痴漢被害者の半数 初めての被害は中高生のとき 周囲の大人ができることは
昨年末、東京都が鉄道施設における痴漢被害に関する調査を行いました。痴漢被害者と一般の利用者あわせて約3500人を対象にした初めての大規模調査です。
調査では被害経験のある人のうち「初めて被害を受けたのは中学・高校生のとき」という回答が約半数にのぼり、改めて子ども・若者を狙う痴漢の卑劣さが浮き彫りになりました。
これを受けて都は“第三者である周囲の大人を含めた行動・対策が必要”というメッセージを強く打ち出しました。
そこで今回は、痴漢をなくすために周囲の大人ができること、必要なことについて、痴漢被害をはじめ、性暴力被害者支援などに取り組む上谷さくら弁護士の意見を交え考えます。
(「あさイチ」取材班)
【関連番組】
あさイチ・特集「子どもの痴漢被害 大人ができること」
2024年4月11日(木)午前8:15~放送
※NHKプラスで4/18(木)午前9:54まで見逃し配信
最初の痴漢被害 半数以上が小中高生のとき
調査のうち「初めて痴漢被害を受けた年代」についての回答です。
被害に遭った人のうち、多くが「中学生あるいは高校生のとき」と回答。なかには「小学生のとき」という人もいて、全体の半数以上が小中高生のときに初めて被害を受けたという回答でした。
番組には子どものときに実際に痴漢に遭ったという人からの声が寄せられました。
-
中学生の頃、もっとも痴漢に遭っていました。お尻、胸、手を触られたり、下着にまで手をかけられたりしました。友達は体を押し付けられ体液までかけられました。怖くて声がでませんでした。
-
高校、専門学校の通学時、満員電車で前から堂々と触られたり、後ろからお尻を触られ、何が起こっているのかわからず混乱し、恐怖で声が出ませんでした。気持ち悪さで友達にもすぐには言えませんでした。
-
自分は男ですが、21歳の時飲み会の帰りに、激混みの終電に近い時間帯に股間を段々と触られる痴漢(女性ではなく老年に近い中年の男性に)されたことがあり、戦慄が走って気持ち悪いし、痴漢に遭う女性の気持ちを身をもって知った経験があります。勝手に触られる感覚というのは、言葉では表せない不快感です。
中には小学生の時に被害に遭ったという声も。
-
小学5年生の時、通塾の電車の中で被害に遭いました。最初はお尻をなでるだけだったのが、怖くて抵抗しなかったからか抱きしめてお尻を両手でわしづかみにされました。それ以来、男性が怖いです。小さい頃だったので、最初何が起こってるのかわかりませんでした。でも、触られるのはすごく不快で、頑張って声を出そうとしたのですが、恐怖からか喉から声が出てこず、必死で周りを見渡したのですが皆見て見ぬふりでした。
多くの人が恐怖やパニックで声を上げられなかったと答えています。
性暴力被害者の支援を続ける弁護士の上谷さくらさんはこう訴えます。
大人でも痴漢被害に遭うと恐怖やパニックで声が出なくなることも珍しくありません。そのうえで、加害者は子どもをはじめとした、より声を上げなさそうな対象を狙って犯行を繰り返します。改めて、痴漢がきわめて卑劣で悪質な犯罪であることを繰り返し伝えたいです。
また、新年度や新学期で遅刻しづらい、つまり被害に遭っても我慢せざるをえない人が増える春のこの時期はとくに被害が増えます。被害を少しでも減らすためには被害者の自衛ではなく、乗客ひとりひとりが「痴漢を許さない」という行動をとっていくほかありません。
痴漢被害 なくすヒント
大規模調査では痴漢撲滅につながるヒントも見つかりました。
痴漢を受けた際、被害者自身が声を上げたり、車両を移動したりなど何らかの行動をした場合、「被害が止まった」ケースは7割。一方で、近くで被害を目撃した人がアクションを起こした場合では、実に9割超のケースで被害が止んだといいます。被害者自身が勇気を出して行動するよりも、周りの人の行動が痴漢を止める効果が高いことがわかったのです。
しかし番組には、痴漢の疑いのある現場に遭遇したとしても第三者が介入するのが難しいという声も・・・。
-
本当に痴漢かどうか自信が持てず動けなかった。
-
目の前で目撃したが、何と声を掛ければいいのか思い付かなかった。
たしかに「自分の勘違いかもしれない…」などの不安もある中、どのように行動すればいいのか?今回の大規模調査ではそのヒントもわかりました。それは…
周囲のさりげない行動です。
東京都では「周囲のさりげない行動」として例えば以下のような行動をすすめています。
-
目の前の人が痴漢に遭っているかもしれない時…
-
実際に痴漢が行われているか確証が持てないときや、加害者や被害者自身に「痴漢ですか?」と聞くのが難しい場合は、以下のような行動でも効果が見込めます。
●何気ない声掛け
被害者に対して「具合が悪そうですが大丈夫ですか?」や、知り合いを装って「いま何時かわかる?」といった、被害と直接関係のない声掛け
●加害者に視線を送る
