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2020年3月5日(木)

最前線ルポ 新型ウイルスに揺れる中国

最前線ルポ 新型ウイルスに揺れる中国

中国の習近平体制が「最大の試練」を迎えている。新型コロナウイルスのため、3月5日に開会が予定されていた全人代(全国人民代表大会)が延期され、指導部はメンツを失った形だ。こうしたなか、国民の不満がくすぶり始めている。ウイルスの拡大を封じ込めるため、外出の自粛など厳しい指示が出され、不自由な暮らしが長期化しているためだ。さらに、娯楽サービスや飲食、小売業などに倒産の波が迫っており、失業者が増えれば社会不安が増すことになる。こうした中、強まっているのが「情報統制」だ。当局は、武漢に記者を送り込むなど、“世論を正しく導くよう”指示。その一方で、現場を取材していた市民ジャーナリストが音信不通になったり、政権を批判した人権活動家が拘束されたりするなどの事態も起きている。習近平体制はどこへ向かうのか、新型コロナウイルスによって試練を迎えている中国の今を伝える。

出演者

  • 国分良成さん (防衛大学校 校長)
  • 柯隆さん (東京財団政策研究所 主席研究員)
  • 武田真一 (キャスター)

最前線ルポ “中国流”封じ込め

撮影した女性
「政府の車が団地の周辺を消毒しています。」

湖北省・武漢の4日前の映像です。
都市全体が封鎖されて、およそ1か月半。人の気配はなく、消毒のための車両だけが動いています。

撮影した女性は、夫と2人の娘とともに外出を制限された生活を続けています。先月には、同じ団地内で死者が出たことが判明。感染への恐怖は、依然として高まり続けているといいます。

撮影した女性
「外から帰ると胸が苦しくなったりして、とても心配になります。」

ネットで注文するという食料は、半月分をまとめ買いするようになりました。団地の入り口まで取りに行く回数を極力減らすためです。夫は仕事に出られず、収入は途絶えたまま。節約のため、ベランダで野菜作りを始めました。

撮影した女性
「もう生きているだけでいい。他のことはどうでもいいのです。」

武漢市内の人の移動の度合いを示したグラフです。
感染の拡大が深刻になって以降、極端に人の動きが減っていることが分かります。


中国は、武漢がある湖北省以外でも人の動きを徹底して制限してきました。

習近平国家主席
「必ずみんなでこの戦いに勝利しよう!」

警官
「みんなで集まってマージャンしていたのか!」

各地で集会や会食など、人が集まることを厳しく取り締まってきました。


先端技術を使った、中国ならではの対策も進められています。

取材班
「あちらの水色のマンションのあたり。あの地区でウイルスの感染者が見つかったということのようです。」

当局は、感染者が出た詳細な場所や日時を公表。その情報を地図上に示したアプリを大手IT企業が開発し、感染のリスクがある場所を避けることを可能にしました。
さらに、国民の移動履歴などの個人情報を記録した、ビッグデータを使ったアプリも。ID番号を入力すると、自分が過去に感染者と接触した可能性があるかどうかが判定できます。

使用しているのは、当局が収集してきた国民一人一人の鉄道や飛行機の利用記録です。過去に感染者と同じ列車の車両に乗ったり、飛行機で近くの席に座ったりしたことが判明すると、濃厚接触者と判断され、自宅待機と保健当局への連絡を求められるのです。
さらに、一部の地域では地下鉄やタクシーに乗った際にも、QRコードで個人情報の登録を求められるようになりました。行動の監視の網を広げようとしているのです。

街の声
「国の一大事だから、個人情報が漏れるのはしかたありません。」

「誰かが見守っていてくれるなら安心です。」

強力に対策を推し進めてきた中国。
4月末までには、基本的に感染を抑えられるだろうと自信を見せています。

中国保健当局 専門家チームトップ 鍾南山氏
「感染が広がっている国は中国の経験を参考にし、早く感染者を見つけ、隔離し、感染を広げないことが重要だ。」

“封じ込め”追い詰められる中小企業

中国ならではの封じ込め策。その代償は、経済に及んでいます。

北京市内にある大型カラオケ店。
先月、ネット上に倒産の情報が流れました。

取材班
「鎖の錠がかかっていて、閉まっていますね。」

運営会社にも電話をしてみましたが…。

取材班
「営業していないのか、つながりません。」

当局が宴会やグループでの食事を中止するよう求めたことで、営業ができない状態に陥ったとみられています。
こうした状況に、経営体力の弱い中小の事業者からは悲痛な声が上がっています。

たばこ店 店主
「みんな外に出て消費しないし、観光客も来ません。このままだと、せいぜい3か月しかもちません。」

飲食店 店主
「今はマイナス、赤字だけです。安売りしかできません。」

先月、中小企業1435社を対象にした調査では、85%の企業が、この先3か月で手元資金がなくなると回答(清華大学・北京大学 調べ)。資金繰りが急速に悪化しています。

