”子どもを守る”
「日本版DBS」法案決定

子どもたちが学校や塾など、教育の現場で性被害にあう事例があとを絶ちません。

政府は、子どもに接する仕事に就く人に性犯罪歴がないか確認する制度「日本版DBS」を導入するための法案を19日、閣議決定しました。犯罪歴を最長で20年照会できることなどが柱です。

新たな制度で、どう子どもを守ることができるのでしょうか?
(小林さやか、杉本志織、三藤紫乃)

(3月27日(水) R1「マイあさ!」で放送)
【聴き逃し配信リンク】4月3日(水)午前8:28配信終了

Q.なぜ「日本版DBS」と呼ぶのか?

A.イギリスの「DBS制度(ディー・ビー・エス Disclosure and Barring Service=前歴開示・前歴者就業制限機構)」を参考にした、日本版の制度だからです。

Q. どんな制度なのか?

A.19日に閣議決定された法案の内容を見てみます。

【ポイント①:子どもの性暴力防止を広く義務付け】
今回の法案では、子どもを対象にした性暴力が、生涯にわたって回復しがたい重大な影響を与えるとして、学校だけでなく民間の事業者を含め広く、教員や保育などの従事者による性暴力を防止することを義務づけました。

その上で、性暴力を防止する手段のひとつとして、事業者に、特定の性犯罪の前科の有無を確認することを義務付け、違反した場合、公表などの対象にするとしています。

この仕組みが、いわゆる「日本版DBS」です。

Q.どんな事業が対象となるのか?

A.【ポイント②:対象の事業】
こちらが、前科の有無を確認する事業の範囲です。

▼まず、学校や認可保育所など、法律上、認可の対象となっている施設は「義務」となります。児童養護施設や障害児の入所施設、児童発達支援なども義務の対象です。

▼その他については、「認定制度」を設けて、研修や相談体制の整備など、一定の条件をクリアした場合は、前科の確認の対象となります。

放課後児童クラブ=いわゆる学童クラブや認可外の保育施設のほか、学習塾やスイミングスクール、ダンスなどの芸能を教えるスクールなど、民間事業者も一定の規模以上であれば対象となります。認定を受けた事業者は国が公表します。

また、派遣や委託、無償のボランティアなどであっても、子どもに接する業務の性質によって対象となります。

Q.確認する性犯罪の対象は?

A.【ポイント③:確認する性犯罪の対象期間】

確認する性犯罪は、強制わいせつなどの刑法犯だけでなく、痴漢や盗撮などの条例違反も含みます。

性犯罪歴の確認の対象となる期間は最長で20年です。
具体的には以下の通りで、過去の性犯罪のデータから、再犯に至るまでの期間を考慮して定めたということです。

確認の対象となる範囲は、▽拘禁刑で実刑の場合は、 刑の執行終了から20年、▽執行猶予の場合は、裁判の確定日から10年、▽罰金刑の場合は、 刑の執行終了から10年としました。

Q.どのような手続きで確認していくのか?

【ポイント④:具体的な確認の手順】

A.具体的な性犯罪歴の確認手順です。

事業者がこども家庭庁に申請しますが、その際に、業務に就く予定の人が戸籍情報などの必要書類を提出するなど、本人も関わる形とします。

▽照会した結果、性犯罪歴がなければ、「犯罪事実確認書」がそのまま事業者に交付されます。

▼一方、犯罪歴があった場合は、まず本人に事前に通知。
2週間以内であれば、訂正を請求できるほか、結果を受けて本人が内定を辞退すれば、事業者には犯罪歴が通知されることなく、申請が却下されます。

新規採用者だけではなく、現職も対象となり、犯罪歴が確認された場合は、子どもに接触しない業務に配置転換するなどの対応が求められます。

また、事業者には情報を適正に管理する義務が課され、情報を漏えいした場合、罰則が設けられます。

Q.日本では初の制度になるが、これまでの議論の経緯は?

