中国と“協力”へ 舵を切る日本

圧倒的な資金力で、新興国や途上国でインフラ整備を進める中国。
しかしそれは、日本が得意としてきた分野だ。資金力の差はもはや埋めがたく、劣勢に立たされている。そんな中、政府は中国とインフラ整備の分野で「協力」の道を探り始めた。かつて実現したことがないこうした協力関係、本当に構築できるのか。
(政治部外務省担当 石井寧)

「異例のスピード」で関係改善

いま、日中関係の改善に向けた動きが急速に進んでいるのを、ご存じだろうか。
1月、河野外務大臣が中国訪問。
4月、8年間も途絶えていた「日中ハイレベル経済対話」が再開。
5月、李克強氏が中国首相としては8年ぶりに日本を公式訪問。


外務省幹部が、「異例のスピード」と語るほどだ。関係改善に合わせ、安全保障や社会保障、文化など、さまざまな分野で新たな協力の枠組みが作られた。特に両政府が注目しているのが経済関係だ。

その中身は、新興国などでのインフラの整備を日中の企業が協力して行うこと。5月の日中首脳会談では、協力を模索する協議を進めることで一致し、日本政府のインフラ輸出戦略にも初めて盛り込まれた。

「もはや勝負にならない」

2013年、中国はある「旗」を掲げた。
それ以降、豊富な資金力を背景に、中国企業が各国のインフラを次々と受注している。インドネシアの高速鉄道をめぐって、日本と中国は激しい受注競争を繰り広げたが、最終的にはインドネシア政府に財政支出や債務保証を求めない案を提案した中国が受注した。

パキスタンでは発電所の建設や道路・港湾の整備などに、中国側から日本円で5兆円余りにのぼる投資が見込まれている。
スリランカでも中国の重要な拠点になるとみられる港が、巨額の資金を投じて整備された。この港は99年間、中国に譲渡されることになっていて、軍事拠点化されるのではないかと懸念も出ている。

一方の日本政府は、2020年にインフラ受注額をおよそ30兆円まで増やすという目標を掲げているが、内閣府によると2010年の実績はおよそ10兆円。2013年には15兆円と増えたものの、その後はやや鈍化傾向だ。複数の政府関係者は「資金面ではもはや勝負にならない」とこぼす。

2013年に中国が掲げた「旗」…それが、「一帯一路」だ。

お題目ではない「一帯一路」

「一帯一路」はアジアやヨーロッパ、中東、アフリカなどの国々を、主にインフラ整備によって結びつきを強め、貿易や投資、人や文化の交流などを加速化させ、巨大な経済圏を作り上げようという、中国の習近平国家主席の肝いりの構想だ。

80か国以上にまたがるこの構想、大手監査法人のPwCは、2025年までにおよそ10兆ドル、日本円にして1100兆円程度の巨額のインフラ需要が生じると予測している。日本の国家予算の10年分を上回る額だ。
一帯一路のプロジェクトでは、中国政府からの資金援助をバックに、多くの中国企業が、各国で鉄道や道路、港湾、石油や天然ガスのパイプラインなどの建設に積極的に取り組んでいる。PwCによると、中国が一帯一路のために調達した資金は、2016年までに日本円で20兆円以上にのぼるという。

「一帯一路と日本をつなぐ」

ただ、さすがの中国も、膨大なインフラ需要を満たすための資金をすべて自国でまかなうのは無理があるようだ。5月に来日した李克強首相も、日本企業の経営者らを前に「一帯一路と日本の発展戦略をつなぎあわせる必要がある」と積極的な参加を呼びかけた。

中国側としては、高い品質の素材や部品を製造する能力がある日本企業を取り込むとともに、資金調達もできれば、市場での競争力をさらに高められるという狙いがあるようだ。

舵を切る日本

日本側にとっても、一帯一路が生み出す巨大市場は、大きなビジネスチャンスと受け止める向きは多い。安倍政権が一帯一路への協力を模索する方向へ舵(かじ)を切ったのも、日中関係の改善に加え、このチャンスを収益に結びつけたいという国内企業の意向が後押ししたと見られる。
安倍総理大臣は今月11日、膨大なインフラ需要に対応するため、官民でおよそ500億ドルの資金を提供できるようにする新たな金融の枠組みの創設を発表した。

使い勝手が良くて長持ちするだけではなく、人材育成や現地の雇用にもつながる「質の高いインフラ」を、官民一体となって売り込んでいくのが狙いだ。

根強い「リスク」感

ただ、企業関係者からは懸念の声も聞かれる。ある大手商社の研究員は「中国が手がける事業は、採算が取れないとか、受け入れ国に債務の返済能力がないなど、不良案件が少なくない」と明かす。また、別の商社の研究員は「プロジェクトに日本企業が参加しても、中国側からの資金援助の仕組みがない。そんな環境で安易に参加することはできない」と警戒する。現状では日本企業にとっては、参入の“うまみ”よりも、リスクの方が強いという。

実現するか、本当の協力関係

インフラ整備をめぐる日中の協力は、本当に実現するのか。先ほどの大手商社の研究員が、真剣な表情で話していた。
「本当の意味で、日本と中国の企業がインフラ建設で協力していくには、土台づくりが何よりも大切。それは日中関係のさらなる改善にほかならない」

日中関係が冷え込んでいた2006年、第1次安倍内閣の当時、安倍総理大臣が、初めての海外訪問先とした中国で打ち出したキーワードが「戦略的互恵関係」。日中両国が、ともに抱える課題の解決に取り組むことを通じて、共通の利益を拡大するという意味だ。
あれから12年。関係は大きく冷え込んでいたが、安倍総理大臣が年内にも中国を訪問し、習主席も来年のG20サミットにあわせて日本を初訪問するという、首脳間の相互往来を考えるまでになった。
課題は依然として少なくないが、インフラ整備をめぐる両国の協力が具現化すれば、本当の意味での「戦略的互恵関係」の実現に向かっていけるのではないか。今後の動きに注目したい。

政治部記者
石井 寧
平成15年入局。名古屋局、政治部、北見局などを経て、再び政治部。現在は外務省担当。