江東区長選“三国志”後を制するのは

東京・江東区で政治・行政が混乱に陥っている。
公職選挙法違反事件をめぐって区長が辞職し、地元選出の衆議院議員も法務副大臣の職を辞任。
その江東区の新たなリーダーを選ぶ区長選挙が12月10日に行われた。
保守系の3つの陣営が長年勢力争いや駆け引きを繰り広げ、“三国志”などとも呼ばれてきた江東区。
“三国志”のあと、誰が選挙を制するのか。勝敗を分けるものは何か、そして支持率が低迷する岸田政権への影響は。
(中村大祐)
※関係者の反応を加えて更新しました。

区長選挙で選挙違反事件

ことし4月の区長選挙で初当選した元自民党衆議院議員の木村弥生・前区長。しかし、選挙期間中、陣営がYouTubeに自身への投票を呼びかける有料広告を出したとして、ことし10月、東京地検特捜部が区長室などを捜索する事態に。その後、区長を辞職。12月に再び区長選挙が行われることになった。

捜査は自民党衆議院議員の柿沢未途側にも及んだ。有料広告の利用を勧めたとして、当時務めていた法務副大臣の職を辞任。さらに江東区の地元事務所や秘書の自宅などが自らによる公職選挙法違反の買収の疑いで捜索を受けることとなった。

江東区 木村弥生 元区長
東京・江東区 木村弥生 前区長

江東区は“三国志”

江東区では長年、3つの保守系陣営が勢力争いや駆け引きを繰り広げ“三国志”などとも呼ばれてきた。

江東区政界の三国志を示した画像


木村の父親、勉は元衆議院議員。
その木村と4月の区長選挙で争ったのが元都議会議員の山崎一輝。父の孝明は区長を16年務め、23区の特別区長会の会長にもなった地元の大物だ。
そして区長選挙で木村を支援したのが柿沢。父の弘治は外務大臣も務めた衆議院議員だった。

なぜ柿沢は、ライバルともいえる木村の支援にまわったのか。

関係者によると、さまざまな政党に所属してきた柿沢は、自民党への入党を希望していたが、山崎一輝の父、孝明が反発したことなどから、2人の関係にはしこりがあったという。そして、柿沢と木村が手を組んで山崎家に対抗する構図ができあがったというのだ。

“三国志”のあと、江東区民は誰に区政を託すのか。
今回の選挙には新人5人が立候補した。

江東区長選挙の立候補者一覧

小池と組んだ自民

自民・公明両党や、東京の地域政党で都知事の小池が特別顧問を務める「都民ファーストの会」などは、元東京都政策担当部長の大久保朋果を推薦。
しかし都民ファーストの会の関係者にとって、この連携は想像していないものだった。

江東区長選挙に立候補した大久保朋果氏

自民と一緒にやらされるとは思わなかった

11月中旬、都民ファーストの会の幹部を務める都議会議員は驚きと戸惑いを隠せなかった。
強制捜査の一件で、保守系の支持層が自民党から離れることが見込まれ、区長ポストを奪えるチャンスだとにらんでいたからだ。

なぜ、都民ファーストの会は自民党と組んだのか。
この幹部は「まず、小池知事が動いて知事の部下にあたる大久保が立候補することになった」と説明する。

一方の自民党。
岸田政権の支持率の低迷が続く中、党政務調査会長の萩生田光一が会長を務める東京都連は、直近の市長選挙や都議会議員の補欠選挙で公認や推薦候補が3連敗していた。
都連関係者は「これ以上本当に負けられない。負けたら今後の選挙に絶対影響する」と危機感をあらわにしていた。
そこに浮上したのが大久保だった。
ことし10月に亡くなった都議会議員で、都連幹事長を務めていた高島直樹が「いつか選挙に出したい」と評価していたのだという。

小池の部下であり、自民党からも評価されていた大久保。

自民党と都民ファーストの会の接点となる候補だったといえる。
ただ、大久保がどちらに比重を置いていたかといえば、それは一目瞭然だった。

大久保は立候補会見で、小池から「勝負服」として借りた白いジャケットと、緑の上着を身につけて臨み、「知事から背中を押してもらい、非常に心強く感じている」などと小池との連携を前面に打ち出した。

政治の世界でよく聞かれる「貸し」「借り」。
自民党と都民ファーストの会のどちらが貸して、どちらが借りているのか。それぞれの見方は真逆だ。

幹部は『小池の部下を擁立して小池を目立たせることで貸しをつくってやっている』と言っている

知事と自民党都連幹部で決めたことだと思う。小池知事は来年7月に行われる自分の知事選のことを考えて、窮地に追い込まれている自民党に救いの手を差し伸べることで貸しをつくったのだと思う

野党の思惑は

一方、立憲民主党、共産党、れいわ新選組、社民党の野党4党などは、元江東区議の酒井菜摘を支援した。
今回の選挙は「不祥事を起こした自民党への審判だ」として、区民の不満の受け皿になりたい考えだ。
立憲民主党の都連幹部は「野党共闘を有権者がどこまで受け止めてくれるのか。そういう意味で、衆議院選挙や都知事選挙にもつながる選挙だ」と意気込む。

