成立するか 働き方改革法案
与野党のキーマンに聞く

働き方改革関連法案をめぐる国会論戦が熱を帯びています。「多様な働き方を実現する」と政府・与党が、意義を強調する一方、「長時間労働や過労死を助長しかねない」と野党側は指摘し、対案を提出しています。私たちの暮らしに直結する働き方改革。与野党双方の厚生労働大臣経験者はどう考えているのか、聞きました。
(政治部厚生労働省担当記者 一由貴之、奥住憲史)

議論のテーマは何か

国会では、「高度プロフェッショナル制度」の導入や、時間外労働の罰則付きの上限規制などをめぐって論戦が繰り広げられています。

「高度プロフェッショナル制度」

「高度プロフェッショナル制度」は、高収入の一部専門職を対象に、働いた時間ではなく成果で評価するとして労働時間の規制から外す新たな仕組みで、深夜や休日に仕事をしても割増賃金は支払われません。本人の同意を得て制度が適用されると、出社や退社の時間、仕事の進め方などを自由に決めることができ、労働生産性の向上につながるなどと期待されています。一方、成果を出すために、結果的に長時間労働を迫られるのではないかという指摘もあります。

自民党・田村憲久 政務調査会長代理
「フリーランスで働く人が増えていますが、今後もこうした働き方が増えていくと思います。高度プロフェッショナル制度に合致する働き方であれば、その中に入れていった方が、働く人たちにとっても安全・安心につながります」
「制度の対象者は、高度な知識を持ち、自分で働く時間を調整できる人です。労使の交渉でしっかり交渉権を持つ人なので、『残業代を支払わずに働かせ放題にできる』といった指摘は、あたりません。企業が日々の業務を命令して働かせた場合は、労働基準監督署の指導の対象になります」

立憲民主党・長妻昭 代表代行
「高い付加価値を生み出す働き方を広めて、日本の稼ぐ力を上げて、結果として労働生産性を向上させるという目的は、私たちも安倍総理大臣も同じだと思います。ただ、労働規制を緩めるという安倍総理大臣の描く道筋は、間違っていますね」
「勤務時間を選べるフレックスタイム制など今の労働法制のメニューを理解して使えば、相当、柔軟な働き方ができるのに、新しい制度を導入するニーズがどこにあるのか全く分かりません。労働時間の規制が無く、残業代が出ない制度が登場することに相当、危機感を持たなきゃいけない」

対象者はどんな人?

制度の対象者は、年収1075万円以上の証券アナリストや医薬品開発の研究者、それに経営コンサルタントなどが想定されていますが、最終的には、法案が成立した後、労使双方が参加する、厚生労働大臣の諮問機関「労働政策審議会」で議論して、厚生労働省が省令で定めます。

立憲民主党・長妻氏
「政府・与党は『小さく産んで、大きく育てよう』と考えている節があり、将来的に対象者が拡大していくのは火を見るより明らかです。本人の同意が必要な制度ですが、上司から『君に期待しているので、やってくれ』と熱心に言われたら、組織人のサラリーマンは、なかなか断りにくいですよ。同意の取り付けが形式的なものになるおそれがあります。また、ブラック企業が『隠れみの』として制度を利用することも考えられ、大きな問題につながると思います」

自民党・田村氏
「年収が1075万円あるということは、専門的な知識や能力を持つと同時に、それだけの処遇を受けられるほど、会社に対して交渉力があるとみなすことができます。これが下がると、交渉力が無いということになり、法の趣旨を逸脱してしまうので、年収要件が引き下げられることは無いと考えています。一方で、対象の職種は広がる可能性があります。高度な専門職で、労働時間と成果に連動性があまりない働き方であれば、対象となることはあります」

健康を守る対策は?

