トランスジェンダー男性であることを大好きな祖母には言えない
「自分の性自認が男性であることを、おばあちゃんには言えません。だましている気持ちになってしまって苦しいんです・・・」
18歳のトモさん(仮名)が『虹クロ』(Eテレ 毎月第1火曜 午後8時~)に寄せてくれた声です。
「LGBTQ+」という言葉すらなかった時代を生きてきた祖父母世代とどのように向き合うか。LGBTQ+の当事者で人生の先輩でもあるメンター(助言者)たちと語り合いました。
(『虹クロ』ディレクター 相原 友佑)
【関連番組】虹クロ『トランスジェンダー男性であることを大好きな祖母には言えない』
2024年1月9日(火) <Eテレ>午後8:00~8:29
(再)2024年1月20日(土) <Eテレ>午前0:45~1:14 [※19日(金)深夜]
※本放送後1週間、見逃し配信(NHKプラス)でご覧いただけます
“おばあちゃんの期待に応えられないのがつらい…”
『虹クロ』は自分の“性のあり方”に悩む10代が胸の内を打ち明け、LGBTQ+の当事者で人生の先輩でもあるメンター(助言者)たちと解決の手がかりを探る番組です。
今回のメンターは、井手上漠さん(モデル&タレント)、ロバートキャンベルさん(日本文学者)、かずえちゃん(YouTuber)、若林佑真さん(俳優&舞台プロデューサー)の4人。
高校3年生のトモさん(仮名)は、割り当てられた性が「女性」で、性自認が「男性」のトランスジェンダーです。両親にはカミングアウトをしていますが、大好きな祖母にはどうしても伝えることができないと言います。
「私のおばあちゃんは“女の子らしさ”とか、“女性はこうあるべき”という理想を強く持っている人なんです。自分は性自認が男性で、数年以内には性別適合手術を受けて男性になりたいのですが、その話をなかなかできなくて困っています」
ほかの祖父母はすでに亡くなっているため、今生きているおばあちゃんはトモさんにとって、とても大事な存在。また、おばあちゃんはトモさんを特別にかわいがってくれるといいます。孫はトモさん以外にもいますが、トモさんは初めて生まれた女の子の孫だったためです。
「おばあちゃんは女の子の孫ができたら、おままごととか手芸をしてみたいという思いがあったみたいで、幼い頃はよく一緒にやっていました。私は本当はお兄ちゃんと一緒に外で遊びたかったし、カードゲームもしたかった。それに手先も器用じゃないのでちょっと苦痛だったんですけど、おばあちゃんが楽しそうにしているからいいかなと思っていました」
おばあちゃんは“女性はこうあるべき”という考えをもっていて、トモさんはよく叱られるといいます。
例えば、風呂上がりに下着姿で歩き回ったり、髪をちゃんと乾かさず手ぐしで終わらせたりすると、「女の子なんだからちゃんとしなさい」と言われるそうです。
またトモさんは、以前おばあさんにある言葉をかけられてつらかったと言います。
「『ひ孫の顔が見たい』と言われたことがあって。でも自分は手術をして性別を変えて、戸籍も変えたいと思っているので、おばあちゃんの期待には応えられない。だから余計にだましてしまっている気持ちが拭えなくて…」
自身もトランスジェンダー男性で俳優、そして舞台プロデューサーの若林佑真(ゆうま)さんは、トモさんの気持ちがよく分かると話してくれました。
「僕は、“おばあちゃんをだましてしまっている”というトモさんの感覚がめちゃくちゃわかる。
自分も、おばあちゃんに『好きな男の子はいないの?』とか、『あんたもいつかは嫁に行くしな』とか言われたときに、やっぱり“うっ”てなる。
その瞬間におばあちゃんに対して素直になれないという葛藤がすごく苦しくて、自分をどこにどう置いたらいいのかが難しかったですね」
自分を否定しなくていい
トモさんは、“おばあちゃんをだましてしまっている”という気持ちについて、さらにこんな風にも言っていました。
「悪いことをしているという気持ちと、ちゃんと生まれられなくてごめんなさいという気持ちと、(女性を)演じている部分もあるから余計に申し訳ないなって気持ちで…」
自分のセクシュアリティーをも否定してしまうトモさんに、メンターたちは優しく語りかけました。
「“こういう風に生まれてしまって申し訳ない”と思う必要は決してないと僕は思う。
僕も実は父方の祖父母には自分のこと(セクシュアリティー)を伝えられずに亡くなってしまって。(言えなかったのは)僕がゲイだとカミングアウトすることで、祖父母が“自分たちの育て方が悪かったから”とか、自分たちのことを責めてしまったらどうしようとか、すごく考えたから。
