クローズアップ現代 メニューへ移動 メインコンテンツへ移動
2023年1月10日(火)

沢木耕太郎 自由を広げ、生きる

沢木耕太郎 自由を広げ、生きる

「人生最後のノンフィクションになっても納得がいく」。作家・沢木耕太郎さんがそこまで語る最新作『天路の旅人』。主人公は第二次大戦末期、日本軍の「密偵」として中国大陸の奥深くまで潜行し、8年にわたって旅を続けた西川一三。しかし帰国後は一転、淡々とした日々を過ごしました。その生き様に「理想」を見たという沢木さん。“自由を広げて生きる”尊さとは。貴重な単独インタビューを、2023年の幕開けに送りました。

出演者

  • 沢木 耕太郎さん (作家)
  • 大沢 たかおさん (俳優)
  • 斎藤 工さん (俳優)
  • カシアス内藤さん (元東洋ミドル級チャンピオン)
  • 満島 真之介さん (俳優)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

作家 沢木耕太郎 自由を広げ、生きる

桑子 真帆キャスター:
めったにテレビの取材を受けない沢木耕太郎さん。語ってくれたのは、この冬に出した本の主人公、西川一三についてです。

第2次世界大戦末期、陸軍のスパイとして中国の内蒙古からチベット方面へ潜入。終戦後もヒマラヤを越えインドに至るなど、8年にわたって果てしない旅を続けました。ところが帰国すると一転、淡々とした日々を過ごします。

その生きざまに理想を見いだしたと語る沢木さん。一体なぜなのか。インタビューは新たな年を迎えた私たちに力をくれる言葉であふれていました。

『天路の旅人』を書き終えて

桑子 真帆キャスター:
(『天路の旅人』を)四半世紀かけて書き上げたわけですよね。今のお気持ち、どういう感じなんですか?

作家 沢木耕太郎さん:
解き放たれたって感じかな。肩に荷はなかったけど、すごく心が解き放たれて「ああ自由になった」って思いましたね。さすがに『天路の旅人』は、やっぱりよく根気が続いたなと思う。とりあえずここまでよくできたと思うので、これが仮にノンフィクションの作品としての最後になることがあったとしても何か納得すると。

桑子:
今回取材に応じていただいたことは、やはりそれなりの思いがあったということですか。

沢木さん:
やっぱり書き上がると陽気になる。つい浮かれてここに出てきちゃった(笑)。

カシアス内藤さんが語る 作家 沢木耕太郎とは

デビューから52年。沢木さんはこれまでノンフィクションを通じ、人物の内面に鋭く迫ってきました。

一度引退したボクサーがカムバックするまでの葛藤を描いた『一瞬の夏』。元東洋ミドル級チャンピオンのカシアス内藤さんは、その主人公として取材を受けました。

元東洋ミドル級チャンピオン カシアス内藤さん
「話を聞く側じゃなくて『いいのかよ』とかさ、そういう言葉でもなんでも言われるし沢木さんも言いますよ、『君、それでいいのかよ』っていう取材なんかないよ、普通。ストレートに言ってくることなんかない。俺はチャンピオンとして見てね、聞いてるんじゃないし、そうじゃなくて『お前自身だよ』っていう考えを持って俺に接してくれてる」

本を読んだ時、自分の全てが書かれていると感じたといいます。

カシアス内藤さん
「ストレートに書かれることなんて普通ないんだよ。みんなちょっとデコレーションしてさ、やるんだけどあの人はそうじゃない。そのおかげで、たぶん俺は本当の自分を知ったのかもしれない。いい部分も悪い部分も、もう1回考え直させてくれる良い本だよね。だからバイブルみたいなんだよね、ありがたいよね」

西川一三という人物とは

さまざまな人間の生きざまを見つめてきた沢木さんが、最後のノンフィクションでもいいと語ったのが最新作『天路の旅人』。西川一三が残した3,200枚に及ぶ原稿を読み込み、25年をかけて書き上げた作品です。

