機能不全の国連安保理
内側を見た外交官の本音は?

ロシア3回、アメリカ3回、中国1回。
去年2023年に国連安全保障理事会で常任理事国が行使した拒否権の数です。
国連安保理ではウクライナ情勢、イスラエル・パレスチナ情勢をめぐって大国が対立し、「機能不全に陥っている」との批判が改めて高まっています。
その安保理で非常任理事国の国連大使を12月15日まで務めたのが石兼公博さんです。
安保理の内側では一体何が起きていたのか?
そして、2024年の日本外交には何が求められるのか、聞きました。
(アメリカ総局・矢野尚平)

拒否権行使の裏で・・・

国連大使としてニューヨークの国連本部で行われる安保理の会合に毎日のように出席してきた石兼公博さん。
この1年は特に大国の利害が対立し、何も決めることができない状況に何度も直面してきました。

(石兼氏)
「安保理は15か国がまとまって意思表示をしてこその安保理だと思う」

石兼さんは年末で40年以上にわたって務めた外務省を退官しましたが、日本への帰任4日前のインタビューで強調したのがこの言葉でした。

そんな石兼さんの思いが、かいま見えたシーンがありました。

イスラエル軍とイスラム組織ハマスの軍事衝突が始まってから2か月がたち、ガザ地区南部での戦闘が激しくなっていました。

ガザ地区

12月8日に開かれた安保理の緊急会合。
「人道目的の即時停戦」を求める決議案の採決が行われました。

アメリカのウッド国連次席大使

15か国のうちほとんどが賛成に回りましたが、常任理事国のアメリカが拒否権を行使したため、否決されました。

採決の後、会合でイスラエルを擁護する姿勢のアメリカは、決議案に盛り込まれた「即時停戦」という表現では「ハマスを復活させ、次の戦争の種をまくだけだ」と拒否権行使の理由を説明しました。

ロシアのポリャンスキー国連次席大使

これにロシアの国連次席大使はアメリカを厳しく非難。
するとロシアの次に発言した石兼さんは自身の独断でくぎを刺しました。

「私たちは、責任のなすりつけ合いに甘んじるのではなく、安保理が協力できる共通の基盤を見いだすための、より多くの絶え間ない努力をすべきだ。その点に関して、私の前の演説者(ロシア)の発言には失望した」

このとき独断で最後の一文を演説文に加えた理由を聞いてみました。

(石兼氏)
「実は採決前のコンサルテーション(非公式協議)で、すでに溝が埋まる可能性はないと分かっていた。そこで各国に私からは『仮に今回は合意に至らなくても合意をみつける努力を続けるべきだ。非難して事足れりということだけはやめておこう』と申し上げた。しかしそのあとの投票と説明で、ある国があのような物言いをしたのでひと言、言っておいた方がいいなと思いました」

記者「直前に演説文に書き込んで発言することはよくある?」

(石兼氏)
「時々あります。東京には怒られますけど(笑)」
「拒否権を行使されてそれを非難するというだけでは何も改善しない。現場の人道状況も全く改善しないわけです。ですから安保理は妥協に妥協を重ねてでも合意を得ることが重要だと私は思います」

相次ぎ否決された決議案

ハマスによるイスラエルに対する攻撃をきっかけとした戦闘が始まった10月7日以降、2023年にこの問題に関連して国連安保理で採決にかけられた決議案は7件。
しかし、採択されたのは2件にとどまり、そのほかは拒否権などで否決されています。

「率直に意見を伝えることも重要」

各国の思惑で対立が際立つなか、石兼さんは安保理としての役割を果たせたと感じた場面もあったといいます。

ガザ地区

11月、ガザ地区の子どもの人道状況を改善するために戦闘の休止を求める決議案が採決にかけられました。
このときアメリカは、「決議はハマスのテロを非難していない」と不満を示し、拒否権を行使するのではないかという見方が広がりました。

アメリカのトーマスグリーンフィールド国連大使

アメリカのカウンターパートは、リンダ・トーマスグリーンフィールド国連大使。
石兼さんは日ごろから密に連絡を取り合い、「キミヒロ」「リンダ」と、互いをファーストネームで呼び合う間柄だといいます。

意見交換する日本、アメリカ、スイスの国連大使

石兼さんはトーマスグリーンフィールド国連大使に対し、拒否権を行使すれば批判が集中し、アメリカの外交全体に影響が及ぶ可能性もあることを、ほかの大使とともに繰り返し伝えたと言います。

(石兼氏)
「なるべく頻繁に、あるいは適切なこのタイミングで申し上げた方がいいという時は私としての意見をぶつけたこともあります。外交は価値観が異なる国の間で言うべきことを言うのも重要だが、価値観を同じくする国に対しても、時に応じて率直に考えを静かに伝えることも重要だ」

結果的にアメリカは拒否権ではなく棄権を選択。
10月に軍事衝突が始まって以降、安保理が初めて決議を採択しました。

(石兼氏)
「もちろん、それぞれのメンバー国のそれなりの政治的な計算もあったと思いますが、それ以外にも私はコミュニケーションの果たした役割は大きかったと思います。本当に何度も何度も公式・非公式を含めて15か国(すべての理事国)であったり(非常任理事国の)10か国であったり、10+3(非常任理事国と米英仏)であったり、いろいろな形で意見交換をして、最後には、『じゃあこのあたりで、こういう決議であれば通そうか』という共通の理解にたどり着くことができたのではないかと思います」

2024年 日本が果たすべき役割は?

日本はもう1年間、2024年も安保理の非常任理事国を務めます。3月には月替わりの議長国も担います。

石兼さんは、国際情勢が緊迫する中、日本、そして私たちにも果たすべき役割があると指摘しました。

(石兼公博 前国連大使)
「安保理に座っていることに責任の重さをこの1年間を通じて痛感しました。もし日本という国が国際社会の平和と安全にしっかりと関わっていく決意と用意があるというのなら、安保理に座っていることは非常に重要だと思います」

「国連は所与のモノとしてそこにあるのではなくて、われわれ国連加盟国が形作っているもので、『国連が機能しない』と、われわれが国連を非難する時、その非難の矛先は自分自身に向かっているんだというぐらいの気持ちで国連に関与していくことが重要だ」

取材後記

大国の対立で安保理が機能不全に陥っているからこそ、それ以外の非常任理事国、いまその一員である日本には、大きな役割と責任があるー。
石兼さんの言う「決意」が2024年も問われることになるとインタビューを通して感じました。

「国際報道2023」(12月21日放送)

アメリカ総局記者
矢野 尚平
1999年入局。岡山局、秋田局、国際部、ソウル支局
現在はアメリカ総局(ニューヨーク)で国連担当