内閣改造で胡蝶蘭 生花店がみてきた永田町とは

内閣改造が行われた永田町。
議員事務所や省庁の大臣室でりんとした姿で咲き誇るのはこの日を象徴するこちょうらんだ。
就任祝いの花を届け続けてきた創業1904年の生花店が見てきた歴史とは。
(金澤志江)

内閣改造でこちょうらんラッシュ

9月13日。
記者団を前に、じっと電話がかかってくるのを待つ国会議員。
総理大臣秘書官からの電話で総理大臣官邸への呼び込みの連絡を受ける。

内閣改造当日の定番の光景だ。

連絡を待っているのは議員たちだけではない。
東京・港区にある生花店「青山花茂本店」でも午前中から注文の電話が相次いだ。

多くは地元の支援者や企業の経営者が大臣就任を祝うために贈る“こちょうらん”の注文だ。売れ筋は1つの鉢に花の付いた茎が3本伸びている“3本立ち”と呼ばれる鉢植えで、価格は3万円。

1904年創業のこの店は長年、永田町に花を届け続けてきた。5代目社長の北野雅史によるとその数は人事の規模によって大きく異なってくるという。

発送に向けて包装作業をする北野社長

「永田町への配送が多かったのは政権交代の時。次は新しい政権が発足する時だ。改造が1次2次となって人の入れ替わりが少なく、留任の人が増えれば注文の数は減る傾向にある」

事前の情報収集がカギに

「ちょっとまだ11日~13日になるか25~29日になるか正直判断ついてなくて。どれぐらい確保できます?」

9月上旬、北野は生産者に電話で問い合わせをしていた。

電話で生産者とやりとりする北野社長
情報収集する北野

内閣改造の時期や規模は直前まで正確な情報が分からない。特に今回は、総理大臣の岸田の決断時期についてマスコミ各社で報道が分かれ、北野は判断を迷っていた。

それぞれの場合を想定して、開花の状態がどうなるか、希望する数を確保できるのか、念入りにやりとりする。成育に時間がかかる鉢のこちょうらんは、急な増産には対応できない上、品質の高いものは生花店どうしで取り合いになる。

過去の内閣改造の際の注文のデータと報道の動向とを両にらみしながら、生産者に発注する数の見通しを立てる。

過去の注文について帳簿を出す北野社長
店に保管されている過去の資料

「報道を見ると大幅なメンバーチェンジをする改造内閣ではなく、基本は去年並だと思っている。ただ、当店の顧客がどれぐらい新しく大臣に就任する政治家と関係性があるか分からないので、最後は勘。うれしいことに想定よりも注文がもらえるかもしれないし、逆に注文が少なくて仕入れたこちょうらんが余ってしまうかもしれないし、そこが心配」

北野は店での下積みから父親のあとを継ぎ10年、内閣改造は何度も経験してきたが慣れることはないという。 

生産者もドキドキ

生花店からの発注を待つ生産者も気が抜けない状況が続いていた。
埼玉県にある国内大手の「モテギ洋蘭園」。

こちょうらんは一般的に海外で育てられた苗を輸入し、温室で栽培して通年で流通している。
この園では栽培に適した気候や人件費、輸送費の点から台湾にある自社の園で苗を育て、日本に輸入したものを敷地内にある農業用ハウスで7か月ほどかけて育てて出荷する。

農業用ハウスで出荷を待つこちょうらん
農業用ハウスで出荷を待つこちょうらん

花持ちの良さがこちょうらんの特徴でもある。贈った人の名前が記載された札が付けられるため、並べて飾ると最後まで咲き続けるかどうか一目瞭然だ。

品質のよいものにするため、この園では栄養を蓄えさせるために自然光で時間をかけて育てることにこだわっているという。その間、温度調節には細心の注意が欠かせない。

1か月平均で3000鉢を全国各地に出荷しているが、内閣改造の日程が見えてきたタイミングで、出荷量を絞るなどして必要な量を確保できるよう調整している。

インタビューに答えるモテギ洋蘭園 広瀬隆司 販売企画部長
モテギ洋蘭園 広瀬隆司 販売企画部長

「特需ではあるが、前もって予定して動けるものではないため、とてもピリピリしている。アンテナを立てながら永田町に出入りしている業者などとコミュニケーションを取って情報収集をしているという状況」

生花店がみてきた永田町 花の歴史

大臣就任だけでなく選挙の当選祝いや事務所開きなどにもこちょうらんは人気だ。なぜ政治の世界でこれだけ贈られるようになったのか。長年にわたって永田町に出入りしてきた東京・港区の生花店はその花の種類の変化もみてきた。

