解散は「風」
吹かれている

この数か月、永田町を騒がせた「解散風」
われわれは「風」の行方を追い続けたが、結局、衆参同日選挙は行われなかった。
吹いてはやんだ「風」は何だったのか。
(政治部・与党クラブ)

「頭の片隅にもなかった」

通常国会が閉会した6月26日。
安倍総理大臣は記者会見で、参議院選挙にあわせて衆議院を解散する衆参同日選挙を行わなかった理由を問われ、こう答えた。

「見送るもなにも、そもそも私は衆議院の任期が4年あるうち2年に満たない中で、衆議院選挙をやると申し上げたことは、もちろん1回もないし、『頭の片隅にもない』と申し上げてきた」
「前回、解散を決意したのは、まさに少子高齢化という国難に立ち向かっていくために、消費税の使い道を思い切って幼児教育・保育の無償化、真に必要な子どもたちの高等教育の無償化等に振り向けるという大きな判断、そして、北朝鮮情勢が厳しくなる中において強い外交の意思を示すため、そして、そのことを国民の皆さまに問う必要があったからこそ、解散・総選挙を行ったわけだ」
こう述べて、平成29年に衆議院の解散に踏み切った時とは状況が違うことを強調した。

そしてこう述べた。
「まさに国民の皆さまの理解と支持によって政策は推進力を得る。そして、国民の皆さまに問う必要がある段階においては解散・選挙を行ったということであると、私は思うわけだ。この基本的な考え方は、これからも、今も変わりがないということであって、今回はすでに参議院選挙が予定されており、その中で国民の皆さまの判断を頂きたいと思っているところだ」

安倍総理大臣は、国民に問うべき大きな政策の変更など、いわば解散の理由がないと説明したのだ。

確かに吹いた解散風

では、最初から解散風は吹かなかったのか。いや永田町では、確かに「風」は吹いていた。

もともと、政権幹部や自民党内からは、「解散は、このタイミングしかない」として、衆参同日選挙を求める声があった。
理由は、今後の政治日程にある。
10月に消費税率が引き上げられれば、その直後の解散はやりにくい。
景気が悪くなる可能性があるという見方からだ。
さらに来年には、東京オリンピック・パラリンピックが控えている。
国を挙げての準備のさなかの解散は、難しい。
そして再来年9月には、安倍総理大臣の総裁任期が満了するので、求心力に陰りが出てくる可能性もあり、増税前にしか解散は打てないのではないかというのだ。

「風」が吹き始めるきっかけとなったのは、安倍総理大臣に近いことで知られる自民党の萩生田幹事長代行の発言だった。

萩生田氏は4月18日のインターネット番組で、10月の消費税率引き上げについて、「景気がちょっと落ちている。ここまで景気回復してきたのに、万一、腰折れしたら、何のための増税かということになる」と述べた。
その上で、景気の動向次第では、延期もあり得るという認識を示した上で、「増税をやめることになれば、国民の信を問うことになる」と指摘したのだ。

安倍総理大臣が、消費税率の引き上げを延期して、衆議院の解散に踏み切るのではないかという臆測が一気に浮上した。

令和の前夜

平成最後の日となった4月30日の夜、東京・渋谷区にある安倍総理大臣の私邸には、麻生副総理兼財務大臣の姿があった。

麻生副総理に近い自民党の幹部によると、この時、麻生氏は「衆議院の解散は、このタイミングがベストだ」として、衆参同日選挙に踏み切るよう進言したという。
これに対し、安倍総理大臣は否定しなかったという話が永田町で流れた。

同日選挙でフル回転

もともと自民党の選挙対策委員長も衆参同日選挙に否定的ではなかった。

甘利選挙対策委員長は2月に講演で、「私には、選挙を勝利に導くための指揮をとる役割がある。野党が選挙のためだけの野合をするなら、私は勝つために、あらゆる提言を安倍総理にすることもいとわない」と述べ、衆参同日選挙を提言することも排除しない考えを示していた。
野党側が、参議院選挙に向けて、全国に32ある定員が1人の「1人区」で候補者の一本化を進める中、甘利氏には、危機感があった。
衆参同日選挙になれば、衆議院議員の後援会組織もフル回転する。
そうなれば、相乗効果を期待できるとの判断もあった。

そして令和の時代を迎えた5月。
報道各社の世論調査で内閣支持率が上がるなど堅調に推移したことも受けて、解散に踏み切るのではないかという見方は広がりを見せた。

解散の「大義」

さらに永田町を驚かせたのが、菅官房長官の5月17日の発言だった。

記者から「野党側が国会に内閣不信任決議案を提出した場合、国民に信を問うため、衆議院を解散する大義になると思うか」と質問が出たのに対し、菅官房長官は「それは当然なるのではないか」と述べ、衆議院解散の大義になり得るという認識を示したのだ。

さらに安倍総理大臣の発言も臆測を呼んだ。

5月30日に出席した経団連の会合で、安倍総理大臣は次のように述べた。
「『風』という言葉に、いま永田町は大変敏感だが、1つだけ言えることは、『風』というものは気まぐれで、誰かがコントロールできるようなものではないということだ」

