前頭側頭型認知症 以前とは人が変わった行動や失語が起きる

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脳の「前頭葉」や「側頭葉」が萎縮する認知症

前頭葉と側頭葉

脳の「前頭葉」や「側頭葉」が萎縮することで起こる認知症が、前頭側頭型認知症です。はっきりした原因はわかっていませんが、前頭葉や側頭葉で異常なたんぱく質が増え、脳の神経細胞が徐々に壊されて、脳に部分的な萎縮が生じることで起こります。
国内の患者数は、推定12,000人ほどで、認知症全体でみると割合は大きくはありませんが、65歳未満で起こる若年性認知症のなかではアルツハイマー型認知症、血管性認知症に次いで多いとされています。国内の平均発症年齢は55歳で、約9割は70歳未満で発症します。

前頭側頭型認知症は認知症を疑わないケースが多い

前頭側頭型認知症は、記憶障害があまり目立たず、まだ若いため、本人も周りの人も全く認知症を疑わないケースが多くあります。
実は、前頭側頭型認知症の症状にははっきりとした特徴があります。その特徴・症状は、前頭葉が萎縮した場合と側頭葉が萎縮した場合で異なります。

「前頭葉の萎縮」で以前とは人が変わったAさん

まずは前頭葉が萎縮した場合です。どんな特徴的な症状が現れるのか、ある人のケースを見てみましょう。

働き盛りのAさん

50代のAさんは働き盛りです。ところが、ある時期から変わった行動をするようになりました。

前頭葉が萎縮したAさんの場合、お菓子を大量に買う

毎日午後2時になると、コンビニに行って同じお菓子を大量に買うようになったのです。

前頭葉が萎縮したAさんの場合、買ったお菓子を全部食べる

職場で仕事中もお構いなしで、買ってきたお菓子を全部食べてしまいます。

ジャージ姿で出勤、隣の机に広げておく

以前はスーツで出勤していましたが、ジャージ姿で出勤するようになり、隣の同僚の机の上に何も言わずに自分のものを広げて置くようになりました。

会議中に突然何も言わずに立ち去さる

会議中に、突然何も言わずに立ち去って戻ってこないこともあります。

周りから人が変わったみたいだと思われるAさん

見かねた上司が注意するのですが、Aさんはいつも怒ってしまいます。周りからは以前とは人が変わったようだとうわさされています。

仕事以外でも見れれたAさんの行動変化

行動の変化は、仕事のとき以外にもみられます。あるとき警察から「Aさんがスーパーで万引きした」と連絡があり、妻がかけつけたところ、「今回が初めてじゃない」と言われました。妻も、人が変わったようなAさんに困っています。
Aさんは、前頭葉が萎縮するタイプの前頭側頭型認知症になっていたのです。

前頭葉の萎縮で起こる「行動異常型」

前頭葉が萎縮するタイプを、「行動異常型」前頭側頭型認知症といいます。ポイントは、Aさんのように、以前とは人が変わってきた、以前とは振る舞いが変わってきたということです。本来、人にはさまざまな個性がありますので、ユニークな人柄や行動があるからといって、必ずしもこの認知症を疑う必要はありません。

前頭葉の主な働き

前頭葉の主な働きには、「本能的な衝動を抑えて理性的な行動をする」「人の気持ちを推し量る」「物事に興味や関心を持ち続ける」などがあります。

前頭葉が委縮した脳のイラスト図

前頭葉が萎縮するとこれらの働きが低下し、さまざまな「行動異常」が現れます。
欲求を抑えられなくなるため、スーパーなどで目の前に欲しい物があると勝手に持っていってしまうなどの行動がみられます。本人には全く悪気はないのですが、社会的には万引きとなります。
人の気持ちを推し量ることができなくなるため、人に対し無遠慮な行動をとるようになります。また、人の悲しみや苦しみが理解できなくなるため、たとえば、インフルエンザの高熱で苦しんでいる妻に対して、平然と定時に夕食を要求したりします。
物事への興味や関心が続かないため、会議など周囲の状況に関わらず立ち去ったり、自分の格好に無頓着になったりします。

行動異常型の「常同行動」や「食事面の変化」

行動異常型の人は、毎日同じ時間に同じ行動を繰り返し、それに固執するという「常同行動」も大きな特徴です。前頭葉が正常に働いていると、周りの状況などに応じて臨機応変に自分の行動を変えていくことができますが、前頭葉の働きが低下しているとそれが難しくなるため、常同行動が現れます。
常同行動は特に食事面で起こりやすく、毎日同じお菓子を食べたり、同じ銘柄の菓子パンにこだわるなどの行動がみられます。味覚の変化も生じやすく、甘い物や味付けの濃い物を好むようになります。また、目の前にある食べ物を全部食べるなど、食べ過ぎを繰り返すことも多くあります。そのため、肥満や生活習慣病を発症し悪化させやすいことも大きな問題です。
行動異常型の人は、食事面に限らず、さまざまな行動をパターン化したがります。そのため、行動を止めようとすると、怒ってしまうことがよくあります。こうしたことが繰り返されるため、人間関係にも影響しやすくなります。