加害者に「周囲の人に気づかれたかも?」と思わせるために視線を合わせる
●加害者と被害者との間を物理的に離す
加害者と被害者との間に割り込んだり、荷物を差し入れる など
東京都 痴漢撲滅プロジェクトHPより
専門家の上谷さんも、「痴漢」という言葉を使わないこの「周囲のさりげない行動」は有効な手段だといいます。
加害者は、いかにバレずに騒ぎにならずに犯行できるかということを考えています。そのため「第三者が犯行に気づいたかもしれない」あるいは「車内の様子がなんだかおかしい」と思わせるだけで犯行の手を止めることは期待できます。
この「周囲のさりげない行動」によって「痴漢」という言葉を使わなくても加害行為を止めることができるのです。
第三者による具体的な行動例を挙げながら、同時に都は被害に遭った人に対しても、周囲の人の注意を引いたり、アクションを促すことにつながるこんな行動をすすめています。
-
自身が痴漢に遭っているかもしれない時…
-
直接声を上げたり助けを求めるのが難しい場合や、実際に痴漢が行われているか確証が持てないときは、以下のような行動で周囲の声掛けをうながしてみてください。
●持ち物を落とす
スマホなど持ち物を足元に落とす。物音で周囲の注目を集めたり、拾いなおそうとする動きで加害者と距離をとることが期待できます。
●持ち物を光らせる・音を鳴らす
スマホのライトをわざと光らせたり、音を鳴らす。周囲の注目を集め、「スマホのライトがついていますよ」などといった声掛けをうながすことができます。
●その場にしゃがむ
体調が悪いふりをしてその場にしゃがみこむ。加害者と物理的に距離を取ることができ、周りも「大丈夫ですか?」と声を掛けやすくなります。
その他、咳ばらいを繰り返したり、周囲の注目を集めることが有効です。
ただし、紹介したような行動ができなかったとしても、自分を責めないでください。
被害に遭ったとき恐怖から声が出なかったり体が動かなくなったりするのは自然な反応です。
悪いのは加害者です。
東京都 痴漢撲滅プロジェクトHPより
現行犯と思われる現場に遭遇した場合…
ここまで「さりげない行動」についてお伝えしてきましたが、被害者が直接「痴漢です!」と訴え出たり、加害者の手を直接つかんだりした場面を目撃した際には、周囲の人と協力しながら速やかに駅員や警察官に引き渡してほしいと都は推奨しています。
では実際にその場面に遭遇した場合に、私たちはどのように動けばいいのでしょうか。
まずは被害に遭った子どもをひとりにしないでください。できれば3人以上の協力が望ましいです。加害者のそばにいる人、駅員や警察官を呼び通報する人、被害者のそばにいる人。その上で被害者と加害者とは目を合わせないようにしてあげてほしいです。「あなたは被害者のそばにいてください」、「あなたは110番してください」など人と役割を指定してお願いした方がいいです。また、その状況を動画撮影すると、後で役立つことがあります。
なお、無理やり加害者を押さえつけたり、いわゆる「私人逮捕」のようなことをすると加害者を逆上させたり、さらなるトラブルを招く可能性もあるため、控えるべきと上谷さんは語ります。加害者が逃走した場合も、無理に追いかけなくても駅構内の防犯カメラやその場で撮影した動画での追跡が可能だそうです。
大規模調査では、痴漢被害を訴えなかった理由として「急いでいるから」という回答が目立ちました。しかし、被害者が急いでいるなどの理由で警察の取り調べに協力できない場合、証拠不十分で加害者が即日釈放となってしまうことも多く、また再犯率も高いことから結果的に痴漢という犯罪がなくならない原因にもなっています。
こうした状況を受け文部科学省は昨年、被害に遭った学生などが警察へ通報する過程で遅刻や欠席した場合は「欠席日数に含めない」とすることや、入試の場合にも対応を求めるよう教育委員会へ要請しました。
。残念なことではありますが、電車に乗ったら痴漢はある程度避けられないものだとして、警察に相談したり、ケアのために学校を休んだりしやすいよう、学校や会社にも「痴漢被害を前提」とした仕組みづくりが必要だと思います。
もしも、子どもが被害に遭ったら…
もし、自分の子どもや身近な人から被害に遭ったと相談を受けたときに、どうした対応をすべきか。これまで多くの被害相談に乗ってきた上谷さんに聞きました。
一番はまず「よく話してくれたね」という言葉が大事です。被害に遭ったことを自分の落ち度だと感じて自分を責めたり、言い出せないという子どもは想像以上に多いんです。まずは、「被害に遭ったことを言っても怒られない」という空気が大前提あることと、万が一の時には遠慮なく「相談できる」家庭の空気づくりが大事です。
そのほか、上谷さんによると、ふだんから家族仲がいいからこそ「親を悲しませたくない」という思いから子どもが被害を打ち明けられないケースもあるそうです。「うちは何でも話せる間柄だから」と油断しすぎず子どもの口数が少なかったり、あるいは空元気を装ったりしている場合には「落ち着いたらでいいから何かあったのなら聞くよ」などといった声掛けをしてほしいということです。
