財津和夫さん がん乗り越えた現在 コロナ禍のツアーで挑む新たな試み
「サボテンの花」「青春の影」などのヒット作で知られる音楽グループ「TULIP」のリーダーで、シンガーソングライターの財津和夫さん(74)。昭和から令和に至る約50年間にわたって音楽業界をけん引してきました。
2017年、「TULIP」の全国ツアー中に大腸がんが判明。復活を遂げたあとも、新型コロナウイルスの感染拡大により音楽活動を大幅に制限されました。
しかし、そんな中でもオンラインライブを開催し、自身初となるメッセージソングを披露するなど、コロナ禍で苦しむ人たちにエールを送り続けています。この春には、TULIPの50周年となる全国ツアーが始まる予定です。
70歳を超えた今も新たな挑戦を続ける財津さんに、どんな思いで音楽に向き合ってきたのか聞きました。
(2021年2月7日放送 ザ・ヒューマン「人生はひとつ でも一度じゃない~財津和夫~」をもとに、追加取材を行い作成)
新型コロナで大きな影響を受けた音楽活動
新型コロナウイルスの感染拡大は、財津和夫さんの活動にも大きな打撃を与えました。2020年に開催していたソロツアーは軒並み中止や延期となり、音楽活動は大きく制限されました。病気を乗り越え、まさにこれからというタイミングだったと財津さんは当時を振り返ります。
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財津和夫さん(以下、財津):
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「コンサートをしたいのはやまやまなんですけど、人が密集しちゃうんでね。リモート開催という方法もあるんでしょうけど、会場でアーティストと観客の一体感を肌で楽しむのがライブの魅力ですから。それにしても新曲を作ろうとか、気力のあるうちにコンサートをやっておこうとか思えるようになった矢先に、こんなパンデミックが起きるとは」
財津さんの音楽活動が止まってから半年。久しぶりに財津さんのもとを訪ねると、感染を恐れる言葉を口にしました。
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財津:
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「高齢ですからコロナは正直、怖いです。高齢者は感染すると重症化するケースが多いと聞いたので、それはそれは神経質に消毒していました。常にアルコールを持ち歩いて、手指を消毒。室内への持ち込み品にも消毒。ついには髪の毛まで消毒するようになりました。周囲が呆れるほど消毒しまくっているんですね」
第一線で活躍してきた財津さんも70歳を超え、年齢には勝てないのだろうか。そう思った矢先、こちらの心配を吹き飛ばすかのような言葉を口にしました。
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財津:
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「感染予防のために家に閉じこもっているうちに、この時間は自分を見つめ直すいい機会になると気づいたのです。体内にどっとアドレナリンが分泌され、『このままで終わっちゃだめだ、新しいチャレンジをしなきゃ』と思うようになってきた。語弊があるかもしれませんが、コロナ禍を体験することで元気になってしまったんです」
コロナ禍での新たなチャレンジ
新しいチャレンジ。それは自身初となるメッセージソングの発表でした。
2020年12月、スマホやSNSが苦手な財津さんがオンラインイベントを開催。新曲「人生はひとつ でも一度じゃない」を披露しました。歌詞の一節です。
幸せのことは 誰も教えてくれない
自分で探すのさ 好きなうた選ぶように
コロナ禍でも歌うことをやめなかった財津さん。新曲を発表する1か月前に行ったインタビューで、「財津さんにとって歌うこととは?」という質問を投げかけたことがありました。すると、「何か特別なことを言わせたいんでしょうけど」と前置きをした上で、以下のように答えてくれました。
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財津:
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「コロナであろうがなかろうが歌うしかない。僕の仕事は歌うことですから。なので、コロナの前と後で僕の中で何かが変わったわけではない。あくまでできることをしているだけのことなんです。それが僕の場合、歌ということです」
病気や体の衰えに向き合いながら、歌うことを続けていくという財津さんの決意表明。曲の最後はこんなフレーズで締めくくられます。
大丈夫さ 大丈夫さ うまくゆくから
前を向いたら そうさ今から
大丈夫さ 大丈夫さ すべてうまくゆく
人生はひとつ でも一度じゃない
オンラインライブでこの曲を初めて聴いた視聴者からは、「感動した」「元気をもらった」といった声が多く届きました。
明日への希望を見つけにくい時代に発表した初めてのメッセージソング。そこには、自分自身を励ますとともに、多くの人の背中を少しでも押したいという財津さんの思いが込められていました。
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財津:
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「コロナにしろ、何にしろ、あるがままに受け入れるしかない。大事なことは現実を受け入れたうえで、自分が何を選択し、何を為すかなんです。現状をありのままに認めることができる強さを持ちたいと願っています。弱い人間がたくましく生きるためにも、そういう覚悟をお腹の中に持つことは大切でしょう」
コロナ禍で挑む“ラストツアー”
そして2022年春。財津さんはTULIPの50周年記念全国ツアーを開催することを決めました。インタビューで語った「現実を受け入れたうえで、自分が何を選択し、何を為すか」。財津さんにとって、それは直接ファンの前で歌うことでした。
コロナ禍で苦境に立たされても、50年間ぶれることのなかった信念です。財津さんは今回のコンサートが、TULIPとして最後のツアーとなるという覚悟で挑もうとしています。
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財津:
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「自分が40周年の時より10歳も年上になって、もう最前線にはいられないぞという、それを強く強く思い始めたということですよね。ですから、もうここから先の谷を渡る橋はもうない。今まで渡れる橋をいっぱい渡ったけど、もう目の前の橋は無いというのが強く思います。ですから、じゃあ新しく橋を作っていこうというそんな余裕もないし、じゃあジャンプして飛べるかと言うともちろん無理だし。映画で言えばラストシーンの一個手前のシーンですよね。ラストシーンは僕なりにこの仕事が終わった後、描こうかなと思っていますけど、何も作ってはいないですけど、終わらないと作れないので。でもラストシーンの一個前であることは間違いないと思います。そういう心の準備はどこかでしているようです」