新知事が前知事“肝いり”の公共事業を停止 その余波は 奈良県

写真:維新・山下知事

「前知事の肝いり事業が満載の予算。そのまま執行するわけにはいかない」
日本維新の会が公認して初当選した奈良県の山下真知事の予算の見直しが始まった。その多くは、前の知事が推し進めていた数々の大型事業。
大なたが振るわれた形の結果に、県とタッグを組んで準備を進めてきた地元の自治体トップからは、困惑の声が上がっている。
(奈良局 西村亜希子、平塚竜河)

公共事業停止に地元市長は不満げに…

6月8日、奈良県庁5階の知事室には、一部の自治体トップが次々と呼び込まれた。大型事業など、県予算の見直し結果の伝達だ。

「国民スポーツ大会に向けては施設を新設するのではなく、既存施設を有効利用することを基本とする。施設は新たに設けず、今年度予算は全額執行しない」

2031年に開催が予定されている国民スポーツ大会に向けて新たな競技場の建設が進められることになっていた奈良県第2の都市、橿原市の市長を務める亀田忠彦は、知事室から出た直後の記者の取材に、不満げな表情を浮かべながら話し始めた。

写真:橿原市の亀田忠彦市長

「知事が変われば方針が変わっていくということは、ある一定の理解は当然しています。だけど、今までの議論がその一瞬で消えてしまうのかということは、またちょっと別問題かなと思う。丁寧な説明と協議は必要じゃないか」

大転換の奈良県政

8年前の奈良県知事選挙に立候補し当時の知事の荒井正吾に敗れていた山下は、今年4月の県知事選挙に維新公認で臨んだ。
掲げたのは、県政を転換し、行財政改革を進めることだ。

写真:初当選で万歳する山下氏

自民党県連などが支援した元総務官僚の平木省にはおよそ7万票、4期16年務めた荒井には17万票近い大差をつけて当選。
大阪以外で維新の知事が誕生するのはこれが初めてで、奈良県知事選挙で新人が現職を破って当選するのは実に72年ぶりの出来事だった。

登庁初日の5月8日。
就任式で冒頭の発言を行った山下は、さっそく前の知事が推し進めていた大型事業など、20項目の予算の執行をいったん停止して、改めて必要性を判断する「予算執行査定」を開始した。

写真:視察する山下知事

奈良時代の都の跡、奈良市の平城宮跡を横切る近鉄奈良線の移設《奈良市》、2000メートル級の滑走路を備えた大規模広域防災拠点の整備《五條市》、国民スポーツ大会に使う新たな競技場《橿原市》、大和平野中央田園都市構想(スポーツ施設整備)《田原本町》…

「必要性」や「費用対効果」といったキーワードを掲げ、現場の視察や、関係部局や自治体への聞き取りを行っていった。

約4730億円「浮かせたお金は県民の暮らしに」

そして、6月12日。結果が公表された。

予算の執行をいったん停止していた20項目のうち、前知事・荒井の“肝いり”事業を中心に15の項目について、予算のすべて、または一部の執行を中止したのだ。

事業費の削減額は、今年度分が68億円余りで、将来の分も含めると約4730億円になると説明した上で、山下は浮かせたお金の使いみちをこう説明した。

写真:記者会見する山下知事

「執行停止で得た財源は、できるだけ今後の予算案に反映し、教育、子育て支援や医療福祉など県民の暮らしに関わる分野にあてたい」

白紙撤回に近い結果 自治体は困惑

一方、一連の山下の対応に困惑しているのが、知事室に呼び込まれ、白紙撤回に近い結果を説明された自治体のトップたちだ。改めて話を聞くと…

写真:田原本町の森章浩町長

田原本町長 森章浩
「(今回、予算の執行が中止された)構想については、令和2年から県、県議会、田原本町、町議会を通して、各予算の議決や、議員を交えた全員協議会、委員会等、手続きを踏んできている内容だ。3年かけてやってきたものを知事の方針と言う形で変えることがいいのかどうかというのが私の中で疑問がある」

写真:橿原市の亀田忠彦市長

橿原市長 亀田忠彦
「(覚書を結ぶなどして)長年かけて検討してきた計画が非常に短期間の査定で見直しになったと思う。これまで検討されてきた必要性などを今後、協議の場で伝えていきたい」

白紙はあり?「変えられないなら選挙の意味ない」

写真:荒井前知事

大幅に見直しとされた事業の中には前知事時代に、県が関係自治体と協定や覚書を結び、いわば二人三脚で準備を進めてきたものもある。

知事の意向で白紙にすることについて、記者会見で質問すると山下知事はこう答えた。

「そもそも協定とか覚書は、具体的な権利義務を県や市町村に発生せしめるような、そういう法的効果のある文書ではない。4年に1回の知事選挙が地方自治における制度としてあって、それぞれ違う公約を掲げて選挙で競う。現職は『いまの政策を続けたい』、新人は『ちょっとおかしいからやめろ』と言って当選した場合、協定や覚書があるから変えられませんと言うんだったら選挙する意味ないじゃないか」

山下はこう述べるとともに、関係する自治体には、改めて丁寧に説明し、協議を行う場を設ける意向も示した。

ねじれ状態 議会にどう説明するか

こうした姿勢が求められるのは自治体に対してだけではない。

山下を公認した維新は、知事選挙と同じ日に行われた奈良県議会議員選挙(定員43)で、選挙前の3から14に議席を大幅に増やした。

維新の存在感の高まりに警戒感を示す自民党は、選挙前は3つに分かれていた会派を1つにまとめ、無所属議員らも含めて、総勢22人の新会派を結成した。この中には、今年度予算に賛成した15人の現職が含まれている。

県のトップは維新、でも議会の多数派は自民系。
ねじれ状態にある議会で、今回の見直しの結果をどう取り扱うのか、記者会見で問われた山下は、予算を減額する議案ではなく、採決の必要がない議会での答弁で説明するかたちをとることを明らかにした。
「採決の対象とならない」方法をなぜとるのか、問われると。

写真:山下知事

「予算を執行しない場合、減額補正の予算を出さなければならないというルール・法律はないというふうに思っていますので、知事の権限で予算を執行しないという判断はできます。補正予算を出さなくても議会で、予算執行しないことに対して理由を聞かれるような質問がなされると思いますので、それに対して答弁することで議論は可能だと思っています」

山下の就任後初となる奈良県議会は6月16日に開会。
議会にそして自治体に、導き出した結論を説明し、納得してもらうことができるのだろうか。
(文中敬称略)

奈良局記者
西村 亜希子
3度目の奈良局勤務、現在は県政取材を担当。
奈良局記者
平塚 竜河
2020年入局。奈良局が初任地で事件取材を経て、現在は県政取材を担当。