今すぐ実践!イノシシとのトラブルを避ける方法
私たちの身近で相次いでいる、イノシシの出没。
人身被害者数は、去年、過去最多となり、亡くなる人も出ています。
もし突然、イノシシとバッタリ遭遇してしまったら、あなたは正しい方法で身を守れますか?
そして、身近にイノシシを引き寄せないために、私たちが今すぐ日常生活で実践できる工夫とは? 専門家に教えてもらった、私たちにもできる人身被害対策の決定版です。
(クローズアップ現代 取材班)
クマとは違う!イノシシからの身の守り方
「イノシシです!イノシシが来ました!」。
かけ声がかかるやいなや、30人以上が一斉に地面にうずくまる。
これは、9月に新潟県で実施された、人身被害防止対策研修会での一場面。
イノシシに近距離で遭遇してしまった際に致命傷を受けないための防御姿勢を、県内の自治体から集まった担当者たちが、実践しながら学んでいました。
この研修の講師を務めた、獣害対策のコンサルティング会社の清水あゆみさんに、イノシシへの対処法を教えてもらいました。
まずは何よりも、イノシシを見かけても自分から近づいたり、急に動いて刺激を与えたりするようなことはしないこと、そして、背中を向けずに、相手と目が合ったらそらさずに、後ずさりしながら少しずつ距離を広げていく、という大原則を守ることが大切だといいます。
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研修の講師・清水あゆみさん(獣害対策コンサルティング会社)
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「イノシシの場合、内ももの防御をクマなど他の野生動物よりも重視しています。体をぐっと丸めて『内ももを隠す』姿勢をお勧めしています。太ももの太い血管をかまれてしまう、これがイノシシからの致命傷になりやすい部分で大出血になる。また、『やめろ』って手を出したときに指先をかまれて持っていかれてしまう、足先をかまれて持っていかれてしまうっていう、体の飛び出した部分をかまれて持っていかれてしまう事故が起きます。親指だけぴょこんと立てる人がいますが、そういうことはせずに指をがっちり組んで守る。脇も締める。これがイノシシへのポーズです」
実はクマに遭遇した際には、とる防御姿勢が違います。
体の正面と顔面を守り、腕は首の後ろでがっちりと組むまでは一緒。ところが、クマの場合は、足をしっかり開いてのばしてうつぶせになり、クマから転がされないようにしっかり踏ん張るのが大事なんだそうです。
クマへの防御姿勢をイノシシに対して取ると、太ももを咬まれてしまう恐れがあると言います。
イノシシの場合は、軽トラックの荷台など1m以上の高さの場所に登るのも有効だということです。
この防御姿勢、いざというときに完璧にこなすのはそう簡単ではなく、実際に普段から練習しておくと役に立つとのことです。
バッタリ遭遇しないために 生活のひと工夫で呼び寄せない
そもそも、防御姿勢を取らなくてはならないような状況自体を減らすには、どうしたらよいのでしょうか。
イノシシの行動学の第一人者、麻布大学教授の江口祐輔さんに教えていただきました。
江口さんはまず、イノシシがなぜ私たちの身近にやってくるのかを、きちんと理解する必要があるといいます。
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江口祐輔さん(麻布大学 生命・環境科学部 教授)
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「もともとイノシシは非常に学習能力が高く、飼育すれば犬と同じようにふるまうような、非常に頭の良い動物です。けっして凶暴な動物ではなくて、いろいろと判断ができる動物なんですね。なので人を襲うためにやってくることはなくて、何の悪気もなく生き延びるために必死で、エサがあるから人里に行く。よりおいしいものがある、より大量にエサがあるからそこに行くというだけなんですよね。私たちが知らず知らずのうちに餌付けをしてしまって野生動物をおびき寄せてしまった。そうして人里に住みついてしまった動物たちが、川沿いを歩きながら移動していって、住宅地で人と出会ってしまったり、交通事故にあったりしてしまう、そういったことが起きるわけですね」
人里に引き寄せられたイノシシと人とが出くわして、人身被害にまで至ってしまう背景には、人間がイノシシに抱く「無知の恐怖」が関係していると、江口さんは考えています。
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江口祐輔さん(麻布大学 生命・環境科学部 教授)
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「今、野生動物に対して『無知の恐怖』が広がっていると思っています。
