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2023年3月15日(水)

密着!賃上げ交渉 私たちの給料は上がるのか?

密着!賃上げ交渉 私たちの給料は上がるのか?

3月15日は集中回答日でした。大手企業を中心に賃上げムードで、賃上げ率は3%台を超える勢いです。しかし、実質賃金はむしろ下がっており、働く人の7割を抱える中小企業ではベアを予定していないという企業も少なくありません。そうした中、非正規雇用の従業員たちも立ち上がり、“横でつながる非正規春闘”という新たな動きも出始めました。物価高が続く中で、私たちの賃金はどうなるのか。その行方を深掘りしました。

出演者

  • 首藤 若菜さん (立教大学経済学部 教授)
  • 松浦 昭彦さん (UAゼンセン会長/連合会長代行)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

異例の賃上げムード 私たちの給料は?

桑子 真帆キャスター:
コロナ禍からの業績回復とそれに伴う人手不足。さらに記録的な物価高が重なり、大手飲料メーカーが7%や5.7%、そして自動車メーカーが5%程度で決着するなど、近年にはない賃上げが行われています。

3月15日は賃上げ交渉をする春闘の山場、“集中回答日”です。この時間、まさに交渉結果が続々と集まっています。労働組合の事務所と中継がつながっています。

社会部 平山真希記者(UAゼンセン事務所 千代田区 中継):
こちらの流通や小売りなどの回答が集まる事務所では、ホワイトボードに1万円や2万円などと、各企業の賃上げ額が次々と書き込まれています。2023年の特徴は自動車や機械などの大手製造業を中心に、組合が要求したとおりに回答するという“満額回答”が相次いでいることです。賃上げ率は94年以来およそ30年ぶりに3%を超えるか、という状況にあります。

桑子:
2023年、注目されるのが、働く人の7割を占める中小企業にこの賃上げの流れが波及するかです。大手のように簡単に踏み切れないという中で、今回特別に交渉の現場にカメラが入りました。

苦悩する中小企業 賃上げ交渉の舞台裏

2月、北海道の中小企業で賃金の引き上げを求める労働者と経営者の話し合いが始まりました。

組合側
「他産業における賃金改善の動きに対して、その伸びは低調であり格差是正が進んでいません」

求めたのは、賃金を6%上げる月額1万3,700円。過去最高の要求です。

農作物や乳製品を全国各地に届けるこの企業。創業73年、正社員150人を抱える中堅の運送会社です。

北海道通運 見延和俊社長
「強い危機意識を持って、新年度に臨む必要がある」

社長の見延和俊さんです。大手企業が軒並み賃上げをする中で、厳しい経営状況に苦しんでいました。経費の中でも大きな割合を占める燃料が、1割以上値上がり。タイヤや塗料なども高騰し、経営を圧迫しています。

跳ね上がったコストの分、運送料を値上げする“価格転嫁”をしたいと考えていますが、簡単ではありません。

見延和俊社長
「(取引先に)前向きに検討してもらえるように」

営業担当者が取引先に値上げを交渉しましたが、厳しい返事が返ってきていました。

営業担当
「お客様の訪問をしまして(値上げを)お願いしているんですけどお客様の方もコスト増でかなり苦しい状況は一緒」
見延和俊社長
「うーん」
見延和俊社長
「(価格転嫁すれば)『もういいよ』って言われかねない話ですから。お客さんあっての商売なので、慎重な判断をしなきゃいかんなと」

賃上げをしない企業のおよそ6割が、取引先との関係から十分に価格転嫁できていないと答えています。

一方の社員たち。物価高が生活を直撃しています。

営業係長の柴田康行さん。勤続32年で月給はおよそ30万円です。

労働組合の委員長も務める柴田さんは、この日社員の生活がどれだけ苦しいか聞き取っていました。

労働組合執行委員長 柴田康行さん
「世間でも言われている物価高について、皆さん方今生活している上で『ここちょっと変えたよ』というのはありますか。」
「お風呂のお湯を2日に1回にした」
「やたら早く寝るようになりました。電気消して早く布団に入ればストーブも使わないし」
従業員
「節約って限界あると思うんですよ。少しでも5,000円でもいいので上げていただけるのであれば」

