水が出ない! そんな未来が?
忍び寄る“水道危機”

能登半島地震から2か月。復旧は遅れ、今もおよそ1万8000戸で断水が続いている。水道インフラへの不安を突きつけた今回の地震。NHKは全国1392の水道事業者データを詳しく分析。すると水道の耐震化が進まない実態が見えてきた。

「蛇口をひねれば水が出る」

私たちの生活に欠かせない水道インフラをどう守るのか?現場に飛んだ。
(齋藤恵二郎、能州さやか)

サタデーウオッチ9「“命の水”水道守る最前線の現実(映像8分40秒)」はこちら
配信期限 :3/9(土) 午後10:00 まで

「技術職」が足りない、深夜に工事も・・・

温泉街が有名な福井県あわら市。

午後9時過ぎ、市役所の庁舎を訪れた。


真っ暗な廊下を抜けると、1階の上下水道課に明かりがともっていた。
準備を終えた3人の技術職員が市庁舎を出発。

車で15分ほどで「配水場」に到着した。

浄水場から送られてきた水をため、各家庭などに送る施設だ。
水を送るポンプを動かす重要な施設の更新工事を行うという。
水道を使用する市民が少なくなる夜間に、こうした工事を行っている。

施設が建てられたのは35年前。

日本海がすぐそばにあるこの配水場では、塩害や落雷などの影響もあり劣化が進んでいた。

この配水場の敷地は狭く重機を使うのは難しい。
新たな電気設備の設置に向け、一晩かけて作業員らが撤去する。

断水していた水を再び通し、すべての作業が終わったのは、午前3時。

現場監督にあたる藤木良太さんは入庁7年目。
一貫して技術職として水道事業に携わり、水道技術管理者に登用されている。

(あわら市上下水道課 水道技術管理者 藤木良太さん)
「日々慌ただしくしています。仕事をしているときに緊急の電話が入って、すぐに現場に向かうということが続いていて、自分の仕事が出来るのが夕方からになることが多いです。技術職が少ないため、現場の対応ができる職員がいないと、緊急対応の当番が当たっていなくても現場に向かいます。蛇口をひねれば水が出るのは当たり前。私たちはその“当たり前”を維持するため、全力を注いで仕事をしています」

未明まで工事の監督にあたった藤木さんは、朝からも漏水箇所の点検業務に追われた。

技術職員の仕事は、水質管理から施設メンテナンス、災害対応と多岐にわたり重要な役割を担っている。

しかし、あわら市の技術職員は現在3人。
おととしまでは藤木さん1人で対応にあたっていた。

耐震化まで手が回らない・・・

こうした中、生じているのが「耐震化の遅れ」だ。

石川 輪島 地震で破損した水道管

国は、古くなった水道管を「耐震管」に置き換えるよう事業者に求めている。

上水道の整備や管理を所管する厚生労働省は、水道管の耐震適合率を2028年度末までに60%以上に引き上げる目標を掲げている。
(※上水道の所管は2024年4月に厚生労働省から国土交通省に移管される)

耐震管は、つなぎ目にゴム製の部品などが使われていて、地震があっても柔軟に曲がるため、破断するリスクが少ないという。

例えば、2016年の熊本地震では、厚生労働省の委託を受けた専門家の調査団の報告書で「熊本市が水道管の耐震化に積極的に取り組んできたことで、被害が比較的少なかった」と分析している。

一方、あわら市では、耐震化は遅れている。市の給水人口はおよそ2万4000人で地中に埋まっている水道管の総延長は270キロに及ぶ。このうち、耐震化された水道管の割合は、6.2%にとどまる。

現在ある施設のメンテナンスや漏水のチェックなど、日々の業務に追われ、耐震化まで手が回ってこなかったのが現実だという。

(あわら市 山口功治 上下水道課長)
「水道管や配水場の老朽化も進んでおり、故障や漏水が多発している状況です。維持・管理に技術職員がとられ、耐震化を進めていくのはかなり難しい」

対策は・・・窓口業務の職員も、現場に

そこであわら市は、技術職員の不足を補うため、これまで、窓口業務などを行ってきた事務職員に技術職員が行っていた仕事の一部を担わせることにした。

4月以降、研修などを経て、これまで技術職員が担ってきた漏水調査や、簡易な修繕など業務の一部を行う予定だ。さらに、10月からは、施設の維持・管理などの民間への委託も進めるとしている。

(山口功治 課長)
「簡易な修繕や洗管作業を事務職員に任せられるようになることで、技術職の職員たちが、更新工事に集中できます。これによって管路の更新や耐震化も加速できるのではないか。一方、工事業者をどう確保していくのかが課題です。更新工事の加速化に向けては、民間の力や、ほかの自治体との協力についても検討が必要です。24時間、365日、重要インフラである水道を安心して使えるよう、これからも維持していきたい」

