ーム・オブ・ドローンズ

ドローン襲撃!
サウジアラビアの石油関連施設への攻撃は、改めて将来の軍事バランスが一変しかねない可能性を世界に示した。
「ゲームチェンジャー」とも称されるドローン。日本は、その脅威から守れるのか。
(山枡慧)

ドローン空爆の衝撃

9月14日未明、サウジアラビアの石油関連施設が、何者かによって空爆された。6日後にメディアに公開された施設は、高さ数十メートルの構造物が火災で真っ黒に焼け焦げていた。

攻撃により、世界の供給量のおよそ5%に相当する原油の生産が停止。原油市場に混乱をもたらした。
サウジアラビアと対立している、隣国イエメンの反政府勢力「フーシ派」が、みずから攻撃を行ったと主張。

一方、サウジアラビアやアメリカは、「フーシ派」単独での犯行は不可能であり、イランが攻撃に関与したとして、アメリカ・イラン関係は、さらに緊張している。

「誰がやったか」の議論が続くなか、各国の安全保障関係者があわせて注目したのは、「何が使われたのか」だった。

攻撃の直後、サウジアラビア国防省は、ドローン18機と巡航ミサイル7発が使用されたと発表。実際の攻撃で使われたとする、「デルタウイング型」と呼ばれる三角形の翼の形態をしたドローンの残骸を公開した。

「手つかずの空間」から防衛網突破

「新たな戦闘空間を切り開いた」

ドローンの軍事利用に詳しい、慶応大学SFC研究所の部谷直亮(ひだに・なおあき)上席研究員は、こう指摘する。

「ドローンは、上空数メートルから150メートルの間という、今まで『鳥や虫しか使っていなかった空間』を有効利用していこうという概念を生み出した。まさかそんな空間を、ドローンのような、低速で、人間が乗っておらず、小型のものが、縦横無尽に使うということが想定されてこなかったから、どこの国もドローンに有効的な対処ができていない」

防衛省関係者への取材も、部谷氏の分析を裏付ける。

サウジアラビアは、地対空ミサイル「パトリオット」が配備されるなど、「高高度」の弾道ミサイルに対する防空体制は強化されている。

しかし今回は、「パトリオット」の迎撃範囲の外、つまり低空を、多数のドローンが飛び、防空レーダー網をくぐり抜けて、石油関連施設を正確に空爆したと見られるという。

世界の軍事情勢を分析するスウェーデンの「ストックホルム国際平和研究所」が、ことし4月に公表したデータによると、2018年時点のサウジアラビアの軍事費は、676億ドル、日本円にして7兆円超。その規模は、およそ5兆円の日本を上回り、アメリカ、中国に次ぐ位置づけだ。

ドローンは、軍事大国の防空網を、突き崩した。

広がるドローンの脅威

ドローンの軍事利用は各地で進み、使い手も、使い方も、多様化しつつある。

アメリカ軍は、アフガニスタンやイラク、シリアにおいて、偵察や地上攻撃を目的にドローンを活用。

イスラエル軍も、パレスチナ・ガザ地区との境界などでの偵察を中心にドローンの利用を進め、パレスチナ市民のデモに対し、催涙弾を打ち込んだ。

さらに、ドローンが、反政府組織や、テロリストに利用されるケースも相次いでいる。

2018年8月には、南米・ベネズエラで、マドゥーロ大統領が屋外で演説していた最中にドローンが爆発し、兵士が負傷。

トルコでは、複数の政府施設に対し、武装組織のクルド労働者党(PKK)によるドローン攻撃未遂事案が発生したとされる。

「ドローンは、『飛行機からパイロットを降ろした物ではなく、スマートフォンにプロペラを搭載した物だ』という言い方をしている人もいる。安価で使い勝手が良いため、兵器のあり方自体が変わってきている。兵器というと、『政府が作り、民間より優れた技術で、軍隊が使うもの』だったが、ドローンの登場で、『民間が作った技術を、武装勢力も使い、政府以上に戦える』時代になった」

「アメリカや中国はドローンの活用に非常に力を入れている。韓国も『ドローン部隊』を創設し、ロシアは、全軍に『対ドローン戦術』の訓練を行うよう命じたりもしている。人が乗っていないため、失敗した際のコストが低く、技術革新も反映されやすい」

