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「祖国へ帰れ」は差別的で違法 その判決が投げかけるものとは

10月、長年にわたり在日コリアンたちを苦しめてきた”差別的なことば“に対する判決が下されました。インターネット上に「さっさと祖国へ帰れ」などと投稿されて名誉を傷つけられたとして、在日コリアンの女性がことばを書き込んだ男性に賠償を求めた裁判です。

横浜地方裁判所川崎支部は、「悪意のある差別的な言動だ」と指摘した上で、「名誉や尊厳などが侵害された精神的苦痛は非常に大きい」として、男性に対して194万円の賠償を命じました。「祖国へ帰れ」ということばは在日コリアンの人たちに向けて頻繁に投げかけられるヘイトスピーチです。しかし一方で、「殺せ」や動物にたとえるなどの脅迫や、名誉棄損にあたるとされてきたことばと違って、明確に違法性が認められてきませんでした。

今回の判決は、差別的であり違法であることを認めた画期的なものとなりました。このことばに苦しめられてきた女性が裁判にかけた思いと判決の意義について考えます。

(「インクルーシブな社会のために」取材班)

執ように繰り返された書き込み 裁判を起こした思い

裁判を起こしたのは、川崎市に住む在日コリアン三世の崔江以子(チェ・カンイジャ)さんです。

在日コリアン三世の崔江以子さん

崔さんは日本で生まれ育ち、川崎市にある施設の職員として20年以上勤務し、国籍・民族を問わず地域の子どもたちや高齢者などの生活を支援してきました。

崔さんは、2016年にヘイトスピーチ解消法の成立に関連して、国会の参考人質疑に立って以来、インターネット上でのさまざまなひぼう中傷にさらされてきました。

今回の裁判で、崔さんが訴えた男性は、2016年に自身のブログに崔さんを名指しした上で、「日本国に仇なす敵国人め。さっさと祖国へ帰れ」と書き込みました。

崔さんは法務局に救済の申し立てを行い、この書き込みは削除されました。しかし、男性はその後も4年間にわたり、ブログやSNSで崔さんについて“差別の当たり屋” “被害者ビジネス”などと書き込みを繰り返していました。

今回の裁判は、「これらの行為は違法な差別的言動であり、名誉を傷つけられた」として慰謝料を求めて訴えたものでした。

訴訟を起こした際の記者会見で、崔さんは次のように語っていました。

崔江以子さん

「『祖国へ帰れ』ということばは、この社会にいてはいけないと存在を否定することばです。しっかりとした判決をもらってこのことばが向けられている子どもたちにも大丈夫だよと届けたい。」

「さっさと祖国へ帰れ」はヘイトスピーチ しかし“法の規制なし”

法務省のホームページでは“許されないヘイトスピーチ”として3つの類型が例示されています。「祖国へ帰れ」はその一つです。

(1) 特定の民族や国籍の人々を、合理的な理由なく、一律に排除・排斥することをあおり立てるもの(「○○は出て行け」、「祖国へ帰れ」など)

(2) 特定の民族や国籍に属する人々に対して危害を加えるとするもの(「○○人は殺せ」、「○○人は海に投げ込め」など)

(3) 特定の国や地域の出身である人を、著しく見下すような内容のもの(特定の国の出身者を、差別的な意味合いで昆虫や動物に例えるものなど)


(法務省ホームページより)

これらの類型は、2016年に施行されたヘイトスピーチ解消法の2条に相当します。しかし、このうち類型(2)には脅迫や威力業務妨害、類型(3)には名誉棄損や侮辱など、犯罪の類型にあたり違法とされる一方で、類型(1)は違法であるという明確な法律や裁判例がありません。

今回の裁判では、このことばが差別的であり違法であるかどうかが争点となりました。

「反論が許されない感覚」「強烈な疎外感」 在日コリアンたちが経験した被害の深刻さ

「祖国へ帰れ」ということばは、人々にどのような影響を与えるのでしょうか。裁判の過程では、在日コリアンを対象にアンケート調査が行われ、20代から80代の49人が回答。被害の深刻さが浮き彫りになりました。

