新幹線で暗闘 長崎対佐賀!
かつて同じ肥前国だった、佐賀県と長崎県。
江戸時代、世界に向けて扉が開かれていた長崎・出島から入った人や物、そして文化は、佐賀を通じて日本全国に広がっていった。いにしえから往来のあった両県だが、いまその関係は、かつてないほどこじれにこじれている。
その原因は「新幹線」。
整備計画の決定から、なんと半世紀近く。
九州新幹線・長崎ルートをめぐる、長崎県と佐賀県の文字通りの「暗闘」を取材した。
(櫻井慎太郎、坂本眞理)
半世紀にしてようやく、のはずが…
福岡県の博多と長崎を結ぶ「九州新幹線・長崎ルート」。
山陽新幹線に乗り入れれば、新大阪まで結ばれる。特に長崎県にとっては悲願だ。
構想が持ち上がったのは昭和47年。翌48年に整備計画が決定、ことしで46年になる。3年後の2022年度、半世紀を経て、“暫定開業”することが決まっている。
対立 その原因は…
しかし、“暫定開業”とは、どういうことなのか?
実は、まだ佐賀県の新鳥栖から武雄温泉の区間の整備方式が決まっていないのだ。長崎ルートは、車輪の幅を変えることで新幹線と在来線の両方を走ることができる「フリーゲージトレイン」の導入が前提になっていた。しかし、その開発が難航して導入できない見通しとなり、現在、新鳥栖から武雄温泉の整備方式が宙に浮いた状態になっているのだ。
当面、新幹線と在来線の特急を乗り継ぐ「リレー方式」での暫定開業となる。
なぜ整備方式が決まらないのか。
通常の新幹線と同じ「フル規格」での整備を求める長崎県は、投資効果と時間短縮効果を重視。
一方の佐賀県は、財政負担の重さと在来線への悪影響を訴えて、「フル規格」に反対している。
長崎の主張:投資効果と時間短縮効果
武雄温泉から先、長崎までの区間は「フル規格」での整備が着々と進められている。
トンネルや高架橋などの工事は、94%まで完了。
総事業費およそ6200億円のうち、今年度までに72%にあたる4400億円余りが投じられる。
すでに多くの投資が終わった長崎県は、その投資効果と時間短縮効果を高めるためには、全線「フル規格」の整備が必要だと訴える。
長崎から博多までにかかる時間は、全線「フル規格」になれば51分。「リレー方式」の最速より29分も縮まる見通しだ。国土交通省の試算では、全線「フル規格」で整備した場合の投資効果は、「リレー方式」による投資効果を大きく上回るという。
何より全線「フル規格」になれば、乗り換えなしで関西圏に向かうことができる。
リニア中央新幹線の開業まで見据えれば、さらに夢は大きく膨らむ。「リレー方式」は、あくまで「暫定」という位置づけだ。
佐賀の主張:財政負担と並行在来線
一方、佐賀県は、全線「フル規格」に反対。
県内を東西に横断するおよそ50キロの新鳥栖と武雄温泉の区間は、既存の在来線の活用を前提としてきた。
反対する最大の理由は、財政負担だ。
全線「フル規格」、新幹線の専用路線を建設することになれば、佐賀県側は、これから多額の投資が必要になる。総事業費は、国土交通省の試算でおよそ6200億円。国土交通省は、国の交付税措置などで佐賀県の実質負担は660億円に落ち着くと説明する。
しかし、すでに認可・着工済みの武雄温泉と長崎の区間も、資材費や人件費などが高騰し、事業費は当初の想定よりも大きく上振れしている。このため、佐賀県は、国土交通省の説明を冷ややかに受け止めている。
佐賀県が反対する理由はほかにもある。
並行在来線の扱いだ。新鳥栖と武雄温泉の区間も「フル規格」で整備するとなれば、並行在来線がJRから経営分離される可能性があるのだ。その場合、県が出資する第三セクターなどが運営することが想定される。
この区間の在来線は、福岡と佐賀を行き交う「大動脈」になっている。
例えば博多と佐賀の区間には、特急が1時間に3本程度走っている。所要時間は最速35分。「フル規格」の新幹線が開業すれば、15分短縮され20分になるが、料金は割高になると想定される。在来線もJRから経営分離されれば、料金が上がるうえ、特急が廃止される可能性もあり、通勤・通学の足などに影響が出かねないというわけだ。
与党は「フル規格」
長崎県と佐賀県の意見が対立する中、ことし8月5日、与党の検討委員会は、「フル規格」での整備が適当とする見解を示した。
