公明党が強気 いまなにが?

「最近、公明党は強気だ」
永田町で今、こうした見方が広がっている。
政策の決定や選挙の候補者擁立をめぐり、公明党は自民党との対立も辞さない姿勢を示している。両党の関係に変化が生じつつあるのか。公明党代表の山口那津男に迫った。
(山田康博・五十嵐淳)

夜のトップ会談

12月9日は朝から雲が空を覆いすっきりとしなかった。

この日の午後6時半、総理大臣の菅と公明党代表の山口の姿は永田町に近いホテルの35階にある日本料理店の中にあった。

東京スカイツリーをはじめ都内の夜景を一望できる広めの個室で、2人は感染症予防のため距離をとって向かい合った。

開口一番、本題を切り出したのは、菅だった。
「ご心配おかけしました。後期高齢者の負担の件は“選択肢③(年収200万円以上)”でお願いします」

山口は、即座に応じた。
「では、それでお受けしましょう、合意しましょう」

政府・自民党と公明党の間で難航していた75歳以上の医療費窓口負担の問題は、トップ会談でものの5分もかからず決着した。

ことの発端は公明党

時間を3週間ほど戻す。

75歳以上の後期高齢者の医療費窓口負担をめぐり、対立の火ぶたを切ったのは公明党だった。
11月20日、幹事長の石井啓一が問題提起した。


「コロナ禍で負担の引き上げの議論をすることがふさわしいか、そもそもの問題意識もある。基本は1割負担をなるべく堅持する方向ではないか」
石井は、医療費窓口負担を2割に引き上げる対象を絞り込むべきだと主張した。
新型コロナウイルスの感染は収束のめどが立たず、医療機関の受診控えが起きていることも理由にあげた。

代表の山口も動く。
12月1日の記者会見で「年内に結論を出す必要ない」と発言した。

新型コロナウイルスの感染状況を見極めるべきだとして結論の先送りを求め、石井よりもさらにハードルを上げたのだ。

こう着状態の協議続く

こうした中で12月3日に本格的な協議がスタートした。
政府・自民党からは厚生労働大臣の田村憲久と自民党政務調査会長の下村博文、公明党からは政務調査会長の竹内譲が出席した。

協議の焦点は、2割の負担を求める対象をどこで線引きするかだった。
厚生労働省が示したのが、下の5つの案だ。

政府・自民党は2割負担を求める対象を年収170万円以上としたのに対し、公明党は240万円以上とするよう求めた。
政府・自民党の主張に沿って2割負担を求める人の年収の基準を下げれば、負担する高齢者の範囲は拡大するが、その分現役世代の負担は軽くなる。
逆に公明党が主張するように年収の基準をあげれば、負担する高齢者の範囲は絞られる一方、現役世代の負担軽減は限定的となる。
しかし双方とも譲歩することはなく、協議はこう着状態が続いた。
その結果、政府の方針を決める4日の「全世代型社会保障検討会議」は見送られた。

双方が「ボールは向こう側に」

混迷状態の中、6日の日曜日には、自民党から呼びかけて自民党の二階俊博、公明党の石井啓一ら両党の幹事長や国会対策委員長らが都内のホテルに集まり、対応を話し合った。

この場では協議を継続していくことで一致したが、その後も政府・自民党が「年収170万円以上は菅総理の強い意向だ」と繰り返す一方、公明党は「結論を先送りすることは撤回したのだから、これ以上は譲れない」と主張し、議論は平行線をたどった。

双方が「ボールは向こう側にある」と言いだす始末で、協議の行き詰まりは誰の目から見ても明らかだった。

山口代表インタビュー 交渉で感じた違和感

冒頭の菅と山口の会談は、こうした異例の事態を打開するべく開かれた。

山口は今回、NHKのインタビューに応じた。
一連の自民党の対応に不信感を隠さなかった。

「正直に言うと当初、自民党側から『公明党から譲歩案を出してもらえれば、一緒に政府側に提案する』という強い要請があったと聞いていた。だから240万円以上という案を出した。ところが自民党側が議論や手続きもなくいきなり官邸に伝えて『それではダメだ』という返事が返ってきた。非常に違和感を覚えた」

