「大人をなめるなよ」たった1度の指導で不登校に
「先生からの指導のあと、もう先生に会いたくないと、不登校が続きました。結局、家族で別の地域に引っ越して転校するしかありませんでした」
ことし7月に公開した記事「“指導死” 教師の指導の後に子どもが自殺…背景に何が?」には「わが子も先生の指導で不登校になった」という経験談がいくつも寄せられました。
声を寄せてくれた人たちを取材すると、たった1度の指導が不登校の引き金になってしまう実態もみえてきました。
不登校になった息子 転校のため家族で引っ越しも
中2の子供が不登校です。記事にある、不適切な指導に該当する指導を中1に受け翌日から行けなくなりました。自殺にこそ至りませんが、その可能性を頭に置いた時期がありました(40代・女性)
このメッセージを寄せてくれたのは、九州地方に暮らす40代の堀さん(仮名)。中学1年生だった息子は去年の秋、指導を受けた翌日から学校に行けなくなり、ことし別の地域の学校に転校するまで不登校が続きました。
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堀さん(中学生の息子が不登校)
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「子どもの不登校は、家族にとって一大事です。わが家は引っ越しまでして転校するしか、子どもの不登校を解決する手はありませんでした。私たちの場合、不登校の原因は先生の指導です。指導のしかたによっては、子どもはもちろん、家族の人生も変えてしまうことがあるのだと知ってほしいです」
堀さんの息子・Aくんが、不登校の引き金となった指導を受けるまでのいきさつです。
▼Aくんは中学1年生の夏休み明けから、クラスメートに「キモい」「足が太い」など陰口を言われるように。給食時にAくんにだけ配膳しないなどの嫌がらせも受ける。
▼Aくんは担任(20代男性)に相談するも「おまえが何かやったんじゃないか」と取り合ってもらえなかった。
▼クラスメートに対しAくんは、やり返すことばを投げかけるなど“仕返し”もしていた。
▼ある日、自分の行為は“いじめ”ではないかと心配したAくんは、友達に相談のメモを書く。しかしそれが担任に見つかり、「いじめをしているのか」と問われることに。
放課後の理科室で、3人の教員に囲まれて…
学校は、10年前に施行された「いじめ防止対策推進法」によって、いじめを認知した場合、速やかな調査や報告などの対応が求められています。
手紙に書いてある“いじめ”とは何か詳しく話すよう、放課後呼び出されたAくん。指定されたのは理科室。担任と学年主任、生徒指導担当ら3人の教員が待っていたといいます。
Aくんは、自分も嫌がらせを受けていたという経緯を伝えて事情を理解してもらいたいと考えていました。
しかし、説明しようとすると「ごまかすな、こっちは全部把握しているんだぞ」と言われ、取り合ってもらえず。次第に怒りを強めていった教員らは、持っていたペンを机にたたきつけたり「大人をなめるな」とどなったりしたといいます。
“息子さんを強く指導した。迎えに来て”
この日の夕方、両親の元へ学校から電話が入りました。Aくんを厳しく指導したため、学校まで迎えに来てほしいという内容でした。
何が起きたのか理解できず、戸惑いながら急ぎ学校に向かった堀さん。「いじめという事実があり、厳しく指導した」と告げられると同時に、「厳しく指導したから、学校側の説明と子どもさんの説明に食い違いがあるかもしれません」と伝えられたといいます。
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堀さん
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息子は帰り道、ずっと泣いていました。息子がいじめをしていたなら大変なことですが、先生から詳しい内容は教えてもらえず、何があったか分からない中でどう声をかけていいか分かりませんでした。
帰宅後、息子から事情を聞き“指導が一方的ではないか”と感じた堀さんは、担任に電話し事情を説明。すると翌日、Aくんとクラスメートが互いに謝る機会が設けられました。
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堀さん
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息子が一方的に嫌がらせをしていたわけじゃないことは分かってもらえましたが、だとすれば、事実確認も十分ではない中で、息子に対してまるでどう喝するような指導するのはおかしいのではないかと夫が申し出ました。管理職の先生は“そうですよね”と相づちしていましたが謝罪はなく、担任に至っては、こちらをずっとにらんでいたそうです。
指導の翌日から不登校に “先生に会いたくない”
この翌日から、Aくんは不登校になりました。親がいる場でも怒りを隠さない担任が怖く、「自分ひとりのときに何をされるか分からない。顔を合わせたくない」とかたくなでした。
それから半月後、校長から両親のもとに「今回は教員の指導で怖い思いをさせて申し訳なかった。学校に来るなら別室登校も対応する」という謝罪の電話が。その後Aくんは担任と話し合い、一方的だった指導について反省している様子を示されたそうです。
進級とともに担任も代わり、1度は学校に通うようになったAくん。ただ、数か月の不登校期間を経て交友関係が薄れ、居心地の悪さから再び不登校になりました。
結局、家族はAくんが学校に通えるよう、隣の市に引っ越すことにしました。現在は転校先で穏やかな学校生活を送っています。
Aくんの不登校期間は「先が見えなくて苦しかった」という母親。つらい過去を思い出したくないとしながらも今回取材に応じたのは、“先生が持つ影響力の強さを理解してほしい”という思いです。
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堀さん
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学校の先生は、いい意味でも悪い意味でも、影響力がとてもあります。それは子どもに対してだけではなく、不登校などが起きれば家族も生活が一変するからです。今回の息子の件で、たった1度の不適切な指導が、どれほど尾を引くか痛感させられました。学校側からは息子が学校に来られるようある程度のフォローはありましたが、どれだけ時間を巻き戻そうとしても、息子の心の傷は消えず、学校には行けませんでした。その重みを分かってほしいです。