基本方針で、新大阪までの直通を前提に、「リレー方式」を固定化させることはあってはならず、投資効果や時間短縮効果などが高い「フル規格」で整備するのが妥当だと結論づけた。
「『フル規格』での整備を求めてきた長崎県の考え方に沿った判断をしていただき、感謝申し上げたい」
長崎県の中村法道知事は、この判断に満足げな表情を見せた。
同じころ、佐賀県の山口祥義知事は、怒りで唇を震わせながら記者団に問いかけた。
「おかしいと思いませんか、皆さん、こんなやり方。国がやろうとしている地方創生は、こういうやり方のことを言っているのか」
にじみ出る佐賀への配慮
ただ、長崎県が求めていたことがすべて反映されたわけではない。
舞台裏を取材すると、「佐賀への配慮」が浮かび上がる。
「昭和60年に国鉄により公表されたルートを前提とすることが適当」
検討委員会の前日、国土交通省が与党議員に説明した基本方針の案。この段階では、長崎県側が求める具体的なルートについての文言が盛り込まれていた。
しかし、当日5日の午前中、山口知事のもとに1本の電話がかかってくる。電話の主は、与党検討委員会の山本幸三委員長。
山口知事は「中央のほうから押しつけることがあってはならない」と、山本委員長を強くけん制したという。
山本委員長は、「いったん山口知事に配慮して意向を受け入れた方が、今後の議論がスムーズに進む」と判断。検討委員会は、長崎県選出の国会議員の強い反発を受けながらも、佐賀県選出の国会議員の説得もあり、ルートの明記を土壇場で見送ることにしたというのだ。
長崎県側は、着工に先立って必要な環境影響評価の調査を来年度から始めるため、調査を行う具体的なルートを盛り込むよう求めていたが、かなわなかった。
2人の知事の因縁
対立する長崎県と佐賀県。
実は、長崎県の中村知事と、佐賀県の山口知事は旧知の間柄だ。
10年前の平成21年4月、長崎県の総務部長だった中村氏が副知事に昇格。その後釜に総務省消防庁から迎えられたのが、山口氏だった。
中村氏は、翌22年2月の長崎県知事選挙に立候補して初当選。平成23年3月に山口氏が総務部長を退くまでの間、2人は知事、副知事と総務部長として、およそ2年間、長崎県政をともに担った。
かつて、上司と部下だった2人。
一部の長崎県関係者には、中村知事がお願いすれば、山口知事も断るわけにはいかず、いずれ長崎県の立場も理解してくれるのではないかという見方があった。
与党検討委員会の方針が示された直後の8月7日、熊本市で開かれた九州地域戦略会議の場で2人は接触。
「まずは両県で話をしよう」と持ちかけた中村知事だったが、山口知事は回答を保留した。
「『今回はこういう内容で、新しい提案をしますから』ということであればよいが、会って『お願い』。時間を取って『お願い』という感じでは」
佐賀でもフル容認論が
佐賀県内でも、新たに新幹線の駅ができる佐賀県の嬉野市や武雄市は、「フル規格」の議論が進むことに期待を表明している。
「フル規格」推進派の地方議員は、「佐賀県フル規格促進議員の会」を発足させ、ことし6月にシンポジウムを初開催。佐賀・長崎両県の自民党の県議会議員や経済団体の関係者らおよそ500人が集まった。
11月には、この会を中心とする団体が「フル規格」の必要性を説いたチラシを制作。
団体の代表を務める平原嘉徳・佐賀市議会議員はこう指摘する。
「佐賀県内でもフル規格を求める声は少なからずある。県の手前、フル規格を求める声を堂々とあげられない今の県内の雰囲気は異常だ」
見え隠れする長崎の“工作”
一方の長崎県でも、経済団体や県議会議員が動いた。
長崎県商工会議所連合会の宮脇雅俊会長は、ことし6月に発足させた「九州新幹線西九州ルート整備推進協議会」に参加する各団体に対し、佐賀県側に「フル規格」の支持を働きかけるよう依頼。
さらに、長崎県議会議員が、与野党を問わず、佐賀県議会議員への働きかけを強めたのだ。
ある県議会議員は、九州各県の県議会議員が集まる野球大会のあとに、佐賀県議会議員らを飲み会に誘い出す計画も立てていたという。
しかし、こうした動きを察知した山口知事は強く反発した。
「さまざまな工作が、佐賀県内のいろんな方々になされていることに関して、私は、これは失礼なことではないかと思っています」
大臣と佐賀県知事の“サシ”で…
有効な手立てが見つからないまま、膠着状態に陥った新幹線問題。