痴漢は、そのものの悪質性に加え、痴漢をきっかけに加害がエスカレートしてストーカーや、不同意わいせつにつながるという点でも危険で悪質な犯罪だと上谷さんはいいます。
このように、相談できずにいることで通学時に繰り返し被害を受けたり、さらなる性犯罪に発展したりする可能性もあるため、何よりもまず家族で相談しやすい環境づくりが大事だといいます。
“痴漢罪”という刑法は存在しない…本気で取り組まなければならない理由
例えば、典型的な電車内の痴漢の手口のひとつ「衣服の上から触る」という行為ですが、あくまでも電車内の風紀を乱したという理屈で、各都道府県が定めた「迷惑防止条例違反」となることがほとんどです。
路上でいきなり服の上から胸を触ったりすれば「不同意わいせつ罪」が成立する可能性が高く、なぜ同じことをされても場所によって刑罰が違うのか?という疑問はあります。場所等の問題ではなく、被害者の性的な領域を同意なく侵害されたかどうか、という観点から検討し直す必要がある、と上谷さんは訴えています。
そもそも、服の上からだろうと、他人の身体に許可なく触れるのはれっきとした性暴力です。条例ではなく痴漢そのものを取り締まる刑法、被害者の権益を守る法律が必要だと思いますし、社会全体でもっと痴漢を許さないという姿勢をつくっていかなければいけないと思っています。
万が一、こんなケースに遭遇したら…「示談」の際の注意点
上谷さんは、痴漢が現行犯逮捕された場合、被害者はその後の手続きに注意が必要だと言います。それは、加害者が弁護士を通じて安い示談金を提示してくるケースです。
痴漢で逮捕された場合、多くが迷惑防止条例違反となり、同種の前科がなければ正式裁判にはならず、略式で50万円程度の罰金を支払うケースが一般的です。「罰金を払うよりは被害者に被害弁償したい」と、加害者やその弁護士側から示談を持ちかけられることはとても多いです。
しかし、被害者はどのくらいの慰謝料が妥当なのかわかりませんし、「裁判で証言しなければいけなくなるよ」等と言われると、怖くなってしまいます。そのようなところにつけ込み、10万円程の慰謝料を提示し、その上でさらに「示談金を受け取るかわりに犯人の処罰を求めません」という内容に同意してほしい、と持ち掛けてくるケースもあるといいます。これに同意してしまうと加害者に前科がつくことはありません。加害者は本来よりも低い金額の「出費」で済み、また痴漢を繰り返す、というパターンも考えられるそうです。
被害者は弁護士から言われると示談金を受け取るのと同時に「許さなければいけない」と思ってしまうことが多いのですが、必ずしも犯人を許さなければいけないということはありません。被害弁済として受け取るべきものは受け取っていいし、もちろん罪に問うてもらっても問題はありません。このあたりの判断は難しいので、加害者側から示談を持ちかけられたら、遠慮なく弁護士に相談してもらいたいです。
なお、被害者が弁護士に依頼する際、「委託援助制度」というものがあり、預貯金などが300万円以下であれば、弁護士費用を負担せずに弁護士を依頼できます(ただし例外はあります)。自治体によっては、無料で相談できる制度もありますので、警察や自治体のワンストップ支援センターに尋ねてみてください。
取材を通して
過去に痴漢を取り締まる警視庁鉄道警察隊を取材する機会がありました。
私が見たのは、自身の通勤ルートから外れて痴漢をするためだけに混雑する路線に早朝からやってくる常習犯でした。混雑するホームで、男は声を上げなさそうな人、特に制服を着た子どもをじっと探していました。時には、驚くほど幼い子どもにその視線が向くこともありました。
私自身が被害に遭った経験はありませんが、幼い子どもが狙われる実態を目にしたことで、痴漢の加害者と向き合い、防ぐのは被害者ではなく周囲の大人たちでなければならないと実感しました。
一方で、もしも痴漢と思われる場面を目撃したときに、「痴漢ですか?」とストレートに声をかけられるだろうかといえば、正直難しいかもしれないと思ったことも事実です。「もし自分の勘違いだったらどうしよう」「疑われた人が怒るのでは?」と思ったからです。
しかし、今回調査を受けて提案された「周囲のさりげない行動」のように「どうかしましたか?」「大丈夫ですか?」といった声掛けならきょうからでもできるように思います。
痴漢は周囲の目を何よりも恐れています。私もまずは自分にできることから実践していこうと思いました。
相談窓口など
痴漢は被害者だけが抱え込む問題ではありません。また、家族が被害に遭った、といった場合の相談を受け付ける窓口もあります。迷わず相談してください。
痴漢被害に関する問い合わせ先
各都道府県の「ワンストップ支援センター」
こちらのページ内で公開させていただくことがあります。
取材班にだけ伝えたい思いがある方は、どうぞ下記よりお寄せください。