イノシシがすべて怖い動物だと思ってしまっていると、偶然出会ったときにびっくりしてしまう。恐怖でびっくりしてしまうというのは、やっぱり動物側も感じとります。そういった出会い頭の事故というのが一番多いのです。
イノシシにとっても人間と出会ったら怖いわけで、何とか一度攻撃して逃げようとする。もしかしたら出産直後で、子どもを守るために攻撃的になっているのかもしれない。まずは、その動物のことをしっかり理解していくことがとても大事になります」
この写真は、江口さんが撮影した、イノシシが身を隠す様子です。
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江口祐輔さん(麻布大学 生命・環境科学部 教授)
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「イノシシは、高さ5~60センチの茂み、膝丈ぐらいあれば隠れることができます。目線が60センチぐらいですから、ちょっと伏せをしたらあっという間に20センチ、30センチの高さになってしまいます」
イノシシは、膝丈程度の茂みに器用に身を隠すことができ、茂みをつたって移動することもできるといいます。
そうしたイノシシが過ごしやすい環境を見直すうえで、一般的な防犯対策が役に立つといいます。
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江口祐輔さん(麻布大学 生命・環境科学部 教授)
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「こういった茂みがあるときは、草を刈って隠れにくくすることが効果的です。
生垣も下のほうは刈っておいて動物がいたら見えるようにする。不審者が隠れないようにする対策と似ていますね。動物にとっても下が丸見えだと隠れる場所がないですから、そういったところに入りたがらなくなります」
さらに、防犯対策として、家の周りに音の鳴る砂利を敷くことがありますが、これもイノシシに効果的だといます。歩いたらジャリジャリと音がするので、イノシシが入り込んだとしても物音で何かがいるとわかり、いきなり出てきてびっくりする恐れも減らせます。
また、イノシシにとっても同じ効果が期待できるため、人間の存在を向こうにも気づかせることができるというのです。
イノシシを呼び込まないよう環境を整える
そしてやはり大切なのは、イノシシが街なかに出ていきたいという気持ちを少しでもなくさせるために、
エサとなるようなものを徹底的に管理する
ゴミが簡単にあさられないように集積方法や集積時間を限定したり、庭木が食べられる果樹だったら人間がすべて収穫して落としっぱなしにしない
キャンプ場などの食べ残しが都市部へと誘引するきっかけにならないよう注意する
これらのことに取り組み続けることが重要だということです。
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江口祐輔さん(麻布大学 生命・環境科学部 教授)
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「しっかりと環境対策をすることによって、連なる住宅街や都市部への二次、三次出没被害を防ぐことにもつながります」
人間と野生動物との“ボーダーライン”
取材の最後に江口さんが、5年前に廃線になったという線路跡に案内してくれました。
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江口祐輔さん(麻布大学 生命・環境科学部 教授)
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「今はもう電車は通らなくて、イノシシやサルが通る通路になってしまっています。人間が強いときは、人間の勢いでばーっと野生動物を押し出すこともできますけども、ちょっと人間の力や勢いが弱まったらあっという間に自然の力が押し返してくるっていう状況です」
その光景は、私たち人間が暮らす世界と野生動物が暮らす世界との間にあるボーダーラインが、どんどんと私たちの側に迫ってきているような感覚を覚えるものでした。
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江口祐輔さん(麻布大学 生命・環境科学部 教授)
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「人間のほうがだいぶ前よりも弱まってきているのは確かですけれども、弱まっているところに、知らず知らずに餌付けという置き土産もしてしまっているので、より勢いをつけさせているということになるかなと思いますね。ある意味、自分で自分の首を絞めている。そのことに気づいていないという現状が一番問題なのかなというふうに思います」