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2022年11月30日(水)

事件の“その後”に何が 犯罪被害者の闘い

事件の“その後”に何が 犯罪被害者の闘い

もし無差別事件によって突然日常が奪われたら―。いつ、どこで犯罪に巻き込まれるか分からない現代。様々な事件の被害者や遺族が、事件の“その後"、どんな状況に直面しているのか全国を取材しました。見えてきたのは、事件の傷が癒えないだけでなく、精神的にも経済的にも追いつめられ、苦しみが深まっている実態です。「犯罪被害者等基本法」の成立から間もなく18年。犯罪被害者に必要な支援とはどのようなものなのか。徹底検証しました。

出演者

  • 齋藤 実さん (琉球大学法科大学院教授・弁護士)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

事件の"その後"に何が 犯罪被害者の現実とは

市川武範さん(57)は事件で2人の子どもを失いました。2020年5月、面識のない男が突然自宅に押し入って拳銃で子どもたちを殺害し、その場で自殺したのです。

亡くなった長女の杏菜さんは当時22歳。飲食店で働いていました。16歳だった次男の直人さんは高校に入学したばかりでした。

市川武範さん
「(杏菜さんは)家族思いで真面目で、頑固で曲がったことが嫌いな子でした。直人はこれまたかわいかった。声が聞けない。話が聞けない。笑顔が見られない。寂しい、寂しさだけですね」

事件の前、市川さんは自営業、妻はパートで働き、家計を支えていました。30年のローンを組んでマイホームを購入。しかし、その平穏な暮らしは事件で一変しました。

市川武範さん
「(フローリングの)溝には、まだ直人の血痕が残っています」

現場に居合わせた妻はその後、PTSDと診断。市川さん自身も精神的に不調をきたし、働くことができずにいます。

住み続けることも、売却することもできない自宅。市川さんは、新たに借りた部屋の家賃と残された住宅ローン、二重の負担を背負うことになったのです。

市川武範さん
「いきなり生活困窮者になってしまった。住むことはない、暮らすことはないけれども、住宅ローンの残りを70歳まで払い続けていくんだなと。むなしいですよね」

なぜ、犯罪被害者がここまで追い詰められるのか。

国が2004年に定めた「犯罪被害者等基本法」では、"再び平穏な生活が送れるまで必要な支援を途切れなく受けられるようにする"としています。しかし、その理念は市川さんの現実とはかけ離れています。

国から経済的支援として受け取ったのが「犯罪被害者等給付金」です。

給付金は、被害者の年齢や収入などに応じて算出され、その額は320万円からおよそ3000万円と幅があります。

杏菜さんはコロナ禍で仕事が休業となり、事件当時の収入はゼロ。高校生の直人さんも収入がなく、支払われたのは2人合わせておよそ680万円と最低額に近いものでした。

給付金を取り崩す生活を続けて1年余り。先行きは全く見えていません。

市川武範さん
「被害者の遺族がそんな苦しい思いをしなければ、この国で生きていけないというのが悲しい現実。道半ばで2人の命は奪われ、経済的な負担はさらに重くのしかかっている。今後、どうしていきゃいいんだ」

国の制度が必ずしも救済につながっていない現実。

そもそも国は給付金を「見舞い金的」なものとしており、犯罪被害について賠償責任を負うのは「加害者」だとしています。

しかし、こうした考えでは現実に対応しきれないことも分かってきました。

7年前に息子を殺害された森田悦雄さん。当時、小学5年生だった次男の都史くんは、家の近くで遊んでいた時、近所に住む男に突然襲われました。都史くんは胸や頭などを10か所刺され、森田さんが駆けつけた時にはすでに意識はありませんでした。

森田悦雄さん
「『都史くんが私から離れていくんやな、これは』っていう。ほんまにつらくて、ほんまに残念やし。子どもがつらい思いしているのに、私らはなんにもできないのかと思ったら、ほんまにつらかった」

森田さんは刑事裁判に合わせて、加害者に損害賠償を申し立てました。裁判所はおよそ4,000万円の賠償を命じましたが、加害者は全く応じませんでした。その対応に納得がいかないと、森田さんは弁護士費用を借り受けて民事裁判でも訴えます。

