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学校での事故を防ぐ 日本に必要なものは? 専門家と遺族の提言

死亡1614人、障害7115人―――この衝撃的な数字は、2005年度以降、学校管理下で命を落としたり障害を負ったりしたと記録されている子どもたちの数です。私たちは、今回、このデータの向こうで何が起っているのか、どうすれば事故を防ぐことができるのか、取材を続けてきました。

その際に道しるべとなってくれたのが、20年以上前からこのデータに注目し、学校事故を防ぐヒントを探ろうとしてきた専門家たちの存在。そして、子どもを失った悲しみの中でも、自力で事故を検証し、ひとつでも多くの教訓を導き出そうとしてきた遺族の存在でした。

現状、日本では、こうした子どもたちの事故を調査分析する専門の機関はありません。日本に何が必要なのか。長年にわたり事故をみつめてきた専門家、そして、遺族の「提言」をまとめました。

(NHKスペシャル「学校事故」取材班)

“コピペ事故”をなくせるのは「国」だけ ~研究者・内田良さん~

私たち取材班が学校事故の取材に携ったのは、2011年。中学校での武道必修化を目前にして、柔道での事故の多さが問題となっていたときでした。
過去に120人を超える子どもたちが柔道部の練習中に命を落としていたことがわかったのです。

このことを明らかにしたのは、ひとりの研究者でした。

名古屋大学の内田良さん。
研究室を訪れた時の驚きは忘れられません。事故の情報が書かれた手書きのカードの山。それが束にまとめられ、表紙には「柔道」「野球」「転落事故」などと書かれています。
このアナログなカードの山が、「埋もれていた事故」を明らかにしたのです。

名古屋大学教授 内田良さん
手書カードを持つ内田さん

内田さんがカードに書き写していたのが、日本スポーツ振興センターが持つ事故のデータでした。学校で起きた事故に対して医療費や見舞金などを給付する事業を運営し、その申請の際の情報の一部を公開しています。学年・性別などの属性の他に、事故の状況が数行程度記されています。そのわずかな記述を手がかりに分析をしてきたのです。

当初、柔道の死亡事故は他の競技に比べそれほど多くみえなかったといいます。しかし、競技ごとの生徒数で比較してみると、柔道で死亡事故が突出して多いことがわかったのです。

さらにみていくと、亡くなった120人の半数が「頭部外傷」で死亡していること、「中1・高1」の初心者に多いこと、そして、「大外刈り」で亡くなっている、という「共通項」がわかってきたのです。共通項がわかれば、打つべき対策もみえてきます。

取材の中で、内田さんが言った言葉を今もよく覚えています。
「僕がやったのは、足し算と割り算だけです。それを、国も、誰もやらなかっただけなんです」

名古屋大学教授 内田良さん

内田さんは、その後、組体操の事故、校舎からの転落事故、プールの飛び込み事故など、多くの学校事故のデータを分析してきました。
みえてきたのは、学校現場で、そっくりな事故=「コピペ事故」が起きていたことだったといいます。

データをみつめ続けてきた内田さんに、何がこれからの日本に必要なのか、聞きました。

名古屋大学教授 内田良さん

過去に学校で起きた事故を1件1件みていくと、本当にそっくりな“コピペ事故”が起きている。にもかかわらず、「不注意だったね」「不幸な事故だったね」で片付けられていく。共通点を拾い出して、対策を打つことをしていないから、同じような事故が繰り返されているんです。

重大事故はひとつの自治体でたくさん起きているわけではない。でも、日本全体をみれば、どこかで起きている。そのどこかで起きたものが、二度と他の地域で繰り返されないように、「国」が音頭をとってデータを集めて分析し、そこでわかったことを、全国の自治体に返していく。それは国だけしかできません。

事故の「共通項」をみつける分析は、学校や自治体単位では難しい。国こそが主導して行うべきで、「国だけができること」だといいます。

その後、教師の長時間労働についても研究をしてきた内田さん。「事故の調査や対策まで手がまわらない」「これ以上教師の負担を増やすのか」という現場の声も聞いてきました。

内田さんは、国が主導してデータを集めて分析し、再発防止策を示していくことは、事故を減らすとともに、教師の負担減にもつながると考えています。

名古屋大学教授 内田良さん

子どもがけがをして喜ぶ先生はいない。ところが、時間もなければ、その「手立て」もないのが、今の現場の状況です。情報がないので、学校現場はよくわらない中で安全対策を行わざるをえない。