やんだ解散風

では、なぜ解散はなかったのか。
甘利氏は、NHKのインタビューで次のように答えた。

「恐らく安倍総理には、麻生副総理だけでなくいろいろな重鎮の人たちが、ダブル選挙にしないとタイミングを逸するのではないかと進言していたのだと思う。全く考えないという姿勢でもなかったが、ダブルを真剣にやるぞと踏み込んだ形跡は感じなかった」

「憲法改正のためにはダブル選挙に踏み切るべきだという声が党内にもあったのは事実だが、安倍総理の発言が、憲法改正から、憲法改正の議論をしようと変わっていった。いきなり改憲ありきではなく、参議院選挙で憲法改正の議論だけでも始めようという問題提起をするんだというふうに視点を変えたのではないか」

反対する公明党

解散がなかったもう1つの背景に、反対してきた公明党の存在がある。


公明党の山口代表は、去年12月の時点から、政権交代が起きる可能性もないとは言えないとして、否定的な考えを示していた。
「衆参同日選挙というのは、候補者も多く、選挙制度もそれぞれ違い、有権者には分かりにくい。自民党との選挙協力は、やりにくくなるということを考えないといけない」

「今、圧倒的な数を持っている衆議院で、議席が減るかもしれないリスクにさらされることになる。万が一のことが起きた場合には、政権が非常に不安定になり、場合によっては、ひっくり返ることも絶対にないとは言えない」

守るべき衆議院の議席

解散がなかったことについて、与党内では、安倍総理大臣が、与党で3分の2を占める衆議院の議席を減らすリスクは避けなければならないと判断したのではないかという見方がある。

ある自民党幹部によると、安倍総理大臣は「今が解散の好機だと言う人もいるけれど、衆議院の議席を減らす可能性もあるなかで、そんな戦略はないだろう」と述べ、衆議院の解散に否定的な考えを示していたという。

 

5月上旬に自民党が行った参議院選挙の情勢調査も、判断材料の1つとなったとされる。調査結果は、改選議席124のうち、自民党が60議席前後を獲得する勢いというものだった。ある自民党の閣僚経験者は「参議院選挙だけでも十分な勝利を収められるなら、あえて危険を冒して衆議院の解散に踏み切る必要はない」と解説する。

サミットが控えていた

また、G20大阪サミットなどが控えていたことも理由として考えられる。


サミットを前に解散すれば、総理大臣や閣僚も議員バッジを外すことになり、与野党とも選挙モードに突入することになる。
山口代表は、サミットは落ち着いた政治環境で行うべきだとしていた。

さらに、米中の貿易摩擦などで世界経済の先行きに不透明感が高まっていることも影響した可能性がある。
10月に消費税率を引き上げる環境を整えるには、衆参同日選挙で政治空白を作るのは好ましくないという判断があったのではないかというのだ。

風向き変えかねない問題

一方、終盤国会では、風向きを変えかねない問題が出てきた。

1つは、老後の資産形成で「2000万円必要になる」などとした金融庁の審議会の報告書。そして、新型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備をめぐり調査データに誤りがあった問題だ。野党側が攻勢を強め、「解散風」を止めたという見方もある。

解散はいつだ

「風」は吹いたが、行われなかった解散。
再来年10月の衆議院の任期満了まで、あと2年あまり、いったい解散はいつなのか。

ある自民党の幹部は、「安倍総理は、自民党総裁の任期が終わる再来年9月までに、解散に踏み切る好機を見いだすことができるという自信を持っている」と話す。

ことし10月には、消費税率が引き上げられるほか、天皇陛下が即位を内外に宣言される儀式「即位礼正殿の儀」も行われる。

永田町では、10月以降は当面、解散は難しいという見方が引き続き大勢を占める。

年末から来年春にかけては、来年度予算案の編成や予算審議が本格化し、来年夏には、東京オリンピック・パラリンピックの開催も控えている。

このため、自民党内では、「次に訪れる解散のタイミングは、オリンピック後ではないか」という声が聞かれ始めた。
オリンピック後の11月には、アメリカ大統領選挙が行われる。
別の自民党幹部は、「トランプ大統領が再選されれば、渡り合えるのは安倍総理しかいないとなるのではないか」と話す。

一方で、オリンピック後には、景気が後退する可能性もあるとして、慎重な意見もあり、安倍総理大臣が衆議院の解散に踏み切らないまま、自民党総裁の任期を終え、次の総裁に判断が委ねられるという見方もある。

甘利氏は。
「解散は総理大臣の専権事項であるし、今から、私がいつだということを言える訳ではない。残り2年の任期の間で解散はしなければならないが、時期を図るのは容易ではない」
「やはり経済、景気の足腰をしっかりと作る。それを来年のオリンピックまでつなげていくことが大事だ。それができた上で、政治情勢を見て判断することになると思う」

公明党の佐藤選挙対策委員長はこう話す。

「こればかりは、総理大臣の専権事項だ。いま衆議院選挙のことは、あまりそ上に上らなくなったので、当面は、参議院選挙に集中して、その結果を踏まえて、次の衆議院選挙のことを考えるのではないか」

答えは「風」の中か

いったん吹きやんだ「解散風」
参議院選挙のあと、安倍総理大臣はどのような戦略を描くのか。
その答えは、「風」に吹かれている。