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「これは、あなたの国の中で起きているんです」 映画『牛久』トーマス・アッシュ監督が訴える入管問題

撮影が禁止されている入管施設の面会室でカメラを回し、収容された外国人たちの言葉を記録した映画が反響を呼んでいます。

『入国管理センター』などの入管施設は、一部では“ブラックボックス”とも呼ばれています。1年前には、名古屋の入管施設に収容されていたスリランカ人のウィシュマ・サンダマリさんが、体調不良を訴えて亡くなりました。内部で何が起きていたのか詳細を知りたいと、遺族は国を提訴しています。

アメリカ人の映画監督が、“隠し撮り”をしてまで伝えたかった現実とは。

(報道局社会番組部ディレクター 中江文人)
※3月29日放送「ニュースウオッチ9」を元に構成

『牛久』は「撮りたくて撮ったわけではない」

アメリカ出身のトーマス・アッシュさんが来日したのは2000年。映画監督として、福島第一原発事故後の子供たちなどをテーマに、ドキュメンタリーの制作を続けてきました。また敬虔なクリスチャンでもあり、「都内の教会の役員」という顔ももっています。普段から教会の活動に携わっていて、日曜礼拝では聖書を読み上げる役割を担っています。

そのトーマスさんが監督をつとめ今年2月に公開されたのが、映画『牛久』です。茨城県牛久市の「東日本入国管理センター」に通い、録音録画が禁止されている施設内で、カメラを回しました。

【映画公式サイトより抜粋】
東日本入国管理センター、いわゆる「牛久」は、茨城県牛久市にある大規模な入管施設の1つである。ここに、難民として保護されることを求めやってきた、多くの人々が収容されている。
(中略)
制作者は1年と半年間、当事者たちの了解を得て、彼らの助けを求める声を記録しつづけた。 
トーマス・アッシュ監督 都内の教会にてインタビュー
トーマス・アッシュ監督

「撮りたくて撮ったわけではありません。私の目の前にいる人間が死んでしまうかもしれない。私は撮らなければなかったのです。その現実を」

初めて訪れた入管施設で「衝撃を受けた」

トーマスさんが映画を撮るきっかけとなったのは2019年秋。ほかの信徒からある奉仕活動に誘われました。それは「入管施設を訪ねて、収容されている外国人に面会し、一緒に時間を過ごすボランティアをしないか」というものでした。

それまではトーマスさんは入管の問題に特段関心を持っていたわけではなく、入管施設を訪ねたのも、この時が初めてでした。

東日本入国管理センターにて
「庁舎内での写真撮影はできません」と記されている

アクリル板で隔てられた面会室。そのとき面会した外国人たちに、トーマスさんは衝撃を受けたといいます。

トーマス・アッシュ監督

「いろんな人に会った中で、病気になっている人もいましたし、うつ病になって自殺未遂をした人もいました。誰かが死んでもおかしくないと思いました。何かあったら、なかったことにされないように、強い使命感をもって、撮影を始めました」

さらに、面会の様子を知り合いの日本人に話したところ、思わぬ反応があったといいます。

トーマスさんの知り合いの反応

「どうせ刑務所でしょう」「みんな犯罪者でしょ」

入管に対する無理解や無関心。実際に収容されている中には、難民申請をして審査の結果を待っている人も多くいます。

「ルールを守ることで自分が加害者になることも」

トーマスさんは、正しく実態を知ってもらうためと、入管施設に何度も通い、会うたびに精神や肉体をむしばまれていく収容者たちの姿を小型カメラで記録し続けました。面会室での録画や録音が禁止されているなかでの”隠し撮り”でした。

“隠し撮り”という手法については、周囲から批判的な声があったといいます。入管を管轄する出入国在留管理庁も、NHKの取材に対し、「録音録画が禁止されていることを知りながら、あえて隠し撮りした行為は、いくら個人の信念に基づくとはいえ、許されることではないと考えている」としています。

トーマス・アッシュ監督

「批判の声は多かったです。もちろん私も、一般的にルールや法律は守るべきだと考えています。ただ、例えばアメリカには以前、『黒人はこの店に入ってはいけない』『黒人はこの席に座っていけない』という法律がありました。その法律は守るべきでしょうか?あるルールを守ることで、自分が加害者になってしまうかもしれない」

「私の話は真実です」 顔を出しての訴え

映画より

映画に出てくる外国人たちは、「自分たちの境遇や訴えを知って欲しい」と、撮影に協力してくれたといいます。

帰国すれば迫害される恐れがあるからと難民申請をしているものの、それが認められず、長期収容されていると訴える男性は…。

映画より『牛久』より

「成田空港で入国を拒否されました。空港で難民申請しましたが、それも拒否されました。 “証拠がない”と言われて。家が焼かれて、家族は住む家がもうありません。ある年の7月、弟が殺され、同じ日に家も焼かれました。弟は射殺されました。私の話は真実です。本当のことなんです」