車の運転は厳禁

車の運転は厳禁

行動異常型の人は、周りの状況や社会的ルールに配慮せずに、衝動的に行動しやすいため「信号や道路標識を気にしない」「車間距離を気にしない」「脇見運転をする」などがみられます。

前頭側頭型認知症がある人が運転したときの交通事故や重大な交通違反を起こした割合

前頭側頭型認知症の患者さんの約75%が交通事故や重大な交通違反を起こしたという報告もあります。この認知症と診断されたら、直ちに車の運転を中止する必要があります。

「側頭葉の萎縮」で起こる「意味性認知症」

意味性認知症

側頭葉が萎縮すると、知っているはずの言葉の意味がわからなくなる「語義失語」という症状が現れます。このことから、「意味性認知症」とも呼ばれます。初期から現れやすいのが、知っているはずなのに、ふだんあまり使わない言葉の意味がわからなくなる症状です。

意味性認知症の症状

たとえば、「利き手」という言葉について聞くと、「ききてってなんですか?」などと返したりします。
ほかにも、1文字では読める漢字でも、組み合わせて特別な読み方の熟語になると正確に読めなくなることがあります。

熟語になると正確に読めなくなる

たとえば、団子を「だんし」、海老を「かいろう」、八百屋を「はっぴゃくや」と読んだりします。
こうした失語が進行していくため、次第に人とのコミュニケーションが難しくなっていきます。なお、意味性認知症も、認知症が進むと行動異常型のような行動面の異常も目立つようになります。

受診してもほかの病気と診断されやすい

「行動異常型」の人は、マイペースで、周囲の人が困っていることを気にしていないことが多く、困った家族や同僚などに受診を促されても、拒否することがよくあります。長い期間を経て、ようやくかかりつけ医や精神科を受診することが一般的です。
ところが、この病気に詳しい医師はまだまだ少ないため、違う病気と診断されることが多くあります。落ち着きのなさや気ままに見える行動から、活動的すぎる“躁(そう)病”と診断されたり、この病気は進行すると口数が減り、やる気を失ったようにみえることから、“うつ病”と診断されたりして、正確な診断を受けるまでにさらに数年かかってしまうことも少なくありません。
一方、「意味性認知症」の人は、失語があることを自覚し不安に感じていることがほとんどです。そのため、比較的早い段階で受診に結びつくこともあります。ただし実際は、患者さんも家族も、言葉が出てこないことを「物忘れ」ととらえていることが多く、診察でも物忘れを訴えます。その結果、しばしばアルツハイマー型認知症と間違って診断されることがあります。本当は前頭側頭型認知症なのにアルツハイマー型認知症の薬を使うと、効果がないばかりか、悪化してしまうこともあります。

認知症専門病院や専門医を受診

以前とは人が変わったような行動を繰り返すようになった場合は、まだ40~60代と若くても、「行動異常型」の前頭側頭型認知症を疑い、早めに、地域の拠点である「認知症疾患医療センター」に指定されている医療機関、あるいは、日本老年精神医学会や日本認知症学会が認定している専門医を受診することがすすめられます。これらの学会のホームページに専門医の一覧があります。
知っているはずの言葉が出てこない、読めるはずの熟語が読めないといった症状がある場合、「意味性認知症」を疑って、やはり認知症疾患医療センターや、認知症専門医への受診がすすめられます。また、こうした症状があり、すでにアルツハイマー型認知症の治療を受けている人も、まったく改善がみられない場合は、意味性認知症を疑って専門医にセカンドオピニオンを求めることがすすめられます。

専門医による診察

専門医による診察では、患者さんの態度の観察や、家族など身近な人から日頃の行動を聞き取ることで、「行動異常型」の可能性をチェックします。「意味性認知症」については、「利き手」の意味を尋ねたり、「団子」などの熟語が正しく読めるかなどを確認したりします。
その結果、「前頭側頭型認知症の疑いがある」と判断された場合、脳の画像検査が行われます。まず行われるのが、MRI検査やCT検査です。