原稿には、西川の8年にわたる旅の道筋や目にした光景などが克明につづられていました。

桑子:
(書き切ろうという)執念を感じました。

沢木さん:
どうなんでしょう。3,200枚の原稿が僕の家に送られてきた時に、一人の人間の人生を預かったような気が。すごく苦労して彼が書いたもので、しかもなかなか日の目を見なかった。西川一三さんの人生がこもったものを僕が預かって、そして世の中に知らしめたいと僕は思ったわけです。西川さんがそう思ったかどうかは別にして、僕は西川さんという人が、こういう人がいたというのを知らしめたかった。

第2次世界大戦当時、日本の勢力圏にあった中国・内蒙古。「お国のために活躍したい」。西川一三は、この地で蒙古人に成りきる訓練を受け、スパイになることを決意します。

陸軍の密命を受けたのは1943年、25歳の時。敵国、中国の実情を偵察するため、内蒙古からチベットへと潜入しました。敗戦を迎え、国家の後ろ盾を失っても帰国せず、8年にわたって未知なる領域への旅を続けました。

沢木さん:
彼は密偵から旅人になっていった。旅人になったけれど、お金はない。頼る人もいない。国のバックアップもない。僕たちは、まだパスポートを持っていけば日本国が助けてくれるけど、彼はそれもなかった。逆に言うと、すごく純粋な旅人になったわけですよね。

桑子:
しがらみのない。

沢木さん:
全くなにもない。ないということはすごく困難なことだけど、逆にすてきなことでもあって、旅の純粋さというか「旅の純度」をすごく高めることになる。彼は旅をしながら働いたり、言葉を覚えたり、そして旅人としての力をつけていって、その力によって切り開いていくわけです。一人の旅人として一人旅をずっとしていく。何も持たない。こんなに純度の高い旅をした日本人はいないんじゃないかと思うんです。

軍のスパイだった西川は、旅の途中、何もできない自分を突きつけられます。打ちのめされたのは、蒙古人の巡礼僧なら誰もができる火おこしの準備すらままならない時でした。


テントの中でぼんやりしているのは西川だけだった。/
みんなの前で自分がいかに旅人として無力かを見せつけられたように思った。
恥ずかしかった。

『天路の旅人』より

頼れるのは自分だけ。崖のように切り立った山道を越え、物乞いに紛れて命をつなぐ中、西川は一つずつ生きるすべを身につけていきます。


困難にぶつかるたびに奮い立つ自分がいるのを感じていたが/
それをひとつひとつ乗り越えていくのには喜びに似たものがあった。

『天路の旅人』より

そして、どのようにでも生きられると自信がついた時、国家や使命など背負ってきた全てのものから解き放たれていきました。


人から見れば、全て最下層の生活と思われるかもしれない。/
しかし、あらためて思い返せば、その日々のなんと自由だったことか。

『天路の旅人』より

桑子:
どうしてそういうものを「いいな」って思われるんですか?

沢木さん:
何て言うんでしょう。西川さんは結局一人旅をします。一人の人。ソロというのは基本的に自分で何でもできなくてはいけないわけです。西川さんも、一人で生きていく手だてを自分で身につけるようになる。僕も、西川さんとは違うけど、ソロで生きていくということができる人間でありたいと思うんです。

桑子:
どうしてですか?

沢木さん:
何でも自分でできた方がいいじゃないですか。例えば、炊事でも洗濯でも掃除でも、自分一人でできた方が自由になれるじゃないですか。

桑子:
自由ですか?

沢木さん:
人に縛られるということがない。もし自分でできればそれだけ自由になれると思うんです。自分で一人で、できるだけ一人でできるようになっていたい。

桑子:
そこに至るまで相当な時間と労力はかけていらっしゃる?

