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2023年11月8日(水)

“性の違い”がイノベーションに 病やけがのリスクを減らせ!

“性の違い”がイノベーションに 病やけがのリスクを減らせ!

今、男女の違いを科学的に分析することで社会を変えようとする“ジェンダード・イノベーション”が注目を集めています。医療分野では、男女でなりやすい病気に違いがあることが明らかに!自動車業界では、衝突実験を、女性の体を忠実に再現したダミー人形で行うなど、事故リスクの低減につなげています。さらには、女性にだけ効く新薬の開発やスポーツシューズの改良まで。誰もが生きやすい社会につながる、性の違いから生まれる変革に迫りました。

出演者

  • 佐々木 成江さん (お茶の水女子大学ジェンダード・イノベーション研究所)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

“性の違い”がイノベーションに

桑子 真帆キャスター:

これまでの研究から、脳がつかさどる性格や能力には男女で明確な違いはないことが分かってきています。一方、体や臓器の機能には男女で明確な違いがあります。こうした“性の違い”を科学的に正しく理解し、医療をはじめさまざまな分野に生かそうという取り組みが広がりを見せています。

病気に男女で違い “隠れ”狭心症の謎

深刻な病気を見つけてもらえず、つらい3年間を過ごした鈴木ひろこさん(仮名)。夫婦そろって、市民マラソンランナー歴は15年以上。健康には自信がありました。しかし、ひろこさんの体に4年前ある異変が起こりました。

鈴木ひろこさん(仮名)
「最初はちょっと胸が痛くなったんですけど、どこかにぶつけたのかな、一番最初は。そのあたりから、あごが痛くなったり背中が痛くなったり」

ひろこさんは、インターネットの情報などから自分の胸の痛みが狭心症の症状に似ていることに気付きました。

狭心症といえば、心臓の冠動脈という太い血管が動脈硬化によって詰まり、血流が悪くなる病気。激しい胸の痛みを伴います。そこでひろこさんは循環器専門の病院を訪れ、検査を受けました。しかし、診断の結果は原因不明。

当時撮影された、ひろこさんの心臓のレントゲン写真です。血管に詰まりは見られなかったのです。

鈴木ひろこさん
「がっかりしましたね。本当に実際に痛いんです。この痛みは何なんですかって先生に聞いたんです。筋肉痛かなって言われたんです」

訪れた病院は10か所以上。実に3年間も痛みの原因が分かりませんでした。

一体、ひろこさんの体では何が起こっていたのでしょうか。原因を突き止めた医師の高橋さんです。

心臓の血管にセンサーを入れる精密な検査を行った結果、特別な原因があることが分かったのです。

東北大学医学部 高橋潤 准教授
「今回の患者は太い血管が詰まるわけではなく、目に見えない細い血管が挟まることで、心臓の筋肉に十分に血液が行き渡らない狭心症ということがわかりました」

実は、従来の検査で見える血管は太い血管のみ。全ての血管の僅か5%にすぎません。

男性は太い血管が詰まって起こる狭心症が多い一方、ひろこさんの場合は0.5mm以下のごく微小な血管が狭まり、血流が悪くなっていたのです。最新の調査では、女性患者の7割がこの微小血管の狭心症だと分かってきました。更に明らかになってきたのは、狭心症など心臓病の男女の痛みの違いです。

男性では胸に痛みが出やすいのに対し、女性では首や肩、おなかにも痛みが出ることもあり、心臓の病気だと自覚しにくいのです。

ようやく病気の原因が分かったひろこさんは薬で症状を和らげ、痛みも大幅に改善しています。

女性のリスクが高い!?スポーツのケガ

病気だけでなく、ケガのリスクでも男女に違いがあることが明らかになってきています。

プロサッカーの女性選手の間では、今ある深刻な問題が浮かび上がっています。

それは前十字じん帯損傷。選手生命をも脅かす深刻なケガです。実は、女性選手は前十字じん帯損傷を負うリスクが男性の3倍以上と高いことが分かってきたのです。

一体なぜでしょうか。その原因を調査しているセントメリーズ大学のクライガーさんは、原因は女性の足に合っていないシューズにあると考えています。

セントメリーズ大学 カトリン クライガー博士
「女性の足は男性より、長さに対して幅が広い。長さでシューズを選ぶと圧迫される」

クライガーさんの欧米人を対象とした分析では、女性は甲のカーブも男性より急です。更に土踏まずの形も違います。にもかかわらず、実はサッカーをはじめ、スポーツシューズは男性の足形をもとに女性用のシューズが作られていることがあるのです。実際、ヨーロッパのプロリーグでプレーする女性の実に82%がシューズが合わず、プレーに悪影響が出ていると回答しています。