A.子どもを性犯罪や性暴力から守るための対策は、これまで教育現場と保育現場、それぞれを所管する省庁ごとに進められてきましたが、省庁ごとの対策では不十分だという指摘が度々あがってきました。

また、子どもと関わる仕事に就く際に性犯罪歴を確認する仕組みが必要だと訴える声の高まりもあり、去年発足したこども家庭庁は、先行するイギリスの制度を参考に、日本版の制度をつくることを基本方針として掲げました。

去年6月「日本版DBS」議論の有識者初会合

去年6月からは「日本版DBS」の制度設計などに関して有識者による議論が行われ、9月には、確認の対象を裁判所の事実認定を受けた前科とする一方、対象期間には必要性、合理性を踏まえて一定の上限を設ける必要があるなどとする報告書がまとめられました。

ただ、与党内からは確認の対象とする期間などについて異論が相次ぎ、去年秋の臨時国会への政府による法案提出は見送られていました。

ことしに入っても慎重に検討が重ねられ、今月、与党との調整を経て法案がまとまりました。

3月7日 自民党の会議

Q.今回の「日本版DBS」に教育現場からはどんな声が?

A.民間の学習塾からは、前向きに受け止める声が上がっています。

「保護者や生徒の安心につながる」(民間の学習塾)

首都圏を中心に220あまり校舎を展開する個別指導の塾では、これまで業界のガイドラインにのっとり、安全対策を進めてきました。

教室内に防犯カメラを複数設置するほか、個別指導のブースの仕切りを低くしたり、集団授業で使う教室をガラス張りにするなどして死角を作らないようにしています。

さらに、採用の際には、生徒と連絡先を交換しないなど必要以上に接触しないよう同意書や誓約書を提出してもらっていると言いますが、採用時に性的なしこうも含めて問題がある人物かどうか見抜くのは限界があるといいます。

今回、閣議決定された法案では、学習塾は、一定の条件を満たせば、前科を確認できる「認定制度」の対象になるとされています。

この塾では、すべての教室あわせておよそ2500人の講師がいますが、「認定制度に参加して全員の確認を進めたい」としています。

塾の運営会社 スプリックス 堀貴司執行役員
「入り口の段階で書類をチェックしたり、面接を通じて問題がない人物だという確認をしていますが、一民間企業の取り組みだけでは限界がある。保護者の立場で考えると、認定を受けている事業者の方が安心して通えると思うので、積極的に活用したい」

Q.専門家はどう評価?

A.国の性犯罪被害者支援の委員などを務めたほか、長年、性加害者の治療にあたっている医師は、日本版DBSの導入について、教育現場などでの一定の再犯抑止効果があると評価した上で、制度の運用とともに加害者の治療などの根本的な対策を両輪で進める必要があると指摘しています。

性障害専門医療センターSOMEC(ソメック)代表理事
精神科 福井裕輝医師
「子どもは圧倒的に弱者であり、より一層の保護が必要だ。海外では、1980年代から 各国でこうした制度の導入が始まっていることから、日本でも当然だと受け止めている。犯罪歴のある人が再び子どもに関係する職に簡単に就けないため、対象となる施設では再犯を防ぐ可能性がある」

その上で、子どもが性被害にあうことを根本から防ぐため、こう指摘しました。

「子どもを性の対象にする加害者の欲求がなくなるわけではないので、制度によって排除するだけではDBSの対象にならない場で加害を加えるおそれがある」

「犯罪を起こさないために、加害者を治療につなげたり、子どもに接触しない職業をあっせんしたりするなど支援の必要がある」

福井医師は、支援の一例として、長崎県の教育委員会で導入しているチェックリストで性的なゆがみに気づかせ、専門機関への受診を促す取り組みをあげていました。

Q.先行するイギリスの例から見えてくることは?

A.