民事裁判でも4,400万円あまりの損害賠償の支払い命令を勝ち取りました。 しかし、それから4年がたった今も1円も支払われていません。日本弁護士連合会の調査では 、殺人事件の被害者側が受け取った賠償金は裁判などで認められた額のうち、13.3%にとどまっています。

加害者にはせめて賠償金を支払うことで謝罪の姿勢を示してほしい。その思いはかなわないまま、森田さんは今も裁判費用の返済を続けています。

森田悦雄さん
「私はまだ今のところは一歩も二歩も進んでいないです。(事件から)7年間たって耐えることを教えてくれただけ。ほんまにそんなことしか感じる部分ないんよ」

犯罪被害者 なぜ救済につながらないのか

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、犯罪被害者支援に詳しい弁護士の齋藤実さんです。


VTRでもお伝えしましたが、被害者を支援することを定めた基本法が日本にはあります。そして、国の経済的支援として給付金もあります。ただ、必ずしも救済につながっていない現実が見えてきたわけです。

中でも、加害者が責任を負うべきだとされているのに、裁判などで認められた損害賠償のうち支払われた金額の割合が強盗殺人では1.2%、殺人は13.3%、そして傷害致死の場合は16%と、ほとんど受け取ることができていないわけです。

齋藤さん、どうしてこういうことになってしまっているのでしょうか。

スタジオゲスト
齋藤 実さん (琉球大学法科大学院教授・弁護士)
犯罪被害者支援に詳しい

齋藤さん:
そもそもこの数字ですが、弁護士がついて裁判で勝ったうちの13.3%ということになります。裁判で勝つ、あるいは話し合いで支払う約束になっていたけれども、13.3%しか払われない。なぜかというと、まず一番大きなところは強制執行が実は難しいということがあります。判決に勝っても、実際加害者の財産を差し押さえることが必要になってきますが、なかなか犯罪加害者の財産を知ることは難しいです。

桑子:
強制執行は誰がするものでしょうか?

齋藤さん:
被害者自身が弁護士を雇うこともありますが、基本的には被害者がすることになります。あるいは、刑務所に入っている加害者もいるので、実際強制執行はなかなか難しい。なので、この数字になっています。

桑子:
犯罪被害者支援ですが、海外ではどうなっているのでしょうか。

例えば、ノルウェーやスウェーデンの場合は、加害者が損害賠償を支払わない場合、国が加害者に代わって損害賠償を立て替えたり、加害者から回収も行ったりしています。また、ドイツでは同じく国が犯罪被害によるケガなどの「治療費」、それから「住宅改築費」などを負担しています。

これを見ますと、なぜ日本は海外のようにできないのでしょうか。

齋藤さん:
まずこの制度についてご説明させていただきたいのですが、特にノルウェー、スウェーデンの制度はかなりユニークかと思います。加害者に対して被害者が損害賠償請求をしても認められない。これは日本と同じですが、その場合、国が被害者のほうに「強制執行をお手伝いしましょうか」という連絡が入ります。

桑子:
連絡が入るんですね。

齋藤さん:
はい。ですので、国から強制執行をしてもらえると。ただ、それでもなかなか全額は払われない。そのため、国から被害者に立て替え払いをすると。北欧はこういう制度になっています。

桑子:
その考え方のもとになっているのは、日本と何が違うのでしょうか。

齋藤さん:
なかなか難しいですが、やはり「誰が犯罪に遭うか分からない」のだと。ひと事として考えない。自分のこととして考えているということが北欧、あるいはドイツもそうですが、根本にある考え方なのだと思います。

桑子:
国が主体的に犯罪被害者の支援をするという考え方が大もとにあるわけですね。

齋藤さん:
おっしゃるとおりだと思います。

桑子:
この状況をどうにかしたいと、被害者たちがみずから動き始めています。その先頭に立つのは、弁護士の岡村勲さん、93歳です。18年前の基本法、成立の立て役者が再び立ち上がった思いとは。

苦しみ"自分で最後に" 犯罪被害者たちの闘い

2022年3月、犯罪被害者の新しい団体が発足し、全国からおよそ100人が集まりました。代表に就任した岡村勲さんは、今度こそ基本法の理念を実現させると決意を述べました。