在日コリアンを対象に行われたアンケート

調査を行った同志社大学の板垣竜太教授は、アンケート結果から被害経験がいかに深刻なものであるか、次のように分析しています。

まず板垣さんが注目したのは、「沈黙効果」です。

「言い返す言葉がなくじだんだを踏み、歯ぎしりをした。」


「返す言葉がなく黙り込んでいた。」


(アンケートの回答より)

「帰れ」と言われて、思わず、そして不本意にも沈黙してしまった経験を吐露する人が多くいたのです。さらに、「非対等の現実を突きつけられる」効果があると指摘します。

「本当はまったく正当性のない言葉であるにも関わらず、彼の背後に大きな「日本」というものがそびえ立っている感じがして、あたかも反論が許されないような感覚に陥ります。ふだんは自分を外国人と意識せず過ごしていても、「帰れ」という言葉を耳にした瞬間に、日本という場所に自分がいてはいけないのだろうかと強烈な疎外感を覚えます。」


(アンケートの回答より)

「帰れ」のひと言は一瞬のうちに対等な関係ではないことを思い知らせる効果を持ち、力関係と非対等性を認識させるのだと分析します。その結果、自己否定に陥ったり、周りへの恐怖心や不信感を募らせたりする効果もありました。

「『帰れ』と言われたとき、『怒るよりも出自に対しての恨みのような感情すら生まれた』」


「実生活で顔を合わせている人の中にもこのような考えの人がいるかもしれないと思うようになり、以前より社会に警戒心を持つようになった」


(アンケートの回答より)

こうした感情が日常的に積み重なることで、「帰れ」ということばを投げかけられたときの対処にも影響を及ぼしていることがわかりました。アンケート回答者の中には、言い返すなど反論する人もいましたが、平然としたふりや、聞かなかったふりをしてその場を切り抜けるという人も多くいたのです。

「言っていたのを聞いていない振りをしてその場から逃れようとしていました」


(アンケートの回答より)

さらに、差別を受けないように民族的なアイデンティティーを隠してやりすごすなど、被害を受けないように生きることを自分自身に課していたり、心の傷を残しトラウマとなっていたりすることもわかりました。

「どうして私だけ自分のルーツを理由にこういう被害を受けるのか、やはり自分のルーツは隠して生きなければいけないのか、大変思い悩みました」


「今でもあのときのことを思い出すと、脈拍が早くなってしまいます」


(アンケートの回答より)

「祖国へ帰れ」ということばは、「沈黙効果」や「非対等の現実をつきつける」効果があり、浴びせられた人は自己否定や恐怖心、不信感を募らせていることがわかりました。その結果、そのような差別的なことばを聞くと、反射的に平然としたふりや、聞かなかったふりをしたり、傷つかないために自分のルーツを隠したりする影響を与えていることもわかりました。

同志社大学 板垣竜太教授
同志社大学 板垣竜太教授

「『帰れ』ということばは、言われる側の受け止めの重さに比べて、言う側は軽く言えることばになっています。日本国籍者と外国籍者はそもそも日本での存在のあり方が違うんだと思い知らされることばを、たった3文字で急に投げかけられる。悪意を持って言う人だけでなく、思わず言ってしまう人もいます。信頼している友人に言われて、それまで対等な関係だと思っていた人が別の存在になってしまうこともあると感じました。日常的に触れる可能性のあることばですが、与えるダメージは深刻です。」

「祖国へ帰れ」は、人生や存在を否定する差別的で違法なことばと認定

迎えた判決の日。

裁判所は男性の投稿について、ヘイトスピーチ解消法2条にいう「本邦外出身者に対する不当な差別的言動だ」と認めました。

横浜地方裁判所川崎支部

そのうえで、「憲法13条に由来する人格権、すなわち、本邦外出身者であることを理由として地域社会から排除され、また出身国等の属性に関する名誉感情等個人の尊厳を害されることなく、住居において平穏に生活する権利は、本邦外出身者について、日本国民と同様に享受されるべきものである」として、男性の投稿は地域社会から排除することを扇動する不当な差別的言動であり、平穏に生活する権利、人格権に対する違法な侵害行為にあたると認定しました。

