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2021年7月15日(木)

今こそ“絆”のバトンをつなげ
陸上400mリレー 金メダルへの秘策

今こそ“絆”のバトンをつなげ 陸上400mリレー 金メダルへの秘策

東京五輪で悲願の金メダルを狙う陸上400mリレー。先月、山縣亮太が日本新の9秒95を出すなど相次ぐ「個のレベルアップ」をいかにチームの速さにつなげるか。鍵となるのは選手の走りの特徴を最大化するための「走順」だ。キーマンの代表コーチが生出演、金への秘策に迫る。コロナ禍でそれぞれの困難と向き合いながら走り続けてきた選手たち。直前まで続く苦闘と共に描く。

※放送から1週間は「見逃し配信」がご覧になれます。こちらから

出演者

  • 土江寛裕さん (日本代表コーチ ★中継で参加)
  • 髙平慎士さん (元陸上選手・北京五輪銀メダリスト)
  • 井上 裕貴 (アナウンサー) 、 保里 小百合 (アナウンサー)

陸上400mリレー "9秒台が4人"相次ぐブレイクスルー

日本をメダルに導いてきた、伝統のアンダーハンドパス。時速40キロのスピードでバトンを受け渡します。受け手が手を上げている時間は、およそ0.4秒。僅か2歩の間に受け取ります。

5年前のリオオリンピック。4人の選手のベストタイムの合計は6番目でした。それでも…。

<リオ五輪 2016年>

実況
「さあ日本、2位に来た!前に来た!日本、現在第2位。アメリカよりも前だ!日本ゴール!2位だ!日本、銀メダル!」

走力の差を、バトンパスで埋めることで獲得した銀メダル。しかし、1位との差は0秒33。金メダル獲得のために、さらなる武器が必要でした。

400mリレー 五輪強化コーチ 土江寛裕さん
「あの段階ではっきり分かっていたのは、バトンパスにこだわってやってきたが、そこで伸ばせる部分はほとんどないだろうと。あとは個人のレベルを上げることだと」

指揮官の期待に、選手たちが応えます。

リオの翌年、桐生選手が日本選手初となる9秒台をマーク。さらに、サニブラウン選手と小池選手も9秒台を記録し、日本短距離界に起こったブレイクスルー。

ことし、山縣選手が9秒95を出したことで、9秒台は4人となりました。

そして、代表選考会として行われた先月の日本選手権では、さらなるサプライズが。

<日本選手権 100m決勝 先月>

実況
「多田が低いスタート、いい反応。そして山縣も出ている!桐生はちょっと遅れた!サニブラウンが出てくる!多田が逃げきった!」

トップで駆け抜けたのは、ダークホースだった多田選手。

そして2位にはノーマークの大学生、デーデーブルーノ選手が入りました。

9秒台の4人を上回る選手が出たことで、8人がメンバー候補となる状況が生まれたのです。

土江寛裕さん
「これだけ9秒台の選手がいて、9秒台がもうすぐ出るという選手も何人もいる状況。いろんなパズルが成立する。全部踏まえた上で、われわれが考えるベストメンバー、ベストオーダーで臨む」

金メダルへの鍵 "走順"は?

4つの区間でバトンをつなぐ、400mリレー。走順によって、求められる役割は異なります。

「1走」は、何といってもスタート。ロケットスタートが持ち味の多田選手や山縣選手が得意としています。

バトンの受け渡しのある「2走」は、最も走る距離が長い区間。後半でもスピードが落ちない持続力が求められます。200mを得意とする、小池選手やサニブラウン選手などに適性があります。

「3走」は、カーブでバトンを受け渡す、最も難易度が高い区間。高いバトン技術を持つ桐生選手や、オールラウンダーの小池選手に期待がかかります。

そしてアンカーの「4走」は、終盤の競り合いに勝つ、勝負強さが大事になります。サニブラウン選手のほか、山縣選手や桐生選手など、複数の候補がいます。

どこを走りたいか、選手に聞いてみると…。

山縣亮太選手
「予想ですよ。僕の予想ですけど、たぶん2走なので。4走がいいですけど、2走でしょうね」

桐生祥秀選手
「個人的には3走、4走どっちかだと思う。どっちになっても走る自信はあります」

多田修平選手
「1走に関しての経験はすごいありますし、1走だからこそ自分の走りを最大限に生かせる場所だと思うので」

小池祐貴選手
「現状、走順的に僕がいちばん貢献できるのは3走だと思うので。これで4走とか言われたらどうしようかなと思っているんですけど」

メンバー選びをさらに複雑にしたのが、日本選手権で2位となったデーデーブルーノ選手の登場です。現在、大学4年生。オリンピック3大会出場の高野進さんの下、急成長を遂げた選手です。

