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2023年2月6日(月)

“カレーライスと物価高” ひと皿から見える世界の潮流

“カレーライスと物価高” ひと皿から見える世界の潮流

日本の国民食「カレーライス」に大異変が起きています。外食カレーの全国平均価格は、過去最高の721円に上昇。家庭用のルーの値上げも止まらない。背景には、世界規模で進む原材料費の高騰があります。異常気象によるインドのスパイスの収穫減、ウクライナ危機によるブラジルの鶏肉争奪戦、世界的なコンテナ船物流の混乱…。5,000品目以上が値上げされる2月、ひと皿のカレーから、驚きの世界最新事情をのぞき見ました。

出演者

  • 一条 もんこさん (スパイス料理研究家)
  • 阮 蔚さん (農林中金総合研究所 理事研究員)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

カレーライスと物価高 ひと皿から見える世界

桑子 真帆キャスター:
2月、また5,000品目を超える商品が値上がりします。今回注目するのは「カレーライス」です。

お店でのひと皿の平均価格を見てみますと、5年前は656円でしたが今は721円。過去最高となっています。

カレーの材料であるお肉、小麦、さらに野菜、スパイスなどは世界各地から日本に輸入されています。その一つ一つがさまざまな事情が絡み合って今、値上げにつながっているわけです。

まずはスパイスから見ていきましょう。

東京神田のカレー街 "食材が全部高い"

400以上のカレー提供店がひしめく、東京・神田。

本格的なスパイスカレーを出す人気店の店主・志賀さんは、丁寧に炒めたタマネギにスパイスを合わせ、8時間かけて煮込みます。スパイスは20種類以上。量も他店の3倍使うといいます。しかし、そのスパイスが今経営を苦しめています。

カレー店 店主 志賀弘唯さん
「高くなったものは、2.5倍ぐらい。2倍ちょっとぐらいかな。かなり痛手ですね」

なぜ、スパイスの価格が上がっているのか。

インドからスパイスを直輸入している卸売会社を訪ねました。インドと取り引きを始めて25年。今、かつてない変化が起きているといいます。

スパイス卸売会社 社長 ヒンガル ニッティンさん
「今、インド(経済)すごい調子がいちばん良いです。成長すると、どうしてもいろんな物が値上げになるのでスパイスも結構な値上げになっています」

スパイス価格の値上げ インド驚きの事情

2023年、中国を抜いて人口世界一になるとみられるインド。経済成長率も7%と世界をけん引しています。

人々が豊かになり、消費を拡大させる中、スパイスの需要も急増。価格が高騰しているのです。

そこに追い打ちをかけたのが、近年続く異常気象。インドでは11月から3月は乾季のはずが、相次ぐ大雨に見舞われました。その結果、カレーの香りづけに欠かせない「クミン」など、乾季に育つスパイスの生産が大きな打撃を受けているのです。

クミン農家
「異常気象のせいで大打撃だよ。今は収穫量が少ないんだ」

収穫されたクミンは、市場で競りにかけられます。今、クミンの取引価格は通常の2倍を超えているといいます。

小売業者
「スパイスの需要が急拡大して、価格を直撃しているよ。さらに最近は多くのインド人がより質の高いスパイスを求めるようになってきたんだよ」

インドの経済成長や異常気象に翻弄される、カレー店の志賀さん。他にもあらゆる材料が値上がりし、ひと皿のコストは1.3倍になったといいます。

「値上げ更新のお知らせ」
取材班
「突然届くんですか?」
カレー店 店主 志賀弘唯さん
「突然届きます」
「お肉の業者さんのお知らせの紙は、何度見たか分からない。納品の際に配達の方が最後に『こちら』って」
志賀弘唯さん
「『お願いします』って」
「お願いされたくないやつだ」

あの人気トッピングも… "物価の優等生"に何が

カレーの定番トッピングとして人気の食材にも、値上げの波が押し寄せています。

それは「卵」。

小出さんが店主を務める店では、卵を2個使った、ふわとろカレーが売れ筋です。

卵は"物価の優等生"といわれ、40年近くも価格が安定していましたが、今急激に高騰しています。

カレー店 店主 小出奈津実さん
「1箱、昔は3,000円だったけど、今は4,700円」

卵の価格がなぜ上がっているのか。

小出さんのカレーに使われる卵は、青森の養鶏場で生産されています。訪ねてみると、頭の痛い問題を抱えていました。

それは「鳥インフルエンザ」。感染は全国で広がっています。2022年9月以降、およそ1,200万羽が殺処分されました。

佐々木健さん
「日本の人口と同じで、1億4,000万羽いるんです。そのうち10%減っちゃったから、卵がなくなって相場が上がった」

この養鶏場では鳥インフルエンザは出ていませんが、それでも利益は圧縮されているといいます。

原因は、コストの6割を占めるエサ代。日本はニワトリのエサのほぼ全てを輸入に頼っています。その中で、世界4位の輸出量を誇るウクライナ産のトウモロコシがストップ。エサを運ぶコンテナ船の費用も世界的に高騰し、エサ代は1.6倍になりました。

