“推しは推せるときに推せ” 健常者の私が車いすバスケットを始めたワケ
“推しは推せるときに推せ”という言葉、推し活をしている人たちの界隈(かいわい)ではよく使われることがあります。
「推しが卒業した」、「推しのグループが解散した」、あるいは「自分自身が病気になった」…など、さまざまな理由から推し活ができなくなることがあります。
そして、それはなんの予兆もなく訪れるものです。
車いすバスケット・鳥海連志選手を推す、星眞紀子さん。子育ても終えて、これからは推しのために生きる!と思った矢先に自身にがんが発覚、そして推しのグループが活動休止を発表。
十分な推し活ができなかったという後悔があったからこそ、いまは、「許される環境があるならば、推し活をする」ということばをモットーに推し活中です。
いま、彼女が新たにやってみようとはじめたのが、「車いすバスケット」。
推しを理解しようとはじめた車いすバスケット、そこから見えてきたものは…?
(あさイチ・#教えて推しライフ 取材班)
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車いすバスケット界のエース 鳥海連志選手
眞紀子さんの推しは、車いすバスケットボール、日本代表の鳥海連志選手(24)です。
鳥海選手は、生まれたときから両手や両足に障害があり、3歳の時に両足の太ももから下を切断しました。車いすバスケットを始めたのは、中学1年生の時、そこから社会人チームなどで腕を磨き、リオデジャネイロパラリンピック(2016年)ではチーム最年少の17歳で出場。東京パラリンピック(2021年)では、チームの主軸として活躍し、銀メダルへと導いた、車いすバスケ界のエースです。
東京パラリンピックの試合をたまたま観戦していたという眞紀子さん。その巧みなプレーに一瞬で心奪われたといいます。
眞紀子さんにとっての鳥海選手とは…?
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眞紀子さん
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「私にとって欠かせない人ですね。彼のプレーを見ていると生きていく力、エネルギーをすごく感じるんです」
病気、推しの活動休止…後悔が残った過去
鳥海選手を推す前、眞紀子さんはもともと、あるアイドルが好きで、10年近く応援をしてきました。当時は、子育て真っ最中。家庭と推し活を両立しながら楽しんできました。
しかし、そんな矢先(やさき)、発覚したのが、乳がんでした。
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眞紀子さん
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「自分は健康だと思っていたんですよね、それがステージⅠの乳がんだと告げられて…病気をしてみると、5年後、10年後、ちゃんと生きているかどうか保証はないし、いまも治療中ですが、再発するかもしれない。推し活も含めて、ほんとうに悔いの残らないようにやらないといけないなと感じがしたんです」
闘病生活を送る中、元気になったら推し活を再開しようと思っていたときのこと…。再び試練が訪れます。推しのアイドルが活動を「休止」する、と発表したのです。
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眞紀子さん
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「気持ちが落ち込むというか、生活に彩りがなく、仕事していてもつまらない、ちょっと投げやりというか、こんなに好きになる人ほかに現れないよ、みたいなそういう気持ちでしたね。推しがいなくなるってこういうことかと、急にすべてが変わってしまった感じがありました」
決して当時の推し活に不満があったわけではないというものの、また次があるだろうと、コンサートのチケットを申し込むことを諦めたなど、当時、もう少し応援できたのではないかと、心残りがあったといいます。
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眞紀子さん
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「自分の体調や子どもの受験とかもあって、多少は我慢していたところもありました。でもあの時無理していれば後悔しなかったんじゃないかと…」
“ピカーン”ときたのが鳥海選手だった
ほかのアーティストを好きになろうとしたこともあったけれども、やっぱりハマりきらない…
心にぽっかりと空いてしまった穴がふさがらない、やるせない毎日を過ごしていた2021年。
テレビでたまたま放送していた、東京パラリンピックの車いすバスケットの試合を見ることに。すると…。
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眞紀子さん
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「ピカーン!って来たのが鳥海連志選手だったんですよ。本当に最初の一瞬でプレーにくぎ付けになって。何この人、何この人、何でこんなことできるの?動きだしたら速いこと、速いこと…!忍者なの?分身の術使っていますか?何なの?というのが、感想で。もう本当にびっくりしちゃったんです」
鳥海選手の武器は、ほかを寄せつけさせない圧倒的なスピード!握力は、右手は30kg未満、左手は握れないにもかかわらず、精度の高い車いす操作や、ボールが手に吸いつくようなパスキャッチ、そしてドリブルからシュートまで、その鮮やかなプレー、ひとつひとつが眞紀子さんの心に刻まれていったといいます。
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眞紀子さん
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「すごいスピードで来て、しかもボールを取って、すぐに大きくバウンドさせて、キュっと止まって。ボールが上がっている間にキュっと止まって、目の前にちゃんとボールが落ちてくるっていう。あの技術は本当に素晴らしいなって」
そこからは、鳥海選手の情報を集めに集めた眞紀子さん。彼のプレーだけでなく、「メダルを取ります」と豪語し、常に高みを目指して努力を怠らない姿、チームをけん引していく姿、彼自身が発する言動にも心を動かされたといいます。