沢木さん:
自由度というのを「制約からの自由」ということに考えると、制約を受けているものを外していくために結構し烈な闘いはしたと思う。例えば、よく若いライターにいろいろ話をすることがあって、その人たちと話をして、こう言ったら彼らにはかわいそうだけど「あっ、彼らより俺の方が努力してるだろうな」と思ったりはする。その状況、立場を獲得するためにやっぱり努力は必要だと思うし、努力したと思うし、そういう自由を獲得するための20代、30代、40代初めぐらいまでやっぱりものすごく努力したと思う。

斎藤工さん 大沢たかおさんが語る『深夜特急』

大学卒業後、将来が約束された大手企業を一日で辞め、ルポライターとしての道を歩み始めた沢木さん。ところが原稿が売れ始めた26歳の時、全ての仕事を投げ出し、ユーラシア大陸を横断する旅に出ます。


多分、私が回避したかったのだ。決定的な局面に立たされ、選択することで、何かが固定してしまうことを恐れたのだ。逃げた、といってもいい。

『深夜特急』より

この1年余りに及んだ旅の記録が、代表作『深夜特急』。沢木さん自身何もできない自分を自覚し、生きるすべを一つずつ身につける中で解き放たれていきました。


日がたつにつれて、しだいに身が軽くなっていくように感じられる。言葉をひとつ覚えるだけで、乗り物にひとつ乗れるようになっただけで、これほど自由になれるとは思ってもいなかった。

『深夜特急』より

沢木さんの自由を追い求める姿は、今を生きる多くの人に影響を及ぼしています。

俳優の斎藤工さんは、もがき続ける沢木さんの姿に自分の現在地を問われたといいます。

俳優 斎藤工さん
「自分に問いただされている。とどまってていいのかっていう。その道を進んでいかないといけないと思っていた自分と向き合わされる。動かないというか、失敗をしない道をみんな選ぶことによって、鍛えられない筋肉があるっていうことなんだと思うんです。でも、これは無駄だなって思うような誰にも見られたくないような恥ずかしい思いだったり、そういう思いの中に生き抜いていく上で必要な部分が鍛えられる。そこにしか、もしかしたらないのかもしれない。生きていく上ですごく必要な体験を意図的にしにいこうという」

ドラマ『深夜特急』で沢木耕太郎役を演じた大沢たかおさん。自ら求めなくては自由を得られない。旅を追体験する中で、そう気付かされたといいます。

俳優 大沢たかおさん
「自由って結構痛みがつきまとっちゃうんだな、とか。そりゃそうですねよね、成長するには、けがをしないと分かんないですもんね。自由と思いこんでる自分の枠の中にいるだけとか、組織の中にいるだけの自由って与えられた自由なんで、それもひとつの自由だけど、もしかしたら沢木さんが感じたい自由はもうちょっと違うところにあって。人によってはロマンチストって言われるかもしれないけど、誰にも入り込めない自由というか、世界中の誰も何も言えない自由。そういうことを少し思ったりすることはあるのかなと」

作家 沢木耕太郎が語る「自由」とは何か

作家 沢木耕太郎さん:
僕が望んでるのは、何かに「制約されない生き方」なんだなと何となくそう思ったことがあって、もちろん文章を書いたりすることの中で何らかの形の制約は受けます。だけど、いい仕事をしていけば選択の基準は広がりますよね。制約をできるだけ排除していくというか遠ざけていって、自分が選択できる幅を広くする。そういう生き方が心地よいと思ったんじゃないかと。大げさに闘う必要はないけど、ひそかに闘って、1ミリでも1センチでも自由の広さを広げるという。それはやってもいいような気がするな。

桑子 真帆キャスター:
沢木さんの中で、自分の場所を見定めた先にあるものとは。

沢木さん:
すごく強引に聞こえるかもしれないけど、西川さん的な感じ。何があっても、364日仕事はしないけれど、364日淡々と仕事をし、そして仕事の帰りに2合の酒を飲む。それって、どこかの"境地"という感じだよね。

