“教員不足”で病を押して教壇に立つ先生も…行き過ぎた指導の向こうにある学校現場の限界
「小中学校でスクールカウンセラーをしていますが、“ふだんは優しい同僚の先生たちが、どうしてひどい指導をしてしまうのだろう”と悩んでいます」
ことし7月に公開した記事「“指導死” 教師の指導の後に子どもが自殺…背景に何が?」のコメント欄に「わが子も先生からの指導のあと不登校になった」という書き込みが相次ぐ中、学校のスタッフとして指導のあり方に危機意識があるという声を寄せてくれた人がいました。
なぜ、先生の指導が逸脱してしまうときがあるのか?現場の声から考えていきます。
“目を疑う指導が目の前で…”あるスクールカウンセラーの訴え
SC(スクールカウンセラー)をしています。子どもたちが健やかに育つことを願ってSCになりました。これまで高校や中学で生徒に寄り添ってきましたが、教員の対応で不登校になったり死を考えたりした子どもたちに出会ってきました。今年から小学校に勤務し目を疑いました。全員の前で一人の児童を叱責、職員室で教員同士手のかかる児童を罵る等、悪びれることもなく日常的に行われていました。子どもたちは逆らえない逃げられないのです。管理職に訴えても教員を守ることが第一優先。
コメントを寄せてくれたのは、スクールカウンセラーとして小学校や中学校で勤務している武田さん(仮名)です。「苦しんでいる子どもたちを助けたい。個人の力では変えられない教育現場の現状を知ってほしい」と、匿名を条件に取材に応じてくれました。
これまで学習や家庭環境などに困難を抱える生徒が多く通う高校に勤めてきた武田さん。ことしから公立の小学校と中学校にスクールカウンセラーとして勤めるようになったものの、そこで目を疑う光景を目の当たりにしたといいます。
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武田さん(スクールカウンセラー)
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まさか、低学年の子どもたちが通う公立学校の先生の指導がこんなにひどいなんてと感じました。小学3年生の子に、女性の先生が“なんだてめえ、このやろう”とか、“こんなことも分からないのか!”とどなったり。2年生の男の子を廊下に立たせて“何やってんだ!”とか。まだまだ幼く、なぜ怒られているのか理解しきれない子どもたちは、固まってしまっています。先生の怒号に驚くと同時に、胸が痛くなりました。
なぜ逸脱した指導に?背景にある“余裕のなさ”
教員がこうした指導を行ってしまう背景として「学校現場の余裕のなさは間違いなくある」といいます。
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武田さん(スクールカウンセラー)
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実は、その先生は重い病気を患っていたことが、あとで分かりました。でも今の学校現場は“教員不足”で、病気の先生がいても代わりの先生が見つからない状況です。だからその先生は、せめて長期の休みに入るまで職務を果たそうと、体のつらさを押し殺してなんとか授業をしていたんです。
近年、学校現場で深刻化している“教員不足”。教員のなり手が減っており、病休や産休育休に入る教員の代わりが見つからず、欠員が発生したり教頭などが授業を代行したりするケースが増えています。
さらに、教員に求められることが増え続けていることも現場を圧迫しているといいます。
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武田さん(スクールカウンセラー)
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学習指導要領はやらないといけない内容が年々増えています。その指導方法は、県や市の教育委員会から指示があり、それを踏まえて現場でどう実践したらいいか先生たちは常に追い込まれているように見えます。それに加えて “地域と関わりなさい”など、さまざまな役割を学校や先生たちに求められます。発達障害の子どもも増えていて、そうした手のかかる子どもには丁寧な保護者対応も必要になります。
どれも必要で大切なことだと分かっています。でも、余裕がなくなってくると“大変なのに、なんで私の言うことを聞いてくれないの!”という気持ちで子どもをどなってしまう…そんなふうに見えるんです。先生も人間ですから。
こうした空気感を象徴しているという、あるエピソードを教えてくれました。
武田さんはある日、保護者から「教員の指導で娘が嫌な思いをした」という相談を受けます。女子生徒はいじめが原因で不登校気味になっていましたが、担任に教室にとどまるよう求められたことがつらかった、という内容でした。学校に対する謝罪の要求などはなく、「今後の指導を改善してほしい」との思いでした。
武田さんはその内容を伝えたところ、当初、指摘を受けた教員は「あの親はクレーマーだ、私はそんな指導はしていない」と否定していました。
武田さんから「よかれと思っていったことも、その子にとっては害だったかもしれない」と伝えたところ、教員は突然泣きだし「不登校をなくそうとする学校の方針の中で、私も苦しかった」と打ち明け始めたといいます。
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武田さん(スクールカウンセラー)
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当時の学校は、いちど不登校や別室登校になると教室に戻れなくなるから、なんとか引き止めようという方針だったんです。その教員は、子どもにとってはつらいと知りながらも、なんとか学校の方針を実現しようと必死だったんですね。
“誰かに相談しても良かったんじゃない?”と聞くと、“みんな忙しそうで気が引けた”と話してくれました。その教員自身も苦しんでいたんです。
国の調査でも「先生のこと」が不登校きっかけのトップに
長時間労働や教員不足など、教員を取り巻く環境は厳しさを増しています。
だからといって、子どもへの人権侵害に当たる言動は許されません。小中学生で29万9048人と過去最多を更新する不登校を改善するには、教員自身が指導のあり方と向き合う必要があると専門家は指摘します。
東京理科大学・教職教育センターで、日本生徒指導学会の会長の八並光俊教授。