機能しなくなった“システム”

山口は自公政権で培われてきた“システム”が機能しなくなったことが違和感の原因だと指摘する。
「国民の意見が分かれるようなテーマは、与党の作業チームなどでたたき台を作り、政策責任者が決めてきた。しかし最近その合意形成システムが機能しなくなっている」

山口は菅との会談の中で「個別の政策課題について総理大臣と与党の代表が合意づくりの詰めをしなければならないというのでは、総理大臣の負担が重すぎる。これは避けた方がいい」と進言した。

菅はうなずいて同調したという。

初めての対立表面化 選挙が背景に

菅政権の発足以降、両党の対立が表面化したのはこれが初めてだった。
公明党関係者が解説する。


「来年は衆議院選挙や公明党が首都決戦と位置づける東京都議会議員選挙があり、投票に行く割合が高い高齢者に党の存在感をアピールする狙いがあった」

別の公明党関係者は、両党のパイプ役がまだ機能していないと指摘する。
「代表の山口を除けば幹事長の石井も政務調査会長の竹内も9月に就任したばかり。自民党側も政務調査会長などの顔ぶれが変わり意思疎通が不十分だったことは確かだ」

「与党の議席を守る」

次の衆議院選挙の候補者擁立をめぐっても、自民・公明両党はしのぎを削る。
11月19日、公明党副代表の斉藤鉄夫は広島市内のホテルで記者会見し、衆議院広島3区への立候補を表明した。


「県民の政治への不信を信頼にかえ、連立与党を守っていくことが政治家人生としての総決算、私のやるべき仕事だ」
”政治家人生の総決算”とまで口にして、強い決意を示した。

広島3区の現職で元法務大臣の河井克行は、妻の案里とともに去年の参議院選挙の買収事件で公職選挙法違反の罪に問われ、裁判が続いている。

去年の参議院選挙で、公明党は妻の案里を支援した。
しかし夫妻で逮捕・起訴され、公明党支持者の中では裏切られたという不満が渦巻いた。

「次の選挙では絶対に自民党の候補は応援できない」という意見が台頭する中、公明党から候補者を擁立するという策が浮上した。
夫の克行はすでに自民党を離党しているので、与党で議席を守るという大義名分が立つ。

広島3区の候補者擁立をめぐり、両党の県連幹部は10月から水面下で協議していた。
そこで公明党が斉藤の擁立を提案した。
しかし自民党は候補者の公募を検討しているとして拒否し、双方が折り合わないまま公明党は11月19日の中央幹事会で斉藤の擁立を正式に決定した。

公明党が正面突破を図ったのだ。

狙っていた選挙区

公明党代表の山口は、決定の3日後に広島3区に入った。

そこでこのように気勢をあげた。
「公明党は衆議院中国ブロックで小選挙区の議席を持っていない。議席を確保したいということは小選挙区制度ができた最初からの目標だったが具体化するチャンスはなかった。与党としてよく話し合いをしてこの機会を生かすべきだ」

票の掘り起こしに…

公明党が正面突破を図った背景には、比例代表票の減少傾向がある。

党所属の衆議院議員のうち、比例代表は21人、小選挙区は8人だ。
比例代表選出の議員が7割強を占め、減り続ける比例代表票に依存していては現有議席の維持さえ難しい。

山口はインタビューで、広島3区に候補者を立てる狙いを明かした。

「小選挙区と比例代表の取り組みが両方あると、選挙に挑む力、戦う力が大きくなる面もある。そうした意味でチャンスをうかがっていたのは事実だ」

11月下旬には公明党の支持団体である創価学会の会長の原田稔も広島に入り、地元の学会関係者を激励していたことがわかっている。

総裁選挙の余波も?