長崎県は、これ以上両県の対立が浮き彫りになるのは好ましくないとして、国土交通省と佐賀県の協議に望みを託すようになった。
9月11日、第4次安倍第2次改造内閣が発足。
新たに就任した赤羽一嘉国土交通大臣は、総理大臣官邸で行われた就任記者会見で、早速、山口知事にラブコールを送った。
「私も国土交通大臣に任命された以上、佐賀県知事に面会し、しっかりと話を聞かせて頂きながら、知恵を出すように頑張っていきたい」
すると、山口知事は「ぜひ、サシ(1対1)でお会いしたい」と呼応した。
山口知事は、「フル規格」ありきではなく、これまで議論されてきた「スーパー特急方式」、「フリーゲージトレイン」、「リレー方式」、「ミニ新幹線」、「フル規格」の5択で、時間をかけて議論するよう求めた。
「スーパー特急方式」
在来線と同じ線路の幅で最高時速200キロで走る専用路線を新たに建設する方式。
「FGT・フリーゲージトレイン」
車輪の幅を変えながら新幹線と在来線の両方を走ることができる列車。
「リレー方式」
新幹線と在来線の特急を乗り継ぐ、“暫定開業”時の方式。
「ミニ新幹線」
在来線の線路を改良し新幹線が走れるようにする方式。
「フル規格」
通常の新幹線規格での整備方式。
10月28日には、国土交通省で1対1の会談が実現。山口知事は従来の佐賀県の立場を説明し、両者は、引き続き話し合いの場を持つことで一致した。
さらに政府の来年度予算案の編成作業が大詰めを迎えた12月11日。2回目の会談が実現する。この会談で、両者は、新幹線問題を幅広く話し合う協議の実現に向け、実務者レベルで調整していくことで一致した。
長崎側が求める調査費、見送り
そして迎えた、12月20日。政府の来年度予算案が閣議決定された。
焦点は、整備方式が未定の新鳥栖と武雄温泉の区間の環境影響評価の調査費が盛り込まれるかどうかだった。
長崎県側が求める調査費の計上は、結局、見送られた。
「議論されている区間は佐賀県内の話なので、当然の結果だ」(佐賀・山口知事)
「大変残念に思っている。ただ、これから佐賀県と国土交通省の間で協議の場が持たれると考えていて、大きな前進につながるのではないかと期待している」(長崎・中村知事)
迷走の果てに
佐賀県の意向をくみ取る内容となった来年度予算案。
しかし長崎県関係者からは、いまだに楽観的な見通しも聞かれる。山口知事が主張する5択を1つずつ検証していけば、おのずと「フル規格」に収れんされると言うのだ。
最高時速200キロで走るような「スーパー特急」の車両は現実に開発されていない。
「フリーゲージトレイン」は、すでに導入を断念した。
「ミニ新幹線」は、工事期間中や開業後も、佐賀県が重視している在来線の運行に与える影響が大きすぎる。
そして「リレー方式」は、投資効果が悪すぎる。
長崎県の幹部はこう言う。
「5択と言った時点でもう答えは出ています。ただ、最終的に山口知事に決めてもらうことが大切なんです」
一方の佐賀県の幹部は言う。
「結局、フル規格がベストという結論に導こうとしているのは当然、こちらもお見通しだ。いかにそこに引きずり込まれない議論をしていくかが、われわれに問われている」
“ようかん”が示すものは…
取材を続けてきた私たちには、ある忘れられない場面がある。
12月11日、山口知事は、赤羽国土交通大臣と2回目の会談を行う前に、省内で水嶋智鉄道局長と面会していた。そして水嶋局長が面会のあと、記者団の取材に応じた際、山口知事が持参したという佐賀の銘菓・小城羊羹(おぎようかん)をポケットから取り出し、こう口にした。
「鎖国時代、長崎街道を通って砂糖は運ばれた。長崎を窓口に、佐賀の砂糖文化が栄えた歴史がある。佐賀の地域発展の可能性は無限に広がっていると思う。発展のためにいろいろ議論したい」
出島から荷揚げされた砂糖が江戸に向けて運ばれていた長崎街道。そしてこの街道をいまに再現する九州新幹線・長崎ルート。
対立が続く長崎・佐賀両県を新幹線がつなぎ、地域に発展をもたらす日は来るのだろうか。
- 長崎局記者
- 櫻井 慎太郎
- 2015年入局。長崎局が初任地で、佐世保支局の勤務も。19年8月から県政キャップ。石木ダム問題やIR誘致に向けた動きも取材。
- 佐賀局記者
- 坂本 眞理
- 新聞記者、WEBニュース編集者など経て2008年入局。長崎局、政治部の後、17年7月から佐賀局で県政キャップ。長崎局時代も新幹線問題を取材。