金ホントに大丈夫なの?

「老後30年間で2000万円必要」
大きな波紋を広げた、金融庁の審議会の報告書。
今の年金制度で、老後の生活に十分な額を受け取れるのか。
そして、本当に「100年安心」な制度なのか。
不安が改めてよぎった人も少なくないのではないだろうか。
年金制度、果たしてどうなのか…
(政治部・厚生労働省担当 石井寧、安田早織)

年金だけでは足りない?

「報告書が出た時は、居ても立ってもいられない、不安だと、電話で相談をしてくる人が多かったですね。老後を見据えて資産形成を考えたいという30代からの相談も少なくありません」
ファイナンシャルプランナーの平田純子さんのもとには、金融庁の報告書が出てから、老後の資金に関する相談が増えているという。

例の報告書では、高齢夫婦の無職の世帯では、月額平均で26万円余りの支出がある一方、年金を中心とする収入は月21万円ほどで、毎月およそ5万円の赤字。単純計算で、30年間で2000万円が必要であることが指摘された。

何となく感じていたけど、はっきりと言われると、考えなければという気にもなるだろう。

「年金の額が急激に減ることは考えにくいけど、恐らく、年金だけではほとんどの人が生活できないでしょう。ではいくら足りないのか把握することが重要です。報告書の数字は平均で、老後の支出は人によって全然違いますから」

「100年安心」なのか?

今回の問題では、野党側などから、「年金はもはや安心な制度ではないのではないか」という指摘も相次いでいる。何だか、不安になってくる。

でも政府・与党は、公的年金は将来にわたって持続可能な制度だと強調している。

「公的年金は将来にわたり持続可能な制度を構築しており、年金こそが老後の生活設計の柱だ」(6月12日 菅官房長官)

政府が「持続可能な制度」だとする根拠は、支給水準を自動的に抑制する「マクロ経済スライド」と呼ばれる仕組みの存在だ。

年金の支給額は、賃金や物価の伸びに応じて決まる。しかし、伸びが一定以上になると、年金の改定率を抑え、支給額を抑制するという仕組みである。
図で説明すると、次のようになる。(日本年金機構のホームページの図をもとに作成)

この抑制策、保険料を支払う現役世代が減少し、年金を受け取る高齢者が増加することを見据えて、2004年に導入が決まった。

今後100年間を見通して、年金財政の収支バランスが取れるまで続けられることになっている。バランスが取れれば、財源が枯渇せずに年金が支給され続けるので「100年安心」だというのだ。

抑制はいつまで? どれだけもらえるの?

抑制策は年金財政の収支バランスが取れるまで続くというが、いつまで続くのか。
抑制が続けば、将来、私たちが受け取る年金は目減りするのではないか。

受け取ることができる年金の見通しを示す指標となるのが、5年に1度行われる「財政検証」という試算だ。
物価や賃金の上昇率などに応じて、いくつかのケースを想定して、将来的な年金の支給水準を試算する。

人間の健康診断になぞらえて、「年金財政の定期健康診断」とも言われている。

前回、この「財政検証」が発表されたのが、ちょうど5年前の2014年6月だ。

当時、現役世代の男性の手取り収入は34万8000円。それに対し、夫婦2人の年金額は21万8000円、現役世代の手取り収入に対する年金額の割合(「所得代替率」という)は62.7%だった。
つまり、現役世代の手取り収入の6割以上の年金を受け取ることができた。

財政検証で、経済成長率0.4%で推移したと想定して試算した結果、マクロ経済スライド、つまり支給額の抑制は30年続き、2043年には「所得代替率」が50.6%にまで低下するという結果だった。
つまり受け取れる年金は、手取り収入の半分程度になるというのだ。

受け取れる年金の額面は2万6000円上がるが、月収に対する割合で見ると、12ポイント以上減ってしまうことになる。物価が上がっているなかで、支給水準は減少することになるのだ。

この時の財政検証では、経済成長率が0.9%だった場合と、マイナス0.2%だった場合についても試算している。ここまで紹介した0.4%の場合と合わせて3つのパターンを並べると、次のようになる。

支給額が抑制される期間は、高い経済成長率のケースでは短くて済むが、経済成長がマイナスになると40年以上と長くなる。その場合、支給額は、現役世代の手取り収入の半分にも届かず、減ってしまう。

いまのところ法律では、所得代替率50%以上を確保することになっているが、50%を下回れば、制度の見直しを余儀なくされる。

「所得代替率」が下がっていく影響について、専門家に聞いた。

三菱UFJリサーチ&コンサルティングの横山重宏上席主任研究員は、影響を受ける世帯もあると指摘する。
「いまの年金は昔に比べると充実していて、年金だけで生活している人たちも結構いる。だけど、支給水準が下がってくれば、やはり生活は厳しくなってくる。母子家庭とか非正規労働者とか、所得が低く、貯蓄が難しい世帯ほど、その影響を受けるのではないか」

「財政検証」進行中!