高校1年生まではサッカー部に所属し、陸上を始めたのは5年前。日本代表入りは、本人も予想外の出来事でした。

デーデーブルーノ選手
「正直ちょっと持ち上げられちゃってるかなって感じでは自分では思っていて、ここで調子に乗らないようにとは思って」

最大の特徴は、加速力です。日本選手権の決勝では、全選手の中で最も速いトップスピードをマークしました。

リレーでは、加速しながらバトンを受け取り、いかに早くトップスピードに達するかが大事になります。デーデー選手の加速力が、リレーでは生かされるのです。無名の存在から、一躍メンバー候補に躍り出たデーデー選手。しかし、世界大会での経験はほとんどありません。

東海大学 陸上部 部長 高野進さん
「どう(足)回った、うまく?」

デーデーブルーノ選手
「今の方がよかったです」

高野進さん
「(代表合宿では)若いし、(走順)どこでもいけるように、めちゃくちゃあちこち」

デーデーブルーノ選手
「やらされますか?」

高野進さん
「いいんだよ、まだ経験だから」

デーデーブルーノ選手
「3走とかやらされることありますか?」

高野進さん
「コーナー走れなくはないけど、直線のまくりがやっぱりいいじゃない」

伸び盛りのポテンシャルと、経験不足という側面を併せ持つ存在です。

デーデーブルーノ選手
「自分も走らせてもらえることになったら、代表の一員として金メダルを狙って走りたい」

実に1,680通りに上る走順の組み合わせから、どうやってベストの選択をするのか。

代表チームが重視するのが、データ解析です。10年以上にわたり陸上短距離のデータ解析を指揮してきた、小林海さん。バトンパスにかかる時間や選手の速度、手を上げている時間など、10項目を計測します。

その一つが、バトンの受け渡しの際の速度変化。

青い線が、バトンを渡す選手の速度。赤い線が、バトンを受け取る選手の速度です。バトンがうまく渡ったときは、バトンゾーンに入ったときと出るときとで、ほとんど速度の違いがありません。

一方、失敗したときはこのとおり。バトンパスのタイミングが遅れ、バトンゾーンの出口でのスピードが入り口より遅くなっています。

そして、最も重視している数値があります。今回、選手名を伏せる条件で特別に見せてもらうことができました。

日本陸連強化 科学委員会 小林海さん
「これをいかに縮められるか」

それは、バトンゾーンと、その後加速する10mで、どれだけ時間がかかったかを示す数値。A選手とB選手のペアでは3.71秒だったのに対し、A選手とC選手では3.92秒かかっています。その差、0.2秒。

こうした数値で、選手どうしの相性を可視化させていくのです。

小林海さん
「バトン区間は3区間ありますので、0.1秒だとしても、それが3区間あったら0.3秒の違い。0.3秒あったら本当に表彰台のメダルの色が変わるか、表彰台に乗れなくなることもありえるくらい大きな差だと考えています」

金メダルへの戦略は

井上:男子400mリレー、日本の戦略とは何か。チームを率いる、コーチの土江寛裕さん。そして、北京大会銀メダリストの髙平慎士さんとともに徹底的に見ていきます。どうぞよろしくお願いします。
まず、合宿中の土江さん、まさにお忙しい中ご参加いただいていますが、現在の選手たち、そしてチームの調子というのはどうでしょうか。

土江寛裕さん (400mリレー 五輪強化コーチ)

土江さん:10日ほどの合宿があした(16日)で終わりですけれども、非常にいいムードで、笑顔にあふれた合宿となっています。みんな調子よさそうです。

保里:そうした中、髙平さんに最高のチーム編成、走順、どうなるか。髙平さん案を考えてきていただいています。早速、よろしくお願いいたします。

髙平慎士さん (元陸上選手・北京五輪銀メダリスト)

髙平さん:土江さんの前で言うのは少し緊張感もありますけれども。まずは1走が多田選手。爆発力、今勢いがいちばんあるので日本の1走として適任かなと思います。
続いては2走、山縣選手。エース区間でもあるので、海外の強敵な選手たちと戦い抜くという意味では日本記録も出しましたし、山縣選手がいいかなと思います。
3走には、桐生選手は絶対的な存在なのかなと。少し日本選手権のときは足が心配されていましたが、1か月あればなんとかしてくれる選手かなと思いますので、3走の適任者だと思っています。
そこで、4走を小池選手にしました。表彰台近辺というのは、しれつな争いになりますけれども常に表彰台近辺で戦い続けてくれる勝負強さ、安定感を考えると小池選手がアンカーがいいかなと思っています。