日本の卵の自給率は96%ですが、その価格は海外の影響を強く受けてしまうのです。

佐々木健さん
「"物価の落第生"になりたいです。"物価の優等生"であれば、いろんな私らは作るためのコストが上がっても、それを相場、値段に跳ね返りができない」

小出さんは、卵の値上げをカバーしようと必死の試行錯誤を続けています。

小出奈津実さん
「パプリカがね、198円だったんですよ。買えない。
コーン入れて。ほんとはね、赤がほしいけど」

安く手に入る食材で彩りを補いました。

小出奈津実さん
「世間一般の方の給料が上がったわけじゃないのに、物価だけ、物の値段だけ上がって値上げなんて、客来なくなるよね。誰も悪くないの分かってるんですけどね。誰も悪くないんだけど、悲しい。何かね、うまく言えないけど」

カレーライスと物価高騰 外食も家庭用も

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
さまざまな要因でカレーが値上がりしているわけです。

大手チェーン店のポークカレーでは2022年、2度の値上げで514円から591円と、77円上がりました。さらに食卓に上がる家庭用のルーも、あるトップシェアの商品を見ますと2022年に7年ぶりの値上げで、318円が349円にまで上がりました。

きょうのゲストは、世界の食料事情に詳しい阮蔚(ルアン・ウエイ)さんと、スパイス料理研究家でカレーメーカーやお店の現状に詳しい一条もんこさんです。

まず一条さん、メーカーやカレー店の方々から実際にどんな声が聞かれますか。

スタジオゲスト
一条 もんこさん
スパイス料理研究家

一条さん:
やはり皆さん、カレーは安くておいしいというイメージをお持ちだと思うのですが、だからこそ値上げに対して相当な抵抗感があるんです。

ですが、どこかで調整しなければいけないので、トッピングの量を少し減らしたり、カレーをあいがけにすることによってボリューム感を持たせてお客様に気づかれないような工夫、そういったものを皆さんすごく考えていますね。

桑子:
自助努力で何とかしのいでいる状況なんですね。

カレーの値上がりは、スパイスや卵以外でもさまざまな背景が影響しています。

例えば、「中国産の野菜の高騰」です。外食のカレーというのはタマネギなど、中国の野菜をたくさん使っているのでお店にとってはかなりの打撃だということです。これがなぜ高騰しているのかといいますと、中国では今経済成長によって国内の消費が活発になっていることから、政府は増産を促すために補助金を出しています。

そうしますと、農業をする人が増えますので、農地を借りるお金、借地代が上がる。さらには中国では人件費も上がっているため、コストがどんどん高くなり、価格が高騰しているということです。

さらに、低価格を求める日本よりも、中国国内や、より高く買ってくれる他国への販売にシフトしているということです。

阮さん、中国の変化はどうご覧になっていますか。

スタジオゲスト
阮 蔚さん
農林中金総合研究所 理事研究員

阮さん:
多分、昔のように安い野菜を中国から輸入するのが難しくなっていくと思います。中国はかつて外貨獲得のためにいろんな補助金を出して農産物の輸出振興をしてきました。

桑子:
とにかく輸出に力を入れていたんですね。

阮さん:
そうです。しかし、そういう時代はすでに終わっています。中国政府自身は国内の安定供給にすでにかじを切っています。

桑子:
それで今、増産を促して補助金を出すようになっている。

阮さん:
そうですね。その他に中国の消費者のニーズも多様化しています。例えば、昔北京などの北方地域では冬になると大根とか白菜とか、数種類の野菜しかなかったのですが、今は冬でもいろんな野菜、トマトやパプリカ、そしてホウレンソウなど普通にあるということで、消費者は付加価値の高いもの、栄養価の高いものを求めるようになっています。

桑子:
より皆さんのニーズが多様化していると。

阮さん:
そうですね。とにかくおいしいものがあれば、また高品質のものがあれば、高くても構いませんという流れになっています。

桑子:
もう一つカレーに欠かせない「お肉」について見ていこうと思います。

中でも高騰したのが、業務用でよく用いられる「海外産の鶏肉」です。日本の鶏肉の輸入元というのは7割がブラジル、そして2割がタイです。今、エサ代が高騰していますが、それに加えて、この2つの国、それぞれに大きな異変が起きています。