柴田さんたちが求めることにしたのが、基本給を引き上げるベースアップです。賃上げには、年齢や勤続年数に応じて上がる定期昇給と、社員全体の基本給を一律で底上げするベースアップという考え方があります。物価上昇に応じたベースアップがなされないと、生活は苦しくなる一方です。

柴田康行さん
「生活を守る闘い。今までにないテーマだと思います」

3月。第1回の交渉です。

経営側
「賃金については、前回と同様の定期昇給のみと回答させていただきます」

経営側の回答は、ベースアップなしという厳しいものでした。

柴田康行さん
「正直全然納得できる状況ではないというのが、いま率直な感想であります」

柴田さんは今、会社では人手不足が深刻だとして、人材確保の重要性を訴えました。

柴田康行さん
「今の賃金状況と休日の状況の中で、当社を選んで入社したいと思ってくれる人がどれだけいるかという事を、会社は考えたほうがいいと思います。人を確保するためなんですよ」

交渉は翌週に持ち越しとなりました。

柴田さんは勤続32年。会社の厳しい状況も、身にしみて分かっています。


「会社愛がすごくて」
柴田康行さん
「会社好きなんですよ。会社のためになるというのもあるし、組合員のためにでもあるし。組合員が潤うと会社も潤うんですよ。会社が潤うと組合員も潤う。絶対これは離せないところだと思うんですよね」

一方、社長の見延さんは悩んでいました。

ベースアップは基本給だけでなく、残業代や退職金にも関わってきます。一度行うと戻すことも困難です。今後の経営にとって、大きな負担になりかねません。

見延和俊社長
「賃金体系を書き換えることになりますので、『あの時の決断が間違っていた』とならないようにしなきゃいけないので。怖いですね。会社がだめになってしまっても困るので」

再び交渉が始まりました。

経営側
「賃金の増額につきましては、要求事項の定期昇給の部分のほかに2,000円の固定部分の引き上げ(ベースアップ)」

会社は定期昇給に加えて、この10年に1度しかなかったベースアップを提示しました。

柴田康行さん
「(ベースアップ)2,000円ということでご回答いただきましたが、正直2,000円じゃなくもうちょっと欲しいというのがあるんですけど」
見延和俊社長
「(組合側は)さらに言ってきた?だいぶ若手の声が強いのかな。組合の中でも。合意できるかどうか分からないけど、あと1,000円(アップ)でやってみようか。それでいけそうですか」

見延さんは今後見込まれる利益の一部を使い、さらなる賃上げを決断しました。

経営側
「回答させていただきます。固定部分の引き上げ(ベースアップ)につきましては、先ほどの金額プラス1,000円の3,000円」
柴田康行さん
「合意させていただきます」

3000円のベースアップと若手に対する手当や一時金で合意し、全体でおよそ4%の賃上げになりました。

見延和俊社長
「先行投資的にやるしかない。働く人たちが精いっぱい充実した仕事をして、それによって利益を出していく考え方。いい回転につなげていきたい」
柴田康行さん
「正直よかったなと思います。組合員として会社にも応えていかなきゃいけないと思うので、『上がったからよかった』ではなくて上がったからこそ身を引き締めて会社の仕事をする」

“転換点”にできるか

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
ぎりぎりの交渉現場をご覧いただきました。
きょうのゲストは、立教大学の教授で労働経済学が専門の首藤若菜さんです。

2023年はおよそ30年ぶりに賃上げ率が3%を超えるかというところが注目されていましたが、ここで見たいのが物価の上昇分を反映した実質賃金。2023年1月は前の年と比べてマイナスの4.1%でした。

こうした中で今、賃上げ3%が焦点になっている。このあたりはどのように見たらいいのでしょうか。

スタジオゲスト
首藤若菜さん(立教大学教授)
労働組合と経営の関係など労働経済学が専門

首藤さん:
特に2023年は物価の上昇が非常に大きいので3%の賃上げも大変厳しいのですが、たとえ3%が実現したとしても実質賃金がマイナスになってしまう可能性はあります。
ただ、実質賃金をプラスにしていくためには、2023年もそうですが2024年、2025年と継続的に賃金を上げていくことが望まれると思っています。