カトリン クライガー博士
「状況は変えられる。パフォーマンスを発揮でき、ケガのリスクを最小にするため、女性に合うシューズを用意すべき」

テニスやバドミントンのシューズを販売しているこちらの会社では、男性・女性、それぞれ専用のモデルを開発しています。

基本となるのは、やはり足形です。それをもとに男女それぞれのシューズを製作。手応えを感じています。

スポーツメーカー 製品開発部 西村優希さん
「女性専用のシューズを着用した方から、フィット感が高くなってパフォーマンスが向上したという声をいただいている」

それにしても病気の起こり方や体格など、何が男女の違いを作っているのでしょうか。

大きな要因は「性ホルモン」です。例えば男性に多いテストステロンは強い体を作り、女性に多いエストロゲンは体を守る働きが強いのです。この働きの違いが臓器や骨に影響を与え、病気の起こり方や体格の違いを生み出しているのです。

女性専用の薬!?肥満の予防・改善も?

この性ホルモンの違い。薬などの効果にも男女の違いを生み出しているといいます。

こちらの研究室では、女性に対してメタボ改善効果のある物質を見つけました。発見のきっかけは動物実験の方法を変えたことでした。

九州大学歯学部 溝上顕子 准教授
「私たちの研究室では、メスの動物も使って実験している」

これまで動物実験では主にオスだけが使われてきました。性周期があり、体の状態が変化するメスは敬遠されてきたのです。

これは、オステオカルシンというたんぱく質。オス・メス、それぞれにこのオステオカルシンを毎日、口から投与しました。

実験開始から1か月後のネズミ。見た目はあまり変わりませんが、その体内では興味深い変化が起こっていました。

これはオスの内臓脂肪。丸く見えるのが脂肪細胞です。オステオカルシンの投与後、脂肪細胞が大きくなっています。肥満が進んだのです。

一方、メスでは脂肪細胞が小さくなっています。内臓脂肪の量は実に40%近くも減っていました。

それだけではありません。こちらはメスのすい臓。赤い斑点はインスリンを作る細胞の塊です。インスリンは血糖値を下げるホルモン。その塊が大きくなっています。細胞が増殖したのです。

分泌されるインスリンが増えた結果、血糖値が下がりました。つまり、オステオカルシンは女性に対してのみ肥満や糖尿病を予防・改善する可能性があるのです。

福岡歯科大学 平田雅人 教授
「女性に対してのみ、有効なサプリメントになる可能性はある。オステオカルシン以外にも、オスとメスで異なる作用を持つ物質がたくさんある」

“性の違い”に注目!異なる病気 変わる医療

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、性の違いを社会に生かす研究をされている佐々木成江さんです。

この男女の違いを踏まえた医療の研究、ようやく光が当たり始めたという感じなのでしょうか。なぜでしょうか。

スタジオゲスト
佐々木 成江さん (お茶の水女子大学ジェンダード・イノベーション研究所)

佐々木さん:
そもそも従来の医学では男女が生じる病気に違いがあるとは考えられていなかったんです。

また女性は妊娠・出産の可能性があるので、臨床試験でも薬の危険性が心配され、なかなか進まなかったり、また性周期があるので体の状態が変わりますよね。なのでデータがぶれやすいので、主に男性で研究が進められていました。動物実験でも同じようにオスが使われることが多かったんです。

桑子:
現在、対策はとられているのでしょうか。

佐々木さん:
欧米では臨床試験や研究に、女性やメスの動物を加えるということを義務化している。そういう政策をどんどん進めています。

桑子:
例えばVTRにあった狭心症についてはどういうことが進んでいるんですか。

佐々木さん:
アメリカでは各地に女性専門の循環器のクリニックというものが設置されて、専門知識を持っている医師たちが診断に当たっています。また、詳しいガイドラインというのも作られて、そうすると一般の病院の人たちが狭心症における男女差というものをちゃんと認知し、その結果、アメリカでは2000年以降、女性の心臓病の死亡者が20%低下したという報告もあります。

