貧困連鎖防げ
生活保護世帯の大学進学支援

何かと与野党が対立することが多い国会ですが、このほど、与野党の有志議員が党派を超えて協力し、貧困の連鎖を断ち切ろうと、生活保護受給世帯の子どもの大学などへの進学を後押しするための提言をまとめました。何が与野党の議員を動かしたのか、また、生活保護世帯から大学へ進学した若者の苦悩を取材しました。(政治部 相澤祐子記者)

教育格差が貧困の連鎖に

平成29年度予算が成立した翌日の3月28日。大阪・豊中市の国有地が、学校法人「森友学園」に鑑定価格より低く売却されたことなどをめぐる与野党の攻防が続く中、国会内で、子どもの貧困対策に取り組む超党派の議員連盟に参加する与野党の議員およそ30人が集まりました。経済的な事情で、より高いレベルの教育を受けられないと、経済事情は改善されない。そうすると、その子どもも教育を受けられず、貧困から抜け出すことができない。教育の格差が、貧困の連鎖を生んでいるのではないか。議員たちには、こんな問題意識がありました。どんなに貧しい家庭で育っても、本人の意欲と能力があれば、高校にも大学にも進学できる環境を整えたい。議員連盟では、生活保護受給世帯の子どもたちの大学などへの進学を後押しするための支援策の検討を進めることになりました。

生活保護家庭では大学進学できない?

議員連盟が、どうして生活保護世帯の子どもに注目したのか。それは、制度上、生活保護を受けたままでは、大学に進学できなくなっているからです。

生活保護法第4条には、「保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる」と規定されています。つまり、今の生活保護制度では、18歳となり高校を卒業すると「稼働能力がある」とみなされ、自立を目指して、働いて収入を得ることが求められるのです。

生活保護世帯の高校生が、大学などに進学を希望する場合には、「世帯分離」という手続きを取って、生活保護の対象となる世帯から離れ、自立して生活する必要があるのです。世帯分離をしない場合は、昼間に、働いて収入を得た上で、夜間大学や通信制の大学で学ぶことなどしか認められていません。一方で、世帯分離すれば、進学後も、家族と同居していたとしても、世帯の生活保護費は、月5~6万円減ります。このため、家族の負担が増えることへの影響を懸念して、進学を諦める子どもの存在が指摘されているのです。

千葉市が、去年7月に行ったアンケート調査によると、市内の生活保護世帯のうち、「子どもを将来、大学まで卒業させたい」と答えた保護者は38.6%だったのに対し、「現実として、大学まで卒業させられる」と答えたのは5.7%でした。

世帯分離して進学した学生は

名古屋市に住む、東岡良河さん(21)。小学2年生のときに父親がくも膜下出血で倒れ、母親が、パートで働き始めたものの、東岡さんを筆頭に4人のきょうだいが暮らすには生活が苦しく、やがて両親は離婚。小学4年生のときに、生活保護を受けるようになりました。東岡さんが、大学進学を考えたのは、その頃だといいます。

「両親が中卒だから、こんなに苦しい生活をしているのではないかと考え、反面教師で勉強に打ち込むようになりました」

そして、現役で公立大学に合格。しかし、入学金を払うことができなかったため、辞退せざるをえませんでした。東岡さんは、担当のケースワーカーに、自宅で浪人をしながらお金を貯め、翌年、もう一度チャレンジしたい旨を告げると、「進学はしないでほしい。働いてほしい」と言われたといいます。

進学を諦められなかった東岡さんは、高校や模試の成績、大学の合格通知書を持ち、当時住んでいた市の市役所や福祉事務所に通い、みずから担当者に訴え、翌年、再度、受験することを容認してもらいました。その代わり、高校を卒業した時点で、生活保護制度の決まりどおり、世帯分離をしました。そして、週2日、夜間に、コンビニエンスストアでアルバイトをして、入学金と生活費を稼ぎながら、毎日、受験勉強のため図書館に通い続けました。1年後、国立の名古屋工業大学に合格し入学。複数の給付金や貸与型奨学金を受けながら、民間企業が学生向けに提供する、3食つきの学生寮に入ることができました。