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眞紀子さん
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「心の隙間を埋めるようにぎゅーって鳥海選手が私に入り込んできたんです。『またこんなにワクワクさせてくれてありがとう』って思いました」
推しは推せるときに推せ
新たな推しに出会った眞紀子さん。「推しは推せるときに推す」という言葉通り、現在は、試合があると聞きつけたら、北海道から、九州まで、いまは仕事の都合がつくかぎり全国どこへでも遠征しています。
そして、いま力を入れているのがSNSでの動画投稿。試合を見に来られないファンの為に、撮影が許可された試合は、生で配信をして、鳥海選手の魅力を広めています。
鳥海選手を応援しに行くのが生き甲斐になっている眞紀子さん。後悔しないために…と、昨年、とうとう海外遠征へ!タイ・プーケットで行われていた「車いすバスケ男子U23世界選手権」を応援するため、現地にまで赴いたのです。
決勝では、強豪国トルコとの一進一退の攻防が続く中、チームをけん引してきた鳥海選手の活躍もあり、優勝!日本バスケット界では史上初となる金メダルを獲得し、世界王者に輝きました。
眞紀子さんは、その瞬間に立ち会えた事は一生忘れられないと言います。
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眞紀子さん
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「あー、本当に幸せだなと思いました。少しでも選手に声が届いたらいいな、気持ちが届けばいいなと、声が枯れるまで応援して本当に楽しかったです。応援に来させてもらって、こんなに近くで見られて、一緒に戦った気分にさせてもらって、幸せな瞬間に立ち会わせてもらえたなと思っています。『推しは、推せる時に推せ!』っていうのが、もうなんか本当いう通り、そのとおりだと思いました」
ちなみに次の目標はパリパラリンピックを現地で応援したいとのこと…!
いま私が車いすバスケットをはじめたワケ
2年前、車いすバスケットを実際に体験できるイベントに参加した眞紀子さん。そこには、観戦しているときとはまったく違う世界が広がっていました。
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眞紀子さん
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「ボールを持っていると車いすをこぐだけでも大変、ひざのバネが使えないのでシュートは全く届かない、いかに選手たちがすごいことをしていたのか再確認しました」
この経験から、選手たちのことをもっと理解したいと「車いすバスケットをやってみたい」という気持ちに駆られたのですが…自分自身の年齢のことや、健常者でも受け入れてくれるのだろうかという思いもあり、不安だったといいます。
しかし、鳥海選手のことばにも後押しされて、一歩踏み出すことに…
「障がいがあるからできない」とは考えない。健常者であろうと障がい者であろうと、人は誰だって得意なこと、不得意なことがあるのが当たり前
(鳥海選手の書籍「異なれ」より)
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眞紀子さん
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「じゃあ自分でもやってみよう、ちょっと乗り越えない壁みたいなものが自分の中にはあったんですが、鳥海選手を深く知るためにもやってみようと」
その後、健常者でも入れるチームを探し、いまは、大人も子どもも一緒になって車いすバスケが楽しめるチームに所属。週末は練習に励んでいます。
車いすバスケをするようになって、選手たちの技術の高さを再確認する一方で、自分自身にも変化があったといいます。
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眞紀子さん
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「一緒にプレーしている子どもたちの中には障がいがある子もいるんです。前だったら構えてしまっていたんだけど、車いすバスケットを通じて交流すると、『構えなくていいんだな』と思うことが多くて。選手たちの障がいもそれぞれ違うので、どうやって生活しているんですか?とか自分が車いすに乗ることによって自分の中でも幅が広がったように感じました」
夢中で応援する推しと出会って2年。いまの推し活は悔いがないですか…?とたずねると…
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眞紀子さん
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「何と言っても精神的に毎日楽しいんです。思う存分応援ができて、精神衛生上とってもいいんですね、そして、試合がない日は車いすバスケットをして筋トレしたり、体的にも少し健康になったんじゃないかなって思う部分もあります。やるからにはうまくなりたいから、教わったものを復習したり、探究心も芽生えましたね。心と体って繋がっていると思うんですけど、どっちも調子がいい!(笑)だから、いま本当に楽しいです」
取材を通じて、あらためて「推しは推せるときに推せ」ということばの意味を考えてしまいました。眞紀子さんを見ていると、推し活だけのことではなく、限られた時間・自分の人生をどう生きるの?ということにも通ずるのではないかと思いました。応援できるチャンスは逃さない、自分自身で考え、実行に移していく…言うのは簡単ですが、実際にやるのは大変だよな…と。
私たちをある意味、叱咤激励(しったげきれい)することばにすら感じました。
「車いすバスケットがもっともっと広まってほしい、だってこんなに面白いんですよ」と熱く語る眞紀子さん。実際は、体力的には大変なこともあるのだろうと推測するのですが、それを凌駕(りょうが)するほど充実した日々が彼女を包み込んでいるのだなと思いました。
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