CEBМグループ 首席エコノミスト 鐘正生さん
「経営への影響は深刻です。特に心配なのが、中小企業が多いサービス業です。春節の期間も、宿泊・飲食・レジャー関連企業は影響を受けました。資金が少なく、融資の手段も限られているからです。」


状況を打開しようとする中国政府は…。

CCTV
「企業の活動再開を進めなければなりません。物流を復活させ、各産業において生産再開を進めましょう。」


上海市内にある飲食店。
おととい、当局の許可が出て、40日ぶりに営業を再開しました。

「営業再開を認めてもらいました。とにかく営業できてよかったです。」

通常ならランチタイムは、いつも満席。
しかし、この日は1人の客も訪れることはありませんでした。

飲食店 経営者
「とても残念な一日でした。消費者は、まだ心配していると思います。政府が外食・会食することを控えるように勧めていますから。今のような状況がいつまで続くのか、とても心配です。」

“封じ込め”中小企業のジレンマ

中国に進出する日系企業です。
企業活動を再開したものの、感染予防に厳しい対策を強いられています。

日本のIT企業向けに電子製品を製造する、この会社。
先月15日に当局の許可を得て、製造を再開しました。春節で帰省した従業員の移動が制限され、戻ってこられないことなどから、いま働いているのは以前の3割。復帰にあたっては会社が費用を負担し、すべての従業員のウイルス検査を行っています。当局から、「1人でも感染者が出れば工業団地全体を閉鎖する」と伝えられているからです。

「次は認証システムを使ってください。」

従業員が職場に入る際にも細心の注意を払っています。以前は指紋認証でしたが、指での接触を避けるため、顔認証システムに変えました。

精密機器メーカー 藤岡淳一社長
「こういった状況で、出荷も出来ない、売り上げが立たないという方が深刻ですので、少しでも(感染予防に)つながることであれば、積極的に投資はしている状況だ。難しい判断の中で、企業や政府当局がぎりぎりの選択を日々状況を見ながらやっている。」


感染拡大が社会に暗い影を落としている中国。
きょう開幕予定だった国の最も重要な政治日程の1つ、全国人民代表大会も延期されるなど、極めて異例の事態となっています。

中国がとった、徹底した封じ込め策。
その“効果”と“代償”を深めます。

封じ込め対策の“光と影”

武田:中国の徹底した封じ込め対策について、感染症対策に詳しい専門家の押谷仁さんは、このように指摘しています。「都市の封鎖・感染者の移動制限は疫学的には効果的」であった。ただ、「各国が同様にできるかは別問題」、「社会的影響を考慮する必要がある」ということです。

そして、きょう、習主席の訪日が延期されるということが発表になりました。現代中国論が専門の国分さん。まず、この延期についてお伺いしたいんですが、どういう判断だったんでしょうか。

ゲスト 国分良成さん(防衛大学校 校長)

国分さん:率直に申し上げて、妥当な判断だというふうに思いますね。でも、もともと国賓としての訪日に関してはいろんな議論があって、懸案事項もたくさんあったわけですね。これが、十分に解決できないというか、なかなか話ができないという状況の中で、こういう事態が起こっているわけですから、そういう意味では、どういう形で延期するかというのが議論だったと思うんですよね。もともとの問題が中国側から来ていますが、恐らく中国は、あまり(自国の)責任にしたくないというのもあったと思うんですよね。そういうこともあり、どうも最近の中国の報道を見ていると、「日本にも相当(感染が)広がってきている」、「日本側も大変だ」というところを出して、今回は中国側のメンツを保とうとしたという部分が相当あるという感じはします。

武田:日本側の状況も見ながら、タイミングを見計らってきたというふうに…。

国分さん:もちろんそうだったと思います。

武田:そしてVTRで見てきました、個人の行動まで把握し、徹底して管理するという今回の手法。このように湖北省以外のところで感染者数が激減しているというような結果を誇っているわけですけれども。こういった対応については、どのようにご覧になっていますか。

国分さん:この数字そのものについては、なかなか議論があると思うんですけれども。中国で一番大事なことは、中国共産党の体制の維持ということなんですよね。つまり、習近平体制をどうにか正当化しなければならない点があるわけです。そういう点でいくと、先ほどの映像にたくさんありましたけれども、中国はいろんな最先端の技術を今たくさん出しているんですよね。でも、その最先端の技術が人を管理するようなところにどんどん行っていると。最近の5Gもそうですけれども、人を管理する部門が異常に近代化しているという現象が起こっているのではないかなという感じがします。

武田:そして、中国出身のエコノミストの柯隆さん。徹底した管理によって封じ込めようという中国のやり方の中で、中国の人たちはかなり苦労も強いられているわけですけれども、どのように受け止めていると考えていらっしゃいますか。