耐震化率 平均は41% 「10%以下」も

NHKは、日本水道協会がまとめている、全国の1392事業者のデータに着目した。

4033項目、21年分にわたるデータを入手し、分析すると、あわら市のようなケースは全国各地で見られることがわかってきた。

以下の日本地図を見てほしい。

水道管の耐震化率が高いところが青、低いところが赤となる。

全国の総延長での耐震化率は、平均で41%。
あわら市のように最も濃い赤色で示した10%未満の事業者は191と、決して珍しくない。

一方、国の目標は、2028年度末までに60%以上にすることだ。

しかし、2021年までの10年間で耐震化率は8.6%の増加にとどまっている。
目標までにはあと5年で20%近く増やす必要があり、とても届きそうにない。

技術職員「0~1」 約400事業所

技術職員の人手不足も深刻だ。
職員が「1人だけ」と「いない」という事業者は全国で400近くあり、全体の28%にも上った。

こうした1人または0人という事業者によって、550万人に水が供給されている計算になる。

技術職員の数は、地域によっても大きな格差がある。
技術職員1人あたりでどのくらいの水道管を管理しているか計算すると、短いところでは数キロ程度だが、長いところでは実に1000キロ近く。これは直線距離で東京から鹿児島までに相当する。

こうした事業者では、耐震化・老朽化までは手が回らないところが多いと見られている。

一部の地域では職員不足の対策も行われている。
福島県の会津美里町と会津坂下町などは、ともに技術職員が不足しているため、20人近い技術者がいる会津若松市と協定を結んだ。

会津坂下町のHPより

それぞれの職員が同じ現場に立ち会うなど、広域での育成と技術共有が始まっている。

水道料金 10倍の開きも

分析したデータには、水道事業にかかる費用にまつわる項目も数多く含まれる。
水道事業は、「独立採算制」で、費用は原則として徴収した水道料金で賄うことになっている。

しかし、水道料金だけでは賄えず、自治体の財源などから補填している事業者は2021年度は1009と全体の7割を超えていた。あわら市もその一つだ。

人口減少が進む日本。

人が減れば使う水の量が減り、水道事業者の収入が下がる。
一方で、人が減ったからといって水道管が短くなるわけではない。

むしろ、中心地では人口が減少しているのに、郊外では住宅地があらたに開発されるなど水道管が伸びている地域もある。

コストはかさみ、生産性が落ちていく構図だ。

苦しい財政事情を背景に、水道料金の値上げも相次いでいる。

2021年までの10年で値上げをした事業者は1138。
比較できた事業者の95%にあたる。地域によっては2倍以上になったところもある。

水道料金の地域差も大きい。
おおむね3人世帯のひと月の水道料金を調べてみた。
全国平均では3300円ほど。一方、安い地域は800円台、高いと7000円近く。8倍の差がある。

こうした背景のひとつには、そもそもの地形・水質などの自然条件や、人口分布などが影響している。

人口が密集している地域は効率良く水を配れるが、過疎地や山間部などでは効率が落ちる。

こうした要素が料金に反映され、差が生まれる。
人口集中と過疎化を受け、この格差はさらに拡大していく可能性がある。

「当たり前」をどう維持するか

私たちは、朝起きてから、夜寝るまで、「蛇口をひねれば水がでる」ことが当たり前の生活を送っている。

能登半島地震をきっかけに、ほかの地域でも、将来「当たり前」ではなくなるかもしれない現実があることがわかった。

能登半島地震で断水になった水道

人口減少が進む中、インフラをどう守っていくのか、引き続き取材し、考えていきたい。

※データについて

▽水道統計(日本水道協会)をもとにNHKが加工・作成した。
▽上水道事業者に関するデータのため、簡易水道等のデータは含んでいない。
▽「耐震化率」は「耐震適合性がある基幹管路の割合」とする。
▽「耐震化マップ」の自治体ごとの色分けは、その自治体を給水区域としている事業者のデータを採用した。なお、同一の自治体を複数の事業者が給水区域としている場合は、給水人口が最も多い事業者のデータを採用した。
▽「3人世帯のひと月の水道料金」は、「家庭用料金/月20立方メートル使用料金」を採用した。

(3月2日サタデーウオッチ9で放送)

ネットワーク報道部記者
齋藤 恵二郎
2010年入局
盛岡局時代に、大船渡・陸前高田支局で震災の取材にあたる。
データ分析、災害、子育て、教育などを取材。
報道局機動展開プロジェクト記者
能州 さやか
2011年入局。秋田局、新潟局、社会部を経て現所属。
能登半島地震では現地に入り取材にあたる。