井上:髙平さん案ですけれども、コーチいかがでしょうか。

土江さん:ノーコメントです。

井上:そう来ましたか。

土江さん:でも、金メダル取れそうなオーダーだなと思いました。

井上:詳しく見ていきたいのですが、まずは1走と2走から見ていきたいと思います。
まず、スタートで相手を引き離すことが求められる1走ですね。そして、4つの区間の中で最も長い距離を走る2走。これまでも実績がある多田選手や、山縣選手という選択については土江さん、いかがですか。

土江さん:何とも言えないところですけれども。1走の多田君ですね、1走に挙げてる多田君のスタートは魅力ですし。同じように山縣君の1走の加速も本当にいいかなと思います。山縣君、加速だけではなくて速度の持続力もありますので、2走ということも考えられるかなと思いますね。

保里:今のお話を受けまして、髙平さん、これはどういう見方でこの2人なのでしょうか。

髙平さん:土江さんからもありましたが、山縣選手のスタートもとても魅力的ではあるのですが、日本選手権の選手権者となった今いちばん乗っている多田選手の勢いというものが、それ以上に1走で適任かなと私は考えて、多田選手と山縣選手をつなげていくと。ことし調子のいい2人を前半に持っていくことで、一歩、他国よりもリードしてきた400mの半分、200mまではリードしていきたいと考えています。

井上:直近の日本選手権でも実績を残していると。

髙平さん:爆発力と安定感というものをこの2人をもってすれば、信頼できる3走の桐生選手につなぐところに持っていくことができると思いますので、スタートから加速のいい2人を並べることによって、日本にいいアドバンテージを持ってきてもらえるかなという考えですね。

井上:続いて後半を見ていきたいのですが、3走と4走ですけれども、ここは土江さんいかがでしょうか。結構悩むところじゃないですか。

土江さん:やっぱり4継の一番要となるのが3走で、技術的にも非常に難しい場所になります。やはりここは経験が物を言う部分でもありますので、髙平さんも3走のスペシャリストでしたけれども、スペシャリストが3走を走るのがベストかなと思っています。
あと、4走は勝負強さというところで小池君だけではなくて、サニブラウン君もいますし、デーデーブルーノ君なんかもね。あと飯塚君もいますので、いろんな選択肢があるかなと思っています。

保里:まさに魅力的な選手がたくさんいらっしゃるわけですが、髙平さん、3走にはどういった経験が必要となってきますか。ご自身の経験も踏まえ、いかがでしょう。

髙平さん:少し具体的になってしまうのですが、3走が唯一、まっすぐ走ってくる選手に対してバトンパスのタイミングで、マークからスタートしていかなければいけないですね。なので、縦方向の遠近感をとても大切にしなければいけないので、その難しさというのが特にあるかなと思います。コーナーにおいてのバトンパスというところでも、ちょっと難しさが増すかなというところで、これまでの経験値が高い桐生選手というのは適任なのかなと思っています。
土江さんがおっしゃるとおり、小池選手以外にもアンカーを任せられる選手はたくさんいますが、それを言い始めると本当に1,680通りですかね。全部当てはめてみて、実はこんなピースの埋まり方もあるのかなというのも出てくるかもしれません。けれども、私はあえてこういう形にしているということです。

井上:そして、4走は小池選手。これについて髙平さん、いかがでしょうか。

髙平さん:表彰台の近辺でいい順位をしっかりとってくるという印象を持てる選手ですので、最後のゴールの瞬間まで競い合うときに、勝負強さを発揮してくれるかなというところもあります。
この1、2、3、4のオーダーなのですが、私なりに考える前提として、まずは日本選手権までの結果を踏まえてというところを大きく影響させています。
なのでその後、先ほど名前の挙がっていたサニブラウン選手をはじめ、ほかの選手たちもこの1か月間で本番までに調子を合わせてくると、またこの走順自体も変わってくるかもしれないかなと思います。

保里:本当にそうですね。皆さん、ベストの走順でベストの走りを目指しているわけですが、このコロナ禍に見舞われた1年は逆境と戦ってきた1年でした。

コロナ禍の選手たち 今こそ"絆"のバトンを

先月の日本選手権。9秒97の記録を持つサニブラウン選手は、6位に沈みました。

1週間後、その姿は羽田空港に。残された僅かな時間で、調子を取り戻す。所属チームが海外で行う合宿に、参加することを決めたのです。

サニブラウン選手
「やっぱり自分としても日本に欠かせない人となりたいですし、リレーという種目に対する思い入れは年々強くなっているので、より高いレベルでもう一回調整して、日本にチームとして入れればなと」

9秒台を2回記録するなど、東京オリンピックに向けて大きな期待がかけられてきたサニブラウン選手。目標として掲げてきたのは、あのボルト選手が持つ世界記録の更新。当初、リレーへのモチベーションを語ることは多くありませんでした。

