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2023年5月23日(火)

追跡“臓器あっせん事件” 知られざる渡航移植の実態

追跡“臓器あっせん事件” 知られざる渡航移植の実態

事態を重くみた国が実態調査に乗り出した、海外での臓器移植。契機となった2月の“臓器あっせん事件”を追跡取材。逮捕されたNPOの理事は、患者から多額の金を受け取り、約20年にわたり170人に移植手術を受けさせていたといいます。手術後に患者が死亡する事態も。なぜ患者は男を頼り海外に渡ったのか?なぜ危険な渡航移植は放置されてきたのか?臓器移植法施行から25年、制度の課題を浮き彫りにした事件の闇に迫りました。

出演者

  • 米村 滋人さん (東京大学大学院教授)
  • 桑子真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

内部告発・音声を入手 追跡“臓器あっせん”の闇

桑子 真帆キャスター:
心臓や腎臓などの病気を患い、治療の手だてがなくなった人たちがいちるの望みをかける「臓器移植」。

日本では移植希望者の数に対してドナーが圧倒的に足りず、実際に臓器提供を受けられるのは1年間でわずか2%。そこで海外に渡航し、移植を受けたいという人は少なくありません。そうした中で事件は起きました。

NPOの理事、菊池被告は患者2人から合わせておよそ5,000万円を受け取り、ベラルーシでの移植を無許可であっせん。その後、1人が体調を悪化させ、死亡しました。
菊池被告はどのような活動を行っていたのか。NPO内部の関係者らが記録し続けていた16時間の音声などから、無許可あっせんにとどまらない闇が浮かび上がってきました。

16時間の音声・映像

かつて、菊池被告のNPOでスタッフとして働いていた男性です。NPOの活動の実態を問題視し、内部告発。今回、初めてテレビの取材に応じました。

NPOの元スタッフ
「完全に自分たちがやっていることは違法だっていう解釈を私はしました」

難病患者の支援をうたって、およそ20年前に活動を始めた菊池被告。NPOとして内閣府の認証も取得し、これまで170人の患者に海外で移植手術を受けさせたとしています。

NPOの元スタッフ
「『うちは内閣府の認証があって、それだけでも信用が得られる』と。『だからほかとは違うんだ』と(菊池被告は)常々言っているので。手術しないと死ぬと思っているので、患者さんたちは。わらにもすがる思いで来るので、その人たちがターゲットになるので菊池にしてみればそんなに難しくない」

菊池被告の行為を悪質だと問題視した関係者たちが、録音を開始。16時間に及ぶやりとりから、活動の実態が浮かび上がってきました。

菊池被告の音声
「この世界、いろんなグレーゾーンとか秘密があるので。とにかく日本で患者を集める力は、僕がナンバーワンなんだよ」

菊池被告は、渡航移植に望みをかける患者たちに多額の費用を支払わせていました。

菊池被告の音声
「『悪いけど、あと2,000万出さなきゃ俺やらねぇよ』って。そしたらさ、プラス2,000万振り込んできて、もらったよ、取った。ガチンと脅かしちゃおうかと思ったけど、それも大人げないから。金だけ取りゃいいからさ。だって移植やれるとこねぇじゃん、ほかに、うち以外に」
NPOの元スタッフ
「強欲ですよね、ひと言でいうと。患者さんをお金と思ってますよね」

渡航移植を試み、菊池被告とトラブルになった小沢克年さんです。

5年前に腎不全と診断された小沢さん。正規のあっせん団体に登録し、腎臓の移植を待ち続けてきました。しかし、移植を受けるには15年待ち。日本では希望者の2%しか移植を受けられないという現状があります(年間)。

小沢克年さん
「病院で言われたことばを信じると(余命は)あと1年半ないわけですから、僕には。だから間に合わないなと思って」

小沢さんは、仲間が募金活動で集めてくれた費用をもとに菊池被告のNPOなど複数の団体に海外移植の相談をしていました。そうした中、突然SNSでメッセージが送られてきました。

小沢克年さん
「大学の准教授というふうに書いてありますね」

送ってきたのは医師を名乗る男性。合法かつ安全に渡航移植ができるという勧誘でした。小沢さんは医師を信頼して、2,170万円を支払い渡航を決めました。向かったのは中央アジア。現地に着くとそこで待ち受けていたのは菊池被告だったのです。

NPO元スタッフの証言によれば、菊池被告は現役の医師を使った患者の勧誘も行っていたといいます。小沢さんは移植を待っている間、菊池被告から衝撃的なことを伝えられました。