また、「朝鮮半島へ帰れとの表現は、原告が日本の地域社会の一員として過ごしてきたこれまでの人生や原告の存在自体をも否定するものであって、当該表現が原告の名誉感情、生活の平穏及び個人の尊厳を害した程度は著しく、これらの人格権侵害による原告の精神的苦痛は非常に大きい」と指摘。

裁判所は、「祖国へ帰れ」というネットへの書き込みに対して110万円の賠償。また「差別の当たり屋」「被害者ビジネス」という書き込みに対しても84万円の支払いが相当だとしました。

双方とも期限までに控訴せず、この判決は確定しました。

裁判の過程で拡散された“2400件の暴力コメント” ネットリンチの標的へ

「祖国へ帰れ」ということばはヘイトスピーチであり違法であることを認めてもらい、社会から差別をなくしたいと起こした今回の裁判。しかしその裏で、皮肉にも崔さんはさらなることばの暴力に苦しめられていました。ネット上で、複数の人が寄り集まって攻撃する「ネットリンチ」の標的にされたのです。

裁判期日の際に崔さんの報道が流れて注目が集まると、そのたびに「帰れ」「嫌なら帰ればいいだろう」「いつまで居座るつもりなのか」といったコメントが拡散されました。

引き金となっていた一つが、まとめサイトの投稿です。あるまとめサイトの投稿は、すでに削除されていますが、一つの投稿に対して、誰からとも分からないコメントが2400件に上ることもありました。

さらに、複数のまとめサイトを含め、SNS上で「在日コリアン」と「帰れ」が一緒に投稿されていた数を分析しました。すると、被害を訴えた崔さん本人への尋問が行われた今年5月の裁判や、結審した7月に投稿の数が増えていることがわかりました。

まとめサイトで記事が掲載されるたびに、同じような意見が集まる場が形成されていったのです。ネット上の炎上などを分析する会社は、こうした「場」が生まれることで、誰もが簡単に加害者になってしまう恐れがあると指摘します。

デジタル・クライシス総合研究所 桑江令主席研究員
デジタル・クライシス総合研究所 桑江令主席研究員

「誰かが投稿していると、たとえそれが行きすぎた表現であっても、心理的に言いやすくなる効果があると思います。周りが言っているのだからいいでしょうと。しかし、それがヘイトスピーチやひぼう中傷が生まれやすい要因になっています。加害者側の人というのは、この記事に対して自分はこう言っているんだという意識で、その先にいる被害者の方の顔というところまで行き着いていません。それが本当にネットリンチに当たるとは全く思わない方々が多いのではないかと思います。」

崔さんは、2016年にネット上に書き込みがされるようになって以降、脅迫電話などの被害もあり、ストレスによる難聴や睡眠障害などの症状に苦しんできました。外出する際には防刃ベストを着るなど、日常生活でも常に緊張した状態を強いられてきました。

崔さんは今回の裁判を起こしたことで、ネット上でさらなる攻撃的な投稿が拡散したことについて、苦しい胸の内を明かしていました。

崔江以子さん(ことし8月)
崔江以子さん

「本当に今回の攻撃には参っています。どう頑張ったらいいのかが分かりません。私自身も非常に不安ですけど、同じ在日コリアン、とりわけ子どもたちが、差別に対して「NO」という声を上げるとこうやって攻撃をされるんだ、黙った方がいいんだ、あるいは自分のルーツに悩みがあったりしている子どもたちが、希望を持って生きていくことができなくなってしまうかもしれない。そんな取り返しがつかないことが生じてしまったら、私自身、もう頑張るとか立っているのは無理であろうと大変危機感を持っています。いま私が言えるのは、助けて下さいということです。」