<2019年>
サニブラウン選手
「まずは個人種目が大事だと思っているので、リレーはその次かなという感じですね」

そんなサニブラウン選手を変えたのは、2年前に行われた世界選手権。リレーの4走を任され、銅メダルを獲得しました。チームで1つのバトンをつなぐ、重みを感じたといいます。

<世界選手権 2019年>
サニブラウン選手
「来年に向けて、ものすごくいい経験ですし、もっと日本の舞台でいい走りがお見せできるのかなと思います」

練習拠点をアメリカに置いてきた、サニブラウン選手。アメリカでコロナの感染が拡大すると、1年以上も試合に出られない状況に。それでもハイレベルな環境で走りを磨く道を選びました。

その後、世界トップレベルのチームに加入。リオの銅メダリストのドグラス選手や、今シーズンの世界最高タイムを出したブロメル選手などと、切さたく磨を続けました。

サニブラウン選手
「差を感じることもあるが、逆に差があったほうがもっと自分(の背中)を押して練習を頑張れる」

苦境の中で走り続けてきた、サニブラウン選手。今、大切にしていることばがあります。

サニブラウン選手
「"絆"ですね。リレーのメンバーもそうですし、サポートしてくれる方々も含めての"絆"」

そしてこの人、山縣亮太選手も厳しい状況の中で走る意味を見つめ直してきました。

これまではコーチをつけず、一人で走りを磨くスタイルを貫いてきた、山縣選手。長く9秒台を期待されながら、相次ぐけがなどに苦しみ、3年間自己ベストを更新できずにいました。

さらに追い打ちをかけたのが、コロナの影響。練習すら満足に行えない日々が続きました。そんな1年前、山縣選手は一つの決意を口にしていました。

「1年後、どうなっていたい?」

山縣亮太選手
「自己ベスト出したいですね。自己ベストを出すってことは、前の自分よりもっと100メートルについて深く知れたときだと思っているので、そういう自分でありたいなと思っています」

コロナ禍で生まれた時間。山縣選手は自分を見つめ直しました。出した結論は、これまでのスタイルを変えること。一人で考え抜くやり方に縛られず、コーチをつけることを決めたのです。

高野大樹コーチ
「骨盤の向きを固定しておいて、大たい骨だけを回す」

山縣亮太選手
「何か殻を破る必要があるというのもあったので、足が速くなりたいという目的に立ち返って、コーチをつけるとなったときに自分が失うものは取るに足らない」

そして、自己ベストを出すと語った1年後。

<布勢スプリント2021 先月>

実況
「さあきれいにスタートしました。まず多田君がリード。そして山縣君が第6レーン。2名の争いです。さあ記録にもご注目下さい。記録は9秒95!見事な日本新記録の誕生です!」

その自己ベストは日本新記録でした。

それぞれが壁を乗り越えた先に、最強のチームがある。

山縣亮太選手
「それぞれの選手の強さは、身近にいるほかの選手たちがいちばん肌で感じる部分でもあるからこそ、バトンを渡したらあとは任せて仲間を信じて、最高の結果に向かって突き進んでいける。そういうチームになるんじゃないかなと思っています」

コロナ禍の五輪 選手は コーチは

保里:土江さん、この1年、コロナ禍で現場でもさまざまなご苦労があったと思います。この状況の中で、リレーチームはどんな姿を見せたいと考えていますか。

土江さん:選手たちは本当に苦しい状況の中で必死に努力して、ここまで頑張ってきてくれました。そして、すばらしいメンバーが集まりました。ぜひ目標とするメダルを取って、日本の皆さんに喜んでもらえるようにしてほしいなと思っています。

井上:もう走順は決まっているのですか。

土江さん:1,600いくつでしたっけ。1,600ぐらい分の2ぐらいになっています。

井上:髙平さんはどんな思いを持っていますか。

髙平さん:本番を走るメンバーも含めてですが、サブのメンバー、チームジャパン全体で金メダルを取るという勢いになる、雰囲気になることがまず大事かなと思いますので、そこを目がけてチーム一丸となってほしいとなと思いますね。

保里:このリレー種目、視聴者の皆さんにはどんなふうに楽しみにしてほしいと思いますか。

髙平さん:もちろん金メダルも大事なのですが、やはりそこに向けて37秒43という日本記録を上回るようなタイムが必要になってきますので、速さも見てもらえたらなと思います。

保里:そして、お一人お一人のメンバーが本当に欠かせないわけですね。

髙平さん:一人一人が外せないピースになると思いますので、そこがどのようになるか。本番に向けて、皆さんに楽しんでいただけたらと思います。

保里:お二方、本当にありがとうございました。

井上:ありがとうございました。