小沢克年さん
「『(病院の)待合室に女性の方がいたでしょ、そのうち1人が小沢さんのドナーだよ』って言われて。え?と思って。なんで僕のドナーが生きて歩いているんだってことを聞いたんですよ」

持ちかけられたのは、生きている人から臓器の提供を受ける「生体移植」でした。生体移植で金銭を介した場合、多くの国が違法としている「臓器売買」にあたるおそれがあるのです。小沢さんは、菊池被告のことばに動揺しました。

小沢克年さん
「『海外で移植を受けるということは、こういう不測の事態にも対応できないと移植できないよ、小沢さん』みたいなことを笑いながら言ってるんですよ。もしかしたら違法なことなのに、それに手を染めるというか、加担するというか。全くクリーンな身で帰ることは諦めなきゃいけないのかなって」

小沢さんが中央アジアに渡航したとき、現地にはほかにも日本人の女性が移植を待っていました。50代のAさんです。NPOのスタッフの証言から、Aさんはさらなる違法行為に巻き込まれていたことが分かりました。

パスポートの「偽造」です。Aさんのドナーとなったのは、ウクライナ人女性。互いの名字を合わせて国籍も日本に変え、親族であるかのように偽装されていました。合法的に行うことができる「親族間の生体移植」に見せかけようとしていたといいます。

Aさん
「全然知りませんでした。病院に提出するためにパスポートが必要だからって。犯罪だと思いました」

Aさんのドナーとなったウクライナ人が“腎臓を売った”と語る音声も残されていました。

ドナー ウクライナ人女性の音声
「14,000ドル(200万円)で売りました。娘の学費を払うことができました。オデーサでアパートを借りたり、いろいろなものを買えました。娘はとても喜びましたが戦争が始まってしまって、砲撃がすごいです」

手術を受けることになった病院は、病室が即席で作られ、不衛生な環境だったといいます。Aさんは移植を受けたあと重篤な状態に陥り、帰国後、そのまま病院に運ばれました。

Aさん
「内臓を突き刺されているような痛さです。あと1時間(帰国便の)フライトが遅かったら死んでたって先生が言ってたから。もう、中で(腎臓が)溶けてたって言ってたから」

Aさんが手術について菊池被告に抗議すると。

Aさんと菊池被告の電話

Aさん
「菊池さんの責任ですよ」
菊池被告
「私の責任ではありませんよ。冗談じゃないですよ。われわれは医者じゃないんだからさ。いま真剣にこちらも先生たちと相談してアドバイスしているわけだから」

女性は、今も入退院を繰り返す生活が続いています。Aさんの状況を目の当たりにした小沢さん。ほかにも術後に命を落とした患者が相次いだことを受け、移植を断念しました。それでも、菊池被告からはほかの国での移植を何度も持ちかけられていました。

小沢さんと菊池被告の電話

菊池被告
「タジキスタンなりカザフスタンなり移動するのもいいんで。生体だけど、書類上は死体」
小沢克年さん
「はあ」
菊池被告
「小沢さんは、口が裂けても生きてる人からもらったってことは言ってほしくないんですよ。生きた人っていうのは厳禁というか、一切出さないということで進めてもらいたい」

移植を受けずに帰国した小沢さん。支払った費用の全額は今も戻ってきていません。さまざまなトラブルが発生していたにも関わらず、この件で菊池被告が罪に問われることはありませんでした。

海外渡航移植で何が?“臓器あっせん”の闇

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、臓器移植を巡る法制度に詳しい東京大学教授の米村滋人さんです。

取材から、菊池被告は「無許可あっせん」のほか「臓器売買」それから「親族以外からの生体移植」の疑惑が浮かび上がってきました。
そもそもこの団体、内閣府の認証を受けたNPO法人が摘発につながる危うい渡航移植をここまで続けてこられたのはどうしてでしょうか。

スタジオゲスト
米村 滋人さん (東京大学大学院教授・医師)
臓器移植をめぐる法制度に詳しい

米村さん:
やはり、日本の「臓器移植法」にかなりの不備があることがいえるかと思います。今回、立件の対象になったのは「脳死からの臓器移植のあっせん」というものだけでして、実際にはかなり大きな割合を占めているはずの「生体移植のあっせん」については「臓器移植法」で明確に禁止するという規定がないので立件の対象になっていないんです。

