考え方に隔たりがあるという思いが残っているのも事実だ。
野党連携が、どこまで深まるのか、そして、実効性ある協力体制が築けるのか。
次の衆議院選挙の試金石になりそうだ。

各党にも動き

日本維新の会とれいわ新選組は候補者の公募を実施するなど、擁立を模索している。

またNHK受信料を支払わない方法を教える党は、党の活動をアピールしたいとして党職員の山本貴平(46)の擁立を表明した。

山本は記者会見でこう述べた。
「いじめや生活困窮者の問題などいろいろあるが、今回はNHK問題をメインで訴える。私どもの政党は企業献金、個人献金を基本的に断っている。そこに関しては最もクリーンな政党だと思っており、裏切らない自信がある」
山本は街頭演説などの運動はしないとしていて、政見放送などを通じて主張を訴えていく方針だ。

このほか元広島県職員の佐藤周一(45)も無所属で立候補する意向を示している。

衆院選見据え 戦い本格化へ

4月8日の告示に向けて構図が固まってきた参議院広島選挙区の再選挙。
同じ日には衆議院北海道2区と参議院長野選挙区の補欠選挙も行われる。
10月21日の衆議院議員の任期満了まで残り半年。
再選挙を含めた3つの選挙の結果によっては菅総理大臣の政権運営や衆議院の解散・総選挙の判断に大きな影響を与えることも予想される。
衆議院選挙も見据え、各党の戦いはいよいよこれから本格化する。

(文中敬称略)

おととしの選挙の内幕はこちらの記事から
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“仁義なき戦い” 敗者は誰か

広島局記者
川田 浩気
2006年入局。沖縄局、国際部、政治部を経て2019年から広島局。広島市政キャップ。趣味はランニング。
広島局記者
五十嵐 淳
2013年入局。横浜局、山口局を経て広島局。県政担当。趣味は米英ニュースの視聴。
広島局記者
佐々木 良介
2014年入局。鳥取局を経て広島局。広島市政担当。趣味は釣り。