『新あすの会』代表幹事 岡村勲さん
「自分たちが味わった同じような苦しみを、これからの被害者に味わわせたくない。やはり、これはしっかりした補償制度を作っておく必要がある」

長年、被害者運動の先頭に立ってきた岡村さん。突き動かしてきたのは、25年前に殺害された妻への思いです。妻の眞苗さんは、岡村さんを一方的に逆恨みしていた男に殺されました。

岡村勲さん
「申し訳ないということですよね。私のことで命を失ったわけだから。せめて被害者のための仕事をして『お前は亡くなったけれども、こんな制度を作り、日本を変えたよ』ということを向こうに行ったときに報告したいと思います」

18年前、75歳の時に基本法を成立させ、経済的補償にも道筋をつけたと考えていました。しかし、今なお苦しむ被害者の声を受けて再び立ち上がったのです。

岡村さんたちが求めているのは、
海外ですでに実現している、
▼国が損害賠償を立て替えたり、
▼治療費などを直接負担したりする制度です。

11月、永田町を訪れた岡村さん。国会議員や省庁の担当者たちを前に、新しい制度の必要性を訴えました。

岡村勲さん
「決して被害者はお金を取ってまでね、取れば取ったで悲しくなるものなんです。だけど、お金をもらわなければ生活ができない。そういうことで頑張っているわけです。我が身に置き換えてもらいたいんです。『自分が被害を受けたらどうするか』ということを考えて、被害者に対応していただきたい」

岡村さんが国を動かそうと奔走する一方、被害者に目を向けてもらおうと地域から社会を変えようとする遺族もいます。

三重県に住む寺輪悟さんは9年前、当時15歳だった娘の博美さんを亡くしました。

寺輪悟さん
「俺が言うのもなんだけど、さっぱりしたいい子なのよ。残念だ」

博美さんは友人と花火大会に出かけた帰り道、見ず知らずの男子高校生に暴行を受け、命を落としました。

変わり果てた娘と対面した数日後、追い打ちをかける出来事がありました。自宅に送られてきた遺体の検案に関する請求書。

寺輪悟さん
「博美の名前で屍(しかばね)の死体検案に関するっていう」

博美さんのことが「屍(しかばね)」と記され、さらに、「振込人名義は『死者名』で」という注意書きまでありました。

寺輪悟さん
「払いに行ったよ、これ。泣きながら。どん底にいる遺族にとっては、もう一度殺されたような気分ですね。本当に事務的。人の気持ちを考慮していない書面。博美は、2回も3回も4回も5回も、こういう形で殺されています」

こんな思いをするのは自分で最後にしてほしい。寺輪さんは県知事に宛てて手紙をつづりました。


行政・司法の接し方があまりにも冷たい
遺族の悲しみを少しでも和らげられるようにお力添えを

三重県知事(当時)に宛てた手紙より抜粋

さらに、県内29のすべての市と町に足を運び、自治体のトップに訴えました。寺輪さんの思いを受けて、すべての自治体が動きました。犯罪被害者に特化した条例などをつくり、支援を推し進めることにしたのです。

その結果、見舞金や公営住宅への優先的な入居、家賃の補助や家事援助などの日常生活の支援も実現しています。

条例ができたことで、被害者や遺族と直接関わる担当者の意識も大きく変わろうとしています。

自治体や警察、民間の支援団体などが参加する県主催の勉強会。架空の事件をもとに、被害者への対応について意見を出し合います。

三重県 担当者
「長男と長女が亡くなったということで。お父さんがですね、死体検案書を警察に届けに行ったところ、そのあとに『役場へ死亡届を提出しに行って下さい』と案内されたということとします」
警察の担当者
「『とにかく(役場に)行って』と言うだけだと、それじゃあまりに冷たいし。『(役場の)担当にはお伝えしておきます』というひと言があったら、被害者の方も行きやすい」

被害者がどこに住んでいても適切な対応が受けられるよう、毎年すべての自治体が参加しています。
(※遺体検案に関する請求書も、その後見直されています)