だから、おばあちゃんのことを好きだからこそ傷つけたくないという気持ちになるのはとっても分かる。でもトモさん自身が“自分が悪い”なんて決して思う必要はないよって、すごく思う」
「私は“だましてしまっている”という気持ちが優しいなって思う。優しすぎるなって。
トモさんは18歳ですよね、私が18歳だったら(セクシュアリティーのことを)気づかない相手を責めちゃう。『気づいてよ。さすがにこんなに一緒にいるんだから』とか、そう思っちゃう。
だから(トモさんは)すごく優しいんだなって思います」
祖父母世代も悩んでいるのかも
今回『虹クロ』では、祖父母世代の65歳以上の人たち100人にアンケートを行いました。
質問は「孫にセクシュアルマイノリティーだと打ち明けられたら受け入れられるか?」。
41%の人が“受け入れられる”と答えましたが、最も多かったのは“わからない”と答えた人たちで48%に上りました。
具体的な意見も聞いたところ、「理解しなければならないと思うが、感情がついていけるか不安」や「たぶんうろたえて、気持ちを整理するのに時間がかかる」といった声が寄せられました。
「(“わからない”と答えた人たちは)たぶん誠意のある人たちだと思う。
日本社会では(同性愛者は)結婚をすることはできないし、LGBTQ+の人たちは相続とかいろんなことが不利な立場にあるから、これから人生を切り開いていこうとする子どもや孫の扉が(セクシュアリティーが原因で)どんどん閉まってしまうんじゃないかって心配して、第一声で『ハッピーだ』と言う人はあんまりいないんじゃないかな。
“わからない”の中には、そういう考えの人が入っているんじゃないかな」
トモさんは、今はまだおばあちゃんにカミングアウトをしていませんが、大学卒業後、社会に出るときには男性として生きていきたいため、数年のうちに自分のセクシュアリティーのことを伝えたいと思っています。
しかし、おばあちゃんがどんな反応するか、不安は拭えないようでした。
「自分のおばあちゃんは、(アンケートの中の)たぶん“わからない”人に入ると思う。
“わからない”だけど、(カミングアウトしたら)とっさに『いや、そんなわけないでしょ』とか『それ冗談なんじゃない?』と言われるかもしれなくて、それが恐いです。
それに、(おばあちゃんが)後々冷静に考えてみて『あれ言っちゃダメだったかもしれない…』と思うのも嫌だし…。本当に怖いです」
祖母にカミングアウトをした若林さんの体験談
近い将来おばあちゃんにカミングアウトをしようと思っているトモさんに、若林佑真さんは自分が祖母にカミングアウトをしたときのエピソードを語ってくれました。
「僕はおばあちゃんに、伝えざるを得ないきっかけがありまして。二十歳の成人式のときに『あんた成人式やし、振り袖買いに行こか』と言われて、“うわ、振り袖はちょっと着れないな”と思って。
『実は振り袖はいらないんだ。メンズスーツが欲しいだよね』って言ったんです。そのときに『男性として生きたい』という話も伝えました。
最終的におばあちゃんは、『あんたがいらんもん買うてもしゃあないしな』と言って、一緒にスーツを買いに行ってくれたんです。
それで、お店でメンズスーツを見ていたら、店員さんに『すみません。こちらはメンズでしてレディースはあちらですよ』と言われたんですよ。“うわ、どうしよう…”と思って固まっていたら、祖母が『いいんですよ、この子はこれが欲しいみたいなんで、この子に合うメンズスーツを合わせてあげてくれますか』と店員さんに言ってくれたんです。
まさかそんなふうに言ってくれるなんて思ってもなかったし、すごく自然だったので、うれしさよりも驚きのほうが先でしたね」
番組では、若林さんにメンズスーツを買ってあげたときにどんな気持ちだったのか、祖母の富美子さん(89)にインタビューしました。
「本人が(スーツが)欲しいと言えば、それでいいじゃないですか。本人が嫌なもの、着物、和服よりもスーツが欲しいならスーツにすればいい、ただそれだけなんです。
でも『スーツが欲しい』と、よう言ったなと思うんです。あの子なりに本当につらかったときもあると思うんです。それを私たちにも全然言わなかった。
“(私が)代われるもんなら…。” でも、そう思うのもまた違うんですよ。そういうふうに自分で言い聞かすんですよ。言い聞かして自分で納得して、それの繰り返しですわ。
“それでも一生懸命生きてるやん”って思ってね。今まで自分が生きてきて、間違えてないと思うなら、それを通せばいい。だったら、またなんとか道が開けると思う。違います?」
