「安倍一強」その後
鍵を握る二階派

9月に発足した菅政権。自民党総裁選挙で、菅義偉圧勝の流れをつくったのが幹事長の二階俊博だ。
党役員人事や組閣では、重要なポストに二階派の議員が名を連ねた。「まるで総裁派閥のようだ」と、その優遇ぶりに不満を口にする議員も少なくない。
安倍一強政治の終焉後、党内に生じつつある新たな摩擦。次の衆議院選挙が1年以内に迫る中、各地で表面化しつつある動きを取材した。
(関口裕也、高橋謙吾、田村佑輔)

二階派、山口に乗り込む

10月4日、二階の姿は、山口県宇部市にあった。
宇部市は衆議院山口3区。麻生内閣で官房長官まで務めた二階派の重鎮、河村建夫の選挙区だ。

二階は多数の派閥議員を従えて、地元の支援者を前に気炎をあげた。
「きょうは20人もの国会議員が地元にうかがった。こんなことはおそらく、自民党始まって以来のことではないか。それほど、今度の騒ぎを重要視している」

二階の言う「騒ぎ」とは、この山口3区に、同じ自民党で山口選出の参議院議員、林芳正が立候補すると一部で報じられたことを指す。

もともと山口3区を含む旧1区は、大蔵大臣などを歴任した林の父の故・義郎が当選を重ねてきた選挙区だった。

しかし小選挙区制度が初めて導入された平成8年の衆議院選挙で義郎が比例代表にまわり、まだ若く、選挙区北部の萩市を地盤とする河村が、山口3区から立候補することになった経緯がある。
将来の党総裁を目指す林としては、衆議院にくら替えし、この3区から立候補したいという意欲を折に触れて示してきた。
会合では二階派の幹部から、こうした動きを強くけん制する発言が相次いだ。

「自民党は現役優先で公認する。だから、ここでの公認は河村先生だ。ほかの人が出るなら、無所属になるか、ほかの政党に移ってもらうしかない。それは反党行為で、自民党に弓を引くことになる」(林幹雄幹事長代理)
「河村先生にもしものことがあって、妙なことになっちゃ困る。のりを超えるようなことが起こらないように、皆さんの熱烈なる総意があれば、そういう声は必ず封殺される」(伊吹文明元衆議院議長)

この言葉を受けた二階は、冒頭の発言に続き、こう締めくくった。

「品の悪いことだが、売られたケンカという言葉がある。河村先生に何かがあるということであれば、われわれも意を決して政治行動の全てをなげうって挑戦を受けて立つ。反党行為をした人が、どういう立場になるかは、ここにお集まりの皆さんなら、言わずとおわかりの通りだ」

反発を招いた二階陣営の訪問

現職の幹事長が、派閥議員を大挙して1つの選挙区に乗り込むのは前代未聞だ。
しかし林陣営の萎縮につながるかと思われた二階派の攻勢は、かえって林の支援者の反発を招いたという指摘もある。
衆議院へのくら替えを求める声が高まったというのだ。

こうした中、注目を集めたのが山口3区で最も有権者が多い宇部市長選挙だった。
二階らが宇部市に入ったおよそ10日後、現職の久保田后子市長が体調不良を理由に辞職を表明。急遽、選挙が行われることになったのだ。

“河村vs林” まるで国政選挙

“河村VS林の代理戦争か”
そうした臆測も流れる中、2人はどう動いたのか。

「この1週間、気を抜いた方が負けであります。みなさまのお力を結集していただくことをお願いします」

告示日の朝、林は、元県議会議員・篠崎圭二の応援演説で声を張り上げていた。
篠崎は林の元秘書でもあり、市長になれば、くら替えを決断した時に大きな力になる。3区内の市長に加え、党の県連幹部を務める県議会議員らも勢ぞろいし、人口16万の市の選挙としては異例の様相だ。

林に近い自民党関係者は、林の心情を解説した。
「林は篠崎の立候補に慎重だったが、林を支え続けてきた人たちの思いが勝った形だ。立候補させるからには、林も『自分の選挙だ』という気持ちなのだろう」

候補者を立てたかった河村

一方の河村も自分に近い人物の擁立を模索した。
地元では河村に近い県連の副会長の名も取り沙汰され、関係者は「河村としては篠崎を降ろして、副会長で一本化したいと考えていた」と証言する。

結局、調整は難航、副会長は立候補せず、篠崎で一本化することでまとまった。

この結果、宇部市長選挙は、いずれも無所属の新人で自民・公明両党の推薦を受けた篠崎圭二と、市の元政策広報室長の望月知子の2人によって争われることとなった。

意中の候補者を立てられなかったものの、河村は自分の秘書を篠崎の事務所開きや出陣式に出席させるだけでなく、みずからも激励に訪れ、党の推薦候補としての篠崎をしっかり応援するという“大人”の態度を見せた。