例えばブラジルに関していいますと、ロシアのウクライナ侵攻によってウクライナ産の鶏肉が買えなくなったヨーロッパや中東の国々がブラジル産に殺到。ここで奪い合いが起き、価格が高騰しているということです。

また、タイでは新型コロナの影響でカンボジアなどから来ていた外国人労働者が帰国して戻ってこられず、鶏肉の生産が不安定になってしまいました。

さらに、こんなことも起きているんです。

加熱する食料争奪戦 現場で異変が

こちらは、大手商社の鶏肉買い付け部門。

伊藤忠商事 課長 田島翼さん(※電話の相手 タイの駐在員)
「原料が集まらない?そうなんや。これって中国に行ってるの、やっぱり。115万羽…、なかなかやな」
田島翼さん
「やっぱり手羽先も全部中国に行っているみたいで、集まらないという。なんとかして(日本に)出してもらうということをやらないといけない」

中国や他の新興国が鶏肉の輸入を拡大。争奪戦の結果、日本が買い負ける事態も起きていました。

田島翼さん
「ブラジルとかと交渉していると、中国が(鶏肉を)いくらで買っているのに日本は買う価格が安いので、もうちょっと高く買えないのかということが起きている。一番大変だなと思うのは、日本を向いてくれるのかどうかというところです」

もう海外から食料を買えなくなるのではないか。その不安を象徴する現場があります。

ここは、商社やメーカーなどが輸入した食品を保管する倉庫街。中は満杯の状態です。食料が手に入らなくなるリスクを見越して大量に買いだめされているのです。

二葉 冷凍事業本部長 松川悟さん
「フォークリフトが入る通路なんですけれども、そこもちょっとはみ出るぐらいな形で(品物を)保管しないと、なかなか(荷主の)ニーズに応えられない状況になっている」

仮に買い付け価格が下がっても保管場所がなく、思うように買えないジレンマに陥っています。

松川悟さん
「お客様が入庫したいというご要望があっても、出庫した分しか入庫が出来ない状況がありますし、買い付けが有利な時に思うように出来ない。そういうところは非常に苦労されている」

食料価格が高騰 世界で争奪戦に

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
現在、東京湾岸エリアにある倉庫の占有の率は104%と満杯状態になっています。阮さん、この状況はどう見たらいいのでしょうか。

阮さん:
このような状況は実は日本だけではなく、世界じゅうに発生しています。

特に2022年は世界的に食料価格が高騰し、先行きの不安からとにかく食料の争奪戦が激しくなってるということで、そうすると特に先進国は必要以上に輸入を増やしてきているということがあります。

桑子:
一条さんは、レシピ作りの現場などで感じることはありますか。

一条さん:
今まで私の教室で鶏肉は国産を使っていたのですが、鶏肉の高騰で2年前から海外産を使わざるを得ない状況になっています。以前は2キロ600円で買っていた鶏肉が、現在1,100円まで値上がりしています。

桑子:
倍近くですね。

一条さん:
本当に逃げ場がないような状況ですね。

桑子:
阮さん、世界で争奪戦になっているわけですが、この状況は今後はどうなっていくと見ていますか。

阮さん:
今後、多分激しくなっていくとすでに予測されているということで、例えば先ほどの鶏肉。鶏肉は豚肉とか牛肉とは違って、ほぼすべての宗教では食べられます。

まもなく世界一の人口になるインドでは、もし鶏肉の消費が急速に増えると、世界全体でまた価格が上がるでしょう。

桑子:
争奪戦がさらに加速しそうですね。カレーひと皿から世界のさまざまな情勢が見えてくるわけですが、実は最近の値上げ、日本国内のある事情も影響しているようです。

老舗食品メーカーの決断 昨今の"あの事情"で

この日、食品メーカーの営業マンが主力のカレー商品の商談に臨みました。このメーカーは8年間価格を据え置いてきましたが、ついに3月、値上げをすると決めました。

商品メーカー営業課長
「いろいろウクライナの問題とかありまして、非常に小麦粉等の(価格が)上がっている現状なので」

原材料費高騰に加え、別の事情も説明しました。

商品メーカー営業課長
「昨今、お話の中で賃上げという部分も、いやらしい話ですが、弊社の従業員にもそういう(賃上げの)話が出ていまして、どうしてもやむを得ず3月1日より価格改定をさせていただきたい」
店長
「分かりました。検討させていただきます」

終戦の年に家庭用のルーを売り始めた、この会社。これまで企業努力を積み重ね、価格の維持に努めてきましたが、それももう限界。

オリエンタル 管理本部 星野恭徳さん
「段ボールもやはり(価格が)上がっています。化粧箱、箱の部分、こちらも15%から20%上がっている」

あらゆるものが値上げする中、従業員の給料も上げたいと考えました。

星野恭徳さん
「カレーとひとくちに申しましても、いろんな方にご協力いただきながら商品が作られるわけで、今後ある程度日本経済の底上げの意味も含めて、賃金の上昇は考えていかなければいけない」