八並教授が注目しているのは文部科学省が公表した令和2年度不登校児童生徒の実態調査の結果です。
不登校の小中学生、約2千人にアンケートをとったところ、学校に“最初に行きづらいと感じ始めたきっかけ”という設問で「先生のこと」が約30%(小学生)と、最も大きい割合を占めたのです。具体的には、先生と合わなかった、先生が怖かった、体罰があったなどです。
さらに、NPO法人「多様な学びプロジェクト」がことし10月から行っている、不登校の子どもの保護者向けアンケートでも、“不登校のきっかけ”に関する1位は「先生との関係(先生と合わなかった、先生が怖かったなど)」で33.5%、2位は「学校のシステムの問題(価値観が古い、時代に合わない、風土に合わないなど)」で26.2%でした。
(編集部注:n=777。10月13日時点の速報値)
アンケートには「先生がいつもピリピリしていて、どなる場面もあり、息子はおびえたり先生の理不尽な言動に怒ったりしていました(小6児童の母・小1から不登校)」「学校が忙しすぎる。分刻みのスケジュールで休み時間も着替えや移動に追われ、トイレに行くのがやっと。とにかく急がされるので子どもが疲弊している。先生が忙しすぎてその大変さが子どもにも伝わる(小5児童の母・小4から不登校)」といった声が寄せられました。
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東京理科大学・八並光俊教授
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不登校についての国の統計では、学校による申告制で、子どもの“無気力・不安”“友達関係”“生活リズムの乱れ”などが理由の上位を占めています。それに対して、これら調査は不登校の子どもや親といった当事者が回答しています。“先生のこと”が1番の理由として挙がったことは、非常に重い事実として教育現場は受け止めなければなりません。 子どもにとって先生は一番身近な大人であり、“生きたモデル”です。その人が暴言・体罰をしていたら、学校に行きたくないと思うのは当たり前です。不登校の未然防止では、先生の要因を無視できません。
文部科学省は毎年、児童生徒の自殺について、全国の教育委員会を通じて調査を行っていますが、今年度公表分の調査から、自殺した児童や生徒の状況の選択肢に「教職員による体罰、不適切指導」という項目を新たに設け、実態の把握に乗り出しています。
ことし10月に発表された調査結果では、昨年度自殺した小中高校生は、411人。そのうち「教職員による体罰、不適切指導」は2人でした。
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東京理科大学・八並光俊教授
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体罰は、学校教育法第11条で禁止されています。地方公務員法第33条の信用失墜行為の禁止にも該当し、懲戒免職などの行政上の責任だけでなく、暴行罪や傷害罪などの刑事上の責任、あるいは、損害賠償請求などの民事上の責任追及がなされます。また、体罰といえない暴言や行き過ぎた指導も、教育上不適切な指導であるため許されません。教員の違法行為や不適切な指導は、子どもの心に大きな傷を与え、将来にわたる恐怖や不安だけでなく、不登校や自死の原因となりえます。教員自身の言動に関するセルフチェックだけでなく、同僚と相互チェックを行うなど未然防止が大切になります。
教員の指導のあり方を見直す際に活用してほしいと訴えているのが、去年改訂された国の生徒指導の手引き「生徒指導提要(せいとしどうていよう)」です。八並教授はこの改訂に専門家会議の座長として関わりました。
生徒指導にいつ、どんな体制で臨めばいいのか。さらに「いじめ」や「虐待」「不登校」、「性自認」や「ネット社会への対応」など、現代の社会情勢を踏まえた具体的な対応策が、300ページにわたり記されています。
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東京理科大学・八並光俊教授
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現代の教員は、自分が子ども時代に経験していないことに対応しなければなりません。難しいことですが、だからこそペーパーレベルでの知識は必要不可欠です。 今回は、誰でもどこでもみられるよう、デジタルテキストとして仕上げました。教員だけでなく、広く一般の方にも読んで頂きたい。保護者にいじめや不登校についての知識があれば、この手引きを参考に学校に対応を相談することができます。
“先生たちが学べる環境作りを”
取材班に声を寄せてくれたスクールカウンセラーの武田さん。
教員自身が学びの時間を持ち、指導を改善する必要があることは理解するものの、疲弊する現場でどうすればそれを実践できるのか、簡単なことではないといいます。
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武田さん(スクールカウンセラー)
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先生たちは常に学んでいて、よりよい指導を実現したいと考えていますが、どうしてもいま“余裕”がありません。先生たちが「やりたい、やれる」と思える環境作りを、行政や政治家の方々には考えてもらいたいです。
先生たちの“余裕”を作るというのは、なにも業務を減らすだけが手段ではありません。例えば、先生たちはふだん「なんでこんなに頑張っているのに、子どもは分かってくれないのか」と感じることが多いようなんですが、そこに共感したり相談に応じたりするカウンセリングなどのサポートする場も有効だと思います。優しいことばがかけ合えるような職場にしていけるかどうかが、最終的には子どもが笑顔になれる学校作りにつながると思います。
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今回の取材のきっかけになった記事を読む☟
https://www.nhk.or.jp/minplus/0012/topic040.html/
ラジオで担当ディレクターが取材内容を報告しました☟
https://www.nhk.or.jp/radio/magazine/article/my-asa/myk20231127.html