大腸がんの最新治療薬 遺伝子型で薬を選択

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薬物治療の目的は、主に2つあります。1つは手術の前に抗がん剤を使って、がんを小さくして、手術でがんを取りやすくしたり、手術後にがんの再発を防ぐなど、治癒の確率を上げること。
もう1つは、手術による治療が難しい場合や再発した大腸がんに対して、がんを縮小させたり進行スピードを抑え、延命することです。最近では、新しい薬の開発や分子生物学の研究などが進み、治療成績が着実に上がってきています。
「手術」と「薬物治療」の違いは、基本的には手術は局所のがんを取る方法、薬は全身のがんを縮小し抑えていく方法という違いです。別の視点で言うと、時間軸が大きく違います。手術はいわば「点の治療」。手術を乗り切れば治癒する可能性が高いのに比べて、薬物治療は、最低でも3か月〜6か月と気長に付き合っていかなければいけない治療です。薬物治療においては、その時間をどう過ごしていくかが大切です。

薬物治療の進化とは?

まず一つが薬の種類が増えてきたことです。30年ほど前は、薬は2種類しかありませんでしたが、今では17種類にもなっています。それだけ治療の選択肢が増えました。
さらに、副作用の少ない薬も増えてきています。これまでの抗がん剤は、がん細胞だけでなく正常な細胞も攻撃してしまうので、吐き気やしびれ、脱毛などの副作用が出ることが多かったのですが、最近では「分子標的薬」が治療の柱の一つになっています。「分子標的薬」は、がんの発生や増殖に関わる遺伝子やたんぱく質を標的にして攻撃するので、正常な細胞のダメージが少なく、副作用も少なくて済むことが期待されています。
さらに、患者さんのがんの遺伝子を調べ、それに合った分子標的薬を使えば、大きな効果が期待できます。最近では、内視鏡検査や手術で取ったがん細胞を使って遺伝子検査を行い、がんに特有な遺伝子変異があるかどうかを調べることができます。

どんな遺伝子変異を調べる?

どの分子標的薬を使うか判断するための代表的な目印になるのが、「RAS(ラス)」「BRAF(ビーラフ)」という遺伝子変異の有無です。RAS(ラス)という遺伝子の変異は、全体の約50%の人に見つかり、BRAF(ビーラフ)という遺伝子の変異は約5%の人に見つかります。

RASまたはBRAF遺伝子の変異が陽性の場合

適切だとわかっているのが「血管新生阻害薬」です。がんは、まわりに新しい血管(新生血管)をつくって栄養や酸素を取り込むことによって増殖します。この新しい血管がつくられるのを阻害するのが「血管新生阻害薬」です。がんが栄養や酸素を取り込めないようにして、がんを縮小させたり抑えたりする働きがあります。

血管新生阻害薬
血管新生阻害薬の仕組み

RASやBRAFの遺伝子変異がない人の場合

大腸がんのできた場所が大腸の右側か左側かで治療法が変わります。
大腸の右側にがんができた場合は、RAS・BRAFの変異に関係なく「血管新生阻害薬」を使用します。それに対して、大腸の左側にがんができた場合は、RAS・BRAFの変異がなければ「抗EGFR抗体薬」を使用します。EGFRというのはがん細胞の表面にある受容体で、この受容体に細胞を増殖させるたんぱく質がくっつくと、がんが増殖してしまいます。抗EGFR抗体薬は、この受容体にくっつくことで、がんの増殖を防ぐ働きがあります。この薬には従来の抗がん剤を併せて使います。

抗EGFR抗体薬
抗EGFR抗体薬

目印になる遺伝子変異は、RASとBRAFのみではありません。2022年版の治療ガイドラインでは、新たに「MSI(マイクロサテライト不安定性)」という遺伝子検査が加わりました。