2014年の財政検証からことしで5年。
そう、ことしは5年に1度の「財政検証」の年なのだ。

今回は、今後の年金の制度改正を見据えた試算も合わせて行っているという。
高齢者が働き続ける社会を見据えて、
▽年金の受給開始時期を70歳以上に引き上げた場合や、
▽働いて一定の収入がある60歳以上の年金を減らす「在職老齢年金」の制度を廃止した場合についても試算している。

また、安定した社会保障基盤を確保するために、
▽厚生年金の適用範囲を、現在の従業員501人以上の企業で、週20時間以上働いている人から、拡大した場合についても計算が行われている。

政府は、この「財政検証」の結果をもとに、具体的な制度改正を検討していく方針だ。

どうなる今回の「財政検証」

今回の財政検証はどうなるか、前出の横山さんに予測を聞いてみた。
「どちらかというと出生率の見通しが改善しているのと、労働参加率も上がってきているので、それだけ見れば財政にとってはプラス。前回よりは改善というか、支給水準が落ちにくい結果が出る可能性があります」

では、支給額の抑制が短い期間になっている明るい見通しの可能性も?
「喜ぶような話しではないですね。経済成長の前提も、いろいろなケースを設定しているだけで、将来の経済を予見することは難しい。マクロ、つまり財政的には安定するが、個々を見たら誰にしわ寄せが行くのかという議論はあまりない。仮にもっと少子化が進み、出生率が下がってしまったら、どこに問題が出るのかなども示すべきですね」

厚生労働省の幹部も淡々と話す。
「財政検証はあくまでも、さまざまな経済状況を設定して、支給見通しを示すもの。どの設定の結果を受け入れるかは、検証結果を見る人次第だ」

公表は「選挙のあと」なのか

この財政検証、前回の発表は6月。結果はともあれ、ことしはいつ発表するのか?

実は、まだ決まっていない。

2014年の発表の際は、3月には検証の前提となる設定が決められ、6月初旬には公表された。
前々回、2009年も、設定からおよそ3か月後の公表だった。
ことしは、前回と同じ3月に設定が決まったため、われわれ報道陣や、政府・与党内でも、6月には公表されるのではないかというのが相場観だった。

だが根本厚生労働大臣は、検証作業が続いていると説明する。

「制度改正の議論に資する財政検証をしっかり行う事が重要だと考えている。オプション試算の内容を充実させ、丁寧に作業を行うよう指示している」

ただ、ある与党関係者は、公表時期は「参議院選挙のあとになるだろう」と話す。

政府関係者の1人は「年金が選挙の争点になるのは困るのだ」と、その背景を解説してくれた。支給水準の低下が確実視される中、参議院選挙の前に公表すれば、争点化は避けられないという懸念があるのだという。

12年前の第1次安倍政権。
「消えた年金記録」問題などの影響もあって、参議院選挙で大敗。
その後、当時の安倍総理大臣が、退陣した苦い記憶もある。

いまの安倍政権が年金にナーバスになっていることは、容易に予想できる。

野党側は、意図的に公表を遅らせているのではないかと追及。
「老後2000万円」の報告書とともに参議院選挙の争点の1つにしようという構えだ。

でも、年金議論は待ったなし

年金問題は、国民の関心も高いだけに、選挙に少なからず影響を与えてきたのも事実だ。
一方で、国民の将来に対する不安を少しでも解消するためには、議論のもととなるデータなどをつまびらかにした上で、与野党ともに、よりよい制度を模索する必要があるのではないだろうか。
少子高齢化、人口減少への対応は、待ったなしの課題だ。

参議院選挙でも、冷静で建設的な議論を期待したい。

※画像は6月6日以降の年金に関する記事を分析し、頻出度合いを文字の大きさで表現したもの。

政治部記者
石井 寧
2003年入局。名古屋局、政治部、北見局などを経て、再び政治部。現在は厚労省担当。
政治部記者
安田 早織
2011年入局。富山局、名古屋局を経て政治部へ。現在、厚生労働省担当。休日の楽しみはホットヨガで汗をかくこと。