ことば・言葉・コトバ

おやすむ

公開:2024年3月1日

考えごとをして眠れない夜,私は布団にスマホを持ち込んで,SNSのおすすめに流れてくる「つぶやき」を眺めることが多い。知らない誰かの「つぶやき」を見ているとなぜだか心が落ち着いてくる。だんだんとまぶたが重くなってきたころ,ときどき見かけるのが「おやすむ」ということばだ。

「おやすむ」は,「また,あすね。おやすむ」「さて寝よう,おやすむ」など,一連の「つぶやき」の最後に使われることが多く,「おやすむzzz」のように,いびきや寝息の音を表す「zzz」や,ヒツジの絵文字が添えられることもある。寝る前のあいさつ「おやすみ」と似ているが,意味が違うのだろうか。

まず,あいさつの「おやすみ」は,「話しことば」としてもよく使われ,実際の会話では「そろそろ寝るね,おやすみ」「そうだね,おやすみ」のように,お互いに「おやすみ」と言うことも多い。日常生活の中で使うあいさつは,「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」「さようなら」などたくさんあるが,「おやすみ」は寝る前という状況のせいか,家族や恋人,仲がいい友だちなど,親しい人との間で交わすことが特に多いように思う。

これに対して「おやすむ」は,もっぱらSNS上で使われていることばだ。こうした場では,くだけた話しことばのような文体がよく使われ,ことばの一部を省略したものやキーボードの打ち間違えが新語として流行することもあるが,「おやすむ」も,誰かが「おやすみ」を「おやすむ」と打ち間違えたものが若い世代ではやりつつあるのだろうか。

その可能性も捨てきれないが,やはり私は「おやすむ」には,「おやすみ」とは異なるニュアンスを感じる。あいさつというよりは,「休む(寝る)」という自分の行動を説明することば,いわば「もう寝ます」という宣言のように思えるのだ。知らない人も見る空間では,親しみを込めた「おやすみ」より,「もう寝ます」の「おやすむ」のほうが使いやすい気がする。

そういえば,話しことばでは「寝る」ことを「おやすみする」と言うこともあるが,少ない字数が好まれるSNS上で,この「おやすみする」が変化し「おやすむ」になったと考えるのはどうだろうか。

見かけると気になって逆に眠れなくなる「おやすむ」。なかなかやっかいな存在である。

メディア研究部・用語 中島沙織

※NHKサイトを離れます

全文を見る PDF(217KB)