“指導死” 教師の指導の後に子どもが自殺…背景に何が?
指導死(しどうし)ということばをご存じでしょうか。
教員による不適切な指導がきっかけとなった子どもの自殺を、遺族や研究者が「指導死」と呼び、指導のあり方を考えてほしいと訴えています。
指導死ということばの裏に、何があるのか。
子どもの自殺が過去最多となる今、子どもの命を守るヒントを探して遺族を訪ねました。
(#学校教育を考えるディレクター 藤田 盛資/社会部記者 寺島 光海)
“きょうだい思いのお兄ちゃん” 中学1年の冬、突然の自殺
妹を優しい笑顔で見守る、加藤碧さん(13)。
3人きょうだいの長男で、“てきぱきとしっかりした感じではないけど、朗らかで親しみやすい雰囲気のお兄ちゃんだった”といいます。
宇宙に興味を持ち、勉強を頑張りたいとみずから選んだ私立の中学校に進学。
小学生から続けてきた水泳の練習にも打ち込み、毎朝7時には学校に通っていたそうです。
碧さんは2017年12月、中学1年生の冬にみずから命を絶ちました。
その日の朝もふだんと変わらない様子だったという碧さんの身に何が起きたのか。
父親の健三さん(51)にとって、あまりに突然の出来事でした。
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父親・加藤健三さん
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午後1時すぎ、妻から一本電話がかかってきて。碧から“今までありがとう”というLINEが入ってきたと。すぐ上司に伝えて会社を飛び出して。
息子のスマホには居場所確認のアプリを入れてたので、それを見て息子の方に向かっていきました。もう本当に、生きた心地がしないというか、いつも通勤する乗り換えの駅が、こんなに長く感じたことがなくて……。移動の最中、息子の居場所も移動し始めて、着いた先は警察署でした。
息子がビニールに包まれた状態で、ろうそくが立てられていて。そんなふうに知ったんで。本当に信じられなくて、朝さっき話したでしょって。朝話したのになんで、ということしか、その日は分かりませんでした。
年末年始は、そば屋を営む実家を家族みんなで手伝っていた加藤さん一家。
碧さんも楽しみにしていた家族行事は、かなわなくなりました。
見えてきた “不適切な指導”
なぜ息子は、みずから命を絶ったのか。当初、父親の健三さんは、学校や公的な機関が調査をしてくれると考えていました。
しかし、警察は、自殺であり事件性がないとして、その後の捜査は行われませんでした。行政も“私立の学校に対しては何もしない。報告を受けるのみだ”と取り合ってもらえなかったといいます。
健三さんは、少しでも当時の碧さんの気持ちを知りたいと、みずから調べ続けました。
遺品の定期券を頼りに当日の行動をたどったり、学校の友人から話を聞いたりして集めた資料は、分厚いファイル10冊分にのぼりました。
同時に、学校に対して、第三者による調査委員会の設置を要望しました。
弁護士らによる第三者委員会が設置されたのは、碧さんの死から約1年7か月後。
去年1月、報告書がまとめられました。
そこに書かれていたのは、亡くなる前日と当日の“指導”についてでした。
亡くなる前日の指導
亡くなる数日前、碧さんの所属する水泳部の顧問は、指導の一環として年賀状を送るようにと、顧問2人の自宅の住所を書いたメモを部員たちに渡していました。碧さんはそのメモを撮影し、クラスのLINEに投稿。
これを知った顧問は、個人情報の取り扱いを指導しようと碧さんを呼び出し、ほかに誰もいないプールの教官室で“とんでもないことをしてくれたな”と叱責するなど、約40分指導したとされます。
調査委員会は、投稿の意図は不明と結論づけていますが、「クラスの友人からも年賀状を出せるようにとの善意から、住所情報をLINEに流してしまった可能性が高いといいうる」としています。
調査委員会は「威圧的で一方的な指導」であったとしています。
亡くなる当日の指導
学校には、近隣のゲームセンターで両替機に忘れたお金がなくなり、学校の生徒が関わっていないか確認してほしいという電話が入っていました。
碧さんへの前日の指導の中で「両替機」という言葉を聞いたことを理由に、亡くなる当日、最初の教員が3~4分の聞き取りを実施し、数分後に別の教員が20分程度の聞き取りを行ったとされます。碧さんは関与を否定し続けたとされます。
調査委員会は、指導は「関与について強い予断をもって聴き取りを行っていることもまた問題であったといえる」とし、碧さんが「関与しているかどうかは確定できない」としています。
そして、指導の約20分後、碧さんは死を選びました。
調査委員会の報告書は、指導と碧さんの自殺との関係について、
「2日間の指導がAさんの自殺の大きな原因となっていることは動かしがたく、指導の不適切さと自殺との関連性は認められる」と結論づけています。
報告書の指摘について学校側に見解を問うと、「重大かつ真摯(しんし)に受け止めているところであり、再発防止に最大限努めております」などの回答が寄せられました。
学校側は、遺族に謝罪するとともに、具体的な再発防止策として、
(1) 生徒指導等における聴き取り方法についてのルールを明文化した規程を作成
(2) 報告書を利用して、外部講師を招いての学内研修を実施
(3) 生徒指導についての教員研修を定期的に実施
(4) 子どもの自殺や予防についての教員研修を定期的に実施
(5) 生徒のストレスチェック制度の導入
(6) カウンセラーによる「命の大切さを考える授業」の継続
など、6点を今後も継続していくとしています。