沢木さんが"境地"という西川一三の生き方。壮絶な旅を終え、33歳の時に日本に戻ると、その生活は一変します。偶然職を得た盛岡で小さな化粧品店の店主として生きた西川。元日以外の364日、毎日決まった時間に店に出て、夜はなじみの店で日本酒を2合飲んで帰宅する。ひたすらに淡々とした日々を繰り返し、2008年に89歳で亡くなりました。

沢木さん:
仕事をきちっと9時から5時まですると、お店を畳んで帰りに居酒屋で一人で2合お酒を飲む。それだけで彼は十分満足だった。西川さんは僕の父親と同じ世代なんですけど何かたたずまいが似てて、あまり大きなものを欲しがらない。多くを欲しがらない。自分で今手に入れられている仕事と生活をただ淡々と生きていく。そういう生、生きることというのは本当に僕は一種の理想形のような気がします。

沢木さんの父、二郎さん。溶接工として働き、毎日1合の酒と1冊の本さえあれば満足だという人でした。金や権力に一切興味を示さず、同じ毎日を繰り返す父親。

一体どんな人間なのか。病床の父を前に記憶をたどった時、何者でもない自分を静かに受け入れ、その状態に満足していたと気付きます。


もしかしたら、無頼とは父のような人のことを言うのではないか。
放蕩もせず、悪事も犯さなかったが、父のような生き方こそ真の無頼と言うのではないか……。

『無名』より

淡々とした日々の中でも満たされていた父親と、西川のたたずまい。足るを知り、生きる。沢木さんが理想形だと語る人としてのあり方です。

沢木さん:
単純なことの繰り返し、その中で自分が充足してる。その繰り返しというのは僕には尊いもののように思えるんです。今はあっち行ったりこっち行ったり、あの人に会ったりこの人に会ったり、まだまだいろんな影響を受け続けてると思うんだけど、もうちょっとしたらある状況の中で自分ができることをただ静かにやっていく。ただ、例えば僕の父親となにか違うとすれば、旅をする金は少し欲しいかなとか。外国に行く時に、ちょっとお金は必要かなとか、それくらいは思いますけどね。

桑子:
沢木さんが追い求めているものは何か。ひと言で表すとどういう言葉ですか?

沢木さん:
追い求めてる…。まず謝んなきゃいけないんだけど、追い求めているものはない。追い求めない。そういうものはないな。目の前の仕事を楽しんでやってるだけかな。それ以外に、高みにある何かを求めてたり、もっと向こうの何かを求めてるってことはない。

桑子:
その先に待っているもの…。

沢木さん:
(その先に待っているもの)は、何もなくていい。その仕事が一個終われば、それでオッケー。そして終わったと思って、海面に顔を出して息をついでふぅ~っとおいしい息を吸って。まだ潜りたければ潜るし、この空気をずっと吸っていたければ、吸い続ければいい。それだけで十分。

桑子:
今はまた潜りたいですか?

沢木さん:
潜りたい感じはあるな。

桑子:
ありますか?

沢木さん:
うん。

桑子:
どんなところに?

沢木さん:
それは驚かせたいじゃない(笑)。

2023年をどう生きるか

この冬、25年にわたる1つの仕事を終えた沢木さん。毎朝同じ道を歩き仕事場に向かうという日々を送っています。

作家 沢木耕太郎さん
「ひとつのことに関わって、それで終わって、今はちょっと、ふーって息をついでいるところですかね」

「2023年をどう生きたいか」。

そう問うと、沢木さんらしい答えが返ってきました。

沢木耕太郎さん
「やっぱり、僕なんかよりもコロナに対してすごく制約を受けた若い人たちが自由になってほしいと思う。『深夜特急』という本を書いた時、読者に向かって最後に1行書いたんです。「恐れずに。しかし、気をつけて」。
今僕は逆に、「気をつけて、だけど恐れずに」って。失われた何年間を経た若い人たち。彼らが気をつけて、でも恐れないで、そして自由を広げていってくれる。そういう1年になればいいなと思います」
見逃し配信はこちらから ※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

この記事の注目キーワード
文芸・出版

関連キーワード