山口は斉藤の擁立を決定した日、菅との定例の昼食会のため総理大臣官邸に向かった。


茨城出身の山口のために納豆が添えられた和定食が定番となっている。
この場で山口は斉藤の擁立経緯について与党で議席を守るのが命題だと訴えた。

菅は黙って聞いていたという。

広島は9月の自民党総裁選挙で争った前政務調査会長の岸田文雄のおひざ元でもある。
その広島であれば菅の理解も得やすいと公明党は見込んだのではないか。
永田町にはそうした見方も出ている。

自民党内には、公明党との全国的な選挙協力の維持が最優先だとして「広島3区は公明党に譲ってもいいのではないか」という声も少なくない。


ただ自民党広島県連は、県議会議員の石橋林太郎の擁立を公募で決め、広島3区の支部長とするよう党本部に要請している。
このほか広島3区には、立憲民主党の新人のライアン真由美と、NHKから自国民を守る党の新人の新藤加菜が立候補を表明している。

“強気の公明党”要因は?

公明党の強気は自民党との関係の変化を意味するのか。
山口へのインタビューで直撃した。

山口は両党の合意形成に向けたプロセスの変化を指摘する。
「前の安倍政権のころから、与党で課題を議論して合意を作っていくという過程が少し乱れ、弱くなった感じがある。一方で『官邸主導』といううたい文句で政府側が主導権を握るという場面も見受けられた」

弱体化した両党の合意形成システムは“ある人物”がそれを補完していたと言う。
その人物こそが、菅である。
「安倍前総理が『私の政権の時の菅官房長官の役割を果たすような人が、今は必ずしも機能していない』と指摘したとも聞いている。政権がスタートして間もない段階だから、試行錯誤の段階なんだろう」

なるほど。
“官邸主導”“政高党低”とも言われた安倍政権が終わり、政治情勢が過渡期にある今だからこそ、公明党も「強気で」試行錯誤に乗り出したということなのか。

山口は与党内の議論の重要性を再確認すべきだと言う。
「基本的に連立政権だから、互いの持ち味を生かして合意をつくる仕組みは変えない方がいい。官邸が主導する場面も否定はしないが、かといって与党の議論のプロセスがないがしろになると民意を反映する力も弱まってしまう」

それでは、安倍と菅ではどちらが政権を組む相手としてやりやすいのか。


「いやいや、やりやすいとか何とかっていうんじゃなくて、それぞれタイプが違う。関心のあるテーマとか、話し方とかね。いずれにしても政権を運営していく役割の1人として、接するように心がけてますよ」

山口はにこやかな表情で明言を避けた。

“げたの雪” から “げたの鼻緒に”

山口は総理大臣が安倍から菅に交代したことによって、公明党のスタンスが変わることはないと言う。
ただ公明党関係者は、変化の必要性を強調する。
「前の安倍政権の時は安全保障法制など公明党の支持者の理解を得るのに苦労した政策も進めて『げたの雪』とも言われた。菅政権では『げたの鼻緒』でなければならない。げたは鼻緒が切れたら歩けない」

政権の要としての「げたの鼻緒」公明党にとって、大きな関心事の一つは議員の任期が1年を切った衆議院の解散・総選挙だ。


冒頭の菅との会談ではこの一大政局について話題になったのか。
「私のほうから『いつを考えていますか』なんて聞いたことがありません。その代わり安倍総理の時代は決断された時にきちんと伝えてくれました。それは菅総理になっても同じだと思いますね」

菅政権のもとでどう存在感を発揮できるか、公明党の試行錯誤が続いている。
(文中敬称略)

政治部記者
山田 康博
2012年入局。京都局から政治部。現在は公明党を担当。
広島局記者
五十嵐 淳
2013年入局。横浜局、山口局を経て、広島局。現在、行政や選挙の取材を担当。