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石川発 LGBTQユーチューバー “あなたはひとりじゃない” Vol.43

今年3月、石川県出身の2人組YouTuber「がんこちゃん」(写真 左:コネさん 右:カオルさん)がLGBTQ当事者であることをカミングアウトして発信している動画と出会いました。北陸で若い世代のLGBTQ当事者が顔を出して動画を発信することはあまりありません。過去の専門家の調査で “LGBTQに不寛容”という結果まで出てしまっている北陸の人たち。

「がんこちゃん」はなぜ あえて顔と名前を出して発信しているのか。取材を申し込むと、10代で自分の性や 好きになる相手の性に悩みながらも誰にも相談できずに “しんどかった” 頃のことを詳しく話してくれました。

(金沢局ディレクター 小野京香)

制服、恋バナ…10代の当事者の悩み

「がんこちゃん」の1人、石川県内で生まれ育ったカオルさんが自認する性は男性、戸籍上は女性のトランスジェンダーです。20才の時に親にカミングアウトをして、その後「性同一性障害」の診断を受けて性別適合手術を受けました。

幼い頃からスカートよりもパンツが好きでスカートを履かされると泣きわめいていたといいます。小学校からは制服がありましたが進んで着たいとは思わず、ランドセルも中性的な黄色を選びました。異性のことをまだ意識していなかった小学生時代は男子の友達とドッジボールや鬼ごっこなど外遊びをして楽しく過ごしていました。

状況が変わったのは中学に進学したとき。多くの同級生が異性に興味を持ち始め、普段のおしゃべりでも恋バナをすることが増えました。「異性のことが好き」という前提で話は進み、カオルさんは「誰が好きなの?」と聞かれる度に「恋愛には興味がない」と答えていました。

仲の良かった異性の友人に告白されたこともあり、自分が女性として見られることに抵抗を覚えたそうです。そして何よりもつらかったのは自分が好意を抱いていた女性の友人から恋バナを聞くことでした。堂々と好きな相手のことを「好き」と友達同士で言い合える同級生をうらやましくも思っていたそうです。

学校生活で慣れなかったことが他にもありました。友達と休み時間に女の子たちがそろってトイレに行くことや 学校で先生が生徒たちに「男子!女子!」と呼びかけることでした。

カオルさん

「先生から『男子!女子!』と言われるたびに自分のなかで違和感が増していきました。学校では絶対に『女子』で反応しないといけない。他の呼び方があればいいのになと思っていました。

恋愛話になると自分の好きな性別が分からない。相手のことを友達として好きなのか、恋愛対象として好きなのか。自分がなんなのかすら分からなくなってきました。」

サッカーが “逃げ道”

中学生の頃、カオルさんは自分の性は何なのか、答えを出すことに恐怖を感じながらも毎日ほぼ24時間 考え続けていたそうです。それがとても“しんどかった”といいます。

考える時間をなくそうと カオルさんは女子サッカーのクラブチームに所属して大好きなサッカーに打ち込みました。また サッカーをしていると髪を短くしていることやボーイッシュな格好をしていることに周りは不思議がらないと考えたからです。「サッカー女子」を演じることで自分の性に対して抱いている違和感に触れられないように、悟られないようにしたそうです。

カオルさん

「サッカーを使うのが手っ取り早かった。練習で日々忙しくすることができたので、自分の性に対して深く考える時間はなくなりました。逆に当時、サッカーをしていなかったらどうなっていただろうなと怖くなります。」

サッカーはどんどん上達し、高校は県外の女子サッカー強豪校へ進み、寮生活をしていました。そこで初めて自分以外の「体の性」と「自認する性」が一致しない当事者に出会います。サッカー部の先輩でした。当事者であることは学校の先生から説明があり、いつも入浴をみんなと別にしていました。そのことについていろいろなことを言う部員たちの様子を見て、カオルさんは “本当の自分”をひたすら隠し続けたそうです。

“本当の自分”になることを選んだカオルさん

転機は大学生のとき。所属していたサッカー部でLGBTQであることをカミングアウトしている先輩と出会いました。その先輩から「LGBTQ」という単語も教えてもらいました。とても生き生きしている姿に衝撃を受け、「本当の自分を打ち明けても、受け入れてもらえるかもしれない」と希望を感じたといいます。