桑子:
そうした中で「無許可あっせん」、今回に関しては摘発ができたということですが、他にも「臓器売買」を摘発するのが難しいのはどうしてでしょうか。

米村さん:
臓器売買が違法だということであれば、そちらに加担したということで立件できる可能性もあったのですが、実際海外で行われている臓器売買に日本人が関わったとして、それが確実に犯罪になるということが現時点では言える状況ではないんです。

日本国内で行われたものであればはっきり処罰できるのですが、海外で行われたものが処罰できるかどうか、法律の問題としてあいまいなところがあります。

しかも、やはり海外で行われたものについては日本の捜査機関の権限が及びませんので、事実解明も難しく、なかなか立件に結び付けることができないという状況があります。

桑子:
そして、「親族以外からの生体移植」の取締りもなかなか難しいと。

米村さん:
これがかなり大きな問題で、もともと「臓器移植法」という日本の法律は、脳死の問題でかなり国民全体を二分する議論になったということがあってできた法律です。脳死死体からの移植についてだけ規定を持った法律になっていまして、生体移植は法律がないんです。親族から提供してもらわないといけないというルール自体が厚労省のガイドラインでだけ決まっておりまして、法的な義務になっていません。
そういったところがどうしても抜け穴になっていて、実際にそういった不正の温床になっているというところがあります。

桑子:
今回の事件で菊池被告は、警察の取り調べに対し「臓器あっせんは行っていない」と無罪を主張しています。また、代理人を務める弁護士は「臓器売買はしていない」としています。

ただ、日本には「臓器移植法」というものがある中で、なかなか法律の範囲内で取り締まることが難しいのはどうしてでしょうか。

米村さん:
今お話ししたように、もともと「臓器移植法」という法律が生体移植のルールを持っていないということがありまして、しかも海外の渡航移植というものについてのルールもないということが大きな問題としてあります。

桑子:
渡航移植のルール自体がないと。

米村さん:
はい。渡航移植については、2008年に「イスタンブール宣言」というのが出ておりまして。

イスタンブール宣言(2008年)
「移植が必要な患者の命は自国で救う努力をすること」

渡航移植が、臓器売買とかいくつかの国際的な臓器移植にまつわる不正の温床になりやすいという背景があるもので、それは基本的に世界的にもなくしていこうと。それぞれの自国内で臓器移植を完結させるようにしようという方針が出されました。

それに対応する法改正が一応、2009年にされまして、日本でも法改正はしたのですが子どもの移植を拡大するということだけ、その時はやられまして。海外渡航移植に関わる不正をきちんと規制するようなルールは全く盛り込まれなかったということがあります。

桑子:
今あったように、渡航移植のルールがない中で不透明な渡航移植が広がっている疑惑が私たちの取材から浮かび上がってきました。

ある“医師”の存在とは

関係者の証言をもとに調べていくと、移植希望者とドナーの仲介に関わりがあると見られる団体が複数見つかりました。

団体のホームページには、海外への渡航移植を勧誘する文言が。中には、30年の活動実績をうたう団体もありました。

こうした団体と接点のあった男性に話を聞くことが出来ました。この男性は、菊池被告のほかにも少なくとも2つの団体が実際に海外での渡航移植を仲介していたと証言。いずれも、ある国の医師を頼っていたと語りました。

臓器移植の事情に詳しい人物
「そこは●●(医師名)ですよ、トルコですよ。イスタンブールが起点になっていますから。トルコにおそらくシンジケートのような組織があるわけですよ。その下にそれぞれコーディネーターが。●●さんだとか、菊池さんだとか、●●さんだとか、おるんですね」

トルコ人の医師について調べると、過去に違法に臓器を売買していた疑いで逮捕されていたことが分かりました。

日本から海外に渡航した当事者への取材から「現地の病院でこの医師に会った」という証言が複数得られました。この医師は、日本からの渡航移植にどのように関わっているのか。

訪ねたのは、トルコのイスタンブール。臓器売買の根絶や、自国での臓器移植の推進を目指す宣言が出された都市です。

医師の関係者とみられる自宅を訪ねました。

取材班
「出ないですね。しょうがない」

取材を進める中で医師のものとみられる電話番号を入手し、かけてみると…

取材班
「こんにちは、●●さんですか?」
医師
「そうです、どうぞ」
取材班
「あなたから(臓器移植について)いくつかコメントをいただきたい」
医師
「中央アジア、中東、バルカン半島で移植を推し進めています。とても深刻な外国人患者が来はじめました」