碧さんの死後も相次いでいる、教師の指導後に起きる子どもの自殺。
その報道に触れるたびに、父親の健三さんは“もっと息子の死の事実が知られていれば、防げる死があったのではないか”という思いが、胸を締めつけるといいます。
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父親の加藤健三さん
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私自身かつては、ことばの指導だけで人が死ぬなんてことがあるのかと疑問に思っていました。そして今でも、息子の報告書を見て、死ななきゃいけなかったのか?って思い続けています。でも、当事者になってしまった。
指導死は、家族にとって全く覚悟なく、突然に起きてしまう。息子の場合、指導を受けて約15分後に亡くなっていますが、指導が終わったときにはもう死を考えていたのかなと思います。家族にとっては寄り添う隙がなくて、今でもどうしたら助けられたのか、答えが見つからないんです。
先生たち、指導したことでまさか死ぬと思って指導している先生は、誰1人いないと思うんです。ただ、そういうことが実際にある。子どもを思って指導してくれているとは思うんですが、子どものための指導は紙一重だということを知っていただきたいです。
指導死は“平成元年以降に108件” 指導直後の自殺が57%という調査結果も
教師の指導のあとに起きる自殺は、どれほど起きているのか。
遺族などの声を受け、文部科学省は毎年行っている自殺に関する調査の選択肢の中に「教職員による体罰、不適切指導」を新たに設け、初めて実態の把握に乗り出すことになりました。
遺族と研究者でつくる団体では、こうした自殺を「指導死」と呼んで、独自に調べてきました。まだ公的な統計がない中、裁判記録や調査報告書を集め調べたところ、平成元年以降に指導死とみられる自殺が93件、未遂とみられるケースを含めると少なくとも108件起きていたことが分かりました。
その1件1件を分析すると、碧さんのように指導の直後(指導の当日や翌日)に自殺したケースは57%に上っていました。
「まさか息子以外にも、似たような形で命を失っている子どもがこんなにもいるなんて」。
そう語るのは、調査した団体の代表のひとり、大貫隆志さんです。
当時中学2年生だった息子の陵平さんは、学校でお菓子を友達からもらって食べたことをきっかけに1時間半にわたる指導を受け、さらに“学年の集会で全員の前で決意表明をするように”と伝えられたあと、みずから命を絶ちました。
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中学生の息子を亡くした遺族 大貫隆志さん
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陵平が通っていた中学校は、数年前まで廊下を自転車が走ってるような学校だったんです。だから1年生のうちにきつくルールを守るように指導する体制をとっていたわけです。
その厳しさの中で、「たとえお菓子、あめ1粒といえども見逃さない」ということを教員は言っていましたので、まさにそういう指導受けたんだろうなと思います。真面目な子どもほど自分が叱責を受けたことに対して反省してしまうわけですよね。
大人から見れば「そんなことで」ということを理由に命を絶ってしまう子どもがいる。これはもう自殺の研究の中で明らかになっていることなんですね。だから学校での生徒指導のあり方にも、そうした視点を取り入れるべきだと思うんです。
自殺のきっかけになりうる不適切な指導は、どうすればなくしていけるのか。
教育評論家の武田さち子さんは、学校現場への負担を減らすことから始める必要があると指摘します。
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教育評論家・武田さち子さん
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学校はいま厳しい労働環境で、先生も減っていて、先生たちの人権は守られてないと思うんですね。だから子どもの人権を守らなくていいなんてことでは全くないんですが、やはり自分の人権が守られてない人は、人権に対してどうしても感度が低くなると思います。先生が“もう学校行くのは嫌だ”と思っている中で、じゃあ子どもたちが笑って過ごせるような教室が作れるかっていったら、難しいと思うんですね。
そして、子どもが亡くなってから調べるのではなく、指導により子どもの心が非常に傷ついた、そのために学校に行けなくなったという段階できちんと調査してほしい。その段階で調査されていたら、防げたと思えるケースもあります。
国の生徒指導の手引きに“不適切指導”が明記 遺族の思い
「不適切な指導で子どもが苦しむという事実を広く知ってほしい」。
弟の死をきっかけに国や社会への働きかけを行った女性がいます。
「はるか」さん(29)です。
およそ10年前、当時高校1年生だった弟の悠太さん(16歳)が自ら命を絶ちました。
亡くなる前日の部活の顧問による不適切な指導などが原因だと裁判に訴え、確定した2審の判決では、顧問が自殺を予測することは困難で責任はないと判断されたものの、十分な事実確認をせず厳しく叱責したことは不適切だったと認定されました。
悠太さんが命を絶ったとき、はるかさんは高校を卒業したばかり。学校も弟の死を真摯に受け止めてくれるという期待感があったといいます。
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はるかさん