寺輪悟さん
「日本全国に犯罪被害者はたくさんいます。でも、よほどの大惨事ではないかぎり、みんなの記憶からは消えていくと思います。それだけ手厚いケアはないということです。悲しみは消えませんけれども、(全国の犯罪被害者には)ともに生きていくという思いになってほしい。それだけですね」

犯罪被害者等基本法が成立して18年。被害者たちの声を、政治はどう受け止めるのか。基本法の成立に中心的に携わり、今もこの問題に取り組む上川陽子元法務大臣に問いました。

上川陽子元法相
「いま、この18年たった法律にもいろんな形で現実の変化の中で改定をしていかなければならないというのは当たり前の話ですので、その時が来たのかもしれない。いつになったら日常生活、平穏な状態まで戻ることができるのか、ずっと続くという状態。こうしたことをサポートしていくには、やはり安定した経済的な基盤というものが大事ですので、そこに特に集中した形で抜本的な改革をしていく必要があると。(来年の)5月、6月の骨太の方針に向けて、これが一番直近の大きなタイミングですので、それを目指して動いていきたい」

相次ぐ事件・犯罪 被害者を守る制度とは

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
政治側にも問題意識はある。ただ、まだ課題は多いようです。

改めて日本の「犯罪被害者等基本法」では、「再び平穏な生活を営むことができるようになるまでの間、必要な支援等を途切れることなく受けることができるようにする」。そして、それは国・地方公共団体に「責務」がある、つまり自治体にも「責務」があるということです。

齋藤さん、行政にはどういうことが今求められますか。

齋藤さん:
特に、自治体に対しては条例の制定というのは非常に重要と考えています。条例は身近ですし、あと迅速に動くことが可能になります。犯罪被害者支援に当たっては、迅速に動くことが早い被害救済につながるからです。

ただ、他方で問題もあります。今、条例がある自治体と、ない自治体もあります。例えば、大きな事件で被害者の方があるA自治体とB自治体にいらっしゃったとき、A自治体には条例がある。しかし、B自治体には条例がないというのが今よく起きうることであります。ですので、条例のある、ないという格差をなくしていくことが第一かなと考えています。

桑子:
これまで犯罪被害者と向き合って声を聞いてきて、今最も訴えたいことはどういうことでしょうか。

齋藤さん:
犯罪被害の報道というのは毎日のようにあります。その時、例えば一命を取り留めたなどというと「命があってよかった」と私たちは思ってしまうことがあります。あるいは、誰かが亡くなった場合、その時は心で痛ましく思っても、そのあとの人生というのはなかなか思い至らないことがあるんです。

ですが、被害者の人生、壮絶な人生はそのあと始まっていきます。岡村弁護士、あるいはVTRに出てきた方々はそうした人生を背負いながら活動をしています。ただ、彼らがどのように一生懸命活動しても、自分自身にはその法律、あるいは良い条例が適用されません。法律というのはさかのぼることがないからです。でも、こうやって一生懸命活動されています。

大事なのは、私たち自身がしっかりと動いていくことだと思います。犯罪を自分のことと思うということ、これが非常に重要です。さらに重要なのは、この平穏な生活です。これを守るためには私たちはきちっとセーフティーネットを作って、支援の形を作っていくことが重要なんだと今思っています。

桑子:
ありがとうございます。犯罪被害者の状況を変えるために、悲しみを少しでも和らげるために何が必要なのか。寺輪さんと岡村さんは、今も訴えを続けています。

大切な人を思い浮かべて 犯罪被害者たちの思い

寺輪さんの訴えは、いま各地に広がっています。

10月 さいたま市にて 寺輪悟さん
「皆さんの大切な人のことを思い浮かべながら、最後まで聞いていただければ幸いでございます。住んでいる県によって格差があってはだめなんじゃないかと。いつ誰が被害者になるか(分からない)。被害者になったらどんなに苦しむのか、もっと理解してほしい」

10月、岡村さんは妻の眠る高知へ訪れました。

「犯罪被害者が、これ以上苦しまない制度をつくる」

妻の眞苗さんに改めて誓いました。

岡村勲さん
「何とか私が生きているうちに、被害者が困らないような制度を作りたい。この一念ですね。諦めてはいけない」
見逃し配信はこちらから ※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

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