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家族が離ればなれに・・・ 軍事侵攻に反対したロシア人家族の1年

去年4月。モスクワで「軍事侵攻に反対だ」と取材に応えていたロシア人の夫婦がいました。あれから約1年。彼らを再び取材すると、まだ学生の息子たちはロシアに残り、夫婦と幼い息子はフィンランドに移り住み、家族は離れてくらしていました。

自らの国を離れざるを得なかった夫婦は、いま何を思うのか。あるロシア人一家がこの1年間に体験したことを聞きました。

(クローズアップ現代取材班)

クローズアップ現代「シリーズ侵攻1年 第2夜 ロシア それぞれの“信念” 市民たちの12か月

2月21日(火)放送
※NHKプラスで2月28日(火)まで見逃し配信をご覧いただけます。

1年前に取材したクローズアップ現代のまとめ記事はこちら
「“プーチンの戦争”の影で 揺れるロシアの人々」(2022年4月26日放送)

「軍事侵攻に反対のロシア人もいると知ってほしい」

モスクワ市内に住んでいた、スタニスラフさんとイリーナさん一家をはじめて取材したのは、去年4月。

当時、ロシアのプーチン大統領の支持率は軍事侵攻後に上昇し83%を記録。その中でも、都市部にはプーチン大統領を支持しない人も多くいると言われていました。

ふたりは、軍事侵攻に疑問を感じるロシア人もいることを伝えたいと、あえて取材に応じました。

ロシア軍のウクライナ侵攻をどう受け止めたのか。イリーナさんは、複雑な胸の内を語りました。

去年 取材に応えるイリーナさん
イリーナさん

(泣きながら)……ちょっと待ってください。……ごめんなさい。

共に外資系企業に勤め、日頃から欧米の情報に接しているといる夫婦。ウクライナに親しい同僚がいるというイリーナさんは、この話題になると冷静に話をすることができませんでした。

しかし、息子のユーリさんにも軍事侵攻について尋ねたところ意外な答えが返ってきました。

息子 ユーリさん

民間人の犠牲には反対です。しかし政治のプロセスを見ると、最後はほかに方法がなかったと思います。

去年取材した家族 一番左がユーリさん

ユーリさんは、インターネットで外国メディアの情報も得ているといいます。ふだんよく使うサイトを見せてもらうと、見ていたのは、ロシアの政権寄りのメディアが運営するサイトでした。外国メディアに十分触れているつもりでも、氾濫する政権側の情報のほうを信じてしまっていたのです。

知らないうちに息子が軍事作戦を容認するようになっていたことに、両親は衝撃を受けていました。

その後、スタニスラフさんとイリーナさん、幼い息子のマクシムさんは去年7月、ロシアを離れフィンランドに移り住みました。しかし、まだ学生の息子・ユーリさんと娘のイリーナさんは、モスクワに残ることになりました。

家族が移り住んだフィンランド

フィンランドに移り、いま思うのは・・・

フィンランドの新しい自宅を訪ねたのは2月中旬。家を案内されると、去年インタビューをした際に座っていたソファーなど、家具一式はモスクワから持ってきたと教えてくれました。まず、なぜロシアを離れる決意をしたのか、そのわけを聞きました。

イリーナさんとスタニスラフさん 息子のマクシムくん
スタニスラフさん

ロシアを出ようと考えたのは、ウクライナとの「戦争」が始まってすぐの頃でした。もしかしたら国境が封鎖されてしまうかもしれない。もしかしたら警察が厳しい体制を敷くかもしれない。私たちは、何があってもおかしくないと思っていました。
それにロシア現地の会社にとって、外資系企業で働いてきた自分たちはおそらく必要とされなくなるだろうということも分かっていました。どちらにしろ、新たな仕事を探さなくてはならなかったのです。それなら、新しい土地で仕事を探そう。率直に言えば、ロシアの現状から抜け出そうとしたのです。

イリーナさん

私たちの国が全く何の根拠もないまま戦争を始めたことは・・・悪夢です。
残念ながら、私たちはそれを止めることができませんし、何もできません。いまだに、戦争が始まった時のことを聞かれると、私はいつも泣いてしまいます。いまはそれでも、だいぶ感情的にならずに、いま起きていることを受け止めることができるようになってきましたが・・・。

爆弾が落とされ、家々が銃撃されて、人々が殺されていくなんて・・・。私はいつも自分に置き換えてしまうのです。私がウクライナの人々ならどうするだろう、どう思うだろう、どう感じるだろうかと。本当にひどいことです。

侵攻のあと、ふたりを苦しめてきたのは、社会からの「孤独感」でした。
侵攻がはじまってから、スタニスラフさんの弟とは、侵攻への考え方の違いで、関係が断絶したといいます。

また、学生時代の友人たちに「侵攻に反対する署名をしよう」とメッセージで呼びかけたことがありました。しかし、そのとき返ってきたのは、友人たちが軍事侵攻を支持しているという反応。中には侮辱的なことばもありました。他の多くの友人も考えを明言せず沈黙し、同調してくれたのは約30人のグループの中で、ひとりだけでした。

スタニスラフさん

侮辱してくる人がいると、心の準備はできていました。心の準備ができていなかったのは・・・、他のメンバーが「ただ黙っていたこと」の方でした。
あなたたちにとってはどうでもいいことなのか?それともすでに、反対することに恐怖を感じているのか?それとも沈黙しながら支持しているのか?
なんと表現すればいいのか・・・。孤立、孤独のような感覚が芽生えました。自分の周りの世界が変わってしまったのです。惨劇が起きたのに、人々はそれを歓迎しているか、または気づかないようにしている。それが、私たちがいまフィンランドにいるという決断にも影響しました。

