機管理に強い」政権
でも、その中身は?

危機管理、とひと言でいっても、さまざまなレベルがある。
安倍政権は、とりわけ、北朝鮮によるミサイル発射など、有事に即応できる危機管理を重視してきた。
積み上げたノウハウをもとに、「危機管理に強い」を政権の売りの1つとしてきた。
その一方で、意思決定の過程が見えにくく、「ブラックボックス化」しているのではないか、という指摘もある。
安倍政権の危機管理を支える「組織」と「人」に焦点を当て、実態を探ってみた。
(石井寧)

会見に間に合わない

「菅官房長官が記者会見するそうだ。取材しながら官邸に向かってくれ」

上司から指示を受けた。
去年10月2日午前7時過ぎ、北朝鮮が飛しょう体を発射したとのことだった。

私は厚生労働省の担当から首相官邸の担当となり、危機管理も取材対象だ。自宅の近くでタクシーをつかまえれば、間に合うだろう。そう思っていた。

だが、間に合わなかった。30分もしないうちに記者会見が始まったのだ。

記者がほとんどいない会見場で、菅官房長官が、弾道ミサイルが日本のEEZ=排他的経済水域内に落下した模様だと告げていた。その様子を、タクシーの中でスマートフォンのライブ映像で確認するしかなかった。

北朝鮮によるミサイル発射が相次ぐなど、日本をめぐる状況は大きく変わってきた。早期の情報収集と対応は、今やどんな政権であろうと、必須といっていい。安倍長期政権は、有事に即応できる体制が取れていると、事あるごとに強調してきた。

「見えない」意思決定の過程

官邸には、こうした危機管理を担う「外交・安全保障政策の司令塔」がある。
それがNSC=国家安全保障会議だ。

ただ、NSCの中で何が話し合われ、どう決定されたか、検証するのは難しい。

官邸のホームページで、NSCの開催状況が公開されているが、最近の例を見るとこのようになっている。

11月21日【四大臣会合】北朝鮮情勢について
11月28日【四大臣会合】北朝鮮による弾道ミサイル発射事案について
12月10日【九大臣会合】国家安全保障会議特定秘密保護規則等の一部改正について
12月11日【四大臣会合】中東情勢について
12月20日【九大臣会合】令和二年度における防衛力整備内容のうちの主要な事項並びに令和元年度及び令和二年度のF-35Aの取得方法の変更等について
12月27日【九大臣会合】中東地域における日本関係船舶の安全確保に関する政府の取組について

会合の議題が簡単に記されているだけで、内容は明らかにされていない。
事務局の国家安全保障局に問い合わせをしても、多くの場合、「紙の通りです」と言われて終わる。

国家安全保障局によると、NSCでは議事録を作成しているとのことだが、いずれも、「特定秘密」に指定されているか、国家公務員法に基づく秘密保護の対象とされている。特定秘密の指定が解除されれば、公開される可能性はあるとしているが、これまでに公開されたものはないという。

危機管理の柱となる組織は、どのように成り立ち、どう運営されているのか。

きっかけは10人犠牲の事件

2013年1月16日。

安倍総理大臣が政権に返り咲き、第2次政権を発足させてから20日余り、日本人が巻き込まれるテロ事件が北アフリカのアルジェリアで発生した。

日本時間の午後1時40分頃、アルジェリア東部のイナメナスにある天然ガスの関連施設が、イスラム過激派の武装勢力に襲撃された。現地で働く外国人40人余りが人質となり、その中には日本のプラント建設大手「日揮」の日本人社員も含まれていた。

政権の草創期に起きた危機に、どう対応したのか。当時の政府関係者に話を聞いた。

いまは自民党の総務会長を務める、鈴木俊一。
外務副大臣に就任したばかりの鈴木は、初めての海外出張で太平洋の島しょ国を歴訪中だった。事件の報を聞いたのは最初の訪問国パラオに向かっている時だった

「パラオに向かっている時に事件が起きて、『ミクロネシアは行かずにすぐ戻れ』ということでした。戻ったら、ちょうど岸田(外務大臣)さんがワシントンに向かうところで、羽田空港で打ち合わせをしたが、情勢がはっきりわかってなかった。『留守の間しっかり頼む』っていう程度だったな」

鈴木は、次のミクロネシアへの訪問を取りやめ急きょ帰国。
訪米しなければならなかった当時の外務大臣・岸田文雄の代わりに、外務省の指揮を執ることになった。

鈴木は、すぐにアルジェリアの大使と会談し、人質の安否など最新の情報の提供のほか、人命最優先での事件解決を要請した。そして、ヨーロッパに出張中だった外務大臣政務官を現地に派遣し、情報収集などの対応にあたらせた。しかし、はっきりした情報は終始つかめないままだったという。

「とにかく情報がなかった印象ですね。アルジェリア軍が掃討作戦をするという話が出てきて。大使には、『人命第一で、慎重になってほしい』と言ったんだ。ところが、結局、努力はものにならなかった。情報が次々と変化していく感じがあって、掃討作戦がすでに始まってしまったという一報が入ったときには、一番もどかしい気持ちになったね」