MSIが陽性の場合

免疫細胞には攻撃をストップするスイッチがある
免疫チェックポイント阻害薬

「免疫チェックポイント阻害薬」という薬に効果があることが分かっています。
健康な状態では、私たちの免疫細胞ががん細胞を攻撃するため、がんは成長できません。しかし免疫細胞には、攻撃をストップするスイッチのようなものがあって、がん細胞があるシグナルによってこのスイッチを押すと、がんへの攻撃が止まってしまいます。「免疫チェックポイント阻害薬」は、がん細胞がこのスイッチを押すのを邪魔する働きをします。すると免疫細胞ががん細胞を攻撃してくれるのです。

免疫細胞ががん細胞を攻撃してくれる

MSI検査が陽性の患者さんは、5%ほどと言われています。たった5%と思われるかもしれませんが、こういう数字を積み上げることで効果的な薬を使える人が増えていきます。これからも、別の遺伝子変異を標的にする新しい薬が次々に現れることが期待されています。
実は、治療に結びつく可能性のある遺伝子変異自体は、もっとたくさんあり、そのそれぞれの変異に対応した薬を世界中で開発しています。最近では多数の遺伝子変異を同時に調べる「がん遺伝子パネル検査」という方法もあり、調べることのできる範囲も広がってきています。

最近の抗がん剤治療とは?

薬によるがんの治療というと、長期間入院しなくてはならないと想像する方もいるかもしれませんが、最近では、必ずしもそんなことはありません。薬のほとんどは、のみ薬と点滴薬で、病院で長時間点滴を打つのではなく、自宅で普通の生活をしながら治療を行うこともできるようになってきました。
例えば2週間に1回、46時間続ける点滴がありますが、この場合、点滴をしながら仕事や家事もすることができます。(ただし、激しいスポーツや入浴は避ける必要があります)
この点滴を行うには、まず、簡単な手術を受ける必要があります。心臓近くの太い静脈に、点滴用のカテーテルを入れて、ポートと呼ばれる点滴針の挿入口を皮膚に埋め込みます。
ポートは胸の鎖骨の下に埋め込むことが多く、このポートに針を刺して点滴をします。

点滴のための手術

患者さんは、決められた受診日に医療機関で点滴の針をポートに刺してもらい、あとは自宅や会社などに戻って普段通りの生活ができます。点滴は携帯用ポンプから少しずつ行われ、ポンプが空になれば自分で針を外すことが出来ます。

がんの薬は、副作用がつらいというイメージをもっている人が多いようです。確かに副作用をゼロにすることはできませんが、副作用の少ない薬が増えている上に、副作用を抑える薬も多く出てきています。治療を受けている患者さんの中には、治療中にハワイにサーフィンに行ったり、富士山に登った人もいるほどです。手術ができなかったとしても、抗がん剤を上手く使いながら、普通の生活をすることも可能になってきています。抗がん剤治療に関しての不安は、しっかりと医療スタッフに聞いて進めましょう。

抗がん剤を使用する上で大切なこと

抗がん剤治療をしながら生活していく上で、大切なのが気持ちの持ち方です。
薬物治療を受ける患者さんの中には、「職場に迷惑がかかるから」と仕事をやめてしまったり、「もう趣味など続けられない」と好きだったことをあきらめる人がいますが、自分の好きなことや生きがいであることをやめることは勧められません。生活の中に楽しみをもつことも大切なことです。精神的なダメージが強いほど、副作用を強く感じるという事例も多いといいます。

もし、抗がん剤治療を受ける中で精神的に不安定になってしまった場合、病院によっては“腫瘍精神科(精神腫瘍科)”という専門があるので、そこを受診するとよいでしょう。がんとうまくつき合うために、カウンセリングを受けたり、治療法について相談したり、生活するためのアドバイスを受けることができます。患者さんだけでなくご家族も相談することができます。一人で不安を抱え込まずに、このようなところを利用することも気持ちの支えになります。

詳しい内容は、きょうの健康テキスト 2023年4月 号に掲載されています。

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