大ITに どう向き合う

拡大を続けるデジタル市場で独占的な力を強めていると指摘されるGAFA。
日本政府は、GAFAに代表される巨大IT企業に対し、取引の透明性を確保するため、新たな規制を設ける「デジタル取引透明化法案」を国会に提出した。
世界中の人々に利便性をもたらし、生活スタイルすら変えてしまうほどのイノベーションを生み出してきたこれらの企業に、なぜ今、規制が必要なのか。
そして、規制はどうあるべきか。
(瀧川学)

国家を超える“巨人”

今さら説明するまでもないが、GAFAとは、グーグル(Google)、アマゾン(Amazon)、フェイスブック(Facebook)、アップル(Apple)の4社の頭文字をとったもの。

検索サービスやオンラインショッピング、SNSなどの世界的な拡大を背景に、近年急成長を続け、4社を合わせた時価総額は、去年9月の時点でおよそ350兆円にのぼる。

イギリスやフランスのGDP=国内総生産を上回り、世界4位の経済大国ドイツに迫る勢いだ。

こうした巨大IT企業は、ネット上でのモノやサービス、情報をやりとりする基盤(プラットフォーム)を提供していることから、「デジタルプラットフォーマー」と呼ばれる。

日本では楽天やヤフーなどがそれにあたり、熾烈な競争を繰り広げている。
その市場規模も拡大の一途をたどり、日本のオンラインショッピングの市場規模は、おととし時点で8兆8000億円、アプリストアの市場規模は1兆7000億円に達した。

膨張するデジタル市場の陰で

しかし、成長を続けるデジタル市場には課題もある。
オンラインショッピングに出店するなど、巨大IT企業と取引をしている事業者の中には、契約条件や手数料などをめぐってトラブルになるケースも少なくないという。

ネット上でアパレル商品を販売しているAさん(38)に話を聞いた。

Aさんは、おととし、ある巨大IT企業が運営するオンラインショッピングモールに開設していた自身の店舗のサイトが、突然、閲覧できなくなった。運営企業からは、「販売商品がほかの商品に似ていて、権利を侵害しているおそれがある」と指摘するメールが一方的に届いただけだったという。

「店を閉鎖する場合は、あらかじめ通知するということになっていたはずなのに、一方的に閲覧できない状態になりました。詳しい理由を知りたくても、すぐに説明してくれなくて、先方とコンタクトをとるにも苦労しました」

結局、協議は折り合わず、出店の継続を断念したAさん。そのモールでの売り上げは、全体の半分以上を占めていたため、経営は大打撃を受けたという。

Aさんによると、手数料などを一方的に引き上げられたこともあったという。背景には、取引相手である巨大IT企業との圧倒的な力の差があると指摘する。

「運営企業側は『説明している』と言うかもしれないが、納得できるものではないし、従うしかないのが実態です。『嫌なら出店をやめればいい』と言われるが、名の知れたモールの集客力はすごいし、時間をかけて蓄積してきた口コミなどのデータも簡単に捨てられないんです」

「デジタル取引透明化法案」とは

公正取引委員会が行った実態調査によれば、Aさんのようなケースに加え、商品検索で表示される順番が、運営企業の自社商品や関連会社のものが優遇されるなどといった懸念も出されたという。

こうした実態を踏まえて政府が策定したのが、今回の「デジタル取引透明化法案」だ。改めてその内容を詳しくみていきたい。

まず、規制の対象となるのは、インターネットでサービスを提供する企業のうち、一定の規模があり、国民生活や経済への影響が大きい、オンラインショッピングやアプリストアの運営企業だ。

これらの企業に対し、取引先の業者が、手数料の一方的な引き上げなどの不当な取り扱いを受けないよう、
契約条件の開示
契約内容を変更する場合の事前の通知
などを義務づけるとしている。

そして、従わない場合は、経済産業大臣が勧告や命令を行えるほか、独占禁止法に違反する疑いが認められる場合は、公正取引委員会に対処を要請できるようにするとしている。また、運営状況の自己評価を求め、1年に1度、経済産業大臣に報告させることも盛り込んでいる。

実効性に疑問 なぜ?

法案の作成にあたった内閣官房の担当者は、狙いは企業側の自主的な取り組みを促すことにあると強調する。

「変化が早いデジタル市場だからこそ、すべての規制を国が決めるのではなく、政府と企業の間でやりとりをしながら、自主的な取り組みを後押しすることで仕組みはうまく機能する」

しかし、その実効性に疑問を呈する声もある。

デジタル市場の法制度に詳しい、東洋大学の多田英明教授は、トラブルの抑止や企業の取り組み状況を把握しようとする法案の意図は評価できるとする一方、規制が有効に働くかどうかは、注視していく必要があると指摘する。

「企業側に報告を求め、それを政府が評価する仕組みがどう機能するかは、今後定められる省令や運用を見ていく必要がある。法案も、最初から完璧なものを目指したものではなく、企業側が規制にすんなり従ってくれるのがベストだが、対応が改善されなければ、より厳しい規制を設けるなどの見直しが今後の論点となるだろう」