顔を出しての訴えは、自分の身に起きたことが信じてもらえず、外とのつながりがほとんどない状況のなか、自分たちの存在を訴えるために決断したことでした。

「私は死んだが一番ほしい。この人生は いらないよ」

映画より

撮影の時点で総収容期間が2年半という若者は、みずから食事を拒否する「ハンガーストライキ」を行っていました。入管施設では、長期収容に抗議し、施設を一時的に出る「仮放免」を求めて、ハンガーストライキに訴える人もいます。

2019年、長崎県の入管施設ではこの抗議の果てに命を落とした人もいて、極めて危険な行為です。トーマスさんは何か口にするよう若者に勧めましたが、面会を重ねるにつれてどんどん弱っていったといいます。

(映画より)
「私は死んだが一番ほしい。この人生は いらないよ」
トーマス・アッシュ監督

「本当に、彼は死んでしまうと思った。でも止められないんです。彼にとって、ほかの方法は無かった。私にできることは、彼のことを心配している人間がここにいると伝えることと、そして、起きていることを証拠として残すことでした」

被収容者たちの“実像”を知ってほしい

都内の映画館にて「少しでもいい。入管にいる人たちのことを知って、それを誰かに伝えてください」と話した

2019年に入管の被収容者の取材を始めたトーマスさんですが、2020年、大きな変化がありました。新型コロナの感染拡大を受けて、法務省は感染対策として、被収容者たちを積極的に仮放免することを決定。トーマスさんが取材していた人たちは全員が仮放免され、現在、働くことを原則禁じられたまま、友人や知人のもとに身を寄せるなどしてここ日本社会で暮らしています。

ただ、こうした人の中には、長期の収容の中で重い精神疾患を抱えてしまった人や、ハンガーストライキを繰り返したことで体が弱ってしまった人もいます。新型コロナが今後収束すれば、いつまで仮放免が認められるかもわかりません。

こうした状況の中、2月以降、全国のミニシアターで上映が続いている映画。いまトーマスさんは、ほぼ毎日どこかの劇場に足を運び、映画を見た人たちに声をかけ続けています。被収容者たちの実像について、多くの人たちに知ってもらいたいのだといいます。

トーマス・アッシュ監督

「収容されている人が罪を犯した人であったとしても、それがどういう犯罪かを考えてほしいのです。たとえば「不法滞在」だといっても、彼らには帰れない理由があります。

また、仮放免中は働いてはいけないので、働いても犯罪になりますが、働かなければ、どうやって生活をすればいいのですか?そしてもっと言うと、たとえ犯罪者であっても、人権はあるでしょう、ということです。

彼らは誰かの息子であり、娘であり、兄弟であり父であり母であり、人間なんです。長期収容というものは、自分が食べたいものも、食べたい時間も、寝たい時間も、全然決められません。人間扱いされていないこと、人間として見られていないことに、彼らは絶望しているんです」

「入管の問題はあなたの国で起きている」

そして、入管の問題は、私たちのすぐそばで起きている問題であること。だからこそ、ひとりひとりが目を向けるべき問題であることを訴え続けています。

トーマス・アッシュ監督

「入管問題、難民問題は、遠い国の問題、外国人だけの問題なので、私たちは考えなくてもいいというふうに片付けようとしている人も中にはいると思います。ただ、この入管問題の根本には『自分と異なる人に対して、どういうふうに付き合っているか』
という問題があるんです。人種差別だけでなく、例えば体の不自由な方、女性に対しての偏見もそうです。だから、外国人への偏見を許してしまうと、いつかきっと自分の出番が来ます。苦しんでいる人たちはいます。あなたの国の中に。これでいいんですか。そういうことについて、一緒に考えたいのです」

取材後記

去年、名古屋の入管施設でウィシュマ・サンダマリさんが亡くなったことを受けて、出入国在留管理庁は、現在「職員の意識改革」や「医療体制の強化」「被収容者の健康状態を踏まえた仮放免判断の適正化」など、12の改善策を掲げ、改革に取り組んでいます。

それと同時に、私たちひとりひとりが入管について関心をもち、その姿を知ること。その上で、これからの入管のあるべき姿について、自分たちが考え、選択するという意識を持つことが大切だと感じました。

(報道局 社会番組部 中江文人)

みんなのコメント(1件)

感想
リン
40代 男性
2022年4月19日
私は実際収容されていたので、映画牛久が上映されたことは、監督のトーマスさんには感謝しています。入管職員の全員は悪いとは思いませんが、基本的の人権、ルールは刑務所以下です、とくに医療関係