中通り
元官僚、桃を売る
国見町のこばやしさん
福島県の北の端、宮城との県境にある国見町。去年夏、町特産の桃をはじめとした果物を販売する一つの会社が誕生した。
つくったのは、東京から国見へ移り住んだ、小林味愛(こばやし・みあい)さん(32)。
味愛さんは、きれいな形の果物はもちろん、傷がついたり形の崩れたりした、いわゆる
「傷もの」も積極的に取り扱っている。これまでに、東京を中心に独自の販売ルートを開拓したり、「傷もの」を使った新たな加工品を企画して、農家の収入を増やそうとしてきた。
味愛さんには、いまも原発事故の影響に苦しむ、地元農家の力になりたいという思いがある。
国見でリンゴや桃を作る、渋谷憲道(しぶや・のりみち)さん。味愛さんに、「傷もの」で作ったジュースを販売してもらっている。渋谷さんは、原発事故後の風評被害で注文の8割を失った。苦しい時期を乗り越え、今は売り上げも回復基調だが、まだ消費者の厳しい視線はあると感じている。こうした農家の思いを味愛さんは受け止め、自らの原動力としてきた。
実は味愛さん、福島に来る前は霞ヶ関のキャリア官僚。経産省などで法律を作っていた。大きな転機となったのは東日本大震災。宮城県石巻市でのボランティア活動で、官僚であることの無力感と、現場で人々の支えになりたいという思いを抱いた。その後、シンクタンクへ転職。東北の被災地で復興事業に携わるようになった中で、国見町の人たちと出会った。
その味愛さんの国見での暮らしを今、さまざまな人が支えている。荒川一男さん・正子さん夫婦は、味愛さんに、自宅の一室を貸している。さらに、家族の理解も。東京の保育園で働き、都内に生活の拠点をおく、夫の信介(しんすけ)さん。夫婦で一緒に過ごす日を定期的に作る約束で、味愛さんが国見へ行くのを認めてくれた。
人との繋がりの中で生きる暮らし。それは味愛さんに、大きな変化をもたらした。
「東京にいると、その道でのトップを目指すし、ある意味闘いぬく人生だった。
でもそうじゃなくって、感謝の気持ちを抱きながら、真っ当に生きれてると思う」
自分を受け入れてくれた国見の人たちのため、きょうも小林さんは果物の集荷に奔走する。
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