がんの緩和ケア 自分らしく生きるには

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がんの治療は日進月歩で進化しており、治療を受けながら仕事など社会生活を十分続けられるようになってきています。そうした中、がんや抗がん剤などによる辛い症状を和らげる緩和ケアはより重要になってきています。
「緩和ケア」というと、終末期に行うものというイメージがあるかもしれませんが、それはかなり以前の考え方であり、治療の初期から行うことが主流となりつつあります。

がん患者が抱える4つの苦痛とは?

がんになると①「身体的苦痛」②「精神的苦痛」③「社会的苦痛」④「スピリチュアルペイン」の4つの苦痛に襲われると言われています。

①身体的苦痛

がんそのものの痛みや、治療によって生じる、吐き気、脱毛など副作用のことを指します。
他にも、がんの進行度合いを診断する検査の際の痛みもあります。

②精神的苦痛

がんと診断されると、ほとんどの患者が不安・落ち込み・恐れ・いらだち・孤独感などの精神的な苦痛を感じます。特に、がんの疑いがある時点から治療へと進んでいくなかでは、検査や診断の結果を待つ間の不安や動揺、病名告知や転移・再発が分かった際の心理的衝撃など、精神的苦痛が生じやすい傾向にあります。こうした精神的苦痛は、治療はもちろん、生活自体にも大きな影響を与えてしまいます。

③社会的苦痛

経済・仕事・人間関係などにおいて、本人が望まない変化が生じ、ストレスとなることを指します。
具体例としては「治療費のこと」「治療のために仕事をやめるかどうか」などがあります。

④スピリチュアルペイン

「自分は生きている価値がない」「周りのお荷物になってしまっているから、いなくなった方がいい」と思い、自分という存在の意味や価値を見失ってしまったり、虚しさを覚えてしまうことを指します。

この苦痛を取り除いていくのが「緩和ケア」なのですが、この4つの苦痛は、別々に発生するのではなく相互に影響し合っていて、ひとつの痛みがさまざまな痛みを引き起こします。つまり、「トータルペイン(全人的苦痛)」として捉えることで、本人と家族の生活の質を出来る限り良好にすることが大切です。

緩和ケアとはどんなケアなのか?

まず「身体的苦痛」を取り除いていきます。軽い痛みには「鎮痛薬」、強い痛みには「医療用麻薬」を使用して痛みを抑えていきます。

身体的苦痛をやわらげる方法について詳しくはこちら

「麻薬」と聞くと、依存症になってしまうのではないかという怖いイメージもあり、医療用麻薬を敬遠し、痛みを我慢する患者も少なくはありませんが、それは誤解です。医療用麻薬は、有効性、安全性が確認され、国が承認しているものです。医師が処方したものをきちんと使えば依存症状はほとんどでないとされています。

「医療用麻薬」の種類としては、「のみ薬」「はり薬」「座薬」「皮下注射」など、さまざまな種類があり、一人ひとりの痛みに応じた薬を使用できるようになっています。

主な副作用としては「吐き気」、「眠気」、「便秘」があります。
吐き気・眠気は最初の数日間で治まることが多いですが、便秘に関しては症状が続くため、便秘薬を併用することが多くあります。

身体の痛み以外の苦痛に関しては、さまざまな方法があります。うつ状態になっているなどの精神的な苦痛に関しては、専門の薬を使って治療するのも方法の一つです。経済面の問題や退院・転院などに関しては、ソーシャルワーカーなどの専門家に相談する方法もあります。
忙しそうな医師や看護師の方に相談がしにくい方もいらっしゃると思いますが、病院内に「緩和ケアチーム」が設置されていることもあるので、そこにアクセスをしてみるのもいいでしょう。

緩和ケアチームについて詳しくはこちら

緩和ケアの入口として、全国のがんを扱う大きな病院には「がん相談支援センター」が設置されていることが多いため、そこでも精神面や経済面の相談ができます。
また、病院の外で相談したいという方にお勧めなのは「患者会」です。がんの種類ごとに全国にあります。同じ病気を抱えている方と話すことで、共感できることも多いでしょう。

自分らしく生きるために

がんでは病気が進行し、有効な治療法がないとなったときに、緩和ケアを行いながら最期を迎えるケースがあります。そんなとき、自分らしく生きるために必要なのは、“自分”を主体で考えることです。

西智弘医師が印象に残った患者さん

居酒屋を切り盛りしている女性のイラスト

若い頃から居酒屋を切り盛りしていた女性の患者さん。近くの畑に毎日通い、野菜を作り、それをお店で出すのが楽しみでした。しかし、進行した「胃がん」が見つかり、息子から「早く入院させて、元気にして欲しい」との希望があり、入院することに。

入院する女性と話す医師のイラスト

次第に元気がなくなっていく様子に、西医師は「どのようにして生きていきたいの?」と聞きました。すると最初は、「先生の言う通りにします」と言っていましたが、「“あなたが”がこれからどうしたいか?」と繰り返し問いかけると、「やっぱり…家に帰りたい。」との答えが。本当は入院よりも自宅で過ごすことを望んでいたのです。

自宅で抗がん剤治療を受けることになったのですが、数日後、患者さんは「先生に謝らなきゃいけないことがある」と言います。「実は、抗がん剤をのんでいなかった」というのです。
理由を聞くと、「息子のために抗がん剤治療をしようと思ったけど、家に帰ったらそれがばからしいなと思って。畑で食べ物を育て、居酒屋で出す。これが私の生きがいなの」と言われました。

それからしばらくして、がんが進行し女性は自宅で動けなくなってしまいます。西医師は「入院でいいね」と確認しましたが、「あと2日待って欲しい」と言われます。2日後、女性の横には見知らぬ男性が座っていました。(※夫とは過去に死別)
おそらく、その男性と過ごすために「あと2日」が必要だったのでしょう。

そして、再度「入院でいいね。」と問いかけると、「もうやりたいことはすべてやった。思い残すことはなにもない」と入院。その1週間後に亡くなりました。

女性は最初、医師や息子さんの言う通りにしていましたが、最終的には“自分らしい生き方”ができたのではと西医師は感じています。

死を意識した患者さんで誰にも相談できず、「私はどう生きればいいのでしょうか」と診察室で途方に暮れる人も少なくありません。残された日々を「短くとも穏やかに過ごしたい」と願う人もいれば、「強い副作用を引き受けてでも長く生きたい」と望む人もいます。そういった、「これからどうやって生きていきたいか」を一緒に考え、支えていくのが緩和ケアです。終末期だけではなく、治療の早期から、緩和ケアの専門家を頼ってほしいと西医師は言います。

詳しい内容は、きょうの健康テキスト 2023年8月 号に掲載されています。

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