現在は、市内のひとり親家庭や生活保護世帯の中高生などに勉強を教える学習支援団体でアルバイトをしています。そしてアルバイト代から、私立大に通う弟に仕送りをしているといいます。東岡さんは、「統計的に見ても、生活保護受給者の子どもが貧困に陥る可能性は高く、もし『世帯分離』せずに進学ができれば、そうした貧困の連鎖を大きく断ち切ることができるのではないか」と話します。

世帯分離が心の傷に

大学に進学するために世帯分離を余儀なくされた若者たちは、心に深い傷を残しています。生活保護世帯で育ち、現在、東京大学に通う島田了輔さん(20)は、超党派の議員連盟の会合で、世帯分離を選択したときの気持ちを次のように語りました。

「高校の先生に相談したとき、『君はもう、親を捨てろ』と言われました。そのくらいの気持ちで進学せざるを得ませんでした。『世帯分離』しなければいけないというのは、それだけで親不孝のように思えて、自分だけ助かる道を選んだのではないかという、罪悪感というか、後ろめたさがありました」
「現状の制度や状況は、貧しい子どもたちが夢を叶えられるようには、残念ながらなっていないような気がします。生活保護世帯から大学進学できる子というのはごくまれで、運がよい。しかし大学へ進学できたとしても、ある意味で心に深い傷が残りうるのが現状なので、ぜひ、普通の子が、普通に進学できるようにして頂ければと思います」

かつては高校進学も認められず

実は、かつては、生活保護制度のもとでは高校への進学も認められず、今の大学への進学と同様、世帯分離をしなければなりませんでした。制度が見直されたのは、昭和45年(1970年)。高校への進学率が80%を超えた頃でした。文部科学省の「学校基本調査」によりますと、平成28年度の、大学や専修学校などへの進学率は80%に上っています。これに対し、生活保護世帯は33%(厚生労働省調べ、平成27年度)と大きく下回る水準です。また、生活保護世帯の所有物についても、一定の基準が設けられています。昭和38年(1963年)に出された、当時の厚生省の通知では、炊飯器などの物品については、その地域の全世帯の70%程度の普及率があれば、基本的に、生活保護世帯でも保有が認められるとされています。議員連盟の中では、大学への進学も生活保護世帯に認めることを、そろそろ検討する時期が来ているのではないかという声も上がっていました。

生活保護制度見直しを提言

そして、4月25日。議員連盟は、総会を開き、政府への提言をまとめました。

提言では、「生活保護家庭の子どもの大学や専修学校などへの進学率は、一般家庭の子どもの半分以下の水準であり、貧困の連鎖を生む最大の要因ともいえ、進学率の向上は最優先で進められるべきだ」と指摘しました。そのうえで、昭和45年に、高校に進学する際の世帯分離が廃止されたことに鑑み、大学や専修学校などへの進学についても、来年度の進学に間に合うよう、早急に効果的な支援策を講じるべきだとしています。

かつての高校進学と同様に、生活保護世帯の子どもの大学などへの進学を認める方向で、制度の見直しを求める内容です。

議員連盟の会長を務める自民党の田村憲久前厚生労働大臣は、「大学や専修学校に行き、高い給料を得る能力をつけてもらえば、家庭全体が生活保護から脱却してもらえる。貧困の連鎖を断ち切るためにも、非常に意味のある政策だと思う。特に、大学などへの進学が80%を超える状況なので、そろそろ理解してもらえる段階に来ているのではないか」と話していました。議員連盟では、近く、この提言を塩崎厚生労働大臣と松野文部科学大臣に提出することにしています。

希望する子どもが進学できる社会には

今回の取材で話を聞いた、生活保護受給世帯から大学に進学した学生たちはみな、自身の夢と、家族への思いのはざまで悩みながら世帯分離を行い、進学を選択していました。そして、大学に進学した今、同じような境遇の中高生への支援を行うボランティア活動に参加し、「情報がないために、進学を諦める子どもは多い。勉強だけでなく、自分たちの経験も伝えていきたい」と話していました。一方で、制度を変えるには、財源の確保のほか、納税者の理解を得ることができるのかや、生活保護を受けずにギリギリの経済状況で生活している世帯との公平性など、課題も多いのも現実です。与野党が、激しく対立するだけではなく、党派を超えて協力し、この問題に、どのような結論を出すのか、引き続き取材していきたいと思います。

政治部記者
相澤 祐子
平成14年入局。長野局を経て政治部へ。現在、野党担当。