同時に身体も戸籍上も女性から男性になるという選択肢が浮かびます。カオルさんにとって“本当の自分になる”ことはサッカーで生きる道を断つということでもありました。男性ホルモンの治療を始めるとドーピングの疑いをかけられる可能性があり、プロのサッカー選手として活動することは難しくなるからです。しかし「自分にウソをつき続けたくない」とカオルさんは男性として生きる道を選びました。

家族にカミングアウトをしたとき、おばあちゃんが言ってくれた言葉があります。

「悪いことをしているんじゃないから、堂々としていなさい」

このひと言でカオルさんの心は一気に軽くなったといいます。

カオルさん

「カミングアウトする前は まわりの人の悪い反応しか想像できませんでした。だけど家族も友人も思っていた以上にすんなり受け入れてくれました。“本当の自分”でいられるのはうれしかったです。

ただ カミングアウトした直後は自分が男性になりたいということを理解してほしいという思いが強かった。そのため親が自分を娘としてみているような発言があるとモヤッとすることがありました。いま思い返すと、自分が女性だった事実や今までの20年間、娘として生きてきた思い出や記憶は変わらない。過去の思い出は受け止めないといけないなと思います。

家族がどれだけLGBTQに理解があるといっても初めは動揺します。しっかり受け止めてもらうためにはきちんと時間をかけて話して理解してもらうことが必要だと思います。」

思春期のLGBTQ当事者の悩みは“家族”

生活を共にする家族に“本当の自分”を受け止めてもらえていないと感じている若いLGBTQ当事者は少なくありません。

『LGBTQ Youth TODAY調査リポート』(2020年11月 出典:『プライドハウス東京』)によると、12~34才のLGBTQ当事者の73.1%が「家族などの同居人との生活について困難を抱えている」と答えています。そのうち「同居者からLGBTQでないことを前提にとした言動がある」と答えた人が41.6%、「同居者に自分のセクシュアリティを隠さないといけない」と答え人が36.6%に上りました。

石川県内でLGBTQに関する小中学校での学習指導や当事者・家族サポートを行っているグループ「にじはぐ石川」の代表、植田幸代さんは思春期に思い悩む当事者は多いといいます。

植田幸代さん

「10代でも特に中学3年生あたりになると身体の成長も起きる。胸がふくらんできたり、ひげが生えてきたりする。そこで改めて自分の『性』をつきつられてショックを受ける子もいるんです。その事実を本人自身が受け止められなくて誰にも相談できず一人で悩む子ども多いです。」

さらに自分の子どもがLGBTQ当事者ということに戸惑いを受ける保護者も少なくありません。子どもの性の違和感に家族が気づくこともありますが、自分の子どもは当事者だと思いたくないために、戸籍上が娘なら女の子っぽいところ、息子なら男の子っぽいところを探し出すことで、それを否定しようとする家族もいるそうです。

「あなたはひとりじゃない」10代の当事者に伝えたい

カオルさんの他にも当事者の方々を取材すると「身近な人に相談できなかった中高生時代がつらかった」という言葉を聞きます。カミングアウトができるのは名前などをふせて素性を隠せるインターネットやSNS上。自分が生きている日常の世界ではウソをつき続けなければならなりません。

一番分かってほしい人たちに本当のことを言えないことに苦しみが募り、カミングアウトしても「受け入れてもらえないのではないか」という不安や恐怖に襲われ悶々と悩み続ける時間が続くといいます。

2人組YouTuber「がんこちゃん」 左:コネさん 右:カオルさん

いまカオルさんがコネさんと一緒にYouTuber「がんこちゃん」として顔を出して発信しているのは、「地方にもLGBTQ当事者がいる」ということを伝えるためだといいます。以前、カオルさんが2年ほど東京で生活したときに、石川県の人々は他県に比べてLGBTQ当事者についての認知度が低いことに初めて気づきました。

カオルさん

「自分たちが顔を出して石川県から発信することで 地方にも当事者がいることをまず知ってもらえる。当事者の方には『決して1人ではない』ということを伝えたいです。地方だと親戚や近所の方との距離が近いからこそカミングアウトしにくいという環境もある。LGBTQの認知度が上がることで理解が深まり、カミングアウトをしやすくなったり、生きやすくなったりすることにつながるのではないかと考えています。」