IT業界の関係者からも、「企業側の自主性に期待しても、良心的な会社と、規制をくぐり抜けようという会社とで対応が分かれてしまうのではないか」などと懸念が聞こえる。

規制? 技術革新? 難しいバランス

なぜ今回の法案は、より直接的で細かな規制を定めるものにはならなかったのか。
取材を進めると、いくつかの理由が見えてきた。

その1つが、「規制と技術革新とのバランス」だ。
デジタル市場の隆盛は、革新的な発想と技術によってもたらされるものであり、いたずらに規制を強化してしまうと、技術革新が阻害されかねないという論は根強い。

2月上旬に自民党本部で行われた部会でも、出席した議員からは疑問や指摘が相次いだ。

「国内の企業を萎縮させるだけではないのか?」
「規制を設けたところで、海外の巨大なIT企業が本当にそれに従うのか?」

法案の作成過程では、IT企業側に対し、自社商品と競合する商品の出品を拒絶するなど、取引先に不利益を与えるような行為を禁止する規定を設けることも検討されていたが、与党内で技術革新への阻害を懸念する意見があったことを踏まえ、明記は見送られた。

ちらつくアメリカの影

もう1つがアメリカの影だ。

GAFAへの規制をめぐっては、去年、フランスが巨大IT企業を対象にしたデジタル課税を導入した際、アメリカのトランプ政権が報復として、フランスからの輸入品に関税の上乗せを検討するなど、国家間の摩擦にまで発展したことも記憶に新しい。

政府関係者は、「今回の法案にあたっても、アメリカ当局は当初、日本の動きに関心を寄せていた。『GAFAを狙い撃ちにするのではないか』と気にしていたのだろう」と明かす。

安倍総理大臣とトランプ大統領が親密な関係にあるとされる中、こうしたアメリカ政府の懸念に少なからぬ配慮があったのではないかという見方もある。

法案の準備段階にあった去年11月には、政府の会議にGAFA4社の幹部を呼んでヒアリングが行われた。菅官房長官が、議員会館の自室で幹部と個別に会談する場面もあったという。

こうした丁寧な調整が功を奏したのか、日本政府関係者は「アメリカは日本の規制には納得している」と胸を張る。

GAFAの反応は

今回の法案について改めて4社に直接取材を試みると、うち3社からは規制の内容や政府の取り組みに対し、おおむね「賛同する」という回答が得られた。

Google
「この分野で透明性を担保することを目的とした政府のアプローチに賛同している。今後の具体的な制度設計においては、それが効力を発揮し、日本の継続的なイノベーション推進に寄与するためにも、引き続き関連各所とのオープンな対話が肝要だと考える」

Amazon
「政府と様々な事案についてコミュニケーションを取っている。適切な制度となるよう、政府との間で対話を継続させていただく所存だ」

Facebook
「デジタル市場のルール整備について理解しており、政府と議論をしていきたい。新しいルール作りのためには、関係各位との幅広い議論が必要で、今後もこの重要な議論に対し、協力を続けて参りたい」

Apple
「この件に関してはコメントしかねる」

印象的だったのは、3社とも今後の具体的な制度設計などに向けた政府との対話に前向きだったことだ。
各国の政府や国際機関などと、さまざまな協議や折衝を重ねてきた彼らにとっては、日本政府との「対話」は、当たり前で日常的なものなのかもしれない。

いわば百戦錬磨の彼らとの「対話」を実効的な規制につなげるためには、政府側の準備と覚悟が必要だと多田教授は指摘する。

「IT企業が自主的に取り組むと言っても、対話を通じて自社のビジネスをやりやすい方向に持っていきたいという狙いはあるだろう。それに対抗するには、政府側に、専門知識や知見を蓄え、企業の求めに耐えられる理論武装が大事になってくる」

先行するEUも苦戦?

初めての規制に取り組む日本にとって、ヒントになりそうなのはEUだ。

EUは、デジタル分野の規制について先行的に議論を進め、IT企業に取引条件の開示を義務付けるなどの規制を導入しようとしている。企業側に行動規範の作成を推奨するなど、企業側の自主性を重んじている内容で、日本の今回の法案も、EUの例を参考にした部分が大きい。

しかし今夏からの規制の導入を目前に、EU当局からは、巨大IT企業側の協力が不十分だとして不満の声も出ているという。先行するEUでも、規制の実効性をどう高めていくか、苦戦している様子がうかがえる。

アメリカや中国の巨大IT企業が存在感を増す中、デジタル分野のグローバルスタンダードとなる規制を構築するためにも、日本とEUとの連携が重要性を増すと多田教授は指摘する。

「EUは巨大なマーケットで、消費者にも購買力もあるので、規制の議論をリードできる立場にある。さらに、EUと日本は『自国の市場が、アメリカの巨大企業に乗っ取られてしまう』という共通の危機意識もあり、最も利害が一致する。日本だけで頑張るのではなく、EUと連携し、どうすれば巨大企業に言うことを聞かせられるのかを考えていく必要がある」

今や欠かせないものだからこそ

巨大IT企業が提供するサービスは、今や仕事でも生活でも欠かせないものとなっている。

ただ、便利だからといって無条件に受け入れるのではなく、利用者である私たちも透明性や公平性を見極める目を養っていく必要がありそうだ。

政治部記者
瀧川 学
2006年入局。佐賀局、福岡局を経て政治部。その後、沖縄局を経て再び政治部に。趣味はマラソン。