自分のセクシュアリティーに対する祖母・富美子さんの思いを初めて聞いた若林さんは・・・。
「ありがたいですね。すごくうれしい反面、“ばあちゃん、間違っているよ”と言いたいことがひとつあって。
『あの子はつらかったんやろうな』って言ってくれたけど、ばあちゃんがあのときに受け入れてくれて。スってスーツ屋さんに連れていってくれたから、あんまりつらいみたいな感じはなくて。
ばあちゃんのおかげで、つらいって思わずやってこれたなって」
そして若林さんはトモさんにこう語りかけました。
「トモさんに言いたいのが、今回番組で(僕の)ばあちゃんに取材をしてもらうことになったときに、ばあちゃんから『あんた、なんで私こんな取材を受けるの?』って電話がかかってきたんですよ。
そのときに『ばあちゃんさ、(僕が)スーツを買いたいって言ったときにスーツ屋さんに連れてってくれたやん。あれがもうほんまに救いやってん。ほんまにばあちゃんに救われてありがとう』って、直接ばあちゃんに生きてる間に伝えられたのが、すごく幸せだったんです。
だから、強制はしないけど、トモさんも生きてる間に大切な人とかおばあちゃんが生きてる間に、伝えられることは伝えてほしいなと思いました」
若林さんのおばあちゃん、そして若林さんの思いを聞いて、トモさんは涙声でこう話してくれました。
「本当に自分は自分のことしか考えられてないんだなって思いました。自分が傷つきたくないとか、おばあちゃんを傷つけたくないという思いに、うそはないんですけど、でも、“おばあちゃんがどう思うかな”とか、おばあちゃん側のことを何も考えられなくて…。なんか後悔したくないなって。
本当に改めて考え直すいい機会になったなと思いました」
ロバートキャンベルさんは“祖父母世代の優しさ”に思いを寄せ、こんな感想を語ってくれました。
「おばあさんにしてみれば、(若林さんが)小さいときからのつらかったことをどこかで見てくれていたと思うんですよ。小さいときから見ていて、“この子はちょっと他の子たちと違うね”と思っていた。その思いが言葉にすごく詰まっているような気がして。
『代われるなら代わってあげたい』という言葉は、たぶん おばあさん世代のいちばんの気持ちなんですよね」
一方、かずえちゃんは悩み続けるトモさんに語りかけました。
「なんか本質だよね。本当に大きな、人間対人間の大切なことを(若林さんの)おばあちゃんはおっしゃっていたと思う。それが本質というか、本当はそうあるべきなんだと思うよ。
だって、その子が好きな人とかその子の性のあり方とか、やっぱり他人が『違うよ』と言うことじゃないんだよね。佑真くん(若林さん)がいいならそれでいいんだよ。だから、トモさんがいいなら本当はそれでいいんだよ」
祖父は理解してくれなかったけど…
かずえちゃんは、カミングアウトをしないうちに父方の祖父母とは死に別れてしまいましたが、最近、母方の祖父には自分がゲイであることを伝えたそうです。そのときの体験を話してくれました。
「おじいちゃんに伝えてみようと思って、『実は僕、男の人が好きなんやけど知っている、おじいちゃん?』と伝えました。
そうしたら祖父に『やっぱり同性愛者はわからん。男と女が結婚するのが普通やから、わしはわからんわ』と言われました。でもね、『カズシ(かずえちゃん)がそれ(同性愛者)であるんやったら、聞く耳は持たなあかんし、同性愛者は理解できんけれど、別にお前自体は否定をせんよ』と言ってくれました。
なんか自分自身は『理解できんわ』と言われたことが悲しいというよりも、“あ、じいちゃんは、もっと男はこうあるべきとか、こうせなあかんとか、そういう時代に生きてたんやなぁ”と思って。そういうじいちゃんの生きてきた時代とか背景に、すごく目を向けられた時間やったなと思っています』
井手上漠さんは、厳しかった自分のおじいちゃんのことを話してくれました。
「私の祖父は、私がかわいらしい格好をしていると怒ったり、けっこう厳しかったんですけど、今、二十歳になって思うのは、否定するのも祖父からすると愛なのかなと。
マイノリティーよりマジョリティーの道のほうが安定しているからこそ、やっぱり大好きな孫には、そういうふうには育つなって(言っていたのかも)。その言い方が幼い頃の私には刺さったけど、祖父からすると、私に幸せになってほしいがための言い方だったんだなと思うと、祖父の気持ちもすごく分かる」
“おばあちゃんをだましてしまっている…” という気持ち、どうしたらいい?