LGBTQの10代の思い ラジオ・ドラマで描く

FMシアター『僕たちの塩田Summer』キャストの皆さん 最前列右:「海斗」役・南出凌嘉さん、最前列左:「ナオ」役・豊嶋花さん

カオルさんが中学生や高校生だったときに感じたこと、そして いま中学や高校に通っているLGBTQ当事者の方々が悩んでいることを1人でも多くの人に伝え、じっくり耳を傾けていただけたら。そんな思いから金沢放送局はラジオ・ドラマ『僕たちの塩田Summer』(2021年10月2日放送)を制作しました。

舞台は石川県の能登半島。そこで代々塩づくりを営んできた一家の一人息子、中学3年生「海斗(かいと)」と 塩田の手伝いにやってきたLGBTQ当事者の「ナオ」が出会い、「本当の自分とは何か」を互いに考える ひと夏の成長物語です。

「ナオ」は戸籍上は女性で 自認している性は男性のトランスジェンダー。このキャラクターはカオルさんの中学時代の経験をもとに設定しました。出てくる登場人物も全員石川県の人々にしました。地方の一都市を舞台にすることで誰にとっても身近なことだと感じてほしかったからです。

主人公の海斗は最初、ナオがLGBTQ当事者であることを受け入れるのに戸惑いを感じます。身体と心の性が一致していないということが理解できなかったのです。しかし、2人で話すなかで次第にナオが性に対する違和感をもっていることや恋愛対象が女性であることを知り、そのままのナオを素直に受け止めることができるようになっていきます。

一方、ナオは海斗にカミングアウトするまでは誰にも自分の性のことを話したことはありませんでした。でも“ありのままの自分”を受け入れてくれた海斗と出会い、ナオは「1人ではない」ということが分かり、自信をもって地元の町へと戻っていきます。

「LGBTQ」を物語に溶け込ませる

ドラマを作る上で悩んだのは「どこまでLGBTQを説明するか」という点でした。耳で聞くドラマなので難しい単語や印象の強い単語を使いすぎるとストーリーに集中してもらえないかもしれません。最初はLGBTQという単語だけはセリフに使う予定でしたが、「LGBTQの人」と「そうでない人」を分断しているように聞こえてしまうのではないかとも思いました。そこでLGBTQなどの用語を一切使わずに表現することに挑戦しました。

当事者役のナオの一人称を「僕」や「わたし」でなく「自分」としたり、ナオの身体が女性であることに触れる場面では胸のふくらみなど直接的な身体表現は避けて、「Tシャツの中、胸になんか巻いていて…」として、リスナーの気持ちを性に関することばで邪魔することなく、物語の世界に溶け込ませていけるように工夫しました。

ドラマでLGBTQ当事者の方々の思いを伝えることができただろうかと不安でしたが、放送後、カオルさんから「自分が伝えたかった以上のことが物語に入っていた」と感想をいただきました。

“LGBTQに寛容”な地域へ

2015年に全国を対象に行われた性的マイノリティについての意識調査*によると「近所の人が同性愛者だったら嫌悪感を抱くか?」という質問に『嫌悪感を抱く/どちらかといえば抱く』と答えた人の割合を見ると、北陸(新潟を含む)は2位の四国を約13ポイントも引き離し、61.5%にダントツのトップ。この調査結果だけを見れば、北陸は“性的マイノリティーに不寛容な地域”と言わざるを得ません。(*『性的マイノリティについての意識 2015年全国調査』広島修道大学・河口和也 教授)

でも そのイメージを払拭する第一歩ではないかと心が躍る出来事がありました。2021年10月10月に金沢市で金沢プライドパレードが行われたのです。私も参加しました。LGBTQの理解促進と誰もが安心して暮らせる社会をめざして開かれたこのイベント。楽しそうに歩く当事者とアライ(支援者や味方の意)の人たちに向けて歩道からレインボーフラッグを振ってくれる方や声援を送ってくれる方もいました。

金沢プライドパレード 2021年10月10日 撮影

「性はグラデーション」と言われているように一人一人自分の性に対する感覚は異なります。ラジオ・ドラマで描いた物語はその一例で、もっともっといろいろな方の人生を描くことで理解を深めていけたらと思います。

「LGBTQ」や「多様性」という用語をわざわざ使わなくても みんなが生きやすい社会になることを目指して、これからも取材を続けていきたいです。

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