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当時、私自身いろいろな先生にお世話になって高校を卒業した直後でした。学校は、すべての生徒の命を大事な命として扱ってくれると信じていて、どうしたら弟を救えたのか、弟が亡くなってしまったことを私たちと同じように悲しいと思って動いてもらえると思っていましたが、現実はそうではありませんでした。自分が信じてきた社会が大きく崩れたように感じて、すごく怖いという感覚を抱いていました。
学校の先生の指導は正しいという前提が社会の中にあるのではないかと感じていますが、そうした指導の中にも、子どもを深く傷つけているものがあることを知ってほしいと思います。「不適切指導」ということばがなかなか浸透せず、子どもたちが苦しんでいる現状に対して、国は、向き合ってくれるだろうかという思いを私自身抱いていました。
こうした中、はるかさんは、国が、教員が生徒を指導する際の手引き「生徒指導提要」の見直しを進めているという動きを知ります。はるかさんは、弟が亡くなってから、この生徒指導提要を何度も読み込んでいました。
この中に、「不適切な指導」が明記されれば、現場の先生たちが、自らの指導のあり方について立ち止まって考えてもらうきっかけになるのではないか。
自ら、同じような経験を持つ遺族に声をかけ、新たな「生徒指導提要」に「不適切指導」について言及してもらうよう求める要望書を、おととし(2021)文部科学省に対して提出しました。
その後、文部科学省は有識者会議の議論を経て去年、12年ぶりに「生徒指導提要」を改訂し初めて「不適切な指導」に言及しました。
考えられる具体例として、
・大声で怒鳴る、ものを叩く・投げる等の威圧的、感情的な言動で指導する
・児童生徒の言い分を聞かず、事実確認が不十分なまま思い込みで指導する
・組織的な対応を全く考慮せず、独断で指導する
・殊更に児童生徒の面前で叱責するなど、児童生徒の尊厳やプライバシーを 損なうような指導を行う
・児童生徒が著しく不安感や圧迫感を感じる場所で指導する
・他の児童生徒に連帯責任を負わせることで、本人に必要以上の負担感や罪悪感を与える指導を行う
・指導後に教室に一人にする、一人で帰らせる、保護者に連絡しないなど、適切なフォローを行わない
といった項目を上げた上で、
「教職員による不適切な指導等が不登校や自殺のきっかけになる場合もある」という文言が加えられました。
はるかさんは、この内容を、より多くの人に知ってもらいたいと感じています。
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はるかさん
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今回の改訂で、文部科学省も子どもの命や気持ちを大切だと思ってくれているのかも知れないと感じました。
「不適切な指導がある」と明記され、具体例が挙げられたことで、指導に疑問があっても「自分が悪いことをしたから仕方ない」などと悩む子どもや保護者が救われるきっかけになるのではないかとも思います。
弟が亡くなってから10年がたち、自分も10歳年を取ると、弟が生きた16年間がどれだけ短い人生だったかを感じます。こんなに短い人生で死なないといけないほど追い詰められることが、当たり前であってほしくありません.
そのためにも、「生徒指導提要」の内容が幅広く現場に浸透していくことが重要だと感じています。弟と同じような思いをする子がこれ以上出ないよう、私も声を上げ続けていきたいです。
【相談窓口はこちら】
厚生労働省ではホームページでSNSや電話などの相談窓口を紹介しています。
SNSやチャットでの相談窓口です。
▽NPO法人「自殺対策支援センターライフリンク」が行う「生きづらびっと」LINE@yorisoi-chat
▽NPO法人「東京メンタルヘルス・スクエア」が行う「こころのほっとチャット」LINE@kokorohotchat
▽NPO法人「あなたのいばしょ」チャットhttps://talkme.jp※NHKのサイトを離れます
▽NPO法人「BONDプロジェクト」LINE@bondproject
▽NPO法人「チャイルドライン支援センター」が行う「チャイルドライン」https://childline.or.jp/index.html※NHKのサイトを離れます
主な電話での相談窓口です。
▽NPO法人「自殺対策支援センターライフリンク」が行う「#いのちSOS」0120-061-338
▽一般社団法人「社会的包摂サポートセンター」が行う「よりそいホットライン」0120-279-338※岩手・宮城・福島からは0120-279-226
▽一般社団法人「日本いのちの電話連盟」が行う「いのちの電話」0120-783-556
▽都道府県が実施している電話相談などに接続される「こころの健康相談統一ダイヤル」0570-064-556
このほか以下の子ども向けの相談窓口も紹介しています。
▽NPO法人「チャイルドライン支援センター」が行う「チャイルドライン」0120-99-7777
▽文部科学省が行う「24時間子供SOSダイヤル」0120-0‐78310
▽法務省が行う「子どもの人権110番」0120-007-110
これらを紹介しているURLは、「https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/」(NHKのサイトを離れます)で、「まもろうよこころ」でも検索できます。