イギリスは2012年から子どもに関わる職業に就く人を対象に、性犯罪の前歴を照会して開示する「DBS制度」を導入していて、冒頭でもお伝えしたように、今回、日本はこの制度を参考にしています。

「DBS=前歴開示・前歴者就業制限機構」という公的機関が性犯罪歴を管理し、事業者側からの照会を受け付けています。

DBSではおよそ1200人の職員が年間700万件の犯罪歴などをチェックしていて、子どもなどへの関わりが禁じられている人は8万8000人に上るということです。

首都ロンドンで、小学生の学童保育を運営するシャープ千穂さんは、スタッフの採用や契約更新にあわせて年に数回、DBSに性犯罪歴を照会しています。

シャープさんは、DBSで犯罪歴を確認できることは安心につながっていると評価していました。

「この制度があるからこそ、子どもたちが守られていると感じる。前科のある人が子どもに関する仕事に応募することを防止する効果もあるのではないか。国民の間で子どもを守る意識が高まり、虐待を疑う通報や情報提供も増えた」

一方で、DBSへの照会には事業者側が1人につき日本円でおよそ7000円を負担するため金銭的な負担が大きいことや、本人から提供された個人情報をもとにDBSに照会するため、「国外で罪を犯した人や、途中で名前を変えた人などは十分に追跡できるのかなど情報の正確さには不安が残る」とした上で、「DBSだけに頼るのではなく事業所による研修などの努力も必要だ」と話していました。

DBSのエリック・ロビンソンCEOは、NHKのオンラインインタビューに応じ、制度が広く受け入れられている背景として、「イギリスでは、医師や教師といった高い信頼が必要な特定の仕事について、職業選択の自由よりも安全対策を優先しているのだと思う」としています。

また、制度導入について、性犯罪歴チェックの対象となる職種をもっと増やすべきといった議論はイギリス議会で何年もかけて話し合われてきたといい、「最近も見直しの動きがあり、対象をより多くの人に広げるべきだという勧告を受け、政府が検討している。イギリスでは小さい組織から始め、学び、情報を守れるシステムになっていることを確かめながら成長してきたし、日本でもこうしたアプローチを するべきだと思う」と話しています。

そして、性犯罪に関する個人情報が事業者に共有されることへの懸念の声はないのかという質問に対し、「私が就任してからの4年間で懸念が寄せられたことはない。雇用主が採用するかどうかを決めるために求職者の犯罪歴を知ることは適切だと受け止められ、雇用主と非雇用者の間には誠実さと信頼関係が必要だという感覚があるのだと思う」と話していました。

Q.「日本版DBS」今後の見通しと課題は?

A.政府は、法案を今の国会に提出し、成立を図る考えです。

2年余りの議論を経てまとまった法案ですが、犯罪歴の照会期間については、もっと延ばすべきだという意見がある一方で、更生や社会復帰の観点から期限を設けることは必要だという指摘もあります。

また犯罪歴の確認を義務づける事業者の範囲を広げるべきだという声などもあり、実効性を確保するための議論が国会で続けられることになります。

政府は、国会審議を経て成立した場合、公布後2年半以内に施行する方針です。

▽認定制度の詳細や▽情報の管理体制、また、▽現職の人に前科があることがわかった場合の対応などの詳細は、法律の施行までにガイドラインで示すとしています。

また、前科の確認が義務となる学校や幼稚園などで働く職員が令和4年の時点で140万人以上、保育所などで働く職員が70万人以上いて、この全員が確認の対象となるかはまだ決まっていませんが、対応するこども家庭庁の人員や確認にかかる費用をどのように確保するかも今後の課題となります。

(3月19日 ニュースウオッチ9などで放送)

(3月27日(水) R1「マイあさ!」で放送)
【聴き逃し配信リンク】4月3日(水)午前8:28配信終了

社会部記者
小林 さやか
2007年入局 北九州局、福岡局を経て現所属
医療・介護、子供と女性の権利擁護などについて取材
社会部記者
杉本 志織
2013年入局 鹿児島局、大阪局を経て現所属
こども家庭庁の取材を担当
政治部記者
三藤 紫乃
2017年入局。札幌局、帯広局で6年の北海道勤務を経て2023年、政治部に。
こども家庭庁を担当。総理番も兼務する。