労働者の健康を確保するために、年間104日以上、4週間で4日以上の休日を確保することが義務づけられます。さらに、▽2週間の連続休暇取得、▽臨時の健康診断、▽仕事を終えてから、次の日、仕事を始めるまでに一定の休息時間を確保すること、それに、▽1か月または3か月の間の「健康管理時間」に上限を設けるといった、あわせて4種類の取り組みから労使が1つを選んで実施しなければなりません。

自民党・田村氏
「年間104日以上の休日の確保というのは、週休2日に近いような形で休みが取れるということです。4週間で4日以上の休日確保についても、一般労働者の場合、(労働基準法36条に基づく)36協定によっては休日をとらなくてもいいケースがありますが、この制度では義務化されており、一般労働者よりも企業に厳しく健康確保を課す部分も取り入れています

立憲民主党・長妻氏
「本当に自分が好きな時に休むことができるのか分かりませんし、仮に1日30分だけ働いた場合は勤務したことになるのか、休んだことになるのかも曖昧で、実効性があるのでしょうか。企業は労働時間などを指示しないので、『本人が好きで仕事をやって、体調管理できなければ自己責任だ。会社には一切、責任無い』となりますよ」

労働時間調査のミスを踏まえ、どう主張?

立憲民主党・長妻氏
「高度プロフェッショナル制度を含めた、働き方改革の議論の出発点になった労働時間の調査結果にミスが見つかり、信頼性が大きく揺らぎました。こうした不手際があった以上、まずは法案を撤回して、高度プロフェッショナル制度を削除し、調査もやり直すべきです。そして、労働政策審議会で審議し、野党の対案の内容を取り入れた法案を出し直すべきです」

自民党・田村氏
「私たちは必要な制度だと感じていますし、削除するということにはなりません。労働時間の調査結果をめぐる問題は、厚生労働省に真摯(しんし)に受けとめてもらう必要があります。ただ、ミスの可能性の高いデータなどを除いたデータには信ぴょう性があるので、統計的に有効性があるということを説明した上で、法案の審議は、しっかりと進めていきたいと思います」

「時間外労働の罰則付きの上限規制」

長時間労働を是正するため、時間外労働に罰則付きの上限規制が設けられます。原則として月45時間・年間360時間とした上で、臨時に特別な事情がある場合には、年間6か月までは、さらなる時間外労働を認めます。具体的には、休日労働も含め、▽月100時間未満、▽2か月から6か月のいずれの期間の平均も80時間を上限とし、こうした場合でも、年間では最大720時間以内としています。違反した場合、6か月以下の懲役、または30万円以下の罰金を科すとしています。

自民党・田村氏
「長時間労働の是正は、人が人らしい働き方をする上で必要ですし、大きな意義があります。社会的風潮が『長時間労働は良くないね』となれば、経営者も改善するし、労働者も声を上げやすくなっていきます。また、生産年齢人口が減る中、女性や高齢者の社会参加を促すためにも、働く意欲のある人たちが働きやすい環境を作っていかなければなりません」

立憲民主党・長妻氏
「一般論として上限を設けるのは正しいですが、『諸刃の剣』です。政府案の通りに上限を設けると、労災認定の基準が相当、変わる危険性があります。月100時間未満なら処罰されませんと国がお墨付きを与えることにつながります。つまり、『過労死ライン』とされる月80時間を超えて働かせても、法令は遵守していることになるという懸念があります」

上限規制のあり方は?

立憲民主党・長妻氏
「政府案と同じ内容の上限規制を掲げている野党もあります。経団連と連合が合意した内容なので尊重するのは分からなくもないのですが、他の先進国と比べれば政府案は不十分で、私たちの対案では月80時間未満としています」

自民党・田村氏
「ベストかどうかは別として、今までよりベターであることは間違いなく、大きな前進です。労働政策審議会で労使双方がいろいろな議論をする中で得た結論であり、過労死を防ぐため、時間外労働の上限規制を社会に根づかせていきたい

実効性、どう担保する?