桑子:
まさに異例の物価上昇を受けて、実は先ほどまで行われていた会議があります。
政労使会議(せいろうしかいぎ)というものです。

政府、企業、労働組合の代表者が賃上げに向けて話し合うものなのですが、8年ぶりに行われました。この意味合いとは、何でしょうか。

首藤さん:
政府は政労使会議を開催して賃上げの機運を高めていく、という意味では評価できる面もあると思います。ただ、問題はこの会議で何が話し合われて何が決まったのか、ということだと思います。

今、速報で流れているところに基づくと、例えば労務費(賃金や各種手当)を適切に価格に転嫁できる環境を図っていくと。ここで政労使が基本合意したということですが、この基本合意がどこまで実行性のあるものとして取り組めるのか、ということが今のところはまだよく分かっていないところでもあります。やはり、この実行性をどう担保できるか、というところが問われていると思っています。

桑子:
2023年の賃上げムードですが、これから日本経済全体の活性化につなげるためにも重要になるのが、全体の4割近くを占めるパートや契約社員などの非正規雇用で働く人たちの賃上げです。

非正規労働者の賃金は正社員と比べて7割程度と、長年低い状況が続いています。こうした人たちの賃金を上げようと2023年、今までにない動きが起きているんです。

非正規雇用に波及?

スキー客で賑わう長野県。

コロナ禍で苦境に立たされていたこのホテルでは、非正規雇用で働く人の時給を2022年、平均8%上げました。

非正規従業員
「すごくありがたいです。本当に来てよかった」

賃金を上げた背景にあるのは、人手不足でした。

ズイカインターナショナル 田島伸浩副社長
「宿泊業の求人倍率は他の業種の倍と聞いており、厳しい」

客足が戻ってきたサービス業では人材の奪い合いで、給料を上げないと働き手が確保しづらいといいます。

田島伸浩副社長
「ホテル業にとって人は根幹。サービス業の人手不足から、どうしても賃金を上げざるを得ない。上げないとなかなか人が集まらない」

賃上げの資金はどうするか。力を入れたのは、付加価値を生み出すことでした。

今ブームとなっているサウナファンの心をつかむべく、本場フィンランドの設備を導入。ゲレンデのすぐそばでサウナを楽しめるようにしました。

さらに、宿泊客がリモートワークできる環境も整備。客足を増やし、給料アップの原資を確保したのです。そして、住み込みの人にはまかないと寮費も無料にし、モチベーションアップを図りました。

非正規従業員
「バイトだと食費がタダですごく助かる」

こうした非正規従業員の待遇を改善する企業は増えています。大手小売ではグループで働く非正規社員40万人を対象に、時給を7%引き上げる方針を決定しました。

「非正規労働者の賃金を上げろ」

一方で、賃上げは一部にとどまっているとして、働く人の側から声を上げる新たな動きも。

2023年に始まったこの非正規春闘。個人でも加入できる16の労働組合が共に闘う取り組みです。これまで組合に加入していない非正規従業員は、個人で企業と交渉せざるを得ませんでした。2023年はおよそ300人が団結して企業に申し入れます。

コールセンターで契約社員として働く女性です。

毎月の手取りは19万円前後。上司に賃上げを相談しましたが、立場が悪くなることを恐れて強くは言えませんでした。

コールセンター契約社員
「『私がこれ以上給料上げたい場合ってどうすればいいですか』って言ったらすごく難しい顔をして、『これ以上どうせ上がんないし』って諦めていた」

2023年は非正規春闘に参加することで、思い切って会社側に主張できるようになりました。

非正規春闘実行委員会 青木耕太郎さん
「『春闘の要求書』という形で会社に渡すものを作っていきたい」

専門家のアドバイスにしたがって正式な要求書を作成。合同ストライキも交渉材料にし、10%の時給アップを目指しています。

コールセンター契約社員
「会社にもの申すって、怖いことじゃないですか。でも、本当に言わないと企業側も、私たち非正規雇用の人たちは今の給料だけで了承してるんだなって。やっぱりちゃんと言っていった方がいい」