江東区長選挙に立候補した酒井菜摘氏


酒井の応援には、立憲民主党の幹部などのほか、社民党の元衆議院議員で世田谷区長の保坂展人も応援にかけつけた。

酒井候補を応援する世田谷区保坂展人区長


(世田谷区長・保坂展人)
「隠し事のないクリーンで透明な区政を酒井さんと一緒につくろうじゃありませんか。必ずこの輪を広げていただきたい」

国政での野党第一党を目指す日本維新の会は、医師で区内などでクリニックを経営する小暮裕之を支援した。
党幹部も「勝ち上がれば衆議院選挙にプラスになる」として、近畿圏以外で初の首長を誕生させ、「地盤づくり」を進めたい考えだ。

小暮の応援には、日本維新の会の総務会長で、東京を地盤とする参議院議員の柳ヶ瀬裕文が入った。

小暮氏を応援する日本維新の会 柳ヶ瀬裕文参議院議員


(日本維新の会 柳ヶ瀬裕文)
「国の政治も古いが江東区の政治も古い。これを変えることができるのは誰なのか。悪の連鎖を断ち切ることができるのは小暮裕之さんしかいません」

自民は前面に立てない

大久保に対しては、告示日に小池が海外出張から帰国した直後に演説に入り、支援を呼びかけた。


(東京都知事・小池百合子)
「行政のプロであるということが非常に頼もしい限りだ。江東区がいま直面している問題、課題、みなさんの思い。それを託せるのは大久保さんしかいない」

小池は選挙期間中に4回も応援に入り、街宣車に乗り込むなどして支持を訴える力の入れようだった。

しかし、自民党の動きは静かだった。党幹部が応援演説に入らなかったのだ。
自民党の関係者は、岸田政権の支持率低迷の中で起きた江東区での公職選挙法違反事件や、自民党の派閥の政治資金パーティーをめぐる問題が影響していると説明する。

組織を前面に出すと自民党の悪印象が目立ちすぎる。今回は自民党の色を薄めるのが得策だ

“三国志”のあとの激しい選挙を制するのはどの陣営か。結果は…

勝ったのは自民などが支援の大久保

開票の結果、自民党などが支援した大久保が当選した。

江東区長選開票結果


この結果に自民党東京都連の会長を務める萩生田政務調査会長は
「『政治の信頼』が問われた選挙だった。江東区の政治の混乱をリセットするため、しがらみのない純粋な行政経験者の大久保氏を推薦し、党区議団を先頭に支援の輪を広げてきた。東京都と連携が取れる大久保氏は、江東区のポテンシャルを高めるために最適な区長となることを期待している」とコメントした。

一方、公職選挙法違反事件に加え、派閥の政治資金パーティーをめぐる問題もあって厳しい状況の中での今回の選挙について、自民党都連の関係者は取材に対し、
「今回の選挙では小池パワーに頼った」
「自民党が前面に出ることはマイナス要因になると考え、幹部の露出を控えた戦略が功を奏した」と話した。

そして小池。
長年続いてきた江東区の”三国志”に割って入ることができた形となった。
 
都民ファーストの会幹部は今回の選挙の意義をこう強調した。
「来年7月の都知事選も見据え、人口が増える江東区で影響力を確保したのは大きい」

江東区長選、当選した大久保氏を祝福する小池知事


一方、立憲民主党や日本維新の会などは、自民党が厳しい状況の中でも勝つことができなかった。
立憲民主党東京都連の幹事長を務める手塚仁雄・衆議院議員は
「パーティー券問題などで、自民党への批判が強まる中、受け皿になれなかったことは反省しなければならない」と述べた。

東京維新の会の幹事長を務める日本維新の会の音喜多政務調査会長は
「複数が立候補したことで、自民党と都民ファーストの会などの相乗り候補を利する結果となったことは受け止めなければならない」と述べた。


江東区長選の結果は、ただちに国政に直接影響を与えるものではないかもしれない。
ただ、都内では、自民党は直近の市長選挙や都議会議員の補欠選挙で公認・推薦する候補が3連敗してきた。今後、武蔵野市長選や八王子市長選などが続き、来年7月には知事選挙も予定されている。
派閥の政治資金パーティーをめぐる問題もある中で自民党や岸田政権にとっては厳しい状況は変わっていない。
比較的無党派層の多い東京都でこの先、自民党が敗北していくことになれば、政権運営にも影響が出てくる可能性はある。 
各党は、今回の選挙結果も踏まえながら衆議院の解散総選挙に向けた戦略を練っていくことになる。

(文中敬称略)
(12月10日江東区長選挙速報、11日おはよう日本などで放送)

首都圏局記者
中村 大祐
2006年入局。奈良局、福岡局、政治部、スポーツニュース部を経て2022年から首都圏局。現在は都庁担当。