崔さんの弁護団は、書き込まれた投稿の削除を川崎市に要請しました。川崎市には、日本以外の国や地域の出身者に対するヘイトスピーチなど民族差別的な言動に対して刑事罰を科すことを盛り込んだ「差別のない人権尊重のまちづくり条例」があり、インターネット上の差別的な投稿の監視も行っています。

今回の要請を受け、市は75件の投稿を差別的な投稿と判断し、インターネット事業者に対して削除要請を求めました。ただ、投稿はそれだけにとどまらず数があまりにも多すぎるため、追いつかない状況だったと言います。

川崎市人権・男女共同参画室 松本聡 担当課長
川崎市人権・男女共同参画室 松本聡 担当課長

「非常に深刻な人権侵害だと私たちも認識しています。自身に降りかかっている攻撃を払いのけるために必死に声を上げている方に対して、偏見や差別に基づいて、それがあたかも声を上げている方に非がある、そこにも理由があると言わんばかりに攻撃を加えることは、住民を守る自治体として見過ごせないことだと考えています。一方で、一地方自治体としてできることに限界があるのも事実です。マンパワーの問題がありますので、一度に数百件というレベルで投稿がなされると、削除要請の判断に非常に時間を要することがあります。」

「祖国へ帰れ」は差別的で違法 その判決は抑止効果になるのか

崔さんの代理人の師岡康子弁護士は、今回の判決がネット上などで「祖国へ帰れ」と気軽に書き込んでいる人たちに対して、それを思いとどまらせる抑止効果になると指摘します。

師岡康子 弁護士
師岡康子 弁護士

「今回の判決を受けて、同じようなことばを書けば相当の賠償金を支払う義務があるとして、抑止効果が認められます。『祖国へ帰れ』ということばは崔さんだけでなく、さまざまな人たちに向けられ、ネット上に溢れています。これは単なる意見の表明であるという主張もありますが、そうではなく、これはヘイトスピーチ解消法2条にあたる差別だと認定され、かつ人格権の侵害であり、違法であるということが認められました。崔さんの被害救済だけでなく、多くの外国にルーツのある人にとっても意義のある判決だと考えています。」

判決後、裁判所から出てきた崔さん。掲げていたのは、川崎の桜本に暮らす在日コリアン一世のハルモニ(おばあさん)たちが書いた旗です。

「さべつはゆるしません」と書かれていました。

崔江以子さんとハルモニたち
崔江以子さん

「ハルモニたちが今日の判決に向けて応援のメッセージを記してくれました。80、90代のハルモニたちはこれまで何度『日本から出て行け』『国へ帰れ』ということばに痛めつけられてきたでしょうか。子どもたちもまた、そのように言われるのが怖いから、つらいから自分の名前すら名乗れないで、自分を隠して生きなければいけずにいます。今日の判決は、私の被害だけでなく、ハルモニや子どもたち、アンケートに被害を寄せて下さった人たち、日本中で自分の被害と重ねてこの裁判の行方を見守って下さった人たちにも希望を届けることができたと思います。この判決がインターネット上で差別が野放しになっていることの立法事実の一つとなって、これ以上の差別が生まれないような法規範につながっていったらうれしいと思っています。」

「祖国へ帰れ」ということばは差別的であり違法であることが認められた今回の判決。その意義は大きいものの、被害を受けた崔さんが声を上げなければ得られない判決でした。

崔さんはおよそ7年、こうしたネット上の書き込みに苦しみ、今回の裁判ではさらにひどいネットリンチにさらされました。被害を受けた当事者が声を上げなくても、差別的な書き込みが取り締まられてなくなる社会になるまで、今後も取材を続けます。

みんなのコメント(1件)

感想
ももんが
2023年12月2日
在日の人に差別発言をすることは同じ日本人としてはずかしいことです
人種や性別、門地で分け隔てなくしていくことを戦中あれだけの苦労をしてつくった憲法で誓ったはずです 私たち日本人は中国や朝鮮から計り知れない文化などの恩恵を受けたことを忘れてはいけないと思います
まさに恥知らずになってしまいます 誰にたいしても思いやりが持てる社会にしていきましょう