“転換点”にできるか

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
この非正規春闘を受けて実際に賃上げをするという企業もあるということですが、首藤さんはこうした動きにどれぐらいの期待を持っていますか。

首藤さん:
現状でパートタイム労働者の組織率は8%ぐらいなので、パート労働者については9割の人たちがこうした春闘と無縁の職場で働いているということになります。ですので、これまで組織されてこなかった人たちや賃上げの交渉の舞台にも登場しなかったような人たちが、みずから声を上げて賃上げ交渉をするということの意義は非常に大きい、と思っています。

これをきっかけに職場で共に働く仲間たちを組織して広げていくことが、賃上げを実現するための糧になるのではと思っています。

桑子:
個人では声を上げてもなかなか通用しないことが、組織になると力になるという面もありますか。

首藤さん:
そうですね。やはり職場に組合があるということが、賃上げにとってはすごく重要だと思っています。

桑子:
では2023年の非正規雇用の人たち全体の賃上げ状況というのはどうなっているのでしょうか。この時間も続々と春闘の回答が集まっている、労働組合UAゼンセンの事務所にいらっしゃる会長の松浦昭彦さんに中継で伺っていきます。

これまで非正規雇用の方々の待遇の改善に取り組まれてきた中で2023年の春闘、どのように感じていらっしゃいますか。

UAゼンセン事務所 千代田区 中継
松浦昭彦さん (UAゼンセン会長/連合会長代行)
小売り・流通などの労働組合を束ねる

松浦さん:
私どもUAゼンセンでは流通業、サービス業を中心に、パートや契約で働く組合員が110万人以上おられます。これまでのところ正社員の賃上げも従来にない高額の妥結となっておりますが、パートの時給引き上げは7%台の先行妥結に引き続いて正社員を上回り、従来から進めてきた働き方による格差の是正は2023年、さらに進むものとみております。

職場の第一線で働くパートや契約社員の賃上げは生活の安定とともにモチベーションの向上にもつながり、企業が成長を図るうえで大変重要であるとの認識が経営者の皆さんの中にも広がりつつあるのではないか、と感じております。

桑子:
今後も労働組合として賃上げを実現していくためには、どういうことが必要だと考えてますか。

松浦さん:
もちろん先ほどあった組織化は大変重要ですが、それに加えて先ほど申し上げたとおりパートや契約社員の皆さんは第一線で働いておられますので、職場のさまざまな課題についていちばんよく知っておられる存在でもあります。

こうした意見を労働組合としてしっかりと集約をし、経営に反映していく。こうした活動を生産性の向上につなげ、賃金処遇の一層の改善を実現することにつなげていきたいと思っております。

桑子:
ありがとうございました。賃上げはこれまでもずっと叫ばれてきたわけですが、今こそ歴史の転換点とするために、首藤さんはどういうことが必要だと考えますか。

首藤さん:
まず、今なぜこんなに春闘が注目されるのか。そもそも1950年代に始まったこの春闘の正式名称は“春季生活闘争”です。物価高の中で生活を守るために賃上げをしなければならない、ということだと思います。

日本社会はこれまで、グローバル競争の中で国際競争に勝つためには人件費をどうやって抑えるか、といったことが長く議論されてきました。その結果、日本経済はよくなったのかというと、やはりデフレになって“安い日本”がつくられてきたと思います。

賃金を抑制して勝つということではなくて、賃金を高めながらも企業がきちんと稼いでいけるようにする。そのために労使が知恵を絞っていく、というようにマインドを変えていく。それがこの春闘に期待されていることだと思っています。

そのためには、いい意味で労使の緊張関係というものが必要だと思っています。今、春闘がそのいい労使関係を取り戻すきっかけになってほしい、と期待しています。

桑子:
2024年、2025年と、これからもずっと続いていってほしいところですね。

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