当時、安倍は東南アジアを歴訪中だった。官邸には内閣官房、外務省、防衛省、警察庁、経済産業省などから幹部や連絡員が集結。菅官房長官に情報を集約していたが、錯綜して困難を極めたという。

結局、アルジェリア軍による攻撃開始は、当のアルジェリア政府ではなく、現地に駐在するイギリスの大使からもたらされることになった。

事件では結局、日本人10人が犠牲になった。鈴木は、生存者と犠牲者とともに帰国するため、総理大臣の特使として、政府専用機で現地に向かった。

「すでに事が終わってしまっているので、『遺体は丁重に扱って下さい』とか、事後の話だけでした。日ごろの活動、情報収集が重要なんだなと。そして、意外と各省庁の壁を越えて情報を共有するのは難しい。時間と勝負して危機管理をしなければならない時には、司令塔たる官邸が強力にリーダーシップを発揮する必要がある」

事件は、日頃の情報収集、省庁間の連携、そして官邸の体制と危機管理を行う上でさまざまな教訓を残し、「官邸主導」へと加速するきっかけとなった。

官邸主導のための「NSC」

まさにその年、12月に発足したのが、前述のNSCだ。

インテリジェンス研究などを専門とする、日本大学危機管理学部の小谷賢教授。
NSCの設置で、情報収集と政策立案のあり方は根本的に変わったという。

「以前は、情報と政策はバラバラだった。
政策は、各省庁が事務次官会議などを通して官邸に上げる。
情報は、内閣情報調査室が各省庁から集めて総理大臣に持っていく。
福田官房長官(当時)に聞いたことがあるが、『毎日いろいろなところから報告やペーパーが来て積み上がっていくけど、総理のところに持っていくのは一番上だけだ』と」

「総理がリーダーシップを発揮して、『こういうことをやりたい』と言っても各省庁から反対が起きる。安倍政権で官邸主導で進めるために決定権を持った組織が必要だということになった」

情報を収集する各省庁の側にも変化が見られるという。

「NSCに情報を上げれば、政策を政治主導で決めてもらえるから、今まで無駄になっていた情報でも、とりあえずNSCに上げるようとなった。役所側も、提供すれば、『あれは役に立った』とか『こういう情報が欲しい』とフィードバックされるので、より慎重に情報収集するようになった」

NSCは、総理大臣、外務大臣、防衛大臣、官房長官による「4大臣会合」を基本に定期的に開催され、世界各地の情勢把握とそれに対応する政策メニューを関係閣僚の間で共有。そして、外交・安全保障政策を迅速に決定する。

関係省庁にまたがる政策を決定する際には、必要に応じて経済産業大臣や国土交通大臣なども加えた「9大臣会合」も開かれる。

見えない議論 元大臣を直撃

なかなか見えないNSCでの議論や意思決定。その一片でも知りたい。

実際に参加した人物に直接聞こう。元防衛大臣の小野寺五典だ。

小野寺は、安倍政権で2度防衛大臣を務め、NSCの会合にも何度も出席してきた。例えば、北朝鮮が弾道ミサイルを発射した時はどうなのか。

「発射が予測される時は、わざわざ集まらない。目立つからね。担当スタッフは、かなり前から官邸に入っていて、事務局からいろいろな情報がシェアされる。そして、実際に撃たれたあとは、NSCで一番最先端の情報をシェアして、今後どう備えていくかを共有して、総理から指示を受けるという流れだった」

安全保障政策をともに担う外務省と防衛省。互いが意識し合い、雰囲気の微妙なズレがあったそうだ。しかし、NSCによってそれが緩和されたという。

「政治レベルで協力態勢ができると、事務レベルでも協力態勢ができる。責任ある立場の大臣同士が意見を戦わせ、自分の役割や、相手にやって欲しいことを忌憚(きたん)なく話すというのは意味がある」

そして、2度目の大臣就任時に、情報収集面での変化に影響したと小野寺が話すのが、同じ2013年の12月に成立した特定秘密保護法の存在だ。

「2回目の大臣就任時(2017年8月)には、特定秘密保護法が動いていて、入ってくる情報の質が違うなと感じた。日本にもたらされる情報量もかなり多くなった。日本がしっかり機密情報を守れる体制ができたことで、相手も情報を共有してくれたのだろう」

「特定秘密保護法」
特に秘匿が必要な安全保障に関する情報を「特定秘密」に指定して保護するもので、漏えいした公務員らには最高で10年の懲役刑、漏えいをそそのかした者にも5年以下の懲役刑が科される。
政府は、特定秘密を違法に取得した場合でも、いわゆるスパイ目的で情報を取得した場合などに限って処罰し、報道機関による通常の取材行為が処罰されることはなく、一般の国民が処罰の対象になることは通常ないとしている。しかし、国民の知る権利が侵害されるという懸念や批判は根強い。