ゲスト 柯隆さん(東京財団政策研究所 主席研究員)

柯さん:押谷先生にも評価していただいたんですけれども、効果的な人の制限を実施しているということを考えれば、政府としては一生懸命やっているとは思います。ただ、市民の目線から見ると、今まで国威を発揚するために、例えば、一帯一路のプロジェクトをやって、アフリカだけ見ても600億ドルの援助をしていたわけです。一方、中国国内では、小さなウイルスに攻撃されて、こんなに国全体が大混乱に陥っていて。一体この国の実力はどうなっているのかということに対して、当然そのギャップを大きく感じるわけです。もう一つ、今回の封じ込めのやり方にもやや反省すべき点があって。人の流れを止めるのは、私はしかたがないことだと思いますが、同時にモノの流れも止めてしまっていて、2つの弊害が出てきた。一つが、市民の生活が直撃されているということです。二つ目がVTRにもあったように、従業員が工場に復帰できない。完全にフル稼働できないということで、経済が直撃されていると。

武田:材料もないし、モノも運べないということです。

柯さん:現在もですね。

武田:まさにその点なんですけれども、柯隆さんは2週間前にもこの番組にご出演いただいて、中小企業が心配なんだというふうにおっしゃっていましたね。まさにVTRでも、この心配が現実になってきているようにも見えるのですが、ここはいかがですか。

柯さん:2週間前に申し上げたことがいよいよ現実味を帯びてきたわけです。というのは、中国には中小企業の信用保証制度がないがために、資金繰り、キャッシュフローに問題が起きてきました。このグラフにもあるように、3か月以内に8割の中小企業が資金を持たなくなるわけです。これが一つの大きな問題。もう一つが、中国の中小企業のほとんどが民営企業なんです。民営企業は国有銀行からお金を借りられない。ただ、中国の金融市場にお金がないわけではない。なぜかというと、このお金のほとんどは国有企業に行っている。例えば今、世界の主要な株式市場の株価がみんな下がっているわけですけれども、中国の株価は下がってないんです。ですから、いわゆる資金の偏在が起きていて、中小企業はこれからどうなるかというのが心配されます。

武田:中国ならではの新型ウイルスの封じ込め策には、もう一つ大きな特徴があります。それは“情報統制”です。情報をめぐる政府と市民の攻防の現場を追いました。

“情報統制”政府と市民の攻防

“感染拡大を阻止せよ”
“封じ込めは使命だ”

挙国一致を呼びかける映像やスローガン。
いま、国営放送で繰り返し流されています。

“時間との競争”
“病魔と闘え”

ネット上には、それに呼応する国民の声も。

“共産党の指導の下で、必ず勝てると信じている”

“必ずできる 祖国を信じる”

そんな中、武漢での情報統制を巡って、人々の間に不信感がわき起こる出来事がありました。
医療現場で感染の拡大を目の当たりにし、みずからも感染。
先月7日に亡くなった、医師の李文亮さん。

去年12月末の時点で、武漢でウイルスの反応が出た患者の存在を知り、SNS上で感染拡大への警鐘を鳴らしていました。
すると…。

“1月3日に警察がきて、訓戒書にサインさせられた”

李さんは警察に呼び出され、「ネット上に事実ではない情報を発表し 社会の秩序を乱した」として訓戒処分を受けたというのです。


その後も、当局による情報統制とみられる動きが続いています。

市民ジャーナリスト 李沢華さん
「さっきから国家安全局らしき人が私を追ってきます。いま武漢にいます。速いスピードで逃げていますが追ってきます。」

先週、当局から追われていると訴える動画を投稿した、市民ジャーナリスト、李沢華さん。先月中旬から武漢に入っていました。

住民
「あなたは記者ですか?役人たちは誰も来ていないし、消毒もしてくれません。」

警備員
「あっちに行け。」

集団感染が発生したとされる集合住宅や遺体が運ばれてくる火葬場などを取材し、動画を投稿。当局が、実際よりも新型コロナウイルスの被害状況の規模を小さく発表しているのではないかと指摘していました。

そして、先月26日。

市民ジャーナリスト 李沢華さん
「これが最後のメッセージになってしまうかもしれません。はっきりさせておきたいのは、両親や母校の大学、国家に対しても、なんら恥じることはしていない。」