しかしそれを額面通りに受け取る者は少なく、選挙戦終盤までこのような臆測が流れることになる。
「篠崎圭二の対立候補、望月知子を河村が支援するのではないか」

特に望月の後援会には、河村の主要な支援者がいたため、林に近い関係者は神経をとがらせていた。
河村サイドには「林との代理戦争と捉えられるのはよくない」という声もあったが、河村は、本当に望月を支援しないのか。

目も合わせぬ2人 そして開票…

数々の臆測や思惑が渦巻く中で迎えた11月22日の投開票日。
河村と林は、支援者が集まる宇部市内のホテルに居合わせた。

最前列に座る林の前を通って、自分の席に向かう河村。会釈は交わしたものの、目を合わせようとしない2人の間に重い空気が漂った。

その雰囲気を振り払ったのは、当選確実が伝えられ会場で湧き上がった拍手だった。
笑顔になった林は篠崎とグータッチ。どこかほっとした様子だった。
一方の河村もあいさつに立ち、祝意を伝えた。


表情は和やかだったが、記者に囲まれた際、苦しい胸の内をのぞかせた。

「自分の後援会の皆さんが両陣営に分かれて戦った。私はあくまでも党推薦の立場を貫いてきたつもりだ。選挙が終わればノーサイド。私も皆さんにそう申し上げる」

林の元秘書・篠崎の勝利で幕を閉じた今回の選挙。得票は、篠崎が3万3648票、望月は2万6681票だった。

関係者は、この結果は、林にとって決していい数字ではないと分析する。
「望月は宇部市出身ではなく、知名度も高くなかった。多くの組織の支援を得た篠崎の得票はもっと多くなければならず、結果として組織を固めきれなかったようにみえる。仮に、次の衆議院選挙で河村と林が争い、大票田の宇部市で互角になれば、勝負はわからなくなる」

次の衆議院選挙で、林が山口3区に立候補するのか。
水面下の争いはこれからも続きそうだ。

山口3区には、立憲民主党・新人の坂本史子も立候補する予定だ。

“来る者拒まず”の二階派

二階派と他派閥の議員による公認争いの動きがあるのは山口3区だけではない。
自民党内で公認を目指す候補が重複し、調整が必要な選挙区は10前後にのぼるが、その多くに二階派の議員が関係している。

背景にあるのが「二階のやり方」だ。

その1つが「離党組の救済」だ。
自民党が野党だった平成21年、当時の伊吹派と合流した二階派は、政権奪還後も“来る者拒まず”の一貫した方針で所属議員の数を増やしてきた。

平成17年に郵政民営化法案に反対して離党した埼玉11区の小泉龍司や、山梨2区で岸田派の議員と公認を争ってきた長崎幸太郎(現山梨県知事)が、その例にあたる。
いずれも、現職の議員と選挙で直接競わせ、「勝った方を追加公認する」という手法で復党への道をひらいたのが二階だった。

もう1つが「旧野党組の優遇」だ。

民主党政権で環境大臣などを歴任した静岡5区の細野豪志。新潟2区の鷲尾英一郎や、東京21区の長島昭久も、旧民主党の出身だ。
これらの選挙区では、前回の選挙で議席を争った自民党の現職議員が立候補の意欲を示すなどしており、調整は難航が予想される。

二階自身が離党と復党を経験し、政界の離合集散を数多く目の当たりにしてきただけに、苦しい境遇にある派閥仲間への想いは強い。
ただ、そうした二階の政治スタイルこそが、党内の軋轢を生んでいるという指摘もある。

北海道では因縁の対決

北の大地には、その二階派に“戦い”を挑もうという親子がいる。

北海道東部の広大なエリアを抱える北海道7区。
11月も半ば、冷え込んだ朝、釧路市の幹線道路沿いで手を振るのは自民党の鈴木貴子だ。

7区の現職は二階派の伊東良孝。
二階派の現職がいる選挙区に立候補しようというのだから、穏やかではない。

貴子は過去2回、旧民主党などから7区に立候補し、いずれも伊東に敗れた。
その後、自民党に入党し、前回は伊東が選挙区、貴子が比例代表という棲み分けを行って2人ともバッジを付けた。

しかし、あくまで父の時代からの地盤である7区にこだわっているのが貴子だ。
「釧路・根室管内と北方四島が私の選挙区であるという思いはみじんも変わらない。引き続き、この地域の代表として活動していきたい」