だからこそ、国が動いて情報を集め、分析したものを現場に返して、「手立て」を用意することが必要です。そうすれば学校は、非常に効率よく子どもの安全を達成できる。

決して学校を責めるためにデータを集めるのではない、子どもの安全を守るための重要な道具であることが理解されるようになってほしいと思います。

【内田さんの提言】
国が音頭をとって事故データを集めて分析し、学校現場に返す
データに基づく再発防止策があれば、教師の負担減にもなる

「教訓」がなければ「再発防止」もない 多角的な調査を ~遺族・宮脇勝哉さん~

柔道事故の取材の中で、もうひとつ出会いがありました。被害者の裁判を担当している弁護士の事務所を訪ねたときに、「神戸で被害者のみなさんが集まる会があります。一度来てみませんか」と声をかけられたのです。

足を運んだ会場には、50人ほどの遺族や被害者が語り合う姿がありました。安全であるはずの学校で、これほど多くの子どもが命を落としていることに衝撃を受けました。一方で、会場には笑い声もあふれ、互いを支え合っていることが伝わってきました。
「全国学校事件・事故を語る会」と名付けられたこの会の世話人の1人が宮脇勝哉さんでした。

宮脇さんは、中学1年生だった息子・健斗さんを熱中症で失いました。
1999年当時、第三者調査委員会を立ち上げるような道筋はなく、様々な場所に相談をしてまわって、ようやくたどりついた市長直轄のオンブズパーソンの元で調査が実現しました。

多くの専門家が加わってくれた調査から、初めて、健斗さんが亡くなるまでの状況がみえてきました。ラグビー部の朝練で倒れた健斗さん。
倒れるまでに、足のしびれや意識障害など熱中症の様々な症状が出ていたこと、久しぶりの練習に危険があったこと、搬送されるまで座った状態で待たされたことが症状を悪化させた可能性があることなど、いくつもの科学的な教訓がみえてきたのです。

遺族の宮脇勝哉さん
亡くなった健斗くんが着ていたラガーシャツを手にする宮脇さん
宮脇勝哉さん

ようやく実現した調査で、初めて遺族の話に耳を傾けてもらえました。そして、弁護士、小児科医、社会福祉や教育学の研究者など、多くの専門家が関わってくれたことで、科学的かつ多面的に分析してもらったという実感を持つことができました。

その後、宮脇さんは、熱中症の科学的な知識が広がってほしいと文部科学省に提言、熱中症のパンフレットが作られました。
天気予報の中で熱中症の注意情報を流してほしいと放送局にも働きかけ、関西の民放が応じて、放送を始めました。いま、私たちがテレビでみる熱中症情報の裏には、ひとりの父親の思いがあったのです。

そんな宮脇さんの元には、「学校が事故を調査してくれない」という相談が多く寄せられてきました。私たちが取材していたときも、遺族自ら、生徒たちに話を聞いてまわり、「その録音を書き起こしながら泣いている」といった声が寄せられていました。

宮脇勝哉さん

宮脇さんたちは、「調査がされない」現状を変えてほしいと、文部科学省に対して、学校事故を調査する仕組みを作ってほしいと要望書も提出してきました。

2016年、文部科学省は「学校事故対応に関する指針」を出し、重大な事故が起きたとき、学校が基本調査を行うよう求めました。宮脇さんは、おおきな一歩だと感じています。しかし、指針に強制力はないため、いまも、多くの遺族から「調査をしてもらえない」という相談が寄せられています。

宮脇勝哉さん

この指針がもっと浸透してほしいです。指針を学校が知らず、遺族側が示してようやく調査が始まったケースもある。現在の指針では、公立学校と私立学校に求める対応にも違いがある。さらに、調査委員会が立ち上がっても、委員の経験不足によって十分な調査にならないという相談も寄せられている。

まずは、現場の教育関係者が指針をよく理解すること、被害者と対話をすること。また、学校や自治体が専門性をもった委員をみつけるのは大変なことから、国や都道府県が中心になって「専門家の人材バンク」を作っていくなど、指針を実のあるものにしていってほしいです。

【宮脇さんの提言】
文部科学省の指針が学校現場に浸透してほしい
調査実現のために、学校事故調査に必要な知識を持つ「専門家の人材バンク」を

「遺族が調査をお願いしなければならない」状況は終わりにしてほしい ~遺族・吉川優子さん~

保育中の事故で5歳の息子を失った吉川優子さん。「事故の自主検証をしました」という言葉に驚かされました。

その検証のビデオをみせてもらってさらに驚きました。多くの保護者が川の中に入り、岸と岩の距離を測ったり、時系列に沿って何が起きたかを調べたりしている姿がうつっていました。