前頭葉と側頭葉が委縮している脳のMRI

左は「行動異常型」の人の脳のMRIです。画像の上のほうで脳と頭蓋骨との間に黒い隙間があるのがわかります。これは、前頭葉の萎縮を示しています。右は「意味性認知症」の人の脳のMRIです。画像では左右が逆に写るので、画像の右側に見える左の側頭葉が縮んで黒い隙間があることがわかります。
ただし、なかには脳の萎縮があまり目立たないケースもあるので、MRI検査やCT検査だけで診断を確定することはありません。脳の萎縮が目立たない場合は、SPECT(スペクト)という脳の血流を調べる検査などが行われる場合もあります。

脳のSPECT画像

こちらの脳のSPECT画像では、赤や黄色など色がついている箇所は、血流の低下を示しています。左の画像では前頭葉で血流が低下しており、典型的な行動異常型 前頭側頭型認知症の血流低下のパターンです。右の画像では側頭葉で血流が低下しており、典型的な意味性認知症の血流低下のパターンです。
こうした脳の画像検査と、患者さんの診察や家族などからの情報を総合的に判断して、前頭側頭型認知症の確定診断が行われます。

対策の第一歩 周りの人に病気を理解してもらう

「行動異常型」で周りの人が困ってしまう行動を繰り返していたAさんですが、その後、専門医を受診し、前頭側頭型認知症と診断されました。専門医の協力を得ながら、まず始めた対策は「周りの人に病気を理解してもらうこと」でした。

周りの人に病気を理解してもらうことが対策の第一歩

Aさん本人と家族から許可を得たうえで、専門医から会社に病気の特徴を伝え、勤務内容を配慮してもらえることになりました。

会社の同僚にも理解してもらえたことで職場でのトラブルもなくなった

また、会社の同僚に病気のことを理解してもらえたことで、職場でのトラブルもなくなりました。

Aさんが万引きを繰り返していたスーパーへの対策

Aさんが万引きを繰り返していたスーパーには、妻が事情を説明し、取ってきた商品の代金を後日妻が支払うと決めたことで解決することができました。
このように、周囲の人たちに病気について理解してもらうことで、トラブルを減らすことができます。そのためには、専門医のアドバイスを受けながら対策することが大切です。
前頭側頭型認知症は、初期のころは記憶障害が目立ちません。また、道に迷ったり、ほかの認知症にみられる妄想や幻覚が生じたりすることは少ないので、職場の理解が得られれば、発症から数年間は仕事を続けられることもあります。実際に、50代でこの認知症を発症し、定年まで働くことができた患者さんもいます。

困った常同行動を置き換える「ルーチン化療法」

Aさんが行ったもう1つの対策が、「ルーチン化療法」です。これは、患者さんの常同行動によってトラブルが起こっている場合に、その常同行動を、その人の生活に合った別の行動に置き換える方法です。一部の認知症専門の医療機関や介護施設で行われており、作業療法士のもとで、たとえば編み物、折り紙、タオルたたみ、踊り、ビデオ鑑賞、生け花、パズルなどさまざまな“作業”を患者さんに試してもらい、患者さんが集中する作業を見つけることで、それを常同行動にしてもらいます。

ルーチン化療法

Aさんの場合、毎日お菓子をたくさん食べることが、特に健康面で放置できない行動だったため、認知症専門病院でいくつか作業を試してもらったところ、パズルに集中するようになりました。それから毎日、同じ時間にパズルを楽しむようになり、その結果、コンビニに行ってお菓子をたくさん食べることはなくなりました。

経済的なサポートを利用しよう

「行動異常型 前頭側頭型認知症」や「意味性認知症」は、国が指定する「指定難病」です。そのため、65歳までに発症し、5段階の重症度分類で、最も重い4やその次に重い3と判定された人は、医療費助成を受けることができます。
また、65歳未満で前頭側頭型認知症と診断された場合は、若年性認知症に対するさまざまな制度があります。障害年金、障害者手帳、自立支援医療といった制度を使うことができます。

将来を見据えた対策を

前頭側頭型認知症の初期は、記憶障害や空間認知の障害は軽度なため、早めに対策することで将来に備えることが可能です。たとえば入浴対策です。この病気が進行すると入浴をかたくなに拒否して、周りの人にも切実な問題になることがあります。デイサービスで決まった曜日に入浴する習慣を患者さんにパターン化してもらえると、症状が進行しても一人でお風呂の支度をしてデイサービスに通い続けることができます。
失語がある場合は、現在保たれている言葉を使って、家族など身近な人たちとしっかり会話を続けていくことが大切です。特に「ごはん」「トイレ」など、生活していくうえで欠かせない言葉は、毎日何度も繰り返して使うことが大切です。
前頭側頭型認知症では、記憶力や日常生活動作など、多くの能力が比較的長期間保たれます。早期に発見し、本人、家族、周囲の人が協力して対策すれば、生活の質を保ち続け、安心して過ごしていくことが可能です。

詳しい内容は、きょうの健康テキスト 2024年3月 号に掲載されています。

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