自民党・田村氏
「中小零細企業に対しては、人材の確保や取り引きのいろいろな慣行などの実態に即して、労働基準監督署がきめ細かく丁寧に指導や助言をしていくことを法案に盛り込みました。各都道府県に『働き方改革推進支援センター』を設け、企業が社会保険労務士に相談できる態勢も整えていきます」

立憲民主党・長妻氏
「世界的に見て甘い内容の上限規制が、ようやく設けられようとしています。企業も苦労はあると思いますが、発想を変えて、乗り越えるような創意工夫をしていかないと、高い付加価値を生み出す労働者が日本からいなくなります。官民を挙げて工夫を凝らし、職業訓練も充実させていくべきです」

「“束ね法案”の是非は」

働き方改革関連法案は、労働基準法や労働契約法など、あわせて8本の法律の改正案を束ねた形で構成されています。政府関係者は「労使双方の意見に配慮した“ガラス細工”のようなもので、手を加えるのは難しい」としていますが、立憲民主党などは批判しています。

立憲民主党・長妻氏
「労働規制の強化策と高度プロフェッショナル制度のような非常に評判の悪いものをくっつけて、『さあ、どうする』というのはいくら何でもまずく、分離すべきです」

自民党・田村氏
「いずれの改正案も『働きやすい環境を作ろう』という意味では同じもので、1本にまとめるというのは適切な考え方だと思います」

「法案の行方は?」

立憲民主党・長妻氏
「理想は私たちの対案の成立ですが、容易ではありません。与党は法案の採決に向かってまっしぐらですが、私たちは、法案を撤回し、労働政策審議会に差し戻し、国民的な議論をもう1回してもらうという原則論で臨んでいきます」
「最近の与党は、一度、国会に法案を出したら、『議論なんて関係無い』と言わんばかりの姿勢が目につきます。安倍内閣の目玉政策だから、中身に目をつぶってでも通そうと。私たちは国会論戦を大切にして、相当な調査をして説得力のある具体的なデータに基づいて論戦を展開します。働き方改革を通じて目指す最終的な着地点は、高い付加価値を生み出す働き方を広めて、日本の稼ぐ力を上げることであり、安倍総理大臣も私たちも同じです。ただ私たちの手法の方が早く到達できると気づいてもらえたら、ありがたいです」

自民党・田村氏
「政府と経団連、連合の3者が合意し、労働政策審議会で議論してまとめた法案なので、趣旨に反する修正を行うわけにはいきませんが、受け入れられる範囲の内容であれば、どの政党の要望であっても、法案の修正には応じたいと思います」
「安倍総理大臣が最重要法案の1つだと言っていますし、当然、今の国会で成立させたいと思っています。野党に法案の意義などを丁寧に説明し、ご理解をいただいていかなければなりません。一方、野党としての言い分もあると思いますし、野党が法案を通さないための国会戦術を取ることを私は否定しませんし、憤りもありません。ただ私たちは会期末までに法案を通さないといけないので、それに向かって国会審議を進めて行かざるを得ません。そうした与党と野党の立場の違いを国民がどう判断するかという、その1点だと思います」

取材を終えて

「働く環境を良くしたい」、「過労死や過労自殺を無くしたい」という思いは、与野党双方に共通していますが、規制緩和の一部導入の是非や、規制強化の具体的なあり方をめぐって考え方に隔たりがあります。与野党双方が、立場を超えて、「成立ありき」、「対決ありき」ではない、徹底的な議論を行い、よりよい働き方を実現するための智恵を絞ってもらいたいと感じました。
6月20日の会期末を控え、国会論戦はいっそう激しくなる見通しです。働く人たちに密接に関わる働き方改革関連法案の審議をこれからも丹念に取材し、伝えていきたいと思います。

政治部記者
一由 貴之
平成13年入局。新潟局、大阪局を経て、政治部で厚生労働省を担当。早稲田大学時代に応援部主将。
政治部記者
奥住 憲史
平成23年入局。金沢局、秋田局を経て政治部へ。現在、厚生労働省担当。趣味は麻雀。