いまでも、ロシアで暮らしていた時のことを思い出すと、ノスタルジーを感じる瞬間があります。でも、当時感じた孤立、自分たちは社会の一員ではない、よそ者だというあの感覚を思い出して、「私たちの選択は正しかったのだ」と思うのです。

不安は モスクワに残る子どもたち

夫婦にとって気がかりなのは、学業のためにモスクワに残る決断をした子どもたち、特に息子のユーリさんのことです。まだ10代の学生ですが、今後の戦況次第で動員されるのではないかと、イリーナさんは不安を感じています。たびたびビデオ通話でコミュニケーションを取っていますが、軍事侵攻の話題はほとんど話しません。

毎日のように息子とビデオ通話をするというイリーナさん

去年4月の取材では、ロシアの軍事侵攻を「他に方法がなかった」と話したユーリさん。一方で、最近は「ロシアを出ること」を考えるようになったといいます。

モスクワに残る息子のユーリさん
イリーナさん

彼はロシアから出たいと思うようになりました。

一方では国を支持しているけれど、同時に、この国に関わっていたくない、別の国の国籍を取得したいとさえ思っています。彼は、今のロシアはもうおしまいで、これからは悪くなる一方だと理解しているのでしょう。

きょう電話したら、アルゼンチンへ行くことを検討して、いろいろと調べていると言っていました。ただ現実的に、ロシアのパスポートでビザなしで渡航できる国はほとんどありません。今後、ビザを取得して出国できるチャンスもさらに減るでしょう。

彼が置かれている状況は、不安定です。おそらく次の動員では、学生たちは対象にならないと思いますが・・・どうなるかわかりません。私は、そのことを考えるのが怖いのです。

ただ 家族の安寧を願って

スタニスラフさんとイリーナさん。最後に、いま何を願うのか、それぞれ尋ねました。

スタニスラフさん

ロシアにいたころは、平穏な、ある程度見通しのきく暮らしがありました。自分のキャリアや目標、経済的に目指していたもの・・・。それが全て変わってしまいました。

何か仕事はやらなくてはなりません。どんな仕事でも私は大丈夫です。それに一番重要なのは、幼いマクシムがここでちゃんと成長することです。慣れ親しんだ環境から引き離したことで彼は精神的なショックを受けましたから。幼稚園でも、言葉の壁が立ちはだかるのではないかと本当に心配していました。

でも、1週間ほど通ったら、彼はポジティブな様子で、安堵したことを覚えています。幸いなことに、子どもたちは言葉なしで理解しあえるし、コミュニケーションをとることができるんですよね。本当に、それは大事なことだと感じました。

息子のマクシムくん
イリーナさん

とてもつらい1年でした。住む場所が変わったことも、仕事が変わったことも、戦争も、あらゆることにおいて。

だから、心の平穏が欲しいです。いまの状況下で嫌なことを考えないようにしたり忘れたりするのではなく、平穏になり全てが収束してほしい。それまで自分を支えてくれるのは、家族ですね。私のそばにいる人たち、私の愛する人たち。それだけです。

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クローズアップ現代「シリーズ侵攻1年 第2夜 ロシア それぞれの“信念” 市民たちの12か月

クローズアップ現代「シリーズ侵攻1年 第2夜 ロシア それぞれの“信念” 市民たちの12か月

2月21日(火)放送
※NHKプラスで2月28日(火)まで見逃し配信をご覧いただけます。
侵攻開始から1年。ロシアではプーチン大統領の支持率が今も8割を超え、軍を支援する市民の活動も活発になっている。一方、侵攻に反対してロシアを離れた人々は、友人や家族との間の深い溝に苦悩する。さらに各国で対ロ感情が悪化する中、国外から“真実”を伝えるロシア人ジャーナリストたちも困難に直面している。祖国が始めた先の見えない “戦争”に、ロシアの市民はいま何を思うのか。桑子キャスターが現場から伝える。

1年前に取材したクローズアップ現代まとめ記事はこちら
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クローズアップ現代 シリーズ侵攻1年 第1夜 ウクライナ 記者と戦争 “真実”を追った12か月

クローズアップ現代 シリーズ侵11年 第1夜 ウクライナ 記者と戦争 “真実”を追った12か月

2022年2月20日(月)放送
※NHKプラスで2月27日(月)まで見逃し配信をご覧いただけます。
外国メディアも容易に近づけない激戦地に記者を送り、命がけの報道を続けてきたウクライナ公共放送「ススピーリネ」。“ウクライナ報道の最前線”にカメラを入れたNHK取材班が見たのは、戦場の一次情報を伝える使命と、国家による“報道規制”のはざまで苦闘する記者たちの姿だった。さらに記者たちの家族も兵士として戦場へ送られる現実が―。1年という時間が人々に何をもたらしているのか、現地から桑子キャスターが報告する。

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みんなのコメント(2件)

提言
せいちゃん
40代 男性
2023年11月5日
ロシア人が、軍事侵攻に反対するのは、とても勇気のいることです。
ロシア大使館の前で、侵攻直後に抗議していた、ロシアの若い娘さんを助けたい!
感想
EK
60代 男性
2023年3月15日
日本から見てもロシアは隣の国であることを忘れてはいけないと思います。ウクライナと同じ状況にならないという保証はない。家族の離散も他人事ではないと思いました。