「安井課長,お疲れさまです! さっそくですが,きのうのミーティングの資料,いまメールで共有させていただきますね」
「山田くん,『させていただきます』はまあいいとして,その『共有』っていうの,なんとかならないか」
「なんでっすか?」
「たとえばこの国語辞典,『明解国語辞典』っていう昭和18年に出版されたものの復刻版だけどな,『共有』の項では“㊀共同して所有すること。㊁【法】所有権が二人以上に属すること。”と説明されてるんだ。だけどもいまの『メールで共有させていただきます』は,きのうのミーティングの資料に関して,ぼくときみとで共同して所有することになったり,ましてや法律的に所有権がぼくら二人のものになったりするわけじゃないだろ」
「まあ,そりゃそうかもしれないっすけど……。でも,その辞書,古すぎませんか? っていうかそういう辞書をふだんからしれっと持ち歩いてるんすか?」
「山田くんが入社するちょっと前まではな,メールに資料を添付して送ったりすることを,『共有』だとかそんな言い方をすることはなかったんだ」
「へえ,そうなんすか」
「それが今は,何かの情報を自分から送るときにも『共有します』だとか,送ってもらったときにも『共有ありがとうございます』とか,『ご参加いただけなかった方むけに,当日の説明会の動画と資料を共有させていただきます』だとか,なんでもかんでも共有しすぎじゃないのか」
「へえ,そうなんすか」
「どうも会話がうまくかみ合わないな。山田くん自身はどう思ってるんだ?」
「ぼくは,『共有』って,いいと思いますよ。なんか,こう,シェアする感じで」
(安井課長,倒れる)
「安井課長すいません,大丈夫すか? じゃ逆に聞きますけど,むかしはどういうふうに言ってたんすか?」
「『資料をお送りいたします』『資料をお送りくださりありがとうございます』って言ってたな」
「それって,やっぱり紙の時代の言い方じゃないすか? 紙を送ってしまったらその人の手元にその紙は残らないけども,メールとかチャットとかだと,送る人の手元にもデータとして完璧なものが残ってるわけで,共有してるんすよやっぱり」
「そ,そうか……ことばは,こうやって変化していくわけか」