「平時も有事も、一気に来る」

軍事バランスを一変させる可能性があるドローンだが、日本では、利用も、攻撃への防御も、発展途上なのが実態だ。

自衛隊では、陸上自衛隊が、偵察・監視活動や、災害時の情報収集を行うためのドローンを、複数種、所有している。しかし、防衛省関係者によれば、各国が配備する、軍事利用を目的に、攻撃や撃退、長距離飛行などの機能を備えたドローンとは、性能面で大きな差があるという。

さらに、防御にも課題がある。

「サウジへの攻撃は、ウェイクアップコールだ」
こう言い切るのは、安全保障に詳しい、自民党の長島昭久・元防衛副大臣だ。

サウジアラビアのケースを受けて、日本も、ドローンに対する防衛のあり方を真剣に検討するべきだと指摘する。
「ドローンは、従来型のミリタリーバランスの議論に変化を与え、バランスを取るための方程式が複雑になっている。陸・海・空の装備は視覚的にも『すごいだろう』ということを示す兵器だが、ドローンは、どのくらい進歩し、能力を持っているかということを隠す傾向にあるので、評価しにくい」

「これまでは、平時、グレーゾーン、有事と敷居を設けて、何とか暴発しないようにするのが『抑止の理論』だったが、ドローンの世界では、平時も、グレーゾーンも、有事も、あわせて一気にやってくる。そういう意味でも、従来型の段階的な区分けも吹き飛ばしてしまうインパクトがあるのではないか」

ミサイルなどと異なり、不審なドローンが飛来したとしても、それが日本の安全保障を脅かすのかどうか、判断している間に、攻撃を受ける可能性があるというのだ。

ドローンVS戦闘機

ドローンに対する対応を、防衛省・自衛隊が、実際に取ったケースがある。

おととし5月、沖縄県の尖閣諸島の沖合で、中国海警局の船が日本の領海に侵入した際、領海内を航行中に、「ドローンのようなもの」が飛んでいるのが、初めて確認された。

この際、防衛省・自衛隊は、F15戦闘機2機のほか、AWACS(早期警戒管制機)などが緊急発進=スクランブルして対応している。

ある防衛省幹部は、このときの対応について、「1機あたり数十万や数百万円とされるのドローンに対し、1機あたりおよそ100億円もする戦闘機を向かわせているのは事実だ。だが、日本の領域や安全保障が脅かされる可能性があるならば、あらゆる手段で対応しなければならないのが現実だ」と振り返った。

「見えない」ドローン

日本では、弾道ミサイル攻撃に対応するため、すでに、イージス艦や、地上配備型の迎撃ミサイル、PAC3を配備しているほか、新型ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」の導入も、閣議決定している。

防衛省は、北朝鮮の相次ぐ弾道ミサイルの発射などを受け、防空体制の強化を進めるとしているが、関係者は、「サウジアラビアで起きたようなドローン攻撃に対し、自衛隊は事実上、無防備だ」と指摘する。

「ドローンは、航空機や弾道ミサイルと比べて小さすぎて、レーダーに映らない。レーダーに映らないドローンを使って、自衛隊のレーダーが無力化されれば、こちらは目をつぶされた状態になり、その後の迎撃は困難になる。見えてから、機関砲などで弾幕を張るしかないが、多数で攻撃された場合、すべて、撃ち落とせるかが課題だ」

ゲームは変わった

防衛省は、自衛隊の基地周辺など飛行する不審なドローンへの対策を進めるため、来年度から、ジャミング=電波妨害によって、ドローンを制御不能にする機器を導入する。さらに、「スウォーム」と呼ばれるドローンの「群れ」に対処する研究も進めることにしているが、関係者の指摘は、厳しい。

「どうひいき目に見ても、日本が立ち後れていることは間違いない。これまでのような、航空機への対処の考え方のままでは、費用対効果の面で、バランスを失してしまう。ジャミングや、高出力の電磁波での破壊など、ようやく研究のための予算が付いた段階だが、加速させていかなければいけない」

「ドローンを自衛隊の中でどう運用していくのか、コンセプトが定まっていない。『何のために入れ、どう使うのか』というところが弱いのではないか。ドローンが、今の戦争や作戦環境において、どれほどの重要性を持つ存在なのかということをより真剣に捉え、自衛隊の運用の中でどう入れていくのかが課題だ」

安全保障の「ゲームチェンジャー」、ドローン。
技術革新が急速に進み、安全保障環境が目まぐるしく変化するなか、「後発」の日本が乗り越えるべき課題は多い。

政治部記者
山枡 慧
2009年入局。青森局を経て政治部に。文科省や野党を経て、防衛省担当。趣味は水泳。