桑子:
結果に表れているんですね。

佐々木さん:
日本では2010年にガイドラインが出され、詳しい検査を受けられる医療機関もどんどん増えていっています。

桑子:
ほかにも男女で起こり方が違う病気が明らかになってきています。例えば、最近分かってきたもので「大腸がん」です。まず、腫瘍ができる場所から違います。

男性は肛門の近くですが、女性は大腸の奥の方にできるんです。しかも、腫瘍の形を見ても男性は分かりやすいのですが、女性に関してはへん平で分かりにくい。だから見つけにくいということがあります。しかも、奥の位置にできる大腸がんというのは悪性度も高いことも分かってきています。

一方、「骨粗しょう症」に関してもこれまでは更年期の女性がなる病気と思われていたのですが、70代で骨粗しょう症になる人の3分の1は男性というデータも出てきています(骨折した人を対象)。これまで骨密度の検査は女性に対して積極的に行われてきましたが、男性にも受けさせるべきだという声が上がっています。

更に、病気のなりやすさも男性女性でこんなに違います。男性は高血圧、肥満、糖尿病などが高い。痛風に関しては女性の65倍なりやすいということ。更に、女性はぜんそく、うつ病、骨粗しょう症、それから自己免疫疾患が男性よりもなりやすいということが分かっています。

病気のなりやすさ、これだけ男女に違いがあると医療も変えていく必要がありますよね。

佐々木さん:
そうですね。性差医療という考え方が医療分野で広がりつつあります。性差医療というのは、病気における性差を理解し、男女それぞれに適した診断や治療法を見つけて提供していこうというものです。

この性差医療が普及していけば、病気の発見率というのも上がりますし、治療の効果も上がって死亡率も減らせる。医療費も削減できる。本当にいろいろな可能性があると思います。

桑子:
男女の違いに注目した研究というのが「ジェンダード・イノベーション」という名前が付いてるということで、詳しくいただけますか。

佐々木さん:
最近では臓器や細胞まで明確に男女で違いがあるということが分かってきました。生物学的な違いなのですが、男女の役割分担など、社会文化的な性というもの、これがジェンダーなんですけどジェンダーの違いもあります。

それらの違いを新しい視点として捉えることで、研究や開発のデザインに組み込んでいく。そうすると男女ともに安全で健康で暮らしやすい社会につなげる。それがジェンダード・イノベーションといわれる研究分野です。

桑子:
このジェンダード・イノベーション、実は男性・女性という枠組みをこえていろいろな人たちにとってメリットがあることが分かってきています。

男女で違う!ケガのリスク 誰もが安全な車へ

自動車の衝突事故でケガをするリスクは女性が特に高いこと、ご存じですか?

女性が重傷を負うリスクは、男性の1.7倍、むちうちは3倍とも。なぜ女性はケガのリスクが高いのでしょうか。

このリスクの男女差の解決に取り組んでいる自動車メーカーの研究所です。

倉庫で調べられていたのは、実際に事故に遭った車。このメーカーでは、1970年に事故調査チームを結成。4万台の事故車、7万人のケガ人のデータを集め、分析しました。そこから女性のリスクが高いことが判明。安全対策に改善の余地があることが分かりました。

そこでさまざまな取り組みを行った結果、全体のケガのリスクを下げるだけではなく、男女の差もほぼ解消することに成功しました。

メーカーが国と共に行った取り組みの一つがこちら。女性の体つきや骨格、骨の弱さまで忠実に再現したダミー人形です。従来の女性のダミー人形は男性の縮小版で、女性の体型や骨の弱さがきちんと反映されていませんでした。そのため、女性の事故時のリスクを正確に計算できていなかったのです。

スウェーデン国立安全道路研究所 アストリッド・リンダー博士
「このダミー人形を試験に使えば、女性を衝突の衝撃から守るシートを開発できる。安全性能に革新を起こすことができる」

更にメーカーでは、女性以外にも事故でリスクが高い人たちに対する検討を進めています。

例えば、頭部や骨がぜい弱な赤ちゃんや子どものダミー人形。

これは衝突時、最も大きな衝撃を受ける肥満者のダミー。

年齢差や体格差など、さまざまな個人差に対応することであらゆる人に対する安全性能を高めようとしています。

そんな中、新たに開発したのがこちら。

衝突時のさまざまな条件を細かく設定できるコンピューター・シミュレーション。このシミュレーションは、骨や筋肉、内臓まで再現されています。体内へのダメージも詳しく調べられるのです。

