「頼れるものをすべて頼って、今は頑張らなくていい」 福島県大熊町出身・小泉良空さん
「能登半島地震を経験した“子どもたち”へ、私がいま伝えたいこと」
このページでは、かつて東日本大震災などで家族や友人、ふるさとなどを失った“子どもたち”からのメッセージを紹介します。
福島県大熊町出身の小泉良空(こいずみ・みく)さん、26歳です。
中学2年生のとき、東日本大震災を経験しました。
大熊町は東京電力福島第一原子力発電所がある町。
原発事故の影響により、一時は町の全域に避難指示が出されました。
小泉さんも町を離れることになり、県内外を転々としながら避難生活を送りました。
2019年、大熊町の一部で避難指示が解除されました。
町に戻れるかもしれないと、希望を抱き始めた小泉さん。
しかし、そうした中でかけられたある言葉に衝撃を受けます。
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小泉さん
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「本当に悪気なくぽろっと『あれ、大熊ってもうないんじゃないの』と。冗談交じりだったのかわからないですけど軽く言われて。福島県内ですらそういうことが起こっていて、すごいショックでした」
ふるさとに対して誤った理解をしてほしくない。
小泉さんは地元に戻り、復興の現状などを伝える語り部として活動しています。
能登半島地震で大切な人やものを失った子どもたちへ。
小泉さんからのメッセージです。
「1月1日に大きな地震が発生してまだ気持ちの整理がついていなかったり、もちろん事態もまだ落ち着いていない頃かと思います。
すごく落ち着かない、自分自身の気持ちが落ち着かない状況かなとは思いますが、ぜひ今は周りにいる人、大人だったり、友達だったり、頼れるものをすべて頼っていいと思います。今頑張らなくて、私自身はいいと思っています。
私も中学2年生のときに被災をして、何か自分に役に立てることはないかとか、そわそわしている周りの大人を見ながら、すごく考えていました。でもそれが自分自身の負担につながってしまったことも大いにあります。
今私は震災だったり、原発事故から長い時がたちましたが、ようやくこの地元に役立てているなと思います。それだけ時間がたったあとでも十分、みなさんも何かやりたいという気持ちを発揮できる日がいつか来るはずです。
なので今はまず落ち着くのを待って、それまではぜひ周りの人を頼って、いつか自分自身にできることを探して、ぜひ実践をしてみてほしいなと思います。
焦らず、まずは普通の生活が第一に戻ることを、私自身も福島からみなさんのことを見守っていますし、これからも応援しています。頑張り過ぎず、日々をまず過ごしてください」