政権で貌、安全保障のいま

防衛費は過去最高を更新中。
「戦後政策の大転換」と言われた安全保障関連法を成立させ、
集団的自衛権の行使も容認――

「積極的平和主義」という看板を掲げる安倍政権。
憲政史上最長の政権のもと、この国の安全保障は、どのように変貌を遂げたのか。
(山枡慧、地曳創陽)

戦争の法か、平和の法か

国会が、荒れていた。

その年、2015年9月19日未明の、参議院本会議場。

野党側の「憲法違反!」の声が響くなか、安全保障関連法が成立した。

歴代の自民党政権も認めてこなかった、集団的自衛権の行使を容認し、「戦後の安全保障政策の大転換」とも言われた。

野党からは「戦争法だ」という批判も。議場だけでなく、国会周辺に集まった人々からも反対の声が上がるなかでの、成立だった。

その一方で、安倍総理大臣はこのように法の意義を語った。
「国民の命と平和な暮らしを守り抜くために必要な法制であり、戦争を未然に防ぐためのものだ。子どもたちに平和な日本を引き渡すために必要な法的基盤が整備された」

翌月、NHKが行った世論調査では、安全保障関連法の成立を評価するかについて、「まったく評価しない」「あまり評価しない」が、合わせて50%を超えた。

世論の強い批判のなか、安倍政権は、安全保障政策で大きく舵(かじ)を切ったのだ。

その法で、アメリカとの関係が変わった

法が変えたもの、それはアメリカとの関係だ。

安全保障関連法では、自衛隊が、共同訓練や弾道ミサイルの警戒監視など、日本の防衛のために活動しているアメリカ軍を、警護することが可能になった。

海上自衛隊は、おととし5月に初めて、最大の護衛艦「いずも」が、房総半島の沖合から四国の沖合まで、アメリカ軍の補給艦を護衛した。おととしは、これを含めて、警護は2件。

しかし、去年は、艦艇に対して6件、航空機に対して10件、合わせて16件に急増。新たに、弾道ミサイルの警戒を含む情報・監視活動を行う艦艇への防護も行われた。

さらに、陸・海・空に加え、宇宙やサイバーといった新たな領域でも、共同訓練などが相次いで行われ、日米一体化の動きが、加速化している。

民主党政権で、民間から初めて防衛大臣を務めた、拓殖大学の森本敏総長。安全保障法制の整備を通じ、日米同盟をさらに強固にしたことが、安倍政権の実績のひとつだと指摘する。

「アメリカにいつでも協力できる体制を作り、政治的に、『覚悟の程』を法制度という形で示した。それによって、日米の同盟関係が格段に進んだことは、わが国の国益の追求にとって非常に大きな意味を持っている」

増え続ける防衛費、そして…

日本の安全保障体制を、同盟国・アメリカとの連携を通じて強化しようとする安倍政権。その姿勢は、予算編成にも表れている。

「日本は、この10年間ずっと財政健全化のために防衛費を削減しており、第1次安倍政権でも削減したことは反省すべき点だ」

安倍総理大臣は、第2次安倍政権発足後、初めての党首討論で、防衛費が、民主党政権だけでなく、みずからの第1次政権を含めた自民党政権時代でも減少傾向にあったことに、反省の意を示し、増額の必要性を訴えた。

その防衛費の推移だ。

財政健全化が重要課題となるなか、防衛費は、1998年度以降、削減の傾向が続いていた。
ところが、第2次安倍政権以降は、毎年、増加。近年は、過去最高を更新し続けている。

防衛省の来年度、2020年度予算案も、過去最高となる見通しだ。
野党側からは、社会保障費などに回すべきだという声が強まっている。

増え続ける防衛予算。アメリカとの連携強化によって、内容にも変化が出ている。

カギになっているのが、アメリカ政府が直接、防衛装備品などを販売する、FMS=対外有償軍事支援という仕組みを利用した取り引きだ。高い軍事技術の装備品を取り引きできるのが特徴だが、価格がアメリカ側の「言い値」になりやすいのではといった指摘も出ている。

FMSの調達実績を見てみると、10年前の2009年度は、約620億円だったが、次第に拡大し、2018年度には約4078億円にまで増加。

「まとめ買い」などの影響もあるが、急速に拡大している。

これまでの調達を見ると、最新鋭のステルス戦闘機「F35」、それに無人偵察機「グローバルホーク」など。
アメリカからしか調達できない、装備品が多い。

防衛省は、弾道ミサイルの発射を繰り返す北朝鮮や、海洋進出を強める中国に対応するためには、国内では生産できない最新鋭の防衛装備が必要だとしている。

ただ、全契約金額に占めるFMS調達の割合は、2015年度以降、20%を超え、「国産装備品を圧迫し、防衛関連産業が弱体化する一因になっている」という意見も出ている。

森本氏は、FMSの活用は必要だとする一方で、国内の産業基盤を強化するには、さらに大胆な改革が必要だと指摘する。

「FMSを諦めて国産にしたら、膨大な開発費もかかるし、アメリカ以外から買ったのでは効果的な防衛ができないから、結局、アメリカとのFMSが増えていく」

「ただ、『FMSが増えることで、日本の防衛産業がどんどんと疲弊していく』という問題は、改善していかなければならない。日本の会社で、防衛事業は、収入の1割にも満たない。本当にメスを入れるためには、防衛産業の再編をやらざるをえない」