世界各地から移植の希望者がやってくると語った医師。私たちは、さらに詳しく話を聞きたいとインタビューを申し込みました。

1週間後。指定された場所に現れたのは50代後半の男性。

長年、総合病院に勤務し、現在は患者に医師を紹介する仕事を行っているといいます。医師は、日本からの移植希望者が自分たちのもとを訪ねて来ていると語りました。

トルコ人 医師
「菊池にこだわるのは私にとって重要ではありません。なぜなら菊池が去ってもほかの人が来るからです」

日本の移植希望者に臓器の売買をしているのか問うと…

トルコ人 医師
「それは違法なやり方です。われわれはできません。でも言えるのは、誰かが移植を求めてドナーにお金を渡したかもしれません。誰もタダで何かをあげたりはしません」

医師は、臓器売買に自身が関与していることは否定したものの、周囲では違法行為が行われている可能性があると指摘。その背後には、より“大きな組織”の存在があることをにおわせました。

トルコ人 医師
「この業界にはマフィアがいます。国の名前は明かせませんが、非合法的な臓器移植を行っている場所があります。私が話せば消されてしまいます。私は問題を解決できる方法を知っていますが、これ以上話すと身に危険が及びます」

現状を変えるには

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
世界に広がる深い闇が見えてきたわけですが、国は渡航移植をした患者の実態調査に乗り出しています。全国およそ300の医療機関などを対象に「渡航先」「仲介団体の有無」、それから「移植後の経過」などについて把握しようとしているということです。

こうした中、臓器移植しか助かる道がないと望みをかける人たちが安全に手術を受けられるようにするためにどういうことが必要なのか。

安全な臓器移植のためには
・団体の管理・監督
・国内の移植体制の充足

大きく2つ挙げていただきました。まず「団体の管理・監督」が必要だということですね。

米村さん:
そうですね。現状、一体誰がどういう形で移植に関わっているのか、あっせんしているのかという実態が全くつかめていません。
ですから生体移植を含めてどういう団体が、NPOのケースもあれば医療機関が自分でやっているケースもありますので、それぞれの団体がどういう移植に関わっているのかという実態を把握したうえで、行政的にきちんとした管理・監督をできる体制を作っていくということが大事だと思います。

桑子:
そして「国内の移植体制の充足」。

米村さん:
問題の背景として、日本で臓器移植ができないという状況があるのが根本の原因だと思いますので、そこの対応が必要だと思います。

桑子:
そうした中、ドナーが必要に対して不足しているということがあるわけですが、ドナーを一気に増やすのは難しい中で、韓国の例をご紹介したいと思います。

韓国は、かつて日本と同じようにドナー不足の問題を抱えていました。10年程前、脳死患者が発生したあとにあっせん機関への連絡を「義務化」する制度を導入しました。今では人口100万人当たりの臓器提供の数が、日本の10倍になっています。
日本は、医療者からの情報提供やあっせん機関への連絡というのが「任意」という状況です。

米村さん:
ここの問題は2つ程ありまして、まず日本では脳死移植ができる、臓器を提供することができる施設というのが限定されています。
これは、臓器移植をするためにはきちんとした「脳死判定」できる必要があるという前提がありまして、そういうための施設が指定されています。そこで脳死患者が出てこないと移植につながらない状況があるということがまず一つあります。

しかも、その指定を受けた医療機関でも十分な移植件数が確保できないという状況があります。これは、それぞれの医療機関の中で一体誰がその移植を実施するということを決められるのかということについて、きちんとしたルールがなく、結局個々の担当する医師に任せられている部分があるというのがかなり大きいのではないかといわれています。

桑子:
担当医が判断しないといけないと。

米村さん:
そうですね。そういった医療に関わるのは基本的に救命救急センターの医師であることが多く、ふだんから非常に多忙で社会的に難しい課題に1人で対応するということができないという状況があります。そういうことを解決していく。なるべく第三者の目を入れるとか、より公的な機関が判断に関わるようにする。そういう対応が今後求められるのではないかと思います。

桑子:
この問題、私たちが考えるべきことはどういうことでしょうか。

米村さん:
国民の皆さんが、臓器移植に関心を持っていただくということが何よりも大切だろうと思います。今は免許証の裏にも意思表示の記載欄がありますし、ネットで意思を登録することもできます。ぜひ、そういうところから皆さん、臓器移植はどうあるべきかということを考えていただけると、不正の温床になりやすい移植の規制にもつながるかなと思います。

桑子:
ありがとうございます。差し迫った状態にある人たちが、安全に命をつなぐためにどうすればいいのか。具体的な体制作りが急がれています。

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