この直後、当局とみられる人たちが部屋に入ってきたところで動画は終わっていました。


さらに、消息が途絶えたジャーナリストもいます。

市民ジャーナリスト 陳秋実さん
「目の前にはウイルス。後ろからは権力に見られている。死は怖くない。中国共産党なんか怖くない。」


強まる情報統制。
いま、当局の取り締まりをかいくぐって、言論の自由を訴える動きも起きています。

「新型コロナウイルスのすさまじい拡散は、言論封殺が招いた“人災”だ」と政府の姿勢を非難するこの文書。

改革派の知識人らが賛同を表明し、これまでに500人以上が署名。中国の一般のネット上では見られなくなっていますが、規制をかいくぐって拡散しています。

文書に署名をした一人、作家の野渡さんです。

作家 野渡さん
「言論の自由を厳しく取り締まったために、ウイルス流行の真相は隠されてしまいました。私が怒りを感じているのは、言論の自由がないために今の状況に陥っているのに、当局はそこから何の教訓もくみ取っていないことです。それどころか、さらに厳しい言論統制をとるようになっているのです。」

新型ウイルスに揺れる中国。
今後どうなるのでしょうか。


武田:こうした言論統制に対して、あらがう声。中国政府は、どのように受け止めようとしているのか。そして、体制を揺るがすようなことになるのか。国分さんはどういうふうに考えていらっしゃいますか。

国分さん:中国は改革開放をやって、もう40年になるんですよね。ますます習近平体制になってから言論の統制をするようになっていきました。やはり社会はだいぶ変わったので、社会のことも聞かざるを得ないということもあり、例えば、先ほど出てきた李文亮医師も批判されたけれども、結局いまは英雄扱いになっているんですよね。そういうことをせざるを得ないと。ただ中国の場合は、どうしてもメディアというのは宣伝が重視であって、事実報道、客観報道ではないということがあるわけですね。こういうことは中国じゃないとできないわけで、日本ではとてもできないことだと思います。体制を揺るがすかどうかと言われたら、それは簡単には体制というのは(揺るがない)。先ほど申し上げたように、管理体制がものすごい集中していますので。ただ先ほど柯隆さんも言われたように、経済や国交は一つのポイントになると思います。やはり中国にとっては、権力の正当性というのは経済成長ですから。

武田:あるいは、そこを突破口にして…。

国分さん:ただ、中国では組織化するというようなことは全部つぶされてしまいますから、今の状況の中ではなかなかできにくい。権力、指導者の中で割れるということがあれば別ですけど、今のところ、そこは割らないようにしていますよね。

どうなる中国 ポイントは?

武田:今後の中国、どこに注目していけばいいのか。お二人にキーワードを書いていただきました。まず柯隆さん。

柯さん:重要なポイントは、延期されている「全人代 いつ開かれるか」。それが今後、いわゆる今回のクライシスが収束する一つのベンチマークになるだろうと思います。

武田:これは国内に向けてということですね。

柯さん:これは、あえて言えば国内に向けてのメッセージで、国際社会に向けたメッセージは、「習近平国家主席の訪日はいつになるのか、いつ発表されるか」が重要なポイントになってきます。

武田:全人代と習主席の訪日を見ていけば、中国政府はどこをもって収束に向かっているというふうに判断しているかが分かるということなんですね。

柯さん:はい。

武田:国分さんは。

国分さん:私は、もう少し広い意味で今回の問題を考えてみたいと思うんですね。それは「中国モデルの限界」。

中国の経済成長というのが、中国型のある種の一党支配の中で初めて可能だったんだと、中国モデルを推奨するような言い方をしていた時期があるんですけど。結局、それは国家資本主義という言い方をしたが、ただ資本主義ということばを使えるかどうかと私は思うんですが、結局それの限界というか、成長が行き詰まってしまったというのがあるわけですよね。改革開放をやって何十年もやってきたという中で、その党の独裁、一党支配というのを変えていかなくちゃいけない。つまり、経済を変えていくと同時に政治も改革していかなくちゃいけなかった。しかし、人々が非常に多元化し、多様化したにも関わらず、そこのところをきちんとやってこなかったというつけがだんだん回ってきているという感じがするんですね。ですから、いま中国が抱えている問題は本当にたくさんあるんですね。香港問題もあれば、経済の問題、ウイグル族の問題とか、それ以外にも本当に山積みの問題がかかってきている。習近平体制は相当大変だと思いますけど、その中に今、コロナウイルスの問題が出てきたと。中国は本当に正念場に来ているというふうに思いますね。ですから、本当は政治の改革をやらなくちゃいけなかったという感じがしますけどね。

武田:そういった問題を、今回のコロナウイルスの問題が図らずも…。

国分さん:情報統制を見たときに、やはり中国の抱えている問題が象徴的に出てきたという感じがするわけです。

武田:最後に柯隆さん。経済が生命線だとおっしゃいましたけど、どういう見通しを持っていらっしゃいますか。

柯さん:経済成長が重要なんだけど、経済成長のデータじゃなくて、実利を人民が享受できるかどうかの一点に尽きると思います。

武田:これは本当に成長しているんだろうかということを、国民が実感できるかどうかということですね。ありがとうございました。