最後に、“おばあちゃんをだましてしまっている”という気持ちを抱いているトモさんに、メンターたちが改めてアドバイスを送りました。
「(自分のセクシュアリティーを祖母に)言っていないことが後ろめたいと思うのは、僕は決して悪いことじゃないと思う。それは真面目に生きていて、おばあさんと向き合っている証拠でもあるわけだから。
トモさんがおばあさんに大切な話をするためには、まずは自分を整えていく。他者に対して、それが親戚であっても、自分を表現することは自分が立っている場所を固めていかないとできないって、(自分の)経験から言えるので。
今はいろんな方向から(自分を固めて)、おばあさんと話をするための準備をする期間ですかね」
「ひとつ覚えておいてほしいのは、おばあちゃんの気持ちをこっちは操作できないっていうこと。何をおばあちゃんが思うかとか感じるかとかは、トモさんに何かできることじゃないんだよね。
だからこそ、自分がおばあちゃんのことを思ってできることを全力でやる。そのうえで、もしおばあちゃんが受け入れられないってなったら、それはもうトモさんの責任じゃないから、自分を責めずに、(全力でやった)自分を最大限褒めてあげるということをしたらいいんじゃないかなって思います」
「カミングアウトって1回じゃないんですよね。1回伝えることは大切かもしれないけど、そこから『自分はこれでも幸せなんだよ』とか『別にこういうふうになっても、おばあちゃん、これですごく今楽しいよ』とか、やっぱり対話をする。
さっきのアンケートにもあったように、(おじいちゃんおばあちゃんも)わからないんだよ。
最初のカミングアウトはとっても勇気がいることだと思うけど、そこから自分の思っていることとか、おばあちゃんが感じたことを、対話をし続けながら“線で結んでいく”ことがとっても大切だなって、自分自身の経験を通してすごく感じています」
メンターたちの話を聞き、トモさんは涙を浮かべながら最後にこう語ってくれました。
「実は、“自分の性自認が違う”という個性を自分自身がまず受け入れられてないんじゃないかなと感じました。だから、まずちゃんと自分の個性であるということを自分が認めるためにも、自分自身と向き合ってみることが必要だなと感じて。
自分自身を見つめることができてから、初めておばあちゃんにちゃんと話ができるんじゃないかなと思いました」
取材を終えて
「誰かに話すって大事ですね」
収録を終えて、ふぅーと大きく息を吐いたあとのトモさんの最初の言葉です。涙目のままでしたが、表情はどこかすっきりしていました。
トモさんには自分のセクシュアリティーについて、これまで誰かとじっくりと話す機会がありませんでした。今回、自分自身と向き合うきっかけをつかめたことが、大きな一歩になってほしいと思います。
祖母だけでなく、友達関係や恋愛関係の悩みも多いというトモさん。大切な思いを私たちに共有してくれたことに感謝して、春からは大学生になるトモさんの幸せを、心から願っています。
【放送予定】 虹クロ『トランスジェンダー男性であることを大好きな祖母には言えない』
2024年1月9日(火) <Eテレ>午後8:00~8:29
(再)2024年1月20日(土) <Eテレ>午前0:45~1:14 [※19日(金)深夜]
【見逃し配信】本放送後から1週間、NHKプラスからご覧いただけます