例えば、妊婦について以前こんな議論がありました。衝突時、エアバッグの衝撃が流産のリスクを高めるのではないか。実際にシミュレーションすると…

エアバッグがないと、ハンドルがおなかに食い込み、胎児が変形しています。でもエアバッグがあると、それが体を受け止め衝撃が和らいでいます。流産のリスクを減らせるのです。

自動車メーカー 研究所 ロッタ・ヤコブソン博士
「私たちの調査は年齢も身長も体重も異なるすべての人を対象としている。人は皆それぞれ違う。すべての人たちの事故のリスクを減らすことが私たちの使命」

女性が使いやすい機具 開発したら意外な効果が

アイデアや工夫で、女性だけでなく、みんなが使いやすくなるという成果も出ています。それは、従事者の4割が女性の農業の現場です。

農林水産省が進めている農業女子プロジェクト。そのヒアリングで浮かび上がったのは、農業機械が女性には使いにくいという課題でした。

「ブレーキを踏む時に足が届きにくい。男の人のサイズなんで」
「日よけがないのがネックで。座面もハンドルも熱くなったりする」
「給油のタンクが重くてここまで持ってくるのが大変」

農業女子たちの意見をもとに、メーカーは改良に取り組みました。

そして完成したのがこちらのトラクター。

椅子はスライド式になり、小柄な女性もしっかり足が届きます。日焼け防止の屋根もあります。

これは給油時にタンクを置く台。これでタンクが重くても大丈夫です。

「感動している。農作業がこれならすごい楽しくなるなあ」
「農業機械は使ったら楽になるけど、怖くて使えないっていうのが正直あった。安心して使えるんだなって分かりました」

このプロジェクト、思いがけない反響があったそうです。

農業機械メーカー 商品企画部 勝野志郎さん
「力が弱っている高齢者の方にも大変好評。初めて農業をやる新規就農者の方にも使いやすいと好評を得ている」

女性にも優しい街作り 「みんな」に優しい街

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
女性だけではなく、さまざまな人にも恩恵があるということでしたが、ここで紹介したいのが韓国の取り組みです。2009年に始まり、現在101の地域で行われている女性にも優しい街づくりというものです。

例えば歩道で言いますと、ハイヒールの女性も歩きやすいように凹凸を2ミリ以内に抑えました。この結果、女性だけでなく、お年寄りもつまずかず、安全になったということです。

更に、電車やバスでは背の小さい女性にもつかまりやすいようにつり革を長いものも設けました。こうすると、背の小さい子どもにも持ちやすいということになります。

更に、女性が犯罪に巻き込まれやすい路地や夜道に関しては照明や監視カメラを増やしました。この取り組みを行った街の中には、女性の性犯罪に巻き込まれる割合が71%減ったところもあったようです。

こうしてみますと、女性にも優しい街づくりというのはみんなにも優しい街づくりということで、ジェンダード・イノベーションの可能性についてどう考えていますか。

佐々木さん:
これまで男性の視点だけだったものに女性というもう一つの視点が加わると、みんなにとって以前より使いやすくなったり、よりよくなるという効果があります。これが多様性の効果というものですね。

桑子:
ジェンダード・イノベーションを更に進めていくため、私たちに必要な考え方、どういうことだと考えていますか。

佐々木さん:
農機具や韓国の取り組みというのは、これまで見過ごされてきた女性たちの声を聞き取り、データを集めて実現したものです。なので、見過ごされている性差がないかということを意識すること。また、性差による不利益をなくしていこうという流れをみんなで後押しすることがイノベーションに重要です。

また、性差を意識して安易に男性用とか女性用というものを作ってしまうことは性別の固定概念をその製品に埋め込めてしまうので、非常に危険です。区別した方がよい性差なのか、区別すべきではない性差なのか、一人一人がしっかりと知識や教養を高めていくことが正しいジェンダード・イノベーションを社会に根づかせ、成熟した社会にするために非常に重要だと思います。

桑子:
経験や感情で話すのではなく、しっかりとデータで考えるというのがジェンダード・イノベーション。

佐々木さん:
ジェンダード・イノベーションはデータをしっかり見ていく、客観的にふかんして見ることが非常に重要です。

桑子:
男女の違いを入り口に、人が持つ特徴、違いに目を向けて最終的に個人個人が暮らしやすい医療、生活になっていったらいいなと感じます。

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