2012年の夏、息子の慎之介くんは、お泊まり保育の水あそび中に、増水した川に流され亡くなりました。吉川さんは、何が起きたのか、どこに問題があったのか、市や県にも調査を求めましたが、私立幼稚園であるため「権限がない」として断られました。

吉川さんは、独自に調査を行うことを決意。後押ししてくれたのが仲間の保護者たちでした。検証当日には、園児やお泊まり保育の宿泊施設のスタッフ、地域の人たちまで協力してくれました。
検証の中で、子どもたちがライフジャケットや浮き輪をしていなかったこと、流された状況や救助の状況などがわかってきました。

しかし、その検証作業はとても苦しいものでもあったといいます。

水難事故の自主検証
保護者の協力を得て行った自主検証
吉川優子さん

なぜ、悲しみにくれる遺族が、何度も何度も「調査をしてほしい」とお願いしてまわらないといけないのか。自主調査をしながら、なぜ遺族がここまでしなければいけないのか、という思いが消えませんでした。そんな状況はもう終わりにしてほしいです。

遺族がお願いしなくても、あるいは、たとえ反対したとしても、調査が必ず行われる、そんな仕組みを作ってほしいと思います。

吉川さんは、その後、「子ども安全学会」を立ち上げ、被害者と専門家が、一緒に安全について学ぶ場も作りました。その中で、欧米には、子どもの死亡事故が起きたとき、死因を究明する「チャイルド・デス・レビュー(CDR)」という制度があることなども学び、専門家とも議論を重ねてきました。

2016年に文部科学省が出した指針については、吉川さんも大事な一歩だと受け止めています。
しかし、指針には、調査は「被害児童生徒等の保護者の意向も踏まえ、設置者が必要と判断したとき」行うと記されています。「保護者の意向」や「設置者の判断」により、調査されない事故もあることに疑問を感じています。

吉川さんが必要だと感じるのは、飛行機や鉄道などで重大事故が起きたときに調査を担う国の運輸安全委員会のような組織だといいます。
学校で死亡事故や重大事故が起きたとき、知識をもった専門家が、現場の学校に急行し、科学的な調査を行う。
願うのは、すべての子どもの死を検証して、二度と同じ事故を起こさない社会です。

吉川優子さん
吉川優子さん

遺族が何度も求めてようやく調査が実現したものの、開始が遅れたために、子どもたちや関係者の記憶が消えてしまっていたり、科学的な知識をもつ専門家がいないために、納得いく調査が行われなかったりした例を多く聞いてきました。
国の運輸安全委員会のように、事故が起きたら専門的知識をもった調査官が現場に急行して調査にあたる、そんな仕組みをぜひ作ってほしいです。
ひとりの子どもの死を社会全体の問題として、きちんと調査し、最大限の教訓を引き出し、再発防止につなげる。そんな仕組みができることを願っています。

【吉川さんの提言】
学校事故で亡くなったすべての子どもの死の調査を
そのためにも運輸安全委員会のような組織を学校教育の分野に作ってほしい

国は専門機関の設置を そのモデルもルートもすでにある ~医師・山中龍宏さん~

子どもの事故について積極的な発信をしている小児科医の山中龍宏さん。
クリニックを取材で訪れた際、最後にみせてくれたのは、小さなおもちゃ。このおもちゃを飲み込んだ子どもを救えなかったと教えてくれました。そっと引き出しの中にしまう姿に、山中さんの怒りや決意が伝わってきました。

山中さんは、日本スポーツ振興センターと共同で研究を行い、年間100万件を超える非公開の事故データを分析。ゴールポスト転倒による死亡事故、ムカデ競走の負傷事故など多くの事故について問題提起を行ってきました。

その中で、日本スポーツ振興センターのデータは、日本の学校管理下での事故をほぼ網羅しており、活用すれば、事故予防につなげられる大きな可能性を感じてきました。一方で、事故の記述は、学校側が医療費や見舞金の申請のために書いたもの。書き方もバラバラで検証に必要な情報が十分に得られないジレンマも感じてきました。
まずは、この日本スポーツ振興センターのデータの項目や中身を充実させ、国をあげて活用することが、事故防止の近道だと考えています。