特定秘密に指定されたのは、おととし12月までに551件。
防衛省が最も多く、内閣官房、警察庁、外務省と、いずれも安全保障政策に関わる省庁のものが目立つ。

では、組織を支えているのは誰か

そして、こうした組織や仕組みに欠かせないのが、安倍の絶大な信頼を得て動く官僚たちだ。

NSCを支える事務局として、内閣官房に設置されている国家安全保障局。

外務、防衛、警察、経済産業などから出向する職員約80人で構成される。
局長を務めるのが北村滋だ。

警察庁出身で、第1次安倍政権では総理秘書官を務めた。
去年9月、元外務事務次官の谷内正太郎に替わり、局長に就任するまでの8年近く、「内閣情報調査室」のトップである内閣情報官を務め、安倍に仕えてきた。
面会回数の多さは群を抜く。

面会の様子を知るある関係者はこう語る。
「北村さんがすごいのは、同じブリーフィングでも総理の様子を見て、30分話す時と、5分で終わらせる時とを一瞬にして切り替えられる。その辺の気配りがすさまじい」

気配りが、安倍からの信頼の厚さにつながっているのだろうか。

先月中旬、北村は就任後初めて中国・北京を訪れ、王岐山国家副主席と会談した。

会談の冒頭、副主席からこんな発言があった。
「習近平国家主席がわざわざ私に委任して、ぜひ局長と会見を行うよう指示した」
王岐山は、国家副主席を務め、習近平国家主席の盟友とされる。

安全保障に関わる機密情報のやり取りが進むようになったのは、組織や仕組みの整備だけでなく、安倍の意を汲んで動く官僚の力も大きいという指摘もある。

「インテリジェンスは、意外に属人的なもの。北村さんが総理に信頼されているということで、各国関係者も『北村さんなら会うか』という感じになっている」(小谷教授)

ブラックボックス化?

みずからをよく理解するスタッフとともに、総理大臣が、迅速に決定していく様は合理的なように思える。

ただ、再三指摘されるように、決定に至る過程は見えにくい。

内容の説明は、菅官房長官に集約されている。
しかし、記者会見では、『北朝鮮がミサイルを発射した際に、国連安保理での対応を含め、断固たる対応を取ることを確認した』とか、『中東地域への自衛隊派遣を検討することを決めた』など、決定事項が明らかにされることがあるが、議論のプロセスは説明されないのだ。

政府は、こうした対応について、「議論の内容が外部に知られることは、安全保障上きわめて深刻な問題を生じる」としている。

特に外交や安全保障では機微な情報も多く、相手国との信頼関係もあり、簡単に出せるわけではないとは思う。ただ、プロセスまでも覆い隠すべきなのだろうか。その政策の決定に関わった者以外、「検証はほぼ不可能」ということになりはしないだろうか。

小谷教授は、「決定がややブラックボックス化している。ちゃんと議事録を作って、あとで公開するならいいが、議論の検証のしようがなく、現状では、出席していた大臣経験者に聞き取りを行うしかない」と指摘する。

また、このところ開催頻度が落ちているのも気になる点だ。

当初は年間30回程度開かれていた閣僚会合も、おととしは17回。
去年も、北朝鮮による弾道ミサイル発射に伴う緊急開催を除けば、16回だ。

「事務局がいろいろなペーパーを作ってNSCをやって、最初はそれで総理が相当知識などを蓄えてきたけど、だんだんとやる必要が無くなってきているらしい」(小谷教授)

安倍肝いりの組織が形骸化してしまっては本末転倒だ。

「官邸主導」の行く末は

総理大臣官邸には、毎日、各省庁の幹部らが何度も出入りする様子がうかがえる。
「官邸主導」は、安倍が第1次政権から願って実現させてきたものだ。

防衛省・自衛隊という組織を率いた経験を持つ小野寺は、こう指摘する。

「官僚は専門家集団として、『国益として、これが必要だ』という彼らなりの意見、矜持がある。一方で、政治家は国民の声を聞いている。政治が、専門家集団の意見をきくというやり取りは、国を良い方向に動かすにはかなり大事だと思うが、官僚が意見を言わず、官邸の指示だけ待って動くとすれば、政治が間違った判断をするリスクは高まる。安倍総理は相当注意しているとは思うが、むしろ、役所がそういうふうにならないか心配だ」

誤った判断がなされることはないのか。
1度立ち止まり、修正することはできるのか。懸念は残る。

実際、外交や安全保障以外の分野では、対応にほころびが出始めているのではないかという危うさを感じることもあった。

北朝鮮は、アメリカとの非核化交渉が難航する中、さらなる挑発行動も示唆している。中東情勢も緊迫しているし、そのなかで自衛隊の中東地域への派遣も行われる。

「官邸主導」で数々の危機を乗り越え、歴代最長に至った安倍政権だが、この事態をどうコントロールし、諸懸案を解決していけるのか。
そして、官邸主導の「危機管理」の中身について、国民への説明責任を十分に果たしていけるのか、引き続き、見定めていきたい。

政治部記者
石井 寧
2003年入局。名古屋局、政治部、北見局などを経て、再び政治部。厚労省担当のあと、現在は官邸クラブ。