美味!節約カレーレシピ 旬の野菜で時短も

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
企業としては厳しい状況の中で賃上げも迫られているというわけです。

こうした中で、私たちが日々の中で何かできることはないかということで、一条さんに今だからこそ作れるレシピというのを考えていただきました。

2つご紹介します。まず、「時短で節約!大根とひき肉カレー」です。

一条さん:
今、油が高いですよね。なので、サラダオイルを一切使わずにひき肉の脂だけで作るカレーです。なおかつフライパンで作るので、長時間煮込まないから光熱費も節約することができます。

桑子:
カレーというと煮込む印象がありますが、炒めると。

一条さん:
炒めることで、フライパンで作ることができます。さらに大根を入れることによって、ひき肉の量もいつもよりも少なめで。節約しつつも大根を入れることでうまみもアップし、食感も増します。よりおいしいので、一石二鳥です。

桑子:
満腹感も培われるということですね。そして「季節で変わる!旬野菜カレー」です。

一条さん:
今は冬なので白菜を使ったカレーですが、季節折々の野菜を入れていただいて、いろんなカレーに仕上げることができます。春は春キャベツ、夏はナス、秋はサツマイモのように、いろいろな食材で楽しめるので、旬の野菜というのはカレーにぴったりです。

桑子:
白菜は水っぽくならないのでしょうか。

一条さん:
そう思う方も多いですが、実は水分でよりうまみが増すので、カレーにはぴったりです。

桑子:
むしろ水の量を減らして白菜の水分で、カレーをおいしくする。

一条さん:
さらに、地元の野菜ってあるじゃないですか。地元の野菜は安く買うこともできるし、何よりうまみが強い。積極的に地元の野菜を入れていただくということもすごくポイントになってくると思います。

桑子:
地元の野菜は輸送コストがかからない分、比較的安く手に入れられるということですね。

一条さん:
まさにカレーはピンチをチャンスに変える料理でもあります。

桑子:
ありがとうございます。

阮さんにも伺いますが、地元の物を使うということは、やはりこれから大事になってきますか。

阮さん:
とても大事ですね。特に日本にとっては。日本は食料の自給率が大変低いです。低すぎます。とにかく輸入に頼っています。

桑子:
どういうリスクがありますか。

阮さん:
輸入に頼るということは、例えば物流の困難とか2022年のように地政学リスク、物価高、とにかくあらゆるリスクを抱えることになります。

桑子:
今後、日本に求められてくることはどういうことでしょうか。

阮さん:
輸入価格が高くなっている今、日本にとっては実はいいチャンスです。農業政策を変えるよいタイミングだと思います。

桑子:
どう変えるのでしょうか。

阮さん:
日本の農業は、これまでとにかく「味」に特化してました。高品質のもの、また高価格のものを求めてきましたが、そうすると量はあまり求めてこなかったという部分があります。もちろん味はとても重要ですが、これからは味だけではなく、量も求めていくということですね。

桑子:
大量生産しようとすると、それなりに農家の方にとってはリスクも伴ってくるかもしれません。そこを支える仕組みというのも必要ではないでしょうか。

阮さん:
そうですね。アメリカ・EUも実は大農業国ですが、手厚い農業保護をやっています。日本もアメリカ・EUと同じように、例えば所得補償とか農家を支えていく、農業を守っていくという必要があると思います。

桑子:
ありがとうございました。最後は、北海道の小さな小学校のカレーを巡るお話です。

北海道のある小学校 食材は地元野菜で

この学校の名物が、給食のカレー。19種類のスパイスを使う本格派です。子どもたちに豊かな食文化を知ってほしいと、10年以上前から続けています。

物価高の中、伝統を守るため試行錯誤が続いています。

栄養教諭
「鶏肉が上がってますね。他のお肉も、ちょっとずつ上がっています」

苦しい状況を支えてくれているのが、地元の農家。

「置戸は玉ねぎ農家さんがすごく多いから、ただで寄付してもらってる」

タマネギ、ジャガイモ、規格に合わず市場に出しにくい野菜も給食では大助かり。

栄養教諭
「甘味が強い品種なんですよね。『ニンジンおいしいです』ってけっこう言ってくれる子、多くて」

地元の食材がたっぷり入った自慢のカレーです。

栄養教諭
「ずっとこのカレーで置戸の子どもたち育ってきていると思うので、子どもたちの好きなカレーは出してあげたいな」
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