“たった1度の指導で不登校”は、ほかにも
堀さんのほかにも、似たような経緯で不登校になった人もいました。
中1の息子が学校から帰宅後、何も喋らず、部屋に閉じこもり、表情は消えて、学校に行くことを拒否。私は何があったのか分からず、翌日担任に連絡したところ、学習状況や生活態度を強く指導したと。担任の指導の行き過ぎは校長がやっと認めましたが、いまだ息子は学校生活には戻れません。(50代・女性)
都内在住のこの家族も、中学1年生の息子が、ある日突然不登校になる経験をしました。直接の取材に応じてくれたのは50代の父親。
運動部に所属し、友達も多かったという息子の慎一くん(仮名)。一方で、英語のアルファベットや漢字の書き取りが苦手で、中学校でのテストの成績も悪く、2学期には学校側の勧めで「学習支援員」によるサポートを受けることになっていました。
しかし、支援が実現しないまま迎えた3学期のある日。朝は元気に学校へ通っていた息子が、ぐったりした様子で帰宅し、夕食もとらずに布団にもぐりこんでしまいました。
その日を境に、突然不登校になった慎一くん。なぜ学校に行きたくないのか理由を聞いても一切しゃべらず、家族は戸惑いながらも見守るしかありませんでした。一方、学校は「朝はちゃんと起きていますか」と連絡してきても、欠席が続いていることを尋ねてきたり、学校に戻れるよう働きかけたりすることはなかったといいます。
1か月後、ようやく担任と面談する機会を持つと、そこで初めて「冬休みの課題ができていないので“一緒にやろう”と居残り学習を提案したら、本人が帰ろうとしたため、ひとり教室に引き留めて少し強く指導した」と、不登校が始まる前日にあった指導について明かされました。
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慎一くんの父親
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彼には学習支援が必要だと、学校と保護者、本人も含めて共通認識だったはずでした。でも、その約束は果たされないまま、勉強のことで厳しく指導を受けたことに彼はショックを受けたようです。
“息子さんは、国の定義ではまだ不登校とは言えない”
さらに、学校に行けていない状況にサポートがないことについては「不登校は、文部科学省が年間の欠席30日以上と定義しているから、まだ息子さんは不登校とは言えない」と説明されたといいます。
その後、校長と面会し“指導は不適切だった”という認識を示され、「学校に来れば安心できるように対応する」と提案されましたが、慎一くんの学校への嫌悪感はぬぐえず、中学2年生になった現在も不登校が続いています。
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慎一くんの父親
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学校は、ひとりひとりの成長に合わせて学べる場であるのが理想だと思います。でも現実的には、先生は大勢を相手に教えなければならず、そこからこぼれ落ちてしまう子はいます。であれば、せめて、そんな学校教育についていけない子の存在を認めてほしいです。テストができない課題ができないと全否定されると、学校へは行きたくなくなってしまいます。
そして、今の学校はあまりにも不登校が“当たり前”になっていると感じます。“義務教育”を子どもに受けさせることは大人の責任であり、軽視していいことではありません。そのことに向き合う学校のエネルギーが枯渇していると感じます。
デリケートな問題こそ、慎重な事実確認が必要
今回の指導には、どのような課題があったか。
東京理科大学教授で日本生徒指導学会の会長を務める八並光俊さんは、1つ目のケースについて「正確な事実の特定ができていない」と指摘します。
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東京理科大学・八並光俊教授
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いじめなど背景が複雑な問題を解決するには、まずは正確な事実を把握する必要があります。そのとき、大事になるのは、先入観を持たずに相手に自由な回答を求める“オープンクエスチョン”です。“お前がやったんだろ”といった誘導的なきめつけ型のことばは禁句です。また、ペンをたたきつける、「大人をなめるな」という荒々しいどう喝的言動は、子どもに恐怖感を与え、不登校のきっかけとなりえます。“この言動は人権侵害にならないか”と顧みながら、子どもと向き合う必要があります。
八並教授が座長として関わり、国が去年改訂した最新の生徒指導の手引き「生徒指導提要(せいとしどうていよう)」の中では、生徒への聴取の具体的な方法を示しています。
1. 客観的事実の把握を目的とし、子ども自らの言葉で話してもらえるようにする。
2. 「司法面接」の技術を参考に、多人数で何回も聴取するのではなく、聴取担当者を限定し、極力少ない回数(可能な限り一回)で周到な準備のもと行う。
3. 「何があったのか、憶えていることを最初から最後まで全部話してください」 といった大括りの質問からはじめる。「○○だったよね」といった誘導質問は、正確な事実の聴取を妨げるだけでなく、子どもの反発心を招きやすくなるため避ける。
(生徒指導提要 第6章3節「少年非行への対応の基本」より抜粋)
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東京理科大学・八並光俊教授
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生徒指導に関しては、“具体的な指導内容”を保護者と情報共有することが、信頼関係や再発防止の基本となります。また、管理職への迅速かつ的確な報告も大切です。事後に校長が教員の指導が不適切だったと謝罪しても、子どもや保護者の信頼や安心感はとりもどせません。
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https://www.nhk.or.jp/minplus/0012/topic040.html
ラジオで担当ディレクターが取材内容を報告しました☟
https://www.nhk.or.jp/radio/magazine/article/my-asa/myk20231127.html