小児科医 山中龍宏医師
小児科医 山中龍宏医師

日本スポーツ振興センターの災害共済給付のデータは貴重なデータです。これを十分に活用して分析を行えば、必ず子どもたちの事故を防ぐことができる。

情報収集の項目を増やしてブラッシュアップする必要があると思います。もし、それがうまくいけば、非常にすばらしい予防のシステムになると思います。

しかし、その調査・分析を実際に機能させるためには、現在のように限られた研究者が関わるだけでは限界があると感じています。国が主導して専門の機関を作り、科学的に分析を行う必要があると指摘します。

目指すべき形のヒントは、すでにある。それは、交通事故防止のために日本が作り上げてきた仕組みだといいます。

小児科医 山中龍宏医師

交通事故については、警察官が事故現場でデータを集め、それを交通事故総合分析センターが専門に分析を行っています。その分析に沿って対策をとり、翌年、効果がどれくらいあったかをチェックしています。
学校現場でも同じことをやるべきだと思います。交通事故総合分析センターに対応する、「学校事故総合分析センター」を国レベルで設置すべきだと思います。そして、そのデータを様々な職種の専門家が分析できるように公開する、そういうシステムを作ってほしいと思います。
早急にシステムをつくらないと、予防につながらないのではないでしょうか。

【山中さんの提言】
日本スポーツ振興センターの事故データを充実させ活用する
国の専門調査機関「学校事故総合分析センター」を設置する

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みんなのコメント(4件)

質問
虐めサバイバー
40代 男性
2024年4月21日
これは虐めと同じ構図だと思いました。虐めも「いじめ自殺」と聞いても「どのいじめ自殺?」となるくらい同じような経緯で子供が死んでいる。遺族が「二度とこのようなことがないように」と言うのも一緒。二度とどころか何十年も同じことが続いている。これはやはり仕組みに問題がある。
提言
まりりんママ
50代 女性
2024年2月11日
元裁判官で今は弁護士をしています。学校を舞台にした様々な事件をジャッジしたり(裁判官時代)、児童生徒・保護者の思いを学校に伝える仕事を繰返すうち、悲劇としか言いようがない事件が日本各地で全然減っていない現状に危機感をもち、学校の先生方に対し法律家の視点から学校が負うべき安全配慮義務の意味や責任について裁判例をもとに研修や講演を続けています。私も2人の子ども(息子と娘)の母親として学校や先生たちのリアルな言動にガッカリした経験多数です。マナ様は今後どうしたらよいだろうかとお悩みのようですが、はっきり言って今の日本では市教委に調査を依頼しても、おそらくマナ様が望むような内容・程度の調査は絶望的に無理だと思われます。時効(タイムリミット)の問題もありますので先ずは学校事故に詳しい弁護士に相談されることをお勧めします。ちなみに私は法律に則った対応を学校にして欲しくて今はスクールロイヤーもしています
悩み
マナ
40代 女性
2024年1月6日
中1の娘が2学期が始まってすぐの8月後半に、学校体育事故で重度骨折になり大学病院で手術入院しました。(※体育館で体育館シューズを履き、※助走をつけて走り幅跳びをやるように体育教員が指示し、エアーマットの上に着地した際に負傷。※娘は1番最初に跳びました。)入院期間は約3ヶ月で、診断名は脛骨粗面骨折です。現在は退院しリハビリに通っています。今後長期休み中に抜釘手術予定です。なぜこのような重大事故になったのか、学校側の安全配慮に疑問があり、学校と話し合いましたが、教職員の復学後の娘に対する差別的態度や、不誠実な対応、基本調査入手後の記載に不確実なことがあり、市教委に事故の詳細調査を要望しましたが、市教委は、学校側と保護者側の意見を聞き、中立の立場として対応する。との返答で詳細調査移行について濁されている状態です。今後どのように保護者として動けばいいのか悩み、投稿しました。
感想
松岡あつし
30代 男性
2023年5月7日
東京都小平市で議員を務めています。また、こどもの事故予防議員連盟のメンバーです。
率直にこの特集番組は議員全員見た方が良いと思いました。
子どもの事故に新しいものははない。どこかで起きたものの繰り返しである。繰り返しは防がなければならないし繰り返し起きるのであれば仕組みやシステムで防がなければならないと思いました。

番組の中で提示された課題について早速学校関係者や議員メンバーと議論しました。
①教職員に事故対応が委ねられている
教職員への負担が大きい、専門的知見が不足している??小平市は学校が月に一回点検している。
ただ、遊具などの点検は必要に応じて市教育委員会がやっています。全国で事故があったときだけ。
②情報共有新情報発信を市内全体にすることぎ難しい。国と自治体の関係性国は学校に直接連絡する仕組みがない。
▶管理者は市教育委員会。学校は国から来ても問題ないかを確認。