インタビューに答える北野社長

社長の北野いわく、永田町でこちょうらんが就任祝いとして贈られるようになり始めたのは1980年代ごろから。1990年代には主流になった。

それ以前はボリュームや妖艶な香りから“カトレア”が主流だったという。
この店の1984年のカタログには、カトレアの鉢と、まだ手前に流れるような仕立てになっていないこちょうらんの鉢が掲載されている。

1984年 店のオリジナルギフト用カタログ
1984年 店のオリジナルギフト用カタログ

当時、大臣就任の祝いには3万円前後のカトレアが人気で、他の役職の場合にはそれよりも少し手ごろなシンビジウムが贈られることもあったという。

「かつてカトレアは『らんの女王』とも言われ、香りもよく高級感のある鉢として流通していたが、2週間ほどしか持たない。一方でこちょうらんは最低でも1か月ほどは持ち、なおかつボリュームも遜色ないため好まれるようになったのではないか。1990年代には台湾など育てるのに環境が適したところから大量、かつ安定的に苗を輸入できるようになったことで置き換わりが加速していったのだと思う」

北野は、贈る側には長持ちすることにかけて大臣の座に長く座っていて欲しいという思いも込められているのではないかという。

歴史をさかのぼり、大正時代に作られたという店のカタログには、「西園寺公望」や「鳩山一郎」といった当時の政治家の名前が記載された札のついた花輪などが掲載されていた。

大正時代 店のオリジナルカタログ
大正時代 店のオリジナルカタログ

「カタログ以外に資料や証言が残っているわけではないので定かではないが、かつてはいまのような鉢ではなく花輪が贈られていたのではないかと推測できる」

実際にNHKに残っている昭和38年のニュース映像にも、当時、小澤久太郎の郵政大臣就任を祝う祝賀会で、会場の外に花輪が並ぶ様子がおさめられている。

昭和38年 小澤の就任祝賀会で外に並ぶ花輪
1963年 小澤の就任祝賀会で外に並ぶ花輪

長らく続いてきた花が贈られる永田町の文化。届け続ける歴史の中で北野は変化を感じることもあるという。

「配送前に議員事務所に問い合わせをすると受け取りを拒否されるケースもまれだが最近は出てきている。お祝いを受け取ることに抵抗感があるのかもしれない。こうした受け取り手の政治家だけでなく、贈る側にも変化がある。先代からはかつては花を贈り合うのは政治家同士が多かったと聞いていたが、いまでは企業の経営者や地元の支援者から政治家に贈られるようになり、雰囲気が変わってきている」

なぜ永田町で重宝される?

贈る側が政治家から企業の経営者や地元の支援者にかわりながらも重宝され続けているこちょうらん。

公職選挙法や政治資金規正法に詳しい駒澤大学の富崎隆教授はその背景に派閥の求心力の変化や祝い方に関する認識の広がりが関係しているのではないかと解説する。

オンラインでインタビューの答える駒澤大学 法学部 富崎隆 教授
駒澤大学 法学部 富崎隆 教授

「かつては、派閥で選挙から何から所属する議員の面倒をみるといったつながりが強い中で議員同士の間で花が贈り合われていた。派閥の機能や集金能力が一定程度低下し、そうした慣行が若干薄れてきたのではないか。加えて、陣中見舞いやお祝い、応援をするという方法に関して明確に公職選挙法で規制されているのは飲食物の提供で、花については記載されていない。それをビジネスチャンスと捉えてホームページでアピールする生花店もあり、違反しないという認識が一般に広まって贈り物として重宝されてきたのではないか」

届けられた先では…

そして迎えた9月13日。
永田町の国会議員の事務所には続々とこちょうらんが届けられた。
今回の内閣改造で地方創生担当大臣として初入閣を果たした自見英子は、笑顔をみせて決意を新たにしていた。

「今まで応援してくれた人たちの気持ちが花に込められている気がしてありがたい。目の前のことを1つ1つ丁寧にやっていきたい」

こちょうらんの花言葉は「幸福が飛んでくる」だ。
支持率が低迷する政権にとって今回の内閣改造が浮揚のきっかけになるか。
いずれにせよ、国民に幸福が返ってくるような政策が実現されるのかみていく必要がある。
(文中敬称略)

ネットワーク報道部記者
金澤 志江
2011年入局。仙台局や政治部などを経てネットワーク報道部へ。気になるテーマを幅広く取材中。