「積極的平和主義」の旗

安倍政権は、2013年、外交・防衛の基本方針となる「国家安全保障戦略」を初めて策定。

基本理念に、「国際協調主義に基づく『積極的平和主義』の立場から国際社会の平和と安定、繁栄の確保にこれまで以上に寄与する」と掲げた。

「国際協調主義に基づく『積極的平和主義』こそは、日本の将来を導く旗印になる。日本は、世界の平和と安定のため、これまで以上に責任を果たしていく決意だ」

2015年4月にアメリカ議会で行った演説で、安倍総理大臣はこう強調した。

PKOは「宙ぶらりん」

安倍政権の柱の1つとも言える「積極的平和主義」だが、国際政治学が専門の、東京外国語大学大学院の篠田英朗教授は、この7年間で、内容が変わってきていると指摘する。

「第2次政権の初期には、『積極的平和主義』を打ち出し、『対外的な国際貢献もかなりやっていく』という姿勢を強く見せていたが、やや収縮してしまった」

篠田教授が指摘するのは、国連のPKO=平和維持活動への参加の推移だ。

1992年に、自衛隊を国連のPKO=平和維持活動に参加させるためのPKO協力法が成立。
日本は、25年以上にわたり、カンボジアやゴラン高原、東ティモールなどに、のべ1万2000人以上を派遣してきた。(以下の資料はPKO本部事務局より)

しかし、安倍政権は、2017年5月、当時、唯一のPKO活動となっていた南スーダンPKOについて、「一定の区切りをつけることができた」として、施設部隊を撤収させた。

現在、日本が参加しているPKO活動は、南スーダンPKOの司令部要員4人のみだ。

政府のPKO本部事務局は、PKOの担い手がアジアやアフリカ諸国中心へと変化していることを踏まえ、日本としては、こうした国々に対しての、インフラ整備で必要な重機の操縦や、医療能力の向上といった、能力構築支援に力を入れているとしている。

それでも、篠田教授は、安倍政権が、国際平和協力の分野で消極的になってきていると指摘する。

「非常に冷徹な政策判断をした結果、PKOへの新たな部隊派遣がない状態になっている」

「安倍政権の安全保障政策では、中核部分の、自衛隊を中心にした防衛力の整備と、日米同盟の堅持という伝統的な政策が強化された。一方、外周部分の国際平和協力は、伝統的な安全保障と、どうつながっているかの位置づけが弱く、宙ぶらりんになっていった」

「覚書」で拡大する防衛協力

PKO活動が変化する一方、積極的平和主義のもと、各国との防衛面でのつながりが、急速に強化されている。

その目安が、安全保障上の関係を深めるひとつのきっかけとなる、「覚書」の署名だ。

一般的に、こうした協力は、留学生の交換や相互訪問といった「防衛交流」に始まり、政府間どうしの「覚書」、共同訓練や能力構築支援といった「防衛協力」へと深化していく。

政府は、ハイレベルな首脳間の安全保障共同宣言を発表しているアメリカとカナダを含めて、35か国と、安全保障に関する覚書などの共同文書に署名している。このうちインドネシアやマレーシアなど、全体の6割近くにのぼる20か国との覚書は、第2次以降の安倍政権のもとで交わされた。

「覚書」よりも、より深い連携の基となる、「協定」の新たな締結もハイペースだ。

第2次以降の安倍政権のもとでは、GSOMIAなど、安全保障に関する情報を共有・保護を行う情報保護協定を、韓国やインドなど、締結している8つの国や組織のうち4か国と。

水や燃料、弾薬などをお互いに提供し合うACSA=物品役務相互提供協定は、5か国中、3か国。

防衛装備品・技術移転の協定は、9か国中、インドやフィリピンなど8か国と結び、関係の維持・強化が進んでいる。

「覚書」への署名や「協定」を締結した国をみると、安倍政権が掲げる「自由で開かれたインド太平洋」と関わりが深い国々と関係を強化していこうという意図が見て取れる。

安全保障は、どこに向かうのか

こうした方向性について森本氏は、「多国間の協力を進めることで、日本が深刻な脅威を受けるレベルは低くなる。つまり、日本が払うべき防衛努力を、国際協力によって少なくすることができる。ある種の保険だ」と評価する。

篠田教授も「EUやASEANのような、地域機構で活動を展開していくオプションがない日本だが、安倍政権は、自前でネットワークを広げるしかないとして、『自由で開かれたインド太平洋』という手がかりを作り、方向性を出した」とした上で、こう述べた。

「平和に向けた活動をしているのは、国連だけではない。PKOも、海賊対処も、大きな国際的な平和協力だと位置づける視点をしっかり持ち、いろいろな組織と協力しながら行っていくというやり方を取っていかなければいけない」

ただ、周りを見れば、北朝鮮は、この1年に20発以上の弾道ミサイルなどを発射し、ICBM=大陸間弾道ミサイルの発射再開に向けた動きも懸念されている。
中国は海洋進出を続け、不透明な軍事力の増強を続けている。
さらに韓国との関係悪化は、GSOMIAをめぐる問題など、日本との安全保障協力にも陰を落としている。

国内では、自衛隊の海外派遣をめぐる議論が本格化し、新型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備や、アメリカ軍普天間基地の名護市辺野古への移設などでは、地元から批判や不信の声も上がる。

向き合うべき課題は、重さを増している。

批判もあるなかで、長期政権が大転換させた安全保障。日本の行く末にも直接関わるその在り方を、私たちは注視していかなければならない。

政治部記者
山枡 慧
2009年入局。青森局を経て政治部に。文科省や野党を経て、防衛省担当。趣味は水泳。
政治部記者
地曳 創陽
2011年入局。大津局、千葉局を経て政治部に。総理番を経て、防衛省担当。趣味はモルジブ。