“デパートゼロ県”地方の苦境
県内唯一の一畑百貨店閉店へ

「島根県唯一のデパートがなくなる」
65年余りの長きにわたって市民生活を支え、JR松江駅前のシンボルでもあった「一畑百貨店」が、2024年1月に閉店することが決まった。
全国で3例目の“デパートゼロ県”に…
浮き彫りになったのは、地方のデパートをめぐる苦境と悲哀だった。
(松江局 猪俣英俊、奥野葉月、堀場貴登、浅井和人、曽田幹広)

衝撃のニュースに島根が揺れた

6月13日夕方、情報が入った。
「あの一畑百貨店が閉店を決めた」

業績悪化は耳にしていたが、まさか、このタイミングで…
すぐさま百貨店に電話取材をするも「まだ従業員にも知らせていないので…」とせわしなく回答があった。混乱を隠しきれない様子だった。

写真:閉店を伝えるニュース速報画面

午後7時、岸田総理大臣の記者会見が生中継される最中、県域のニュース速報で一報を伝え、衝撃を拭えないまま、取材を進めた。

地域経済のリーダーだった半世紀

一畑百貨店は1958年、松江市に開店した。

写真:賑やかな一畑百貨店

日常の買い物はもちろん、毎年恒例のお中元商戦に、年始の初売り。地域の特産をそろえた物産展に、伝統文化を発信する企画展も開催した。半世紀余りにわたって市民の生活を支え、地域経済の成長をリードしてきた。
1998年には今のJR松江駅前に移転。2002年には売り上げが100億円を超え、絶頂を迎えた。

しかし、時代の移り変わりとともに、“地方都市ならではのデメリット”が次々と襲いかかり、その栄光は陰りを見せ始める。

地方デパートの苦境と限界 3例目の“デパートゼロ県”

人口減少×競争激化
人口減少に歯止めがかからない過疎県・島根。総人口は2024年にも65万人を割り込む推計だ。
市場規模が縮小の一途をたどる中、近年、周辺には大型ショッピングセンターが進出している。若者向けの映画館やゲームセンター、巨大な駐車場も備えたライバルの出現に加え、コロナ禍におけるネット通販の普及で集客力は伸び悩んだ。

記録的な物価高騰
特に電気代の高騰が、厳しい経営環境にとどめを刺した。電気代の高騰分だけで、年間4000万円以上のコストが増加する見込みだという。
また、物価高騰を反映して実質賃金が減り続ける中、高価なブランド品を扱う百貨店への客足はより遠のく形となった。中小企業が多い島根では、都会と比べて給与水準が低いため、その影響はより顕著に出ているとみられている。

写真:一畑百貨店外観

気づけば、2014年度から9期連続で決算は最終赤字となった。2022年度の売り上げは43億円と、ピーク時の半分以下にまで落ち込んだ。
百貨店は黒字への転換を目指し、水面下でリニューアルオープンを模索した。およそ120社と交渉し、テナントの誘致を進めたが、結果は出なかった。
そして2024年1月14日での営業終了という苦渋の決断に至った。

写真:閉店を知らせる看板

ある金融関係者は取材に対し「“よくここまで耐えた”と見るほうが正しい感覚だ」と淡々と語った。
ビジネスチャンスが見込めない地方の限界…
百貨店が1つもない“デパートゼロ県”は、山形、徳島に続いて3例目となる見通しだ。

全国で相次ぐ百貨店の閉店 予備軍も

百貨店をめぐる苦境は、島根に限らず、全国の地方都市でも浮き彫りになっている。

写真:閉店する帯広の藤丸

2023年1月には、北海道・帯広の「藤丸」が閉店した。
2020年には、山形県唯一のデパート「大沼」が経営破綻し、創業320年の歴史に幕を閉じるなど、全国で百貨店の閉店が相次いでいる。
「日本百貨店協会」に加盟する百貨店数は、ピークだった24年前には全国で311あったが、2023年4月時点では181と、実に4割ほど減っている。

写真:阪急百貨店外観

一方、都会に目をやると、状況は全く異なる。
例えば、大阪の「阪急」では、韓国や香港などからの買い物客による免税の売り上げがコロナ禍前を上回り、2023年1月、過去最高の売り上げを記録した。

インバウンド需要のさらなる復活が期待される中、業界としての回復の機運は高まっているが、地方の百貨店はその波に乗れず、恩恵から取り残された状況にあるのだ。
民間の信用調査会社によると、すでに百貨店が県内に1店舗しかない“デパートゼロ県”の予備軍は、島根を除き全国で16県にのぼるという。

従業員の将来は まちづくり計画に暗雲も

「まさか、こんな形で閉店するとは思わなかった」
取材に対し肩を落としたのは、一畑百貨店で勤続18年だという従業員だ。

百貨店の従業員は118人。その多くが50代というが、一部を除き、2024年2月中旬までに解雇される予定だ。百貨店では、グループ会社への再就職を進めるというが、雇用の確保をどう実現するのか。
また、百貨店に入る直営店とテナントは、合わせて112店。取引先は県内外で1000社を超える。
開店当時から出店している和菓子店は取材に対し「顧客のニーズに広く触れられる貴重な存在だった」と語る。
地域経済への影響を最小限に抑えることも課題のひとつだ。

百貨店をまちづくりの中核に据えてきた松江市は、閉店発表の翌日、専門の対策チームを立ち上げることを表明した
県や国の労働局、地元の商工会議所などと連携し、従業員の再就職支援に取り組むとともに、百貨店の跡地の活用も含め、まちづくり計画の見直しを進める方針だ。

写真:松江市の上定昭仁市長

(松江市 上定昭仁市長)
「百貨店が立地する松江駅前は“松江の玄関口”で、市民にも、観光客にも、誇れる場所であるべきだ。今後、駅前の開発をどう進めるかも考えなくてはいけない」

コロナ禍という長いトンネルの出口が見え始め、地域経済の回復が期待される矢先での閉店決定。それは、地方の苦境とその未来を暗示するニュースであり、島根だけの問題ではない。

松江局記者
猪俣 英俊
2012年入局。函館、富山、経済部を経て、去年夏から現所属。島根県政・経済を担当し、お土産は一畑百貨店で購入も。
松江局記者
奥野 葉月
2018年入局。初任地が松江で、一畑グループの取材歴は松江局で最長。「贈り物は一畑で」だっただけに寂しさも。
松江局記者
堀場 貴登
2019年入局。遊軍担当として、一畑バスなど一畑グループの交通部門を主に取材。
松江局記者
浅井 和人
2022年入局。広島局を経て、この春、松江に着任。現在は警察などの取材を担当。
松江局記者
曽田 幹広
2023年入局。島根県出雲市出身。子どものころ、家族と一緒に一畑百貨店に通った思い出も。