後押しするのは、あの鈴木宗男。貴子の父親だ。

日本維新の会の参議院議員で、新党大地の代表も務める。
次は伊東が比例代表に回り、7区を貴子に譲るべきと主張する。

ある文書の存在

宗男が根拠としているのが、4年前に作成された「確認書」だ。
貴子が自民党に入るにあたって交わされた文書で、当時の茂木選挙対策委員長、伊達道連会長、伊東良孝、鈴木宗男、貴子の5人の署名が入っている。

この中に、次のような一文がある。

「伊東良孝、鈴木貴子は来たる総選挙において両名が当選を果たせるよう相互に協力し、連携を強化する」

宗男は「2人が選挙区と比例代表に交互に立候補することを約束したものだ」と解説する。

“これは非公式文書だ”

これに対する伊東の解釈は、まったくの逆だ。
確認書はあくまで前回の衆院選の取り決めであり、効力はなくなったと話す。正式に決定されたものではない「非公式文書」だとしている。
「前回の衆院選で2人とも当選したので約束はすでに果たされている。確認はもう終わった。ここには“小選挙区”とも“比例”とも“7区”とも書かれていない」

解釈は真っ向から食い違っている。

援軍はホープとボス

伊東は市議、道議、釧路市長を経て衆議院議員になった叩き上げの政治家だ。
農水副大臣などを歴任し、着々と支持基盤を広げている。

9月、当選同期で親しい環境大臣の小泉進次郎が釧路に駆けつけた。党のセミナーで「この7区、伊東先生以外に考えられません」と声を張り上げ、援護射撃を行った。
ちなみに、このセミナーに貴子は呼ばれていない。

伊東が公認に自信を持つのは、派閥領袖の二階の後ろ盾があることが大きい。
最終的に党本部裁定になれば、現職である自分に決まるだろうと自信を持って話した。
「私は連続4回、小選挙区で勝っているので交代する要因はない。次も自動的に公認候補になるだろうと思っている」

鈴木宗男は官邸詣で

それでも、引かないのが鈴木親子だ。
宗男は安倍政権から続けてきた毎月の“官邸詣で”を、菅政権になってからも欠かしていない。
要件は「対ロシア外交」だが、政局の意見交換もするという。

貴子も総裁選挙で菅の推薦人に名を連ね、陣営で司会を務めるなど、菅へのアプローチを強めている。

「この前の週末も地元をびっちり回ったと聞いてるよ」
貴子は菅から、こう声をかけられたという。
「菅総理は地元活動を重要視している。頑張っていれば必ず見てくれている」と期待を寄せる。

両者ともに3度目の直接勝負は望んでおらず、どちらかが引くしかない。
厳冬の北の大地でも、熾烈な駆け引きが続きそうだ。

このほか北海道7区には、立憲民主党・新人の篠田奈保子、共産党・新人の石川明美も立候補を表明している。

公明も参戦 揺れる自民

選挙区調整の難しさは、自民党内だけの問題にとどまらなくなっている。

11月19日、公明党は、広島3区に副代表の斉藤鉄夫を擁立する方針を決めた。

広島3区は、去年の参議院選挙をめぐって公職選挙法違反の罪に問われ、自民党を離党した元法務大臣の河井克行が選出された選挙区だ。これまで一貫して自民党が公認候補を擁立してきた。
次の選挙に向けて、河井に代わる候補の擁立に向けて公募を開始したのと、ほぼ同じタイミングだったこともあり、大きな衝撃をもって受け止められた。

自民党内では「斉藤の立候補を認めるわけにはいかない」という強気の意見がある一方、「候補者調整が難航すれば、ほかの選挙区で公明党・創価学会の支援が得られなくなるのではないか」などと、自民・公明両党の選挙協力への影響を懸念する声も出ている。
広島は、前政務調査会長の岸田文雄をはじめ、岸田派の議員が多く、次の総裁を目指す岸田にとっても調整力が問われる難題だ。

広島3区には、立憲民主党・新人のライアン真由美も立候補を表明している。

「安倍一強」の終焉とともに

「安倍一強」とも呼ばれた政治情勢が終わりを告げた。
こうした新たな摩擦は与党内のパワーバランスに変化が生じたことによって、これまで抑え込まれていた各グループによる勢力拡張の胎動があらわになったようにも見える。

衆議院議員の任期満了まで11か月を切る中、菅政権を支える自民党内の派閥の力学、公明党との関係が、どう変化しようとしているのか。
選挙区調整の動きは、それを読み取るための1つの指標になりそうだ。
(文中敬称略)

山口局記者 
高橋 謙吾
2010年入局。山口局から青森局を経て再び山口局。県政や自民党を担当。趣味は山口の温泉めぐり。
釧路局記者
田村 佑輔
2015年入局。静岡局を経て釧路局。釧路市政や新党大地を担当。
政治部記者
関口 裕也
2010年入局。福島局、横浜局を経て政治